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バカとテストと白銀(ぎん)の姫君

作者:相模
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第一部 最終話 彼と彼女の事情

 
前書き
第一部完結です! 

 
「妃宮さん、余計なタイミングで来ちゃったかな。」
頭をかきながらそんなことを言ってくる吉井に、僕は苦笑してみせる。
「友香さんに逃げられてしまったのは(わたくし)の不徳とするところです、気にしないでください。」
何故友香さんが走っていってしまったのか、僕には分からない。
だから、彼女からもし次に合ったときに何かをいわれたならそれをしっかり受け止めよう。そう自分に言い聞かせながら、僕は思考を召喚戦争に向けたものに変える。
「妃宮さんがそう言うんだったら…まぁ、しょうがなかったんだってと思うことにするよ。」
あははと笑う彼に、僕は少しばかり心が落ち着く。
彼はいつでもこんな感じで笑っているのだろう。彼女たちが心引かれているのはこう言った部分なのだろうか。
「それで代表が私のことを呼んでいるとは何なのでしょうか」
「たぶん霧島さんの要求を聞くって奴の確認なんだと思うんだけどさ。霧島さんも妃宮さんにどうしても臨席してほしいってさ。」
なるほど、証人喚問の要人として連れていかれるのか。

「……雄二、約束」
代表殿と霧島さんはまだフィールド内にいた。
代表と霧島さんの間ぐらいに立っている久保の向かいあたりに僕も立つ。遅れたことに謝辞を表すと、代表が低く力の入っていない声でつぶやく。
「………言うだけ言って見ろ。」
その言葉に淡々と、しかし少しだけ期待するように霧島さんは答えた。
「…私と付き合って」
彼女の言葉に一瞬教室中の物音が消えた。

そしてわずかに遅れて、教室を男女分け隔て無く発せられるどよめきが覆い尽くす。
校内では霧島さんは実はレズなのではないかという噂もあったらしい。
Aクラスの半分ぐらいはその噂を信じているのではないかという、ムッツリーニからの事前情報通りの反応。

そして、彼らがこんなにも驚くほどに男の影が無かったのだろう。
それが、一途に一人の男を想うものであったからだとは誰も想像していなかったのだろう。
「…やっぱりな。お前から戦争をふっかけられたときからそうだろうとは思っていたが…」
代表があきれたというのを身振りを交えて表現する。
彼の目の前には静かに、けれども猛然とプロポーズを仕掛けてきている霧島さん
「総員戦闘配置につけ、あの異端者に我らの恐ろしさが如何なるものか思い知らせてやるのだ!!」
「「「異端者には制裁を!!」」」
そして彼ら二人を取り囲むFFF団という暴徒諸兄。
一部Aクラスのメンツが黒服面を借り受けて、その包囲の輪の中に乱入するのが見えたけれども、どうしてクレバーなはずのクラスの連中まで何だってFFF団に参加しているんだ。
考えるだけでも頭が痛くなる。
「拒否する、そんなもの受け入れられるか!」
「「「それでこそ俺たちの代表だ!」」」
代表殿の声に、怒号があちらこちらであがる。
「……参謀さん、質問に答えて。雄二が私の言うことを聞かなかったらどうなるのか。」
霧島さんの凛とした声が教室に響く。
一斉に教室中の視線が僕に降り注がれる。
交渉の時に、約束を履行しなかったときにペナルティーが掛かるようにしていたのはこのときのためなのだろう。
そしてその交渉の席にはFから出席していたのは僕一人、指名を受けた僕は彼女の要望に応える。
「はい、以前に申しましたとおりFクラスは今回の戦いでのみ設備をAクラスと入れ替える権利の喪失、及びFクラスの設備のグレードをさらに一段階落とす。これらがペナルティーとして課せられます。」
僕の言葉にしんと静まり返る教室。
全くの無償であったならば、恐らくFFF団の介入によって妨害させられるであろうというのを見切っていたのだろう。
たまたまのクリティカルにせよ、前々から考えていた虎の子の策であろうとも、このタイミングにおいて霧島さんにとって今回の最強の手札であろう。
そもそも、代表殿はクラス設備の向上を担保としてこの戦争を始めた。
つまり、霧島さんの告白を代表が受け入れたならばクラス設備の向上は叶い、また霧島さんも自身の望みを叶えることが出きる。
しかし、もし霧島さんの告白を受け入れなかった場合、クラスの設備は今のおんぼろな設備よりもさらに悪くすると言ってきているのだ。
さらにこちらから提案した秘密協定があるから、FクラスはAクラスに対して戦争を仕掛けることができない、つまり自分の首を絞める形に陥ることになる。
ありとあらゆる条件を、すべて自分の都合のいいように布石を打ち返してきた彼女の罠に、代表はまんまとはめられたという事だろ。
「…雄二、約束守るよね?」
一歩足を踏み出した霧島さん、教室中の空気がぴんと張りつめる。
「……くそっ」
舌を鳴らした音が教室中に響く。
「Fクラス諸君に聞く、お前等はどっちが望みだ!」
二人を取り囲むFFF団に代表は叫びかける。
Fクラスの代表殿による独裁政治から直接民主主義への一時的な移行とは何と思い切ったことを…
「雄二、僕は男として雄二のその姿勢を尊敬するよ。」
中身が恐らく吉井の黒覆面が一歩前に飛び出る。
「ほう、明久。お前は俺にどうしろと?」
「如何なる理由でも、僕は雄二みたいな不細工が霧島さんみたいな美人とくっつくなんて許すわけ無いよ!!」
霧島さんの策、失敗。
「「我ら異端審問会は、教室設備がたとえぼろい畳だけになったとしても、Aクラスからのペナルティーを甘んじて受け入れようじゃないか!」」
完全にFFF団の性質を読み違った霧島さん。彼らは単に欲望の固まりなのではない。
ただ少し、女の子といちゃいちゃしたいだけで純情な心をもっている、けれども女の子にモテないからリア充全般を敵視し、自分の身の回りからリア充側へといくことの足の引っ張り合いをするための組織であるようだ。
今まで独り身であった彼らの支持者たる代表殿が、突然リア充に転じる事なんて彼らが許すわけがない。
恐らくそれを見越しての問いかけだったのだろう。
それほどまでに嫌がることなのだろうか。
「代表、ごまかしていらっしゃいますよね?」
僕は思わずそう呟いてしまった。
「……それはどう言うこと?」
誰の耳にも入っていないと思っていると、いつの間にか霧島さんが僕の目の前に音もなく立っていた。
無言の圧力が掛け値無しにふっかけられる。
続きが何であるのか、代表がごまかしている事とは何であるのか、表情は科目であり続けているのに、その獰猛な眼光に僕は問いつめられていた。
「参謀、お前、何を…っておい!?」
「「異端審問会の掟に従い、二度と公共の場でこのような行為が行われないよう厳重に可愛がってやる、楽しみな!」」
「「Let's party!!」」
FFF団に袋叩きにされている代表の姿は僕から見えなかった。
目の前の巨岩のごとき威圧感の塊と化している霧島さん。
「……参謀さん、貴女は何を知っているの」
静かな/激しい問いかけに、僕は慎重に問い返す。
「…(わたくし)の勝手な想像をお聞きしたいのですか?」
「作戦参謀とは起こっていない不測の事態を勝手に想像して、それに備える役割も持つと考えている。雄二の信用するあなたの想像は信用するに値する。」
根拠まで提示しなくともいいと思うんですが。
「私は……そうですね。代表は全力で貴女に挑んで、それでも負けたというのが悔しいのでしょう。」
僕がこれまで見てきた代表殿の姿から、勝手に考えたことを少しだけ真剣な彼女に伝える。
「……何故?全力でやり合ったのに、それでも不満なの?」
その後は僕の口から言って良い事じゃない、それはあくまでも不測の範囲で根拠も代表殿が少し漏らしたのを継ぎ接ぎしただけの代物。
「霧島さん、これ以上は言えません。この先は、恐らく次のあなた方との正面対決で、きっと代表の口から語っていただけると思います。」

そもそも僕にはこの勝負はまだ終わっていないように思える。
代表殿にとって今回の勝負にもそれなりに見込みを持っていたのであろうけれども、それはあくまでも通過点の一つなんじゃないんだろうか。
今回の戦いは、Fクラスは侮れないとAクラスに宣伝するだけになったのは、戦果としては芳しくなく、そのために次の対Aクラス作戦に小さくない影響を与えることになっただろう。
けれども、代表への戦争責任は「厳重注意」に留まっているのだから、(体罰で喉仏を切らない程度の注意)すぐ目の前の戦いには何ら影響はないだろうし、ついでにそれを元から計画していたという功績があればFクラスのみんなも納得してくれるだろう。

はぐらかされた僕の答えに不満そうな表情を浮かべる霧島さん。
しかし、何かを自分の中で納得させたのか、すぐにいつものポーカーフェイスに戻る。
「……参謀さんがそう言うなら、そうなのかも。期待している。」
少し困ったような表情を浮かべたAクラスの代表はFFF団による包囲の輪の中に入り込む。
厳重注意を受けている真っ最中の代表の首根っこを掴み、そのまま自分の前に投げる…って霧島さん、今あんなに体格の良い代表を投げましたよね?
恐るべしというか何というか。
「…雄二、私と付き合いたくないって言うのは聞くから、今日は今からデートに行くこと。休ませないから。」
「ちょっと待て!俺は拒否したはずじゃないのか!!おい翔子、首はやめろ首はあぁ!!」
そのまま教室から出ていく二人を誰も止めることは出来なかった。
「諸君、異端者坂本雄二をこれより追跡する。諸君それぞれの任務に就け!」
「「「イエッサー」」」
どたばたと教室から走り出る黒服面のみなさん、一気に教室内の人口密度が下がってしまったように思うけれども(特に男子の割合)、あの中にはAクラスのメンバーもいたのではないだろうか。
そう思っていると複雑な表情の久保が僕のところにきた。
「妃宮さん、良い試合を見せてもらったよ。とは言え、妃宮さんみたいな戦いは僕には真似できないだろうけれどね。」
「そうですね、私のやり方は少し卑怯と言われてしまいますからね?」
「はは、それは妃宮さんの人柄でカバーできているじゃないか。それより、今度の戦後処理は僕が担当することになったのだけれど僕たちは事前に言われていたとおり、休戦は受け入れるよ。」
なるほど、Aクラスの代表が消えてしまったから代わりに次鋒の久保がF参謀の僕のところに来たってわけか。
「ありがとうございます、(わたくし)はお約束していただければ十分です。」
「そうか……」
思案顔の久保が声を潜めて僕にこう囁いてきた。
「つかぬことを聞くんだけどね、吉井君のことを妃宮さんはどう思っているんだい?」
その顔は真剣そのものであり、茶を濁すことを許さないといった気迫がこもっていた。
「…そうですね。時々天才なのではないだろうかと思います、それに作戦的には使い方次第では最強の切り札に成るとも思います。もし人間性をお尋ねなのであれば……少なくとも、世話焼きな心を掴んで離さないと言った気質をお持ちかと。」
僕はまるで先ほどまでの試合について久保と話しているかのように、自然体でそう答えた、もちろん周囲(特にFクラスの女子組)を警戒しながら答えている。
「……世話焼きな心を掴んで離さない、か。おもしろい例えだね。ありがとう、じゃあ僕はこれで。」
紳士に振る舞う彼が、道を踏み外すことがなければとその後ろ姿に祈る僕であった。


背を向けて教室から出るとそこには姫路さんと島田さんが待っていてくれた。
「お疲れ、千早」
「千早さん、お帰りなさい」
「ありがとうございます、美波さん、それに瑞希さんも。」
そう言って僕を労ってくれる二人に、僕は少し心が軽くなったような気がする。
肩をとんとんと叩いてくる島田さんと、僕に笑いかけてくれる姫路さん。
二人に囲まれながら僕は他に誰か近くに残っていないかとあたりを見回すと、島田さんは肩をすくめてみせた。
「他のみんなは坂本の追跡に行っちゃったのよ。全くこのクラスの男連中はなんとかならないかしら。」
「それは……仕方がないことではないでしょうか…」
Fクラスのメンツで唯一この場に残っていた女子組(秀吉君は木下さんから折檻を受けているため不在)に合流して、僕はFクラスに戻ったのだった。

「千早、何度も繰り返しになっちゃうけどお疲れさま。」
「千早さん、あの演出格好よかったですよ?」
「あれは……その…ありがとうございます。」
苦笑いに見えていたらいいのだけれども。
何しろ四方からため息だとか、歓声(黄色が混じった)だとかが飛んできたのだけれどあれ以上の(精神的な)攻撃は無かったと思う。
「それよりも、お二人とも第三試合で奮戦なさったではありませんか。特に島田さんは80点ほどの得点差を見事逆転なさったではありませんか。」
「あぁ、あれね。でも少し油断したとたんに、また木下さんにばっさり切られてしまったから……こういうときはあんまり調子に乗らない方がいいみたいね。」
あははと笑う島田さんは控えめな気質なのだろうか。
「もう、美波ちゃんは謙遜し過ぎなんです。今回も木下さんじゃなかったら圧勝していたじゃないですか。」
対して見かけによらず、少し過激で攻撃的な姫路さん。
うまいこと二人でバランスが取られていると思う。
「では、次の作戦をお二人にはお伝えしますね。」
こほんと咳払いをして僕がそう宣言すると
「えっ!?まだあるの?」
「どことやるんですか?」
不思議そうに首を傾げる彼女たちに声を潜めて、次の対戦相手を告げると悪人を見るような目線を僕に投げかけてくる二人。
仕方ないではありませんか、みかん箱で授業を受けるだなんて僕でもごめんですから。

Fクラスの面々が代表の追跡をあきらめ戻って後、今度は西村先生が教室に入ってきた。
「お前たち、遊びの時間はもう終わりだ。」
「てつ…西村先生、どうしてここにいるんですか?」
吉井が代表して尋ねると笑顔で西村先生は答えた。
「今日から俺がお前たちの担任に福原先生の替わりに付くことになった。よかったな、これから一年間死に者狂いで勉強できるぞ」
「「な、何だって!!」」
教室の大半を占める男子たちが一斉に叫ぶ、それほどまで西村先生のことが苦手なのだろうか。
僕としてはお世話に成りっぱなしの先生という印象がどうも拭えないのだけれども。
「特に、吉井。お前と坂本は今回の戦犯として厳重に監視してやるから心しろよ!」
「何を言ってるんですか、西村先生。僕らは絶対今まで通りの気楽なスクールライフを送るんですから!」
そういい返す吉井に僕は思わず感心してしまう。
ここまで意志が固いというのは相当なことだろう。
その強靱な意志力は他のことで是非役立たせてはどうだろうかと思わず心の中で皮肉ってしまう。
「お前には悔い改めるという発想は無いのか……」
大きくため息をつく西村先生の方がかわいそうに見えてきた僕だった。


西村先生が僕たちの担任として着任したその次の日。
「代表、遅いですね…」
「そうじゃの、いつもならとっくに登校しておるじゃろうにの」
昨日から連絡が付かない代表殿を不審に思っていると、どうも秀吉君のほうも同じ状況が続いているようだ。
二人で話していると、代表殿ではなく吉井が入ってきた。
「吉井君、今日はいつも以上にやつれて見えるのですがどうなさったのですか?」
入ってきてすぐに自分の机に突っ伏したそれ(吉井)に声を掛けると、吉井はぱっと顔を上げて僕を拝み始めた。
「お願い、今日だけ何かご飯おごってくれない?」
「どうなさったのですか?まさか昨日のデートで…」
「しっ!!」
昨日、吉井が姫路さんと島田さんというFクラスの女子二人を侍らせて(女子二人に拉致されて)いたのは周囲承知の事実だと思うし、こう言うときに限って異端審問会が何も制裁決議を行わないのは不思議だ。
「そうですね……」
女子組二人が僕と吉井の会話に耳をそばだてているのだけれども、どう反応すればいいのやら。
「そうなったのは、一重に吉井君の無駄遣いにも問題があると思います。しかし吉井君の予想を遙かに超える出費が合ったのだとすれば、それは出費させた方々の責任でもあると思います。ですから頼むのであれば私にではなく……」
「アキ、コンビニで買いすぎちゃったんだけどいる?」
そういっておにぎりを二つ押しつける彼女。
島田さん、焦りすぎだと思いますよ。
昨日普段は使わないほどの出費をさせてしまったということを自覚していたのか。
ところで彼らは昨日は一体何をしたんだろう、男女1:2の構成だから映画でも見に行ったのだろうか。もっともそれほど気になることでもないから詮索する気もないけれど。
「えっ、良いの!?ありがとう助かるよ!!」
「べ…別に感謝しなくていいのよ。買いすぎただけなんだから…」
そういいながらうじうじとする彼女の姿が好ましく見えた。
ああ言うのを恋する乙女とでも言うのだろうか。
どちらにせよ吉井の島田さんに対する好感度が少し上がったのでないだろうか。
(み…美波ちゃん…いつの間にそんなの買っていたんですか!ずるいです!抜け駆けです!!)
姫路さん、心の声が筒抜けなのですが……
手足をばたつかせたりして不満の意を表明する姫路さん。
そして
「Fクラス!あんたたちに私たちEクラスは宣戦布告をするわ!」
空気を読まない珍入者が一名。
教室中が「はあぁ?」といった空気に包まれる。
その後ろから疲れたような表情の坂本が現れる。
「朝からどうなさったのですか?もしかしてFクラスの方と…」
小声で坂本に尋ねると無言で首が振られた。
Eクラスの代表、中林はAクラス代表である霧島翔子のファンであることを内外に公言している剛の者だと聞いている。
だから僕と代表は、もしAクラス戦で勝てずに設備降下された場合に備えてEクラスから喧嘩を売ってもらう算段をつけていたのだけれども。
「翔子姉さまのすばらしさ」を広めるため絶賛布教中の彼女に喧嘩を売るようなものだから、あまり使いたくはないのだけれども放たれてしまった矢は止めることは出来ない。
「参謀はCクラスに援軍の要請をしてくれ、最悪渡り廊下の封鎖ぐらいは引き出してくれ。参謀がいない間は姫路を司令代理として任ずる。」
「承知しました。」
「了解です!」
「修羅場をくぐり抜けてきた俺たちがE程度に負けるわけがないだろ、お前等!この戦いにとっとと勝ってみかん箱と速攻おさらばするぞ!」
「「「応よ!!」」」
このときのFクラスの面々の雄叫びは新校舎まで聞こえていたらしい。


「失礼いたします、Cクラス代表、小山さんはいらっしゃいますか。」
Cクラスでは友香さんが代表の地位に返り咲き、今日から復職することになっているのはムッツリーニにも確認している。
それなのに、僕の呼びかけにこのクラスの空気は逆に凍り付いてしまった。
何か不味いことでもしただろうか、肝心の友香さんはというと椅子からピンと立ち上がり、直立不動に成っていた。
ひそひそ話の一部一部に「お姉さま」やら「妃宮様」という奇妙な単語が聞こえたような気がするが、それらはあくまでも気のせいである。
そうだ、気のせいじゃなきゃいけないんだ。
「代表、しゃんとしなさい。妃宮さんに失礼でしょ」
彼女の隣に座っていたのであろう女性徒、確か北原さんだったと思う。
「う、うん。ご、ごめん。タイミングがね、タイミングが…あは、あはははは……」
「……出直した方が宜しいでしょうか?」
「ううん、大丈夫。なんでもないから…」
「代表、深呼吸でもしてみたらどうなのよ。ごめんね、ちょうど妃宮さんの話題が出ていたところだったから。」
聞きたくないことを聞いてしまった、とは言え仮面を外すわけにもいかない。
「まぁ、どのようなことを言われていたのでしょうか?」
「そうね、Aクラス戦での貴女の戦略についての是非だとか、どれほど貴女が第四試合の演出で魅力的に見えたかだとかだったかしら代表」
その言葉に真っ赤になる友香さんと、血の気が引くのを感じる僕。
確かにこのクラスの皆さんの中に、毎朝品のいい挨拶をしてくれた女子生徒や男子生徒のほとんどが見受けられますから
「あらら、まさか妃宮さんまでフリーズしちゃうとは…こほん、話の筋を戻すわよ。代表、妃宮さんが来たわよ。」
「そ、そうね。それで、うちのクラスにどんな用件かな。」
「え、えぇ。実は少し戦力をお貸ししていただきたく…」
「「「妃宮様のお望みならば、我々をいつでもお使いください!!」」」
まさかのクラス一丸と成っての叫び声をこのクラスでも聞くとは…
「軍令部の面々は会議スペースに集合!他のみんなはのぞいてても良いけど、口出しは無しよ!」
「「ラジャー!」」
頭を思い切り抱える友香さんに、僕は思わずこの人がいったい何をしてくれたのか、心の底から気になる。


「Fクラスからの今回の要請に、私は対Aクラス用で準備してきた戦力の半分、つまり支援攻撃部隊と近接攻撃A部隊を派遣をと私は考えるけれど参謀課、特務課のみんなはどう思う。」
早速審議を始めることが出来るというのは、僕の想像通り去年から生徒からの信頼を握っていたのだろう。
「戦力の半分とは言わず、すべてつぎ込んでも文句はないぞ俺は。」
「そうね、私は相手がEだからって遠慮せずにこっちの全力をつぎ込んで私たちの強さを思い知らせるべきだと思うな。」
軍令部の筆頭である北原さん以外は戦力の全力活用が提示される。
どうなってるんだこのクラスは。
高々Fクラスの援軍に全兵力を出すなんて馬鹿げていないだろうか?
「北原さんはどう思う。貴女は全員を突っ込ませることに賛成かな。」
友香さんにそう声をかけられた女性徒は、微苦笑を浮かべて僕にちらりと目をやり、それから口を開いた。
「軍令部のメンバーとしても、それに個人の感情面でもFクラス、ひいては妃宮さんに対する支援で手を抜くなんて論外ね。だけどあえて代表の案を少し変えたものを提案するわ。具体的には近接攻撃B部隊と支援攻撃部隊の派遣。E程度、Bの実践演習には良い相手じゃないかしら。それに、それに今回はFクラスとの連携を取る練習も兼ねると考えれば良いと思うわ。」
その案におぉと会議室の面々が唸る。
確かにまだ合同演習とかしたことがない。
とは言え、この同盟って無期限じゃないと思うのだけれど。
最終的にはお互いの手の内がわかった状態でのFとCの頂上決戦とか成らならないだろうか。
「全員の意見が出そろったからもう一度聞くわ。まず、今回のFへの援軍として全軍派遣に賛成する人、挙手をお願い。」
無言で四人の手が上がる。過半数を超えていることに頭痛を感じる。
ついでに、手を挙げているメンツの目がちらちらとこちらに向かってきているのがうざったいけれども、そんなことは露と見せない。
挙手している面々から目をそらして、思わず僕に手を合わせてくる友香さん、その友香さんを微笑ましそうに見ている北原さん。
「はぁ、分かった。今回は派手に活躍してFにCの力を見せつけることを全体の作戦にするね。みんなは手分けして部隊を整えて。近接AはEクラスを渡り廊下側から包囲、近接Bは一階の制圧、支援攻撃(C)部隊はAの援護、防衛(D)部隊はFの守備をしなさい。それぞれのA,C,Dの指揮官はこれらを守ること、Bは私が直々に取るから文句は言わないで。以上に質問は?」
「「御意!」」
「「私たちQSの意地にかけまして!」」
「それじゃ、即時解散!」
あわただしく周りの生徒たちに声を掛け、(かけられる方もさっきのやりとりを見ているから既に四つのクループがぼんやりと出来上がっていたが気にしてはいけない)

その直後のEクラス戦はCクラスの独壇場だった。
何というか、僕が最前線に出る必要もなく、ただこちら側の現存戦力である姫路さんを筆頭に十数名を包囲陣に組み込んだだけで、代表も僕も、持ち点回復の試験を受けている間に終わってしまった。
つまりCがEを1時間以内に陥落させたという事だ。


その日の昼休み、私は妃宮さんを誘って学食に来た。
「今日は何にしましょうかしら」
「千早さん、前から思ってたんだけどもしかして食堂のメニューを一通り食べるつもりなの?」
「えぇ、一応何か新しい発見が有ればと思っているのですが……」
そう言いながら千早さんは醤油ラーメンの食券を買った。
醤油ラーメンって確かスープは完全にレトルトだったと思うんだけど…

私たちは向かい合った座った。
私は天ぷらうどんを、千早さんは醤油ラーメンを啜っている。
毎回思うんだけど、どうしたらそんなに動作の一つ一つが上品に、というより優雅に見えるようになるんだろう。
まねをしてみたいけれども、何となく私には似合わない気がするし、この学園でそんな所作が似合うのは千早さんだけだろう。

そんな事をぼんやりと思ったりもするけれども、本題に切り込んだ方がいいのだろうかと思い始めていた。
一人で抱え込めなくなったからって誰かに相談して、そのことで噂が噂を呼ぶようなことになり千早さんの迷惑に成って嫌われるなら、千早さんに直接ぶつけた方が遙かにいいはずだ。
あいつとの関係だってそうだった。人の口に戸は立てられないし、鍵もかけることは出来ないんだから。
そのためには人の口に立つような事に成らないよう、そんな事を考えている人を増やさぬよう、軽々しく口に出す訳にはいかない。

経験則で自分のこれからすることが、自分にとってもっとも最良の選択肢だとなかば念ずるようにしながら、私は口を開く。
「友香さん、どうかなさいましたか?」
微笑みを浮かべて私を見つめてくる彼女に、少しどきりとさせられる。
やっぱり、あの時とは人が全然違う。
「……千早さん」
「何でしょう。」
手に持っていた箸をお盆の上に置いた彼女は、私の目をまっすぐに見つめ返してくる。
その目はまるで、私の考えていることを見越そうとするように思えた。
私の一挙一動を事細やかに注視して、嘘でもついたら忽ちの内に見破られてしまいそうな、そんな風に感じた。
それでも、どうしても彼女には伝えなきゃいけない。私を救ってくれた彼女には、絶対に知っておいてもらわないといけない。
「……貴女がどうであっても、私は気にしないから。」
その言葉に、千早さんは驚いたような表情に成る。
「どうしても伝えたかったんだ。千早さんのことを、私は無条件で信頼するって、言いたくないことは隠していてくれても良いって。」
その言葉に困惑した表情を浮かべる千早さん。
「そのような事を言われましても……友香さん、(わたくし)の性格が悪いのはご存じだと思うのですが」
そんな風に千早さんは、少し悲しそうにも見える表情で私に答えてくれた。



いつか貴女の役に立ちたいと

いつか貴女の仮面の下を見てみたいと

いつかそんな表情を貴女がしないようになったらと

そう私は淡く期待する



「千早様、どうなさったのですか?」
「あぁ…史。」
部屋にコーヒーを淹れて持ってきてくれた史に声を掛けられ、思案の海から意識を戻す。
差し出されたカップを受け取り、そのまま少しだけ口をつけて机の上に置く。
「もしかしたら、男だって言うのがバレたかもしれない。」
僕がそう零すと、史の目の光がきつくなる。
「確証があるのですか?」
「『貴女がどうであれ、私は気にしないから』って、女の子に言われたのだけど。それ以外に解釈のしようがないだろうからね…」
「……その方が他の方に相談なさったりして、そのような噂が立ち上っているようなことは無いのですか。」
「今のところ無いね。彼女の様子だとそんなことは無いと思うんだけど、まだ油断は成らないだろうけど、ね。」
僕の言葉に耳を傾けている史に僕は笑いかける。
「でも、多分まだ大丈夫だと想うよ。」
「千早様がそのように仰せられるのでしたら史は構いません。しかし取り返しの付かなくなるような事が起きる前には、必ず史にも一言はご相談ください。」
そう言い募ってくれる妹みたいな幼なじみの姿に、僕は心が穏やかに成っていくのを感じていた。

「ありがとう、史。」
「いえ、史としましては出すぎているとは思いますが。」
失礼しますと、言いおき部屋から出ていく彼女を見送る。
再び机に向かい、僕は今までやっていた問題集の続きをする。
「保険は大事だからね。」
高校三年生までにやらなければならない事項が多いのはやはり理科二科目だ。
「このテキストも後二日で出きるかな。」

表紙には『最難関国公立への物理』と書かれていた



鏡の中に彼の姿が浮かび上がる。
「今日は……そうだね、友香さんと帰るときに聞いたんだけど、Cクラス全体が僕のファンクラブみたいなムードになってるらしいのだけど…」
彼は鏡の中の自分に語りかけていた。
「聞いてくださいよ、僕は歴とした男ですよ、男!そんな僕のファンクラブって一体何なんだよ!!…って、こう反応できているうちはきちんと男だって自覚がくっきりしているんだけどね…最近お嬢様言葉を使う頻度が高くて……こう、思考まで浸食されてそうで…」
もしかしたら、彼の目には違う人物の姿をその鏡の中に見ているのかもしれない。
「……でもまだ僕は頑張れるから。貴女が最後まで頑張ったみたいに、今度は僕も頑張るから。」
精一杯の微笑みを鏡に向けると、鏡の中の彼もまた現実に彼に向かって微笑みかけた。
「じゃあ、お休みなさい。千歳さん…」

そう言って彼は鏡に映る彼女にその日の別れを告げる。

「ねえ、ちーちゃん。お姉ちゃんはちーちゃんに何て言ってあげればいいの?」
そんな悲しげな声を、彼は夢現(ゆめうつつ)狭間(はざま)で聞いたように感じた。



 
 

 
後書き
第一部/第二章 騒がしい春の協奏曲
~結文~

夢を見た、悲しい夢を
そのとき窓の外は薄暗く雪が降りしきっていた。
真っ白な病室の中では短いアラームが繰り返し、繰り返し鳴っていた。
看護師が二人の幼い子供の肩を抱き、その目の前のベッドには、今にも消え逝きそうな横たえた少女と、その手を握る母親の姿が見える。
枕元におかれた心電図を映し出していたモニタがついに一本線を表示し、心配停止を告げる長いアラームが病室に鳴り響く。
医師たちがベッドの上の幼い女の子に駆け寄り、彼女をこの世界に引き戻そうという努力が行われる。
けれども……

彼らを代表して、一人の医師が顔を歪ませて彼らに告げる。
「残念ですが……」
母親の泣き叫ぶ声が木霊する。
「千早さま、ちとせさまが…ちとせさまが……」
か細く泣き震える少女に抱きしめられた男の子が何か慰めの言葉を何か、自身も声を震わせながら少女に言う。


だから…
考えても仕様も無いことを考える。
あの時にもし役割が反対だったらどうなっていたのかと。
母に盲目的に愛された彼女が自分の代わりに今を生きていたならば。
そうであれば、運命は全く別のもので有ったのではないだろうか。

「    !」
そう大きな声で彼に告げるのは誰だろう。
浮かび上がるのは夕日を背にして彼は、どこかの屋上に立っていた。

貴女は誰?

彼に呼びかける彼女の声が、彼を前へと進ませる力となる。

貴女を

第二章 (五月)Cross Road 運命の交差点
12月中旬より更新開始

僕に見えない明日(みらい)を 彼女たちが見せてくれるから

乞うご期待 
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