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Shangri-La...

作者:ドラケン
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
  26.Jury・Night:『Shadow General』

 予感がする。何か、嫌な事が起きると。暗闇に生きる人間としての嗅覚か、昔からそういう勘は良く当たった。
 非常灯に照らされた薄明かりの、けたたましいベルが鳴り響く廊下をひた走る。見れば、幾つもの警備ロボットの残骸が撒き散らされている。今も、何処かから硬い物が砕かれる音が響いてくる。最愛が、何処かで暴れているのだろう。

──非常ベルの所為で、震動しか分からねェけどな。ショゴスのテレパシーも利かねェなんて、魔術か? だとしたら、やっぱりヤベェ……右か左か、何方(どっち)だ!

 予感は、ほぼ確信へ。疑いようもない、焦燥が首筋をチリチリと炙る。

『────こっち。こっちよ、こうじ』
「ッ……!」

 刹那、視界の端にちらついた黄金の煌めき。それと共に、まるで夢見るような薄紅色の星雲(ネビュラ)。人懐っこい少女の柔和な声が、耳朶の直ぐ横で囁かれたように鼓膜を揺らした。
 右目、右耳。それは、確かに導くように。何か、人智を超えた『超越者に奪われた意志』で在るかのように。向けた両目、その焦点。蜂蜜酒色の双眸には……次なる分かれ道しか映らない。

『────コッチ。コッチだ、コウジ』
「……ッ!」

 刹那、視界の端にちらついた青銀の煌めき。それと共に、まるで醒めたような薄蒼色の星雲(ネビュラ)突っ慳貪(つっけんどん)な少女の冷淡な声が、耳朶の直ぐ横で囁かれたように鼓膜を揺らした。
 左目、左耳。それは、確かに導くように。何か、人智を超えた『超越者に奪われた意志』で在るかのように。向けた両目、その焦点。蜂蜜酒色の双眸には……新たな、四ツ辻。

────呵呵呵呵(かっかっかっか)、これはまた……総帥殿と元帥殿はまぁ、随分とお優しいものよのぅ。
 では、では。代弁者の一つの『貌』たる(わらわ)も、倣わぬ訳にはいくまいて。呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっか)……!

 背後から、確かに。嘲笑うその声色、まるで燃え上がる悪意そのもののような焦熱と底冷えが。
 姿は見えない。当たり前だ、背中を見る事はできない。そんな当たり前の条理が、今は何よりも慈悲深い。もしも目にしていたのなら、正気に堪えきれまい。それほどまでも悍ましい暗闇色の、その奥に浮かぶ、燃え上がる三つの────

呵呵(かっかっ)──そら、こちらぞ。嚆矢……!』

 右の耳朶を生温かく舐磨(なめず)るように甘噛みながら、左の耳朶を薄ら寒く甚振(いたぶ)るように爪抓(つね)りながら、虚空が発狂する。
 熱の籠った、冷厳なる力が。『超越者にすら奪えなかった意志』が、暇を持て余した神の戯れであるかのように。迷える子羊を、贖罪の山羊を導くように。

「────!」
『……ふむ、意外に釣れぬのぅ。呵呵呵呵(かっかっかっか)!』

 背後の闇色を振り払い、走る。前へ、ただただ前へ。構って要られない、時間がない。
 理由など、それだけで良い。真正面の道、警備ロボットの残骸が出火したそこを────

()い、()い。折角の(わらわ)が温情を無にしたのじゃ────今更』

 その残骸が歪み、曲がり、(ひしゃ)げて、崩れた。まるで、時空ごと螺旋斬(ねじき)られたかのように。

『今更、この程度での挫折など(ゆる)さぬ……最期まで、この絶望(よきょう)を楽しむが佳いぞ』

 呵呵呵呵(かっかっかっか)……と、いつまでも響く耳障りな嘲り。意識から排除する。否、元々『神の声』など人は覚えていられない。何故ならそれは明確な音ではなく『兆し』でしかないのだから、次の瞬間には……もう。

『……百分の九十九(ラッキー)、ニャアゴ!』

 カッカッカッカ……と、靴音を響かせて。導かれた事すら最早記憶にも経験にもなく、嚆矢は前へとひた走っていた。
 そしてその、焔と煙の残滓の先に──居た。居たのだ。

『見ィっけ、だニャアゴ!』
「っ……ジャーヴィス!」

 小柄な少女、フードを目深に被ったその姿は間違いない。絹旗最愛その人だ。
 まだ、無事だ。今も、一機の警備ロボットを『窒素装甲(オフェンスアーマー)』で殴り飛ばしたばかり。だが、背中ががら空きだ。そこを狙う警備ロボットを────銃弾一発で『幸運にも』機能停止させ、『大鹿(ベルカナ)』のルーンで脚力を増加した嚆矢が躍り込む。

『女の子のピンチに颯爽と駆け付けるオイラ……惚れても良いんだぜニャアゴ?』
「そうですね、超颯爽とし過ぎてて、危うくぶん殴るところ(オフェンスアーマー)でした」
『次からは普通に出てくるニャアゴ……』

 軽口を叩けば、足下に気配。敵ではない、それは……

『てけり・り。てけり・り……』

 『窒素装甲(オフェンスアーマー)』の高い防御力の所為で取り憑く事が出来ずに居たのだろう、ショゴスの一部。それが、実に申し訳なさそうに戻ってきた。これで多少は、手数が増えた。
 ホールのように広くスペースを持たされた其処、恐らくは実験室か何かか。しかしその所為で、彼女は未だに五機もの警備ロボットに囲まれており。

『新手か……だが無駄だ!』
『一人増えたくらいで……不審者共め!』
『大人しく、縛に付けい!』
『女の子一人に大人気ない……ッて、駆動鎧(ラージウェポン)ニャア?! コイツァあ、やべェナ~ゴ!』

 それらを指揮する、身の丈八尺七寸(二メートル五十センチ)もの巨大な鋼の鎧を待とう守衛三人の姿があった。
 警備ロボットと同じく、ドラム缶型の本体。しかし、そこから伸びる人間じみた強靭な手足。最新の『HsPS-15』と較べれば型落ちの払い下げ、数世代は前の物だが、装甲車程度ならば相手にもならない。

「さて、兎も角、あの玩具の兵隊達をどうにかしない事には超脱出不可能です。しかも、足手纏いも超増えましたし」
『ニャハハ、そりゃあ、そのほっそりとしたお御足になら幾らでも纏わり付くニャあゴッ! 冗談ですニャアゴ……』

 吐き捨てた最愛に、空気を和らげようと巫山戯てみたら『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を貰った。右膝の鋭い一撃が、割とマジに右脇腹を抉って。
 そう、幾らこの大能力(レベル4)窒素装甲(オフェンスアーマー)』でも、駆動鎧(ラージウェポン)までは厳しかろう。しかも多勢に無勢、むしろここまで耐えた最愛の戦闘能力こそが大したもの。

────だとしたら、どうするのか。この場を乗りきる方法は、一体何か。
 また、壁でも抜けて逃げるのか?

 涙子の時のように、最愛を抱えて逃げる? それも手だ、それも有りだろう。

「……(いや)。決まってるか」
「ジャーヴィス……?」

 だが、それでは駄目だ。涙子の時は、それで『全て丸く収まった』から。だが、今回は違う。
 もし、成果なく戻ったりすれば……懲罰を受ける事になる。己一人ならばそれも可だが、フレンダと最愛の二人までもが懲罰を受けよう。暗部の懲罰────その意味するところなど、僅かなもの。

────それの何が悪い。そもそも、その二人とて闇に生きる者。刃の報いは己に返るもの、奪う者もまた奪われるもの。覚悟くらい、当にしていよう。
 それを……自己の観念の為に。他者の意地を踏みにじろうと。浅はかな話であろうに。

 確かに、確かに! それが摂理、それが真理だ。だが、だが────

()()()()()()()()()。それが、俺だ────」

 自嘲と共に、()()()()()自問自答を打ち切る。結論は、詰まり『自己矛盾(パラドックス)』であり『二律背反(アンチノミー)』、そして『懊悩葛藤(アポリア)』。

()────』

 他人の意志を尊重しない言い訳に、自分の我儘を通す。その、有り得ざる無様。見苦しい、聞き苦しいと、良識の在る人間ならば断じよう。
 しかしてそれは、紛れもなく純粋無垢な、偽りも誇張もない本心であり────対馬嚆矢という男の、紛う事の無い絶望(よきょう)で。

呵呵呵(かっかっか)────呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)呵呵呵呵呵呵呵呵(かっかっかっかっかっかっかっか)!』

 だから、『それでいい』と。『それがいい』と、嘲笑う者がある。
 背後に燃え立ち、誰からも見えずに……否、対敵にははっきりと、その姿を映して────哄笑する、『陽炎』が在った。

真逆(まさか)真逆(まさか)これほどの逸材(デク)であったか……呵呵(かっかっ)! ()い、()い! 拝領を(ゆる)す────全く、これほどの拾い物はサル以来じゃて!』

 『陽炎』が揺らぐ。哄笑を止める事無く、左の腰に重みが加わる。見れば、嗚呼、何の事はない。揺らめく陽炎が在るだけだ。
 足下で、ショゴスが脅えている。今にも、消滅してしまいそうなほどに。

「何が──はぷっ?!」
『ニャハハ……子供にはまだ早いニャアゴ』

 何かを察したか、振り返ろうとした最愛のフードをその猫の手で更に深く押し被せて。代わり、その嚆矢の胴を割と本気の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』のボディブローが襲い────ぺしり、と。まるで、年相応の小娘の拳が鍛え上げられた青年の筋肉に無力なように。間抜けな音を立てて。

「え……?!」
駆動鎧(ラージウェポン)の方はオイラに任せるニャア、代わりに警備ロボットは任せたナ~ゴ』

 そんな、最愛の驚きの声を尻目に。嚆矢はフードから手を離す。解放された視界、そこに映るのは……腰に太刀を()いた、黒猫の姿。
 つい先程まで、そんな物は影も形も無かった筈だと。最愛は僅かに訝しみ、直ぐにこの男が名乗った能力名(スキルネーム)。そして、何でもありなその能力内容を思い出して。

「えェ……分かりました。けどォ、帰ったら色々と超言いたい事があるンでェ……」
『分かってるニャア、ベッドの中でじっくりと聞いてあげるナ~ゴ』
「やっぱ今ァ、超ブち殺してェってなもンですがねェ!」

 気を取り直した最愛が、正面の警備ロボット一機を殴り壊す。鬱憤を晴らすかのように、ボディブローの『窒素装甲(オフェンスアーマー)』で。嚆矢の時と()()()、殴って。

呵呵(かっかっ)、生きの良い小娘よなぁ……》
「向こうは心配しなくても負けねェ。問題は此方だろ、『悪心影(あくしんかげ)』」
《ほぅ……もう思い出したか。まぁ、遅いくらいじゃがのう? 呵呵呵呵(かっかっかっか)!》

 脳裏に響く声、それすらも気に留めず嚆矢は眼前を見遣る。勝利を確信しているのか、今も、悠然たる姿勢を崩さない駆動鎧(ラージウェポン)達を。

『ふん……刀か。馬鹿め、そんな時代錯誤な武器で!』
『学園都市の粋たる、科学の力に!』
『敵うとでも夢想(おも)っているのか!』

 示し合わせたかのように、其々が区切り区切りで構えを取る。ついでに、殺傷力の抑えられた電撃棒(スタンロッド)とか衝撃砲(インパクトガン)とかを構えながら。
 まぁ、気持ちは分かる。レベル20以上の勇者がスライムを甚振るようなものだ。

《ほうほう、これは愉快に思い上がっておるわ……あの“海道一の弓取り”とかホザいたおじゃる大名を思い出すわ》
「煩せェ、気に喰わねェならとっとと斬り伏せりゃ良いだろ、『長谷川 国重(はせがわ くにしげ)』────」

 負ける訳の無い敵を嬲って楽しむ。なるほど、人間に普遍の感情だろう。
 その不遜な態度に、『悪心影(あくしんかげ)』が不愉快を返す。同意だ、全く持って。だが、ならば……この『刀』がやるべき事は、ただ一つ。

《……呵呵(かっか)。言われてみれば、その通りであるか》

 悪辣な笑みに、悪辣な快哉が返る。本質として同じなのだ、この担い手と刀は。

『はっ、バカバカしい……それでカッコつけてる気かっつーの』
『やっぱ今ァ、超ブち殺してェってなもンですがねェ!』

 他人がどう思おうが、我が意を通す。『真如波羅蜜(あるがままであること)』、ただそれのみ。

「さぁ行くぜ、『長谷川国重』……俺達の敵は、あの三機の木偶の坊」
《はっ……軟弱な鉄よ。思いも、願いも、魂も籠らぬ。軟鉄風情が、目障りな》

 当たり前ではある。戦国の世では、鉄とは命懸けで造り、命懸けで加工していたもの。しかしこの華やかなりし現代では、鉄など在って当たり前。無感情な機械が、無感動に精錬しているに過ぎぬ。よく、彼の義父もそう嘆いていた。『最近の鉄に、息吹はない』と。

『ハッ! どちらが軟弱か……この一太刀が証明しようぞ!』

 その内、一機が走る。片腕に、電撃棒(スタンロッド)を構えて。『長谷川国重』の五、六倍はある太さの、帯電する鋼の凶器を携えて。
 そんな偽物の鋼を前に、嚆矢はゆるりと右手を突きだした。最も得意なその構えの後、左手で鯉口を切りながら、まるで舞でも舞うように刀の柄に手を掛ける。

 交わりは、僅かに一回。耳障りな程に甲高い、鋼を断ち割る音が木霊して。走り抜けた駆動鎧(ラージウェポン)、一歩も動かずに。
 電撃棒(スタンロッド)ごと、真っ二つに割られた駆動鎧(ラージウェポン)から、つい今さっきまで生きていた()()()が撒き散らされ、嚆矢の全身を彩る。その背後の陽炎すらも。

「“()()()()()()”が佩刀……『()()()()()()()』────!」
《いざ────()して参る!》

 抜き放つ鋭利な輝き。妖しく滑る鮮血よりも尚、苛烈なる白刃の煌めき。黒塗りの鞘に金の意匠。鍔には『永楽通寶』の四字を戴いた垂れ波紋。最早尋常の人間ではない、異形の刃金に包まれた、右手に握られて。
 南北朝期、『正宗十哲』と讃えられた名匠の刃が閃いた────!
 
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