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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第五章
  そして、いくつかの世界の終わり1

 
前書き
一騎討ち編。あるいは覚悟完了編その2 

 


 出会って二ヶ月ほどたったその日。仇の何人かを始末し、隠れ家に戻った時の事だ。
「お前は何故私に協力してくれるんだ?」
 その日、何の前触れも無く彼女が声をかけてきた。実際、それは珍しい事だった。行動を共にしてからの二ヶ月間、会話らしい会話をした事などほとんどなかった。それは当然だろう。彼女――御神美沙斗にとって、自分は異能を使う得体の知れない怪物に過ぎないのだ。しかし、だからこそ利用価値もある。だから連れて歩いているにすぎない。
 少なくとも、この時まではそう思っていた。だから、何故『協力』してくれるのかと問われた時は、随分と困惑したものだ。確かに自分は『相棒』を探すついでとはいえ、協力しているつもりだったが――彼女がそう考えているとは思っていなかった。
「いくら相手が外道とはいえ、私がしている事は人殺しだ。なのに、何故?」
 正義のための人殺し。それが魔法使いだった。だから、彼女に協力する事には元々何の躊躇いもない。それに、自分にとってもあの連中は『仇』だった。この器を殺したのは間違いなくあの連中なのだから。例え、記憶の混濁が見せる錯覚だとしても――それでも、殺された無念はこの胸にある。それを晴らしてやらなければならない。それが、名前も知らない誰かを――その場所を奪い取ってしまったせめてもの償いだった。
 彼女はどうやら動揺しているらしい。返事を誤魔化すような気分で、そう判断した。理由は、今日の戦闘だろう。殺した仇の一人が持っていた家族の写真。血塗れのそれをしばらく睨みつけていたのを覚えている。彼女の復讐の理由。それを考えれば、思う事もあったのだろうが。
「……にわかには信じられないが」
 結局、正直に話す事に決めた。かつて存在していた名も無き――名前さえ失ったとある魔法使いが、何かの弾みで誰かの死体にとり憑き蘇ったのが今の自分であること。その誰かを殺したのが、あの連中であること。奪い取ってしまった、せめてもの贖罪であること。それに何よりも、彼女を――生き急ぐどこぞのバカ野郎を放ってはおけないという事を。
「誰がバカ野郎だ」
 口では毒づきながら、それでも彼女は笑っていた。そして、ひとしきり笑ってから、こう言った。
「いつの事だ?」
 何の事だ?――訊き返した自分に、彼女は重ねてこう言った。
「お前の誕生日だよ。……ああいや、今の話からすればあの日か」
 あの日。おそらく、相棒が復讐を誓った日の事だろう。この身体の本来の主が殺された日の事だ。誕生日と呼ぶには血生臭すぎる。
「それで、名前は? 本当に覚えていないのか?」
 残念ながら、かつての自分の名前は『失われて』いる。その身体の記憶は、完全に忘れてしまった。混濁する記憶の中から、それを見つけ出すことはできそうにない。あるいは、自分の『代償』に巻き込まれたのかもしれない。もしもそうだとすれば、思い出す事は不可能だ。いずれにせよ、『自分の名前』は完全に失われている。
 まぁ……正直に自白するのであれば、そもそも『今の自分』が誰なのかも分らないのだが。かつて存在した魔法使いか。それともあの連中に殺された哀れな少年か。かつて世界を牛耳ったあの怪物か。魔法を授けてくれた恩師か。それともその相棒か。あるいは、今まで生贄にしてきた誰かか。そんな事は『自分』で分らなければ、他の誰にも分るまい。
「光だ。御神光」
 今日の彼女は、随分と唐突だった。突然にそんな事を言う。
「お前の名前だよ。今日からお前は、御神光だ」
 困惑する自分に、彼女はそう告げた。何の皮肉なのかと思うくらい不釣り合いな名前だったが――まぁ、それはいいだろう。名前がないというのもいい加減不便だった。
「よし。何か美味しい物を食べに行こう」
 だから、何故今日はそんなにも唐突なのか。問いかけると、彼女は言った。
「誕生とは祝福されるべきものだ。誰でも、例えどんな形でも」
 自分のこれは、誕生ではない。祝福される様なものでもない。この子を殺して奪い取ったようなものだ。告げるが、彼女は怯まなかった。
「記憶が混濁していると言ったな。それなら、その子とかつてのお前が混ざり合って、新しいお前が生まれた。それだけだ。その子を殺して奪い取った訳ではない。違うか?」
 それは――どうなのだろう。この子が何者であったかと同じように、かつての自分がどうだったかも思い出せない。かつての自分の事を思い出せる程度には、この子の過去も思い出せる。何より。この子の記憶を他人の記憶だと感じるのと同じだけ、かつての自分の記憶も他人のものだと感じていた。さて、それなら一体どちらが自分なのか――なるほど。確かにそれは、『自分』にも分からない。それなら、それが正しいのかもしれない。
「だから、お前は光だ。かつてのお前でもその子でもなく。新しい人間として、今日からそう名乗ればいい」
 それは詭弁だろう。反論する事はできた。……いや、できなかったか。彼女の言葉を聞いたその瞬間、曖昧だった何かが明確になった。その何かに名前をつけるなら――確かに『今の自分の誕生』としか言いようがあるまい。
「納得したなら、行こう。大した事はできないが……。こうして巡り合ったのも何かの縁だ。良ければ、お前の誕生を祝わせて欲しい」
 この時、彼女が何を思ってそう言ったのか、それを自分が知る事はない。そして、『自分』を持たなかった自分が、この言葉に一体どれだけ救われたのか。おそらく、彼女は理解していないだろう。 だが、この時初めて、『自分』は自分になったのだ。
 この日からしばらくの後に彼女は自分の事を『息子』だと言ったが……それよりも遥かに早く、彼女は『御神光』にとって母親だった。それは、相棒――偽典リブロムを取り戻し、『かつての自分』の記憶を『追体験』してからも変わらない。今の自分は、かつて存在したその魔法使いではない。不死の怪物といえど、それはすでに滅んだ存在だ。ならば、当然だろう。どうという事もない。
 死人は蘇らない。ただ、それだけの――ごく当たり前の話なのだから。




「きっと私は狂っていた」
 再び夢を見た。……あの人の夢を。きっと、私とよく似たあの人の夢を。
 夢の中で、彼女は独白のように呟く。
「自分の出生の秘密を知ったその瞬間から。まともじゃない私は、まともな世界全てを恨み、妬み、憎悪した」
 出生の秘密。私の生まれた理由。私が生まれた意味。……私が生まれなければならなかった原因。それは――
「我ながら醜い女だ。どうやら、死んでも治らないらしい」
 彼女が笑った。いや、泣いたのかもしれない。
「他人に勝手に自分を重ねて、勝手に憎悪するなんて救い難いにも程がある。アイツらのバカが移ったにしても度が過ぎているな」
 彼女の手が頬に触れた。憎しみに染まった右手ではなく、ただの人である左手が。その手はとても不器用で――それでも酷く優しく感じた。
「私が飼っていた怪物は、私の最初で最後の仲間どころかその弟子まで壊さなければ気が済まないらしい。まったく、本当につくづく醜い女だ」
 彼女の右腕が黒々と輝く。それを見て、彼女は自嘲してみせた。
「オマエがこうなってしまう前に、私が終わらせる。だから、ゆっくり寝ていろ」
「待って! 私は――…」
 何と答えようとしたのか。自分でさえ分からないその呼びかけが言葉になる前に、夢が終わっていた。
 …――
 緊急時のためにと光が教えてくれた隠れ家の一つで、独り朝を迎える。空は皮肉なくらいに晴れ渡っていた。
 現地時間にして午前五時半。充分に早朝と言っていい時間だ。そして、
 今日は五月九日。光が生きていたとして。彼が彼で居られる最後の一日だった。
(光を見つけて。ジュエルシードを持って帰らないと……)
 ジュエルシードは母さんの望みを叶えるのに必要なもので。それがあれば光も助ける事が出来る。光を助けようとするなら、今日中に決着をつけるしかない。その為には、
「あの子を――光の妹さんを見つけて、ジュエルシードを貰わないと」
 貰うなんて言葉は適切じゃない。あの子が渡してくれない事くらい、分かっている。だから、奪い取るのだ。例え戦って――傷つけてでも。
「――ごめん、光」
 傷つけないと言う約束はもう果たせそうにない。例え衝動を抑えられても、光は私を許してはくれないだろう。それでも、母さんがそれを望むなら。
 いくつもの嘘や矛盾。それに絡め捕られたままでも。このまま先に進むんだ。
 …――そして、私は見つけた。
「ここならいいよね。出てきて」
 あの子の呼び声に応じる。……あの娘の呼び掛けに応じたのは、初めてかもしれない。
 今さらになって、そんな事を思う。
「フェイト、もうやめよう」
 呼びかけてきたのは、アルフだった。深い傷を負ったのは間違いないらしく、まだ少し消耗しているようだった。けれど、傷自体はもう誰かが癒してくれたらしい。
(良かった。生きてたんだね……)
 また一つ、嘘が綻びた。分かっていた事だ。あの時、管理局の追手は光によって動きを止められていた。そうでなくても、時の庭園まで追って来れたはずがない。
 それなら、あの後アルフに傷を負わせられたのは一人しかいない。そんな事は――それくらいの事は、もう分かっていた。
≪そうよ。彼女の言う通り、もうやめましょう≫
 アルフの他にも、誰かが言った気がした。あの人――ニミュエだろうか。良く分からない。もう、どうでもいい。
「それでも。私は母さんの娘だから」
 私は私が生まれた理由をやり遂げる。ただ、それだけだ。




 珍しく朝早くに目が覚めた。窓がある訳ではないから、朝日が差し込んだ訳ではない。けれど、分かった。夜が明けたのだと。人工的に調整された空気を吸い、吐き出す。朝露の匂いがした訳ではないけれど、その気配だけは身体に染みわたっていくように思えた。
 きっちりと身支度を済ませ、朝ごはんを食べてから、私はリンディに無理を言ってアースラの外へ――私が生まれ育った世界に戻してもらった。
 朝日を浴び、凛とした海風が頬を撫でていく。予定よりはまだだいぶ早いけれど。
 戻ってきて良かった。そう思う。
『珍しいじゃねえか。オマエが自分でこんな時間に起きるなんて』
 クククッ、と腕の中のリブロムが笑った。
「確かにそうかもね」
 くすりと、リブロムに笑いかえす。別に確信があった訳ではないけれど。何か根拠があった訳ではないけれど。それでも思う。
 多分、私は呼ばれたのだと。今はそう信じられた。
「ここならいいよね。出てきて」
  大きく息を吸って、言葉とともに吐き出す。あの子の名前を呼ぶ事も出来た。光が何度か口にしていたから。けれど、まだ直接は聞いていない。だから、呼ばなかった。
 この戦いが終ってから、きっと自分の言葉でその名前を聞こう。そう思う。
『Scythe form』
 返事が返ってきた。振り返ると、近くの街灯の上に彼女はいた。すでにデバイスを構え、私を見つめている。そのまましばらく見つめ合う。
「フェイト、もうやめよう」
 沈黙を破ったのはアルフだった。
「あんな女の言う事を聞いていても、不幸になるばっかりじゃないか。だからフェイト、もうやめよう」
 懇願するようなアルフの言葉に、それでも彼女は首を横に振った。
「それでも。私は母さんの娘だから」
 明確な否定。強い意志。けれど、彼女の姿は疲れ果てているように見えた。
「光はどこ?」
『ここにいるぜ』
 彼女の問いかけに、リブロムが言った。昨日から、光はずっとリブロムの中にいる。
『悪いな。感動の再会と行きたいところだが、生憎とまだ相棒の都合が合わなくてな。今出すと感動の再会じゃなくて血の惨劇にしかならねえんだ。ヒャハハハハハッ!』
「まだ平気なの?」
 光を蝕む『魔物』の事は知っているのだろう。いや、目覚めてからの間ずっと一緒にいた彼女の方が私よりよく知っていて当然か。
『一応な。今日中に決着がつけられれば……まだ何とかなるだろうさ』
「そう。良かった」
 少しだけ、彼女は笑ったように思えた。それでさえも、泣き顔にしか見えなかったとしても。
「ジュエルシード、頂いていきます」
 初めて会った時。最初に聞いた言葉と同じ。もちろん、彼女が意識していたとは思えないけれど……不思議な縁を感じた。リブロムをユーノに預け、一歩前に出る。
「いいよ。私達が出会えた切っ掛けはきっとジュエルシードだから。だから賭けるよ。私が持っている全てのジュエルシードを」
『Put out』
 私の言葉に応じて、レイジングハートが五つのジュエルシードを空中に広げる。
「母さんのために、あなたを倒してそれを貰っていきます。それに、そうすれば光をあなたの元に返す事も出来るから。母さんがそう約束してくれたから」
「違うよ。この宝石じゃ光お兄ちゃんは治せない」
 自然とその言葉を告げていた。この宝石では光を蝕む『魔物』は止められない。そんな事は分かっていた。
「治せるんだったら、とっくに自分で治してるはずだから。でもそうしなかった。この宝石をいくら集めてもダメなんだよ」
 代償とは言いかえれば未練だと、リブロムは言っていた。その『魔物』は何かをしたかったのだ。何か望みがあったはず。それを叶えるのには、この宝石ではダメなんだ。
 それはきっと。誰かを殺すとか殺さないとかそういうことじゃなくて――
「他の誰でもなく、あなたが救われなきゃ、きっとダメなんだよ」
(そうでしょう?)
 誰に宛てたでもないその問いかけに、返事があった。……そんな気がした。
≪冴えてるじゃないか、チビ助≫
 それは光の声のようにも思えたし、リブロムの声のようにも思えた。
≪オマエがやろうとしてる事は間違いじゃねえ。むしろ、オレ達よりよっぽど真っ当で冴えたやり方だ。だから、≫
 けれど、それ以外の誰かのようにも思えた。
「私達の全てはまだ始まってもいない。だから本当の自分を始めるために、始めよう」
≪そのまま真っ直ぐ進め。何、足りねえ分はウチのバカ弟子がどうにかするだろ≫
 その誰かが背中を押してくれる。
≪さぁ、見せてみな――≫ 
 にやりと笑って、その誰かが言う。不思議と勇気が出る、そんな言葉を。
≪ここから先はオマエ達の物語だ≫
「最初で最後の本気の勝負!」
 その言葉に頷くようにして、私はその子に告げた。




『さてさて。どうなるかな?』
 呟いたリブロムの声は、いつも同じだった。つまり、皮肉げで楽しげだ。この本に悪意がない事はいい加減分かっているが、この状況では落ち着かない。
「どうって……。リブロムさんはなのはが心配じゃないんですか?」
 黒衣の魔導師――フェイトという名前らしい――と一騎打ちを始めたなのはの姿を見ながら、僕は思わず食ってかかった。
『あのチビが自分で言い出した事だしな。好きにやらせときゃいいんだよ。負けたからって命を取られる訳でもねえしな。非殺設定とか言ったか? あの嬢ちゃんは律儀にそれを使ってくれてるらしいからな』
「それは、そうですけど……」
『それに、相棒の読みは概ね当たりだ。いい感じに疲労してるし――思った以上に、精神的にも揺らいでやがる。それに、あのチビもどうやらあんなナリでもあのチャンバラ馬鹿どもと同じ血が流れてるらしいな。なかなかいい勝負してんじゃねえか』
 確かに。温泉郷での一方的な敗北が嘘のように、なのはは善戦していた。フェイトの消耗具合を差し引いたとしても、彼女の成長は著しい。僕にしてもリブロムにしても、ほんの少ししか手ほどきをしていないのに。才能の怪物というのはリブロムの言だが……なるほど、確かによく言ったものだ。
 もっとも。光は――いや、おそらくは彼女に関係する誰もが、その才能の開花など望んでいないのかも知れないが。
(これが、僕が生み出した結果)
 だからと言って今さら巻き戻す事などできない。それを認め、痛みと共に呻いた。
「けど、フェイトは本気だよ。そりゃ、本調子じゃないし……何か、いつもと戦い方が違うけど、勝つ事だけは諦めてない」
 アルフの言葉に頷く。今の彼女の動きは、温泉郷で見た洗練された動きからは程遠い。むしろ、自分を削り落とすかのような危うさがある。そして、その危うさこそが、彼女が勝利を望む執念の表れだと言えた。
『……別にどっちが勝とうが関係ねえさ。元々勝敗は決まってんだ』
 さすがにリブロムも躊躇ったらしく、僅かに言い淀んだ。だけど、それは事実だった。残酷なくらいにその通りだった。この戦いに意味なんてない。リブロムの言う通り、もうとっくに勝敗は決まっていた。
 あの子の負けは、この場に出てきた時点で決っているのだから。
 なのはが勝とうが、あの子が勝とうが、管理局はプレシア・テスタロッサの拠点を見つけ出す。それで、もう終わりだ。あとは、光やクロノ達が決着をつけるだろう。
『相棒をあの魔女の棲家に送り込めればそれでいい。そのチャンスを見つけ出すのが、この戦いが持つたった一つの目的だ。だがまぁ……』
 フン、とリブロムは短く笑った。
『まぁ、意味なんざ本人たちが感じてりゃそれでいいだろ? どこにでもあって、どこにもねえ。戦う意味なんて元からそんなもんだ』
 戦う意味。彼女達は感じているだろうか。――いや、なのははきっと感じている。この戦いに意味を見出していて。だからこそ、諦めない。
「って、あれはマズい!」
 突如として、アルフが悲鳴を上げた。彼女の主――フェイトが膨大な魔力を収束させつつある。明らかに決戦用の魔法――切り札を切ろうとしている。
「ライトニングバインド!」
 一方のなのはは、フェイトが設置した拘束魔法に引っ掛かり、身動きが取れない状態にあった。抜けだそうとしているようだが、このままでは術の完成の方が早いのは明白だ。
「フェイトは本気だ。止めないと!」
 アルフの言葉に、走りだしそうになる。だけど、
「ダメ!」
 鋭い拒絶の声が、僕の足を止めた。なのははまだ諦めていない。
「手を出さないで! これは……これは私がやらなきゃならない事なんだから!」
『あ~あ……。ああなったら、聞かねえぞ』
 リブロムが露骨に困ったような声で言った。あまりに露骨過ぎて、楽しんでいるのが分かるくらいだ。
『これも相棒の奴が考えもなく甘やかすからだな。まぁ、仕方ねえ。一度痛い目にあえば考えも変わるだろうさ』
「痛い目ですめばいいですけどね」
 取りあえず言いかえす。だけど、その程度でこの本が動じる訳もない。
 ……それに、本当に危険だと思えば、なりふり構わず光を吐き出しているだろう。何となくだが、そう確信していた。
『違いねえ。だがまぁ、ああ言ってる事だ。あのチビには好きにさせておいて、オマエらは自分がやる事をやっちまいな』
 僕が頷くと、アルフも渋々と言った様子で頷いた。
 僕らがやるべきこと。それは、この『勝負』に決着がついた瞬間に訪れる。




「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル――」
 ありったけの魔力を絞り出し、詠唱を続ける。求めるべき術はたった一つ。
 もしもそれが直撃すれば、あの子は無事では済まないかも知れない。
「フォトンランサー・ファランクスシフト」
 それは分かっていた。けれど、もう止まれない。……止まってしまったら、私はもう二度と動けなくなってしまうから。
≪そこまで分かっていて何故?≫
 誰かの声がした。……ような気がした。それは、今までのような呼びかけではない。私達が戦い始めてから、そんな呼び掛けは一切なくなっていた。それに、その声は堪え切れずに零れ落ちた嘆きだった。だから、そんな声は聞こえない。
「撃ち砕け、ファイア!!」
 迷いなく、全ての魔力を吐き出す。直撃だった。確実に仕留めた。……はずだった。
「撃ち終わるとバインドってのも解けちゃうんだね」
 なのに。あの子は――光の妹は、まだ自分の意思でそこに留まっていた。非殺設定のままだが、決してダメージがない訳ではない。魔力はかなり削れているはずだ。
「今度は私の番だよ!」
 膨大な魔力が膨れ上がる。一体、どこにそんな力が残っていたのか。
「Divine Buster」
 疑問に思う暇もない。元々一撃の重さなら彼女の方が有利だった。けれど、今の私では回避が間に合わない。危険は承知で防ぐしかなかった。
 それが、致命的な失敗だった。
「受けてみて、ディバインバスターのバリエーション」
 ばら撒かれた魔力さえ絡め取って、彼女はさらなる魔法を放とうとする。
 今の私に、今度の一撃は耐えきれない。例え万全な状態でも、防ぎきれないかもしれない。それくらいの魔力だった。けれど、
(これさえ乗り切れば――)
 これほどの魔法だ。そう何度も使えはしない。それなら、何としても避ければいい。
「しまった!?」
 明らかに、集中力が欠けていた。いつの間にか設置されていたバインドに気付かず、拘束される。解除するまでの時間がもうない。
「これが私の全力全開!」
 防御は絶望的だった。それでも、諦めずに魔力をかき集める。
「スターライトブレイカー!」
『Starlight Breaker』
 執念が続いたのは、ほんの一瞬だった。……いや、そもそも執念と呼べるものが、今の私に残っていたのだろうか。
(ああ。これで――)
 桜色のその光に包まれた瞬間――私は安らぎすら感じていたように思えたのだから。



 
『出番だぞ、ユーノ! 狼の姉ちゃん!』
 決着を見届けてから、すぐさまリブロムが叫んだ。
 アルフと二人、同時に走り出す。目的地は言うまでもない。
 海中に沈んだフェイトを抱き上げたばかりの――もっとも無防備になっているなのはのところだ。
「ヘマするんじゃないよ!」
「そっちこそ!」
 全力で魔力を収束させる。僕らが求める魔法はただ一つ。
 不壊にして不滅。生涯最高の盾だった。
 それぞれの大切な人を守るために、ただその魔法だけを求める。
「ぐ、あ、あああああああっ!」
「こン、のぉ…おおおおおっ!」
 直後、紫色の轟雷が海原を貫き通さんとばかりに降り注ぐ。プレシア・テスタロッサからの攻撃だった。あの日の一撃よりさらに強大な魔力が込められている。アルフと二人係でのシールドに容易くひびが入る。アースラのシールドさえ撃ち抜いた一撃だ。本来であれば、生身の魔導師が防ごうなどと考えて良い代物ではない。そんな事は分かっている。
「ユーノ君! アルフさん!」
 だけど、今ここで砕かれる訳にはいかない。
『よっしゃ、二人とも上出来だ。行くぜ!』
 身体が霧散する感覚。それは、リブロム――御神光の魔法だった。
 自分が消滅する感覚は一瞬で終わり、身体が戻ってきた時、僕らは臨海公園に――なのは達の戦いを見守っていたその場所に戻っていた。標的を見失った雷撃が海原に突き刺さり、巨大な水柱を上げる。それを見やってから、今さらになって冷や汗が吹き出てきた。
『ったく、前も言ったが重量超過にも程があるぜ』
 やれやれと言わんばかりに、リブロムが大きく息を吐いた。
『だが、これで万事オーケーだ。戦果は上々。良くやったなチビ』
 リブロムの言葉に、なのはがはにかんだように笑う。確かにリブロムの素直な称賛なんて、これが初めての事かも知れない。
『ちっとばっか欲をかきすぎたな。過ぎた欲望は身を滅ぼすぜ、魔女さんよ』
 上空を見上げ、リブロムがにやりと笑う。そこにあるのは、空間の歪み。次元魔法を放った影響だろうが――その魔法が、彼女にとっては命取りになったはずだ。
(いや、ダメか。アルフの話が本当なら、プレシアはジュエルシードを従えている)
 本来なら消耗しきってロクに魔法が使えなくなっているはずだが――ジュエルシードを従えているなら、話は別だ。どんな反撃がくるか分からない。だが、僕らに関してなら、しばらくの間は安全なはずだ。
『首尾はどうだ?』
『上々だ。空間座標は完全に把握。今、武装局員を派遣したところだ』
 リブロムの問いかけに、クロノが答えた。管理局の精鋭を片手間に相手をする事はさすがにできないだろう。もっとも、
『御神光の調子は?』
 彼が不在では意味がない。リブロム達は何も言わないが――多分、彼を蝕む衝動を鎮める方法はそれしかないのだから。
『問題ねえとは言えねえな。だが、もうじき正気に戻るだろ。……まぁ、正気に戻るのもこれが最後かも知れねえが』
『……そうか。待っててくれ。すぐに収容する』
 少し躊躇ってから、クロノが言った。
 …――そして、次の瞬間には僕らはアースラに戻っていた。そこで、僕らは狂気に出会
う事になる。




『よし、嬢ちゃん。あの黒いのには気をつけろよ。油断すると手籠にされるぞ』
 アースラに戻ってくるなり――僕の顔を見るなり、リブロムが言った。多分、金髪の少女――フェイト・テスタロッサに向けた言葉だろう。
「そんな事は断じてしないから安心してくれ」
 いい加減名誉棄損か何かで訴えられないだろうか――半ば本気でそんな事を検討しながら、取りあえずフェイト・テスタロッサに向けて告げる。もっとも、そんなつまらない冗談につきあう気力など彼女にあるようには見えなかったが。……だから、なおさら性質が悪いとも言える。
「なのはさん、よく頑張ったわね。アルフさんとユーノ君もお疲れ様。それからフェイトさん、はじめまして」
 フェイトは視線を逸らせたままだった――が、それでも僅かに頷いたように見えた。
『おっと、珍しく仕事が早いじゃねえか』
 そんなやり取りは無視して、リブロムが笑った。
 モニターには武装局員に包囲されているプレシア・テスタロッサの姿が映し出されていた。ただし、プレシア本人は余裕の表情で椅子に座ったまま、それを眺めている。
『妙だな……。随分と余裕たっぷりじゃねえか。いくらあの石っころを持ってるからって全く消耗してねえ訳がねえ。一体どんな切り札を隠して――いや、待てよ。そうか!』
 リブロムが言いかけた時、プレシア・テスタロッサを包囲していた武装局員の一部が、彼女の背後にある部屋へと踏み入ろうとする。
『やめろ! その部屋に入るんじゃねえ!』
 その動きを見咎めたリブロムが叫んだ。だが、彼が叫ぶより僅かに早く、モニターにその部屋にあったものが映し出された。
 そこに鎮座していたのは、巨大な筒状の容器だった。何かしらの液体で満たされ、幽かに輝くその中には、一人の少女が静かに眠っていた。
「防いで!!」
 慌てて他の武装局員達がデバイスを構えるが――それより早く、艦長が叫んでいた。その指示は的確だった。
『私のアリシアに近寄らないで!』
 そうでなければ、一人二人の死人では済まなかったはずだ。
 艦長が叫んだ次の瞬間、突如として豹変し――余裕の表情を投げ打ったプレシア・テスタロッサはたった一撃で全ての武装局員を沈黙させていた。
「部隊の収容急いで!」
 全滅ではないが――他の区画の制圧に向かった局員は多くない。彼らが向かったところで勝ち目などないのは明白だった。
『そうか。やはりそれが望みか……』
 モニターを睨みつけたまま、リブロムが呻く。
 彼が見ているのは、方々に倒れる武装局員ではない。容器の中で、長く美しい金の髪を漂わせて眠るその少女だった。
 その少女は――彼女のその姿は、フェイト・テスタロッサにとてもよく似ていた。
『どうやらしくじったようね。まったく、最後まで役に立たないわ』
 こちらを見ながら、プレシア・テスタロッサは言った。
『でも、もういいわ。もう終わりにする。この子を亡くしてから続くこの暗鬱な時間を』
 破滅的な気だるさを漂わせたまま、彼女は続ける。
『たった八つのロストロギアで、アルハザードに辿りつけるか分からないけど……この子の身代りの人形を娘扱いするのも、もううんざりよ』
 人形。彼女がそう言った相手が誰なのか。嫌でもそれを理解してしまう。
『フェイト、聞いていて? あなたの事よ。アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけの役立たずなお人形。プロジェクトFATEの失敗作。名前も無いガラクタさん』
 アルフの背中から、フェイトが滑り落ちた。できる事なら、自分自身を思い切り殴り飛ばしてやりたい。そんな事は考えていなかったのに――床に崩れ落ちたその少女の姿を見て、思ってしまった。
 まるで、捨てられた人形のようだと。
『哀れだな』
 言ったのは、リブロムだった。その異形の瞳がプレシア・テスタロッサを見据える。
『一応断っておくが、オレはオマエに言ったんだぜ?』
 奇妙なくらいに静かな声だった。
『記憶を受け継がせたくらいで死人は蘇らねえ。他人の日記を読んだくらいでその本人になっちまうような奴はいねえ。当然だろう?』
 淡々と語られる言葉。それはむしろ嘆きのようにも聞こえた。
『どれほど精巧に過去を追体験したとしても、その本人になる事なんてできない。完全に過去を取り戻したとしても、それは同じだ。今さら死人を呼び起こす事なんてできない』
 それは断言だった。それも一般論としての断言ではない。何故そんな事を思ったのか、自分でもよく分からないが……そう、それには『所詮は一般論に過ぎない』というある種の空虚さがなかった。まるでそんな事はとうに経験したと言わんばかりに。
『その嬢ちゃんを蘇らせる――失われた世界を取り戻す事が望みか?』
『ええ、そうよ。失われたあらゆる秘術の眠る地アルハザード。その地に眠る秘術を使って私は取り戻すの。アリシアを! 過去も未来も! 失われた世界の全てを!』
 リブロムの問いかけに、プレシア・テスタロッサは告げた。対して、リブロムはプレシア・テスタロッサの答えに乾いた笑いを返す。
『その代償に、オマエは一体何を捧げる気だ?』
 世界を取り戻すための代償。仮にそんなものがあるとして――それがどれほどのものなのか、正直僕には見当もつかない。プレシア・テスタロッサとてそれは同じだっただろう。返答が返ってくるまで、一瞬以上の間があった。
『……何でも。何でも捧げるわ! この子を取り戻せるなら、何を捧げても構わない!』
 それは明確な答えではなく、自棄になった叫びのようにも聞こえた。実際にそうだったのだろう。それを最後にサーチャーが破壊され、通信が途絶えた。ただし、
『やれやれ……。相変わらずロクでもねえ予想ばっかよく当たるよなぁ』
 あの瞬間、プレシア・テスタロッサが放った魔力。あの魔力は何かが奇妙だった。所詮は映像越しであり、大した根拠がある訳でもない。だが、何かがおかしかった。
『たまには宝くじでも買ってみるか。この精度であたりゃ大金持ちは間違いねえんだしよ。ヒャハハハハッ!』
 ロクでもない予想とは、おそらくはその原因だろう。僕らが思っている以上に危険な状況が進行していると考えた方がよさそうだった。
『それで、どうやったらあの魔女の根城に行けるんだ? まさか完全に追い出されたわけじゃねえだろ?』
「あ、ああ……。もちろんだ。空間座標は捕えている。転送ポートを使えば、いつでも送り込める」
『そうか。なら、あの魔女のところまでオレを連れていけ。もうじき相棒も正気に戻る』
 口ではそう言いながら、リブロムはフェイト・テスタロッサの元へ頁を羽ばたかせた。彼女の前に舞い降りてから、告げる。
『これから決着をつけてくる』
 その言葉に、フェイト・テスタロッサはゆっくりと視線を動かした。
 先ほど、捨てられた人形のようだと思ったが――実際にこんな表情をした人形を作る人形師がいたとしたらそいつは相当な狂人だろう。人間はこんなにも感情が欠落した表情ができるのか。驚きを通り越し、哀しさを――恐怖さえも覚えた。
『一緒に来るか?』
 その言葉を前に、空虚に見詰めたままフェイト・テスタロッサは言った。
「母さんは……私の事を人形だって。……名前も無いガラクタだって。もう、うんざりだって……」
 それが泣き声だったなら、まだどこかに救いがあった。泣く事も笑う事も、全ては心という原動力がいる。それが完全に失われしまえば、涙すら出ない。
「私は人形なの?」
 その問いかけに、リブロムは呆れたように笑って見せた。
『オマエが何者かだって? そんな事は決ってるだろう。なぁ?』
 リブロムが視線を向けると彼女は――高町なのはは何の躊躇いもなく告げた。
「そんなの決ってるの! 大切な友達だよ!」
『だとさ』
 フェイト・テスタロッサの表情が、ゆっくりと驚きを宿していく。
 困ったように、途方に暮れたように――そして何よりも躊躇うように、フェイト・テスタロッサはしばらくの間、リブロムとなのはを見つめていた。
『人形だろうが名前がなかろうが生まれがどうだろうが、オマエの何が変わる訳じゃねええ。どうせ相棒は気にしねえだろうし……どうやらそのチビも変わらねえようだ』
 フェイト・テスタロッサの髪が僅かに揺れた。彼女が首を縦に振ろうとしたのか横に振ろうとしたのか、それは分からなかったが。
 いずれにせよ、彼女が立ち上がるにはまだ時間が必要だった。だが、
「緊急事態発生! 次元震です! 中規模――いえ、規模はさらに増大中! このままでは、次元断層が発生します!」
「時間は!?」
「この早さで増大すれば、おそらく三〇分足らずです!」
 どうやら時間がないらしい。舌打ちをして、リブロムが言った。
『おいチビ、ここは任せたぞ。オレ達は決着をつけてくる。狼の姉ちゃんは悪いがオレをあの魔女のところまで運んでくれ。この嬢ちゃんの事が気になるだろうが……時間がねえ。なぁに、心配はいらねえ。運んでくれれば後始末は相棒がする』
 時間がないというのは、二つの意味がある。一つは次元断層。もう一つは御神光を蝕む『魔物』の存在だ。もう少しで正気に戻るとリブロムは言っているが、それはあくまで一時的なものなのだろう。この本の言葉を信じるなら、今日が期限なのだから。
「……分かった。ごめん、フェイトの事をお願い」
 少なくない躊躇いを振り切って、アルフがリブロムを抱きかかえて立ち上がった。
「待ってください! 僕も行きます!」
 早々にブリッジを出て行こうとする二人に、ユーノが叫んだ。
「あれを見つけたのは僕だから。最後まで見届けさせてください」
『……一応言っておくが、安全の保証はしねえぞ?』
「構いません」
 躊躇いなく言いきったユーノに、リブロムはにやりと笑って見せた。
『なら、好きにしろ。……ああ、そうだ。狼の姉ちゃん。オマエもオレをあの魔女の方に投げたらすぐに逃げた方が無難だぜ?』
「馬鹿にするんじゃないよ! 何があっても、最後まで見届けるさ」
 挑むように、アルフが言った。
『クククッ。それなら、それでいいさ。そんじゃ、さっさと決着をつけちまおうぜ。世界が終わる前にな』
「ああ。そうだな」
 その通りだった。リブロムの言葉に頷く。

  ――世界が終わるまで、もう時間がない




 アルフ達が出ていくのを見送ってから。
「えっと、その、よかったら私の部屋に行かない?」
 遠慮がちに、光の妹さんが言った。何も考えられず――自分で考えるなんて事は思いつきもしないまま、彼女の手を取る。その柔らかな感触に誘われるまま立ち上がって――
≪そのままでいいのか?≫
 誰かが言った。……ような気がした。ニミュエの声と同じように曖昧なそれは、しかし彼女の声ではなかったように思えた。落ち着いた、大人の男性。そんな気がした。
≪彼ならどのような形であれ決着をつけるだろう。だが、君はその結果を待つだけで後悔はしないか?≫
 待っているだけで、何か変わるだろうか。その結果を、私は素直に受け入れられるだろうか。その時、私は光を怨まないでいられるだろうか。
(私は……)
 決断を、しなければならない。私が決断するとしたら、それは今でしかない。
 母さんか、アルフか、光か、この子か、世界そのものか、あるいは他の何かか。それが失われてしまう前に。
(でも、私はあの子の……アリシアの紛い物で――)
≪君は紛い物などではない。あの子とは違う、ただ一人の人間だ。あの子も……彼の妹もそう言っていただろう?≫
 彼の妹は、友達だと言ってくれた。
≪それに、彼ならおそらくこう答えるはずだ≫
 妹のように思っている――その誰かは、光ならそう答えるだろうと言った。本当にそうだろうか。本当にそれを信じていいのだろうか。
≪今すぐに納得できないと言うなら、それは仕方がない。だが、君の意思は、今もまだ君の手の中にある。それを忘れない事だ≫
 決して拭えぬ後悔と、それがもたらす疲労。微かな溜息ののち、それらを秘めた声で、その誰かが言った。  
≪自分の意思。それを見失ったばかりに、取り返しのつかない過ちを犯した事が、私にはある。だから、君にはそうなって欲しくない≫
 深い――あまりにも深い嘆きを秘めた言葉。だからこそ、だろうか。その言葉は私を立ち上がらせてくれた。立ち上がったなら、次は歩きださなければならない。
≪そうだな。ここはひとつ、相棒の言葉を借りるとしよう≫
 そして、彼は言った。今度は、照れ隠しの苦笑と共に。
≪さぁ、行くといい。ここからは君たちの物語だ≫
 その言葉に背中を押され、私は告げた。
「ごめん。私は母さんのところに行くよ。……まだ、私は何も伝えていないから」
 彼女は少しだけ驚いたような顔をしてから……嬉しそうに笑った。
「うん! それじゃ行こう! 早くしないと置いて行かれちゃうの!」
 そして、私達は揃って走りだす。きっと、本当の意味での始まりに向かって。

 
 

 
後書き
というわけで、ついに最終章に入りました。
一応この章と、エピローグで無印編は完結の予定です。
このペースなら今年中には完結できるかなと思っています(エピローグは第五章の最終話と同時に更新する必要がありますが……)。
もう半年も経つんですね。月日が経つのは早いものです。

さて、そんな訳でいよいよ高町家の末っ子が本格的に参戦となります。
……今さらかよと言われそうですが(苦笑)
そして、舞台はついに決戦の地となる時の庭園へと移行しました。
さぁ、プレシアさん、そろそろ出番ですよ。
というわけで、また来週更新できる事を祈って。





……A's編、まだあんまり書き進んでないんですけど、どうしようかな
2014年12月7日:一部修正 
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