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月夜

作者:詩乃
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月夜

 
前書き
 
  人には言えない「逢瀬」。

  あなたはその意味を知る。 

 
01 満月の夜

 新選組一番隊長、沖田総司さんの世話役になってから何度目の満月だろうか。私はいつものように洗濯物を抱え、水場に向かっていた。だけど、新選組の建物はとても広いので、庭の間を通った方が早い。そう思い、廊下から月を眺めながら歩いていた私は玄関に歩を変えた。
 隊士達が寝静まった夜中に動いているのは私みたいな下女だけだ。まあ、下女も数える程しかいないのだけれど。今宵のような静かな秋の夜なんかは、鈴虫の声がよく聞こえる。からん、からんと下駄を鳴らしながら、昼間に手入れをして今は満月に照らされる庭を歩く。しばらくすると、縁側に座っている沖田さんが見えた。洗濯物があるけれど少しくらいなら立ち話をしてもいいだろう。

「沖田さん」

 声を掛けると、彼は少し驚いたようだった。闇に同化する、藍色の着物を着ている。相変わらず、綺麗な顔立ちだ。

「また君ですか。一人で月見も満足に出来ないなんて……。洗濯物を抱えたままで。どうするつもりなんです?」
「偶然ですよ。それから、洗濯は後でも出来ます。夜が明けるまでに終わらせればよいことですから」

 私は沖田さんの隣に座る。ここから見える池には、大きな丸い月がゆらゆらと映っていた。隣に座った私を見て、彼は怪訝な顔をする。

「君。誰に許可なく隣に座っているんです? 僕は君といることを許したつもりはないんですけど」
「沖田さんの許可は必要ありません。私は私の意志でここにいるので」
「はっ……ははは! これは傑作ですね。何? 君は僕に斬り殺されたいの? そうだって言うなら、希望の所を斬ってあげてもいいですよ」

 かちゃり、と彼がいつも持ち歩いている日本刀の光る刃が鞘から姿を現した。よく見ると、その刃に所々赤黒いものが付いているのが分かる。洗ってももう落ちることのない血。それは、彼が新選組の一員であることの証だった。だけど私は彼に何度かこうして刃を向けられたことがあるから、もう慣れたものだ。

「私を斬るなら病気が治ってからにしてくださいね」
「またそれですか? 僕の病気が治らないのを知っていて? 全く、秘密を握られているとはこういうことなのでしょうね」
「秘密も何も。沖田さんが言ってくれたことじゃないですか。あの夜、あなたの部屋で――」
「黙ってください。君の口から、僕をどう感じたかなんて聞きたくないですし」
「……私が逃げようとしたら引き止めたくせに」

 私がむすっと顔をしかめたのが分かったのだろうか。彼は呆れたようだった。

「抵抗するのが悪いんですよ。それに、バレたら土方さんに局中法度で殺されていたかもしれない」
「それなら部屋を変えてくれればよかったものを」
「一足先に口答えですか? 余裕がなかったのだからしょうがないでしょう」
 彼は昔のことをほじくられるのが嫌い――これは、彼に仕えて分かった数少ないことだった。
「――にしても。今夜の月は綺麗ですね。あの夜みたいに」
「さっきからどうしたんですか、君。あの時のことばかり喋り始めて……もしかして僕に抱かれに来たつもりなの?」 

 彼は刀を鞘にしまいつつそっぽを向きながら言った。

「まさか。ただ世間話でも、と思っただけです。そんなつもりはありません」
「冗談ですよ、冗談。この僕が二回も君と、なんて考えられませんし。まあ最も、君が望めば――話は別ですけどね」

 ゆっくりと顔を近づけてくる彼。低く囁くような声に、月明かりだけでも分かる鮮明な甘い顔立ちに見つめられるとそんな気がないのに鼓動が早くなる。

「な……っ! からかうのは辞めてください!」

「……ふっ、だから冗談だと言っているのに。勘違いするのがいけないんですよ? その空っぽの頭に勘違い、という言葉を入れておくのをお勧めします」

 そう言うと、彼は立ち上がった。そして刀を手に持つ。

「さて、と。僕はもう寝ますね。夜が更けてきましたし、明日も早いものですから。君も、さっさとその洗濯物を片付けた方が利口だと思いますよ。――お休みなさい」

 ゆっくりと、縁側から立ち去る彼。
 私はしばらく彼の後ろ姿を見つめていた。

02 翌日、心の中で

 なんだかんだ言って優しいところも。
新選組を背負う剣の強さも。
綺麗な唇から漏れる毒舌も。
彼の声も。少し強引なところも。時々拗ねることも。
彼の夜の姿も――全部、好きだ。

 ああ、私は完全に彼に溺れたんだな、と改めて痛感する。
決して、私のような普通の下女が抱いていい感情ではないけれど。
 きっと、彼にはこの気持ちなんて届かないけれど。
 彼が結核で、もう長くはもたない体だとしても。
 世話役として隣にいられる今だけは。
 人を斬りなれた彼に、人の暖かさを知ってもらえますように。

 
 
 

 
後書き
 
 新撰組黙秘録の、沖田を聞いたあとに衝動で書いたものです。

 たっつんが凄すぎました…!!

 部誌だと控えないといけないので甘めはなし。

 やるのも書きたい(´・ω・`) 
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