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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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七十九 綱手VSうちはサスケ

しん、と静まり返った病室。

質素で寒々とした室内は窓から射し込む陽光によって、やんわり暖色に彩られる。中心のベッドまで届く陽射しは、そこで横たわる老人の顔にも光を注いだ。

点滴の音。静かな寝息。時を忘れたかのような白き世界。
いつもと変わらぬ日常が其処にはあった。


不意に、影がベッドに落ちる。自然的なものではない。明らかに人であるその影の持ち主は、その周期的に繰り返される空間を打ち砕く。

「―――どうなのだ、綱手?」
背後から返事を催促してくる御意見番をよそに、綱手は老人の手首を取った。
骨ばって皺だらけの手。

だがそこに刻まれた皺のひとつひとつは、老人が火影として生きた歴史の積み重ねを記している。
そしてまた、この手が生み出すあたたかさも、彼女は知っていた。
脈を見ながら、自らの恩師を眺める。

とくとくと変わらぬ律動と共に安らかな寝息を立てる三代目火影――猿飛ヒルゼン。

背中に突き刺さる視線にいい加減辟易して、彼女は深く息をついた。ちらりと背後に視線を遣れば、御意見番の二人が再び鋭い眼を向けてくる。
ヒルゼン同様年老いた彼等の姿に、綱手は月日の経つ早さを思い知った。
「悪いが…私の手には負えないね」

軽く肩を竦めて、お手上げだという仕草をしてみせる。「お前の腕を以ってしてもか…!?」という驚愕の声を耳にして、綱手は微かに顔を顰めた。
「…私だって万能なわけじゃないんだよ」

若干悪態を吐きながら、ヒルゼンの顔を覗き込む。精神にも特に異常が見られず、本当にただ眠っているだけのようだ。
怪訝な顔で自来也に眼を向ける。いつからこの状態なのか、と問う綱手の視線に、自来也は重々しく頷いた。
「『木ノ葉崩し』以降だのう。おそらく大蛇丸に何らかの術を掛けられたのだと思うが…」


綱手を木ノ葉の里へ連れ戻した張本人。
五代目火影として綱手を捜した自来也が、彼女を一刻も早く里に連れ帰ろうとした理由は火影就任の他にもう一つ理由がある。

それが、三代目火影を目覚めさせる事だ。

『木ノ葉崩し』にて大蛇丸と対峙した一件以来、昏睡状態が続いているヒルゼン。秘密裡に里で指折りの医療忍者に診察させても皆匙を投げるばかり。
それでも医療スペシャリストである綱手ならば、ヒルゼンも眼を覚ますだろう、と三代目火影の生存を知る者は皆、楽観視していた。それは御意見番である水戸門ホムラとうたたねコハルも例外ではない。何故ならば綱手以上の医療忍者などいないからだ。

志村ダンゾウに対して御意見番の二人があまり焦燥感に駆られなかったのは、ヒルゼンが起きれば火影に任命されるのは綱手だと信じて疑わなかったためである。
前任のヒルゼンが口添えすれば、綱手が火影に就任する確率は大いに上がるだろう。

だがヒルゼンが目覚めないとなると話は別だ。




「信任投票は今日の夕刻までだったか…」
「しかし、このままではダンゾウが火影になるのも時間の問題…」
「再検討に持ち込めば…」
ぶつぶつと討論しながら病室を後にする御意見番二人。シズネもまた、綱手の火影就任について詳しく話を聞く為に二人の後を追った。

自来也は忍犬であるパックンと共にカカシを捜しに行き、一人残される綱手。
否、自ら残ったのだ。

火影を決める大事な決議の前に、彼女には見ておきたいものがあった。














白波。千波万波が織り成す景観。

だが此処は海でもなく川でもない。数多の白いシーツが風に煽られているだけだ。
患者の洗濯物だろうシーツの波間を通り、綱手は屋上の端へと向かう。大波小波と打ち寄せる白を背後に、彼女は木ノ葉病院の屋上から下を覗き込んだ。

「綱手のばーちゃん!!」
矢先、酷く焦った声が綱手を呼び止める。振り返ると、波風ナルがはぁはぁと肩で息をしていた。
里中を捜し回ったのだろう。額に流れる汗を無造作に拭って「やっと見つけたってばよ!」とナルは叫んだ。

「なんだい?私に木ノ葉病院へ行けって言ったのはお前だろう?」
「うぐ…っ!じゃ、じゃあ、ゲジマユはもう診てくれたんだってば?」
「あ……忘れてた」
「何しに病院に来たんだってばよ!?」

地団駄を踏むナルに、綱手は内心苦笑した。
一介の下忍であるナルは三代目火影の生存を知らないのだ。けれどヒルゼンを診察したなどとは言えるはずもなく、綱手はナルをぞんざいに宥める。
ようやく落ち着きを取り戻したナルが「なんで屋上なんかにいるんだってばよ?」と訝しげに訊ねた。

その問いに、改めて屋上から下界を見下ろす。活気ある街並みを眺めながら、綱手はぽつり答えた。
「見ておきたかったんだよ――――この里を」


久方ぶりの故郷。ふるさとである木ノ葉に足を踏み入れた瞬間、綱手の心に湧き上がったのは、この里を支え守る火影になれる誇らしさと恐怖感だった。

里の長とは、里人達の居場所であり拠り所である。
里人は皆、里長に一切を信頼し、自らの命を預ける。その大役をこの自分が務められるのだろうか、と綱手は不安を覚えたのだ。

自信に満ちた彼女らしからぬ感情。その原因は、かつての弟子――アマルの一言。
「『神サマ』だけがオレの唯一の居場所なんだ」

師である自分ではアマルの居場所にはなれなかったのか、と綱手は唇を噛み締める。特に『唯一の居場所』という語は彼女に多大な衝撃を与えた。

だからこそ綱手は懸念する。弟子の居場所にもなれなかった奴が里人の居場所である火影になれるのか。里に住まう人々の拠り所になれるのか。
その反面、尊敬していた猿飛ヒルゼンと同じ道を歩めるという誇らしさも健在している故に、綱手はジレンマに陥っていた。

だが火影になると宣言した手前、自来也やシズネには言い出しにくい。御意見番もダンゾウより綱手を支援しているため、綱手は胸に巣食うこの憂苦を誰にも打ち明けられずにいた。

そこで、せめて自分がこれから守らねばならぬ里を一望しようと考えた結果が、木ノ葉病院の屋上から街並みを見渡す事であったのだ。



「どうしたんだってばよ、ボーっとして。これから火影になるんだろ?しっかりしろってばよ!」
何も知らないナルが横から激励を飛ばしてくる。それをなんとなしに聞いていた綱手は視線をそのままに、不意に口を開いた。

「居場所、っていうのはなんなのだろうねぇ…」

ぽつん、と無意識に零れた一言に、ナルがきょとんと目を瞬かせる。我に返った綱手が慌てて弁解するより先に、ナルは「…難しいことはよくわかんないけど、」と自分の考えを述べた。

「居場所っていうのはその人が帰る場所の事じゃないかってば?」
思わずナルに顔を向ける。綱手の視線を受けながらも、ナルは拙い言葉を駆使して説明し続けた。


「ええっと…家族が帰る場所が家なのは、家族皆が集まる事が出来るからなんだろ?お父さんがいてお母さんがいてきょうだいがいて…。家が居場所なんじゃなくて、家族がいる所が居場所なんじゃないかってばよ?」
「…安心できる場所、ということかい?」
「そう!それだってばよ!たとえばオレだったら…その、家族はいないけど…サスケがいてサクラちゃんがいてカカシ先生やイルカ先生にエロ仙人…、シカマルだろ、ヒナタだろ、キバ・いの・チョウジ…。ええっと、とにかく仲間がいるこの木ノ葉が、オレの居場所なんだってば!!」

いっそ純粋なほどの故郷愛。
九尾の人柱力故に迫害されてきたにも拘らず、ナルは天真爛漫に一生懸命語る。
指折り数える彼女の眼は心なしかキラキラと輝いており、顔も自然と笑みを浮かべていた。

手振り身振りで大事な仲間達のことを話すナルの笑顔を見て、鬱屈していた心情が徐々に消えてゆくのを感じる。うじうじするなんてらしくない、と自らを叱責し、綱手は再び木ノ葉の里を俯瞰した。

今まで火影になる・ならないで悩んでいた自分が馬鹿らしい。
誰かの居場所になろうと思うならば、相手が帰りたくなる場所になれば良いのだ。
此処が自分の居場所だと安心できる所にすれば良いのだ。
その為ならば、火影になって木ノ葉をより良くする事が一番だと、ようやく彼女は本心から火影になる決意を固めた。


未だに友達や仲間について楽しそうに話すナル。内心礼を述べると、綱手はナルの背中を勢いよくバンっと叩いた。
「ほら。リーって子の病室に行くんだろ、案内しな」
「お、おうっ!」

背中に受けた痛みに悶えていたナルが慌てて返事をする。そうして、リーの病室へ向かおうと二人が足の爪先をシーツの方へ向けた瞬間。
「……あんたが火影候補―――三忍の一人、綱手か」


聞き慣れた声にナルが立ち止まる。彼女の視線の先を追って、綱手もまた声の持ち主に眼を遣った。
一際強い風が吹き、激しく波打つシーツ。寄せては返す波のようにはためいていていたそれらが大きく翻ったかと思うと、次の瞬間には一人の少年が佇んでいた。


「俺と闘え」
綱手に正面切って勝負を挑んできた彼の眼は赤く渦巻き、まるで獲物を狩る鷹のようにギラギラと輝いていた。













「サスケ!?何言ってんだってばよ!?」
「ナル、お前は黙っていろ」

突如現れたサスケの高圧的な物言いに、綱手はピクリと片眉を吊り上げた。わざと唆す。
「―――そうかい。お前が『うちはの生き残り』かい」

その呼び名に、露骨に顔を顰める。直後、「そんな事はどうでもいい。俺が聞きたいのは一つだけだ」とサスケは鋭く綱手を睨み据えた。
「―――勝負を受けるのか、受けないのか」

二択の内どちらか一択しか受け付けない。しかしながら勝負を受けないという選択肢はサスケの頭には無いのだろうと綱手は察した。
故に第三の答えを返す。

「あいにく私は火影になる身なんでね。自分の大事な里の仲間である木ノ葉の忍びには手が出せないよ」
綱手の返答に、サスケはふんと鼻を鳴らした。次いで投げられたのは、木ノ葉マークが入った額当て。
「なら、木ノ葉の忍びじゃなかったらいいんだろ」

木ノ葉の忍びの証拠たる額当てを投げ捨てる。「大事な額当てになんてことするんだってばよ!」と憤慨するナルの怒声を聞き流し、サスケは綱手を再度挑発した。
「これでも勝負を受けないか?だったらあんたは資格がねえ。火影になんてなれねぇよ」
「……言ってくれるね」

過ぎた暴言の数々に、綱手の口許がひくりと歪む。おろおろと二人の顔を交互に見遣ったナルが間に割り込もうとしたが、その腕は先ほど彼女が並べた大事な仲間の一人に引き止められた。
「し、シカマル…」
「危ねぇぞ、ナル。とりあえず、こっち来い」

何時の間に来たのか。綱手を捜す途中で出会ったシカマルがまさか自分を追い駆けてきたとは露にも思わず、ナルは戸惑う。一方のサスケは気づいていたのか、ちらりとシカマルを横目に捉えていた。

困惑したナルがシカマルに引っ張られる形で、サスケから離れる。十分距離を取った彼らを見て取って、綱手はサスケに視線を戻した。
「こう見えても三忍の一人に数えられたこともある。下忍相手に本気も無いな」

双眸を閉ざし、綽然たる態度で微笑む。眉間の皺を深く刻むサスケへ、「お前に構ってる暇が無いんでね」と綱手は軽く肩を竦めてみせた。

「一分だ。お前なんてそれで十分」


口許に微笑を浮かべたかと思うと、彼女はサスケの後方へ鋭い視線を投げた。やにわに「そこのお前!」と呼び掛ける。
「隠れてないで出ておいで。此処で一分数えな」
「……流石、三忍ですね。バレてましたか」

綱手の声に応えたのは、色白の少年。
サスケの傍らに突然現れた見知らぬ存在に、ナルが眼を瞬かせる。同様に、彼を遠目で確認したシカマルも訝しげに眉を顰めた。

「その気配の絶ち方…『根』仕込みか?」
「…さぁ?僕はサスケ君について来ただけですよ。お友達ですからね」
詰問する綱手をはぐらかし、にこにこと読めない笑みを浮かべる少年――サイ。

本人の了承も無しに友達宣言されたサスケが「誰が友達だ」とすぐさま否定する。しかしながら「酷いなぁ」と肩を竦める本人は、胡乱な眼付きのサスケにもめげていない。

一方、サイの発言に逸早く反応したナルはじーん…と感動していた。
「あのサスケに友達…っ!お赤飯炊くってばよ」
「超馬鹿。お前はサスケの親か」
どこかずれてるナルにシカマルがツッコむ。険悪な空気が若干薄れたかと思いきや、サイが話を蒸し返した。

「それより一分秒読みするんでしょう?数えますよ」
にこにこと読めない笑みを浮かべる。サスケと綱手の間に佇んだサイがそう促すと、再びその場には緊張が張り詰めた。

サイを警戒する綱手がふとサスケを見ると、寸前と変わらず強い眼光が射抜いてくる。サイのことは気掛かりだが、まずはこちらを対処しないとな、と内心苦笑して、綱手はおもむろに人差し指をぴんっと立てた。

くいっと動かす。それが合図だった。
「―――さぁ、いらっしゃい……ぼうや」










弧を描く妖艶な唇。
明らかに見下した態度の綱手を目にして、サスケがチッと舌打ちする。
「…っ、ふざけやがって」

地を蹴る。こちらへ向かってくるサスケを前に、綱手は双眸を閉ざした。
飛んできた手裏剣を、瞳を閉ざした状態でかわす。容易に手裏剣が避けられるのを見越したサスケが綱手に急接近した。懐に飛び込み、身を屈める。そのまま殴ろうとした刹那、サスケは急ぎ飛び退いた。見れば、綱手の拳が屋上床を砕いている。

綱手の馬鹿力を目の当たりにして、サスケが秘かに冷や汗を掻く。だが直後、彼は発動した。
眼が赤く渦巻く。【写輪眼】。

「残り、四十秒」

サイの淡々とした声が響く。綱手が再び腕を振り被った。それを紙一重の差でさける。そのまま跳躍。だが、綱手のほうが一枚上手だった。
同様に跳んだ彼女がサスケの背後で足を大きく振り上げる。迫り来る踵落とし。彼女の馬鹿力を一発でも食らえばマズイ。
そう瞬時に判断したサスケが印を結ぶ。下忍とは思えぬその印に、綱手は微かに眼を見開いた。

「虎の印!?」
「【火遁――豪火球の術】!!」
ごうっと迫る火球に、綱手は攻撃から回避に転じた。その機にサスケは彼女からある程度距離を取る。再びサイが口を開いた。

「残り、二十秒」

着地したサスケがすぐ傍ではためくシーツの一枚に目を留める。それを引っ手繰り、未だ空中にいる綱手目掛け、投げる。てっきりただの目眩ましだと思い込んでいた綱手だが、シーツの中に潜まれているクナイに即座に気がついた。咄嗟に身を捻る。かわし様にクナイを手にし、サスケに視線を戻す。

だがその時には既に、サスケは術を発動させていた。
「…っ、この術は!?」

耳朶を打つ、鳥の鳴き声。綱手の知る限り、この術を会得しているのはただ一人だけ。
一瞬狼狽する綱手に出来た隙をサスケは見過ごさなかった。
雷鳴に雑じって聞こえる、サイの抑揚のない声。

「残り、十秒」

地へ降りゆく綱手目掛け、一気に迫る。着地すると同時に突こうと、サスケは腕を伸ばした。
屋上の床が術の影響で抉れ、彼が走る軌跡を残す。
「――――【千鳥】!!」

光り輝く手が雷を伴って綱手を襲う。雷の閃光が彼女の身を包んだかと思うと、ぼうんっと白い煙が立ち上った。
一瞬唖然とするサスケが背後に気配を感じ、急ぎ振り向く。だがその時には綱手の指が額に迫っていた。
「ぐ……ッ!?」

物凄い衝撃がサスケの額一点に集中。刹那、思いっきり吹き飛ぶ身体。
地に足をつけ、踏み止まろうとするが、それでも衝撃は抑え切れない。なんとか体勢を整えたサスケは、この時になってようやく衝撃の出所がわかった。
ただのでこぴん。


戦慄を覚えると同時にサスケが悟ったのは完全なる敗北だった。
何時の間に来たのか。先ほど己がシーツと共に投げたクナイ。その切っ先を首筋に突き付けられ、サスケは耳元で囁かれた。
「下忍にしてはなかなかの動きだ。だが…―――」

首筋から離したクナイを綱手がくるりと回転させる。そうしてわざわざクナイの柄のほうを向け、サスケに手渡すのと、一分経ったとサイが宣言したのはほぼ同時だった。

「まだまだ甘い」











力量差を思い知る。
ぐっと喉を詰まらせながらもサスケが渋々クナイを受け取るや否や、綱手は唐突に声を上げた。

「カカシ!お前か、あの術を教えたのは」
「これでもそいつの担当なものでして…」

綱手の声に応じてひょいっと顔を出したカカシの登場に、それまではらはらと闘いを見守っていたナルがほっと安堵の息を吐いた。
自来也にでも呼ばれたのか、何の前触れも無く現れたカカシが綱手に会釈する。

一方、サスケはカカシの姿を目に捉えると即座に戦闘態勢を解いた。「行くぞ、サイ」と屋上から離れようとする寸前、ちらりとシカマルを見る。
サスケの意味ありげな視線に気づいたシカマルが声を掛けようとするが、それより先にサスケとサイは病院の屋上を後にしてしまった。




嵐の如くその場を掻き回した揚句、無言で立ち去る。てててっと綱手の傍に駆け寄ったナルが首を傾げた。
「サスケの奴、一体何しに来たんだってばよ?」

屋上にいる者誰もが思う事を代弁する。サスケの不可解な行動に唇を尖らせるナルの隣で、同意見なのか綱手がカカシに非難の目を向けた。
「お前の教え子はこの私に喧嘩を売りにきたのかい?」
綱手の問いに苦笑を洩らしつつも、カカシはサスケを弁護する。

「まぁ少々問題ありますが…あの子は無闇に闘いを仕掛けたりしませんよ。何か訳があるんでしょう」
「訳、ねぇ…」
サスケが去った方向へ視線を向ける。「どう見てもただの腕試しに来たようにしか見えないけどねぇ…」と呟く綱手に、何かを拾い上げたシカマルが声を掛けた。
「そうでもないみたいッスよ」

意外にも、サスケの行動には理由がある、と暗に告げたシカマルが綱手にある物を手渡す。
手渡された物を暫し怪訝な顔で眺めていた綱手だが、サスケの意図に気づくと、やがて愉快げに眼を細めたのだった。
















「お前も不器用な性格だね」

そう言われるなり投げられたソレを、サスケは憮然とした顔で受け取った。
厚みを手で確認してから、ようやくつける。綱手によって残る赤味を隠すように額を覆うと、カカシが微かに笑った。

「…なんだよ」
「いや?しっかし、お前にしたら考えたね」

おどけてみせるカカシを横目で睨みつける。高い木の枝上で並んで座る彼ら師弟を、落陽が橙色に染め上げた。
眩しげに眼を細めたカカシの耳に、ぼそぼそとした声が届く。

「別に…。シカマルの父親の考えだ」
「ああ、シカクさんかぁ……」
若干遠い眼をしたカカシが「なるほどね、あの人の考えそうな事だ」と呟く。
五代目火影の就任式の準備に取り掛かっている里を、二人は揃って見下ろした。


サスケが綱手に勝負を仕掛けた理由。それは今現在、サスケの額にて鈍い光を放つ額当てにある。

ダンゾウの火影就任阻止の為にそれぞれ行動していたカカシとサスケ。
特にサスケは同期のほとんどが名門の嫡子故に、彼らの親である名族から署名を募っていた。だがその最中でサイという少年が接触してきたのだ。
以来、サスケにやたら付き纏ってきたサイ。シカマルから忠告を受けた故、カカシに報告しつつ、サスケ自身もサイには注意していた。

そこでサイの目的が署名状であると気づき、ダンゾウの息が掛かっている事実もカカシにより判明する。

しかしながら流石『根』所属。なかなか尻尾を出さない上に、サイはサスケから目を離さない。
ある程度名族達の名が連なったところを奪うつもりらしく、虎視耽々と署名状を狙われる日々。
日々肌身離さず手許に置いていたサスケだが、問題は如何にサイの目を盗んで綱手に署名状を渡すかであった。

そこでカカシの助言の内にあった、シカマルの父であるシカクに協力を仰ぐ。これがサスケの不可解な行動に繋がるのである。


忍びの額当ては何処の里の出身かが判るように目印が施されている。木ノ葉の里出身ならば木ノ葉マーク。砂隠れや岩隠れなどもそれぞれ施された印にて判る仕組みだ。

しかしながら額当てには、何処の忍びかという判別以外にも用途がある。
それは中に仕込まれた、薄い鉄板。この鉄板は例えば千本程度ならば防ぐ事が可能である。
けれど鉄の板など入っているか傍目では判り難い。其処をシカクは指摘した。

即ち、鉄板の代わりに署名状を仕込み、その額当てを綱手に渡す事が出来れば良い。

だからこそ、わざわざサスケは綱手に闘いを挑んだのだ。
サイの目を盗み、如何に自然と額当てを渡すか。額に巻いている状態ならば気づかないが、手にする事で初めて額当てに鉄板が入っていないかが判る。
故に投げ捨てた額当てをそのままにサスケは病院の屋上を立ち去ったのである。
勿論サイに気づかれないよう、彼と共に。
その為に、あの場で最も頭が切れるシカマルに何度も視線を投げていたのだ。

一方のシカマルも事前にシカクから同期にも目を配るように、と忠告を受けていた。
以上から意味ありげな視線を受け取ったシカマルがサスケの意図に気づくのは至極当然。
そしてそれを綱手に手渡すだろうともシカクの読み通りに事が運んだのである。

夕陽に照らされ、鈍い光を放つ額当て。
鉄の板が入っていない為に厚みは無いが、無事に自らの役目を果たしたそれは今とても輝いている。

「署名状が決定打になったよ。五代目火影は綱手様だ。良くやった、サスケ」
「べつに俺は……」

照れているのか、ふんっと顔を背けるサスケを暫しカカシは微笑ましげに眺めた。
彼もまた上忍達に呼び掛けたという助力したが、最も有益となったのは名族達が署名した書状である。これがもしダンゾウの手に渡っていれば、彼が五代目火影になるのは確実だったが、サスケのおかげでそれも回避出来た。

くしゃくしゃ、とサスケの頭を撫でる。照れ臭そうな素振りをするサスケにもう一度笑い掛けると、カカシはその場を後にした。


カカシが立ち去った木の枝で、サスケはようやく肩の力を抜いた。自らが全うした事柄を思い返し、溢れる達成感に胸をいっぱいにする。
肩の荷が下りたと感じて、サスケは小さく呟いた。
「やったよ、兄さん…」

イタチとの和解の際、彼は兄に頼まれた。
ダンゾウが火影に就任しないよう引き延ばすように、と。また、自分の代わりに里を頼むとも。
兄との約束を果たす為に、サスケは署名運動に励んだのだ。その結果が今の現状だ。


充実感を覚えたサスケはようやく木から下りた。
火影の事で賑わう里とは正反対に、此処は人通りが少なく閑散としている。だがサスケの心中は満足感に満ちていた。帰路につく為に一歩足を踏み出す。

だがサスケに訪れた平穏はほんの一時だった。





不意に寒気を覚える。
吐いた息は白く、背筋がぞくぞくとした。冷気が足下を撫で上げ、肌を刺す。
その瞬間、サスケは思い出した。この寒さは以前経験した事がある……―――。


「…お久しぶりです、うちはサスケくん…」

鏡。
一瞬の内に周囲を取り巻く、数多のそれら。
サスケの顔を見るなり彼は申し訳なさそうに、だがきっぱりと告げた。


「突然ですが、死んでください」

死の宣告を下したのは、かつて波の国で対峙し、兄との和解時に橋までサスケを誘導した―――白であった。
 
 

 
後書き
大変長らくお待たせしました!そして原作…終わってしまいましたねえぇえぇ――――(泣)
それなのにこの話、まだまだ続きます。
原作とは異なる展開・捏造多数・全く違った終わり方…になりますが、ご了承願います!
これからも引き続き、よろしくお願い致します!! 
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