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愛撫

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第一章

             愛撫
 忘れられない、どうしても。
 私は彼が忘れられない、何故かというと。
 夜だ、夜に彼と過ごしたことがどうしても忘れられなかった、共に過ごした一夜のことを。幾度も経てきたその夜のことを。
 親友の彼女にもだ、溜息と共にこう言った。
「悪い男だったけれどね」
「それでもだったのね」
「ええ、今もね」
 共に夜の街を歩きながらだった、私は彼女に自分の今の気持ちを話した。
「忘れられないわ」
「悪い男程かしら」
「そうね、悪い男だったけれど」
 私は何処か微笑んでだ、夜の中で彼女にこうも言った。
「魅力的だったわ。特にね」
「特に。何かしら」
「夜が忘れられないわ」
 今もだと話した。
「本当にね」
「随分情熱的な言葉ね」
「ふふふ、そうかもね」
 今度は笑った、確かに。
「案外そうかも知れないわね、私は」
「それだけ愛していたのね」
「ええ、彼の悪いこともね」
「浮気者で冷たくて」
「そして自分勝手だったわ」
 本当にそうした男だった。
「好きな時に来て好きな時に帰ってね」
「気まぐれだったのね」
「私の部屋から出る時は何も言わず出て行ってたわ」
 無言でだった、今度は何時来るとも言わないで。
「そしてふらりと来てね」
「貴女を抱いたのね」
「激しくね、特に」
「特に、何が忘れられないのかしら」
「ええ、その手の動きが」
「またありのまま言うわね」
「唇も背中も」
 そして他の場所もだ、私の身体の。
「あらゆる場所をその手で触ってくれたわ」
「その手の動きが忘れられないのね」
「今もね」
 そうだとだ、私は彼女に話した。
「どうしてもね」
「随分と楽しんだのね」
「ええ、それにね」
「それに?」
「別れたと思っているけれど」
 私はだ、その実感はある。 
 だが彼との別れはどういったものかをだ、私は彼女にこのことも話した。
「ただね、彼は言っていなかったわ」
「別れるとかは」
「一月前に部屋を出てね」
「それっきりなの」
「ええ、また来るとももう来ないともね」
「全く言わないで」
「そのままふらりよ」
 いつもだった、このことは。
「帰って来ないわ」
「じゃあひょっとしたら」
「よして。もう私は別れたと思ってるから」
 私は微笑んで親友に言った。
「だから若しも。彼が来ても」
「会わないのね」
「別れたからね」
 自分で自分に言い聞かせた、このことを。
「だからね」
「シビアね」
「醒めたのよ」
 そうだった、私は。
「彼とのことからね」
「悪い男との愛から」
「そうよ、もっといい相手を見付けるわ」
 そのつもりだった、本当に。 
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