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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第二部 vs.にんげん!
  第27話 くそやろう!

 ちょっと慣らしの為に遺跡潜ってみようぜ、上層階のほう、と、ウェルドの方から誘った。ディアスは別段嫌な顔もせず了承した。町での殺戮について、自分やノエルほど落ち込んではいないようだ。表向きは。
 ナイフの件については急いで詮索するつもりはなかった。状況が大きく変わった今、彼を取り巻く状況と目的についても何かしら変化があったかもしれず、直接聞いたところで関係が壊れるだけだ。遺跡探索の支度のため、追い現の酒場に向かいながら、ウェルドはちらりとディアスの顔を窺う――今協力関係を失うわけにはいかない。真実を知りたいなら尚更。
 酒場の戸を開けた。
 そしたら奴がいた。
 奴。
「どぎゃああっ!」
 ウェルドは叫んでディアスの後ろに隠れ、彼の両肩をつかんで盾代わりに前に突きだした。
「何だ、騒々しい」
 迷惑そうなディアスにすがりつきつつ、その男、鍛冶屋の主人がゆっくり首をよじってウェルドを見る、その視線を迎えた。目があった。残忍な目だ。
「ひぃっ」
 何か仕事に必要な道具を調達していたのだろう。なめし革の巾着を手に、ゆっくりウェルドとディアスのもとに歩いてきて耳許で一言
「二度目はない……」
 出ていった。
 全身からどっと汗が吹き出て、ディアスの肩から手を離す。カウンターからオイゲンが呆れた調子で声をかけた。
「一度目は何をやったんだ?」
 その声で落ち着きを取り戻し、今日はやけに酒場が静かだとやっと気が付いた。店内は薄暗く、オイゲンと自分たちの他にはクムランとバルデスがいるだけだった。
「べ、別にちょっと作りかけの槍借りただけだっての! ……黙って」
「あいつはな、町外れの鍛冶屋のガイウスって男だ。もともとアスロイトで店を持ってたんだが、試し斬りにかこつけた辻斬りがやめられなくてここに来た」
 やっぱり頭がおかしかった。
「そういうわけだ。よかったな、命まで取られずに済んで」
「今日は閉店か?」
 とディアス。
「久しぶりだな、ディアス。もう暫くしたら開けるけどよ、悪いが今は大事な話の最中だ」
「いや、いい」
 バルデスが口を挟む。……傷が二の腕から肩口まで広がっていることに嫌でも気が付いた。
「話ならいつでもできるさ。こいつらに腹ごしらえさせてやってくれ。その格好じゃ、今から遺跡に潜るんだろ?」
 バルデスの好意とオイゲンの黙認にあずかり、ディアスとウェルドは並んでカウンター席に座った。
「昨日退院したんだってな。具合はどうだ」
 ディアスはバルデスの腕に一瞥をくれ、躊躇いがちに口を開いた。彼がそんな素振りを見せるのを、ウェルドは意外に思った。
「問題はない。以前と同じだ」
 そして顔を前に戻す。
「……感謝している」
「うお、すっげえ。お前でも素直に感謝することあるんだな」
「貴様とは話していない」
「おいおい、直接シェオルの柱を壊したのは俺だぜ?」
「礼ならもう言った」
「嫌味なら何度でも言うくせにな」
 オイゲンがカウンターの向こうから、石のように固いバケットと何だかよくわからない物体の入ったスープを寄越した。
「味についての苦情は受け付けないぜ。昨日の残り物だからな」
「親父の場合どっちでも変わらねえだろ?」
「普通は一晩おいた方が素材の味が出て旨くなる筈だがな……」
 と言いながら、ウェルドはバケットをスープにつけて食べられる固さになるまでふやかし、ディアスはスプーンをスープボウルに突っこんだ。オイゲンは眉を垂らして嘆いた。
「本当にかわいげのねぇ……」
「誰だって同じことを言うさ。大体、こんだけ長く毎日同じ料理をやってりゃ嫌でも上手くなると思うんだがな」
「よっぽど才能がねえんだな」
「……」
「どうしたディアス、深刻な顔しやがって」
「タオルの味がする……」
「どういう事だ、おらぁ!」
 ディアスはオイゲンの剣幕を物ともせず、もう少し詳しく言った。
「しかもカビの繁殖したタオルだ」
「うるせぇっ、どうせ俺が毎日食器拭いてるタオルは洗ってねえもんでカビが繁殖してらあ」
「きったねぇな親父!」
 笑いを押し殺しながら様子を見ていたバルデスが、床におろしていた大剣を担ぎ上げた。
「じゃあな、俺はそろそろ行くぜ」
「お、おう。また後で来いよ」
 行こう、とバルデスはクムランに声をかける。それでウェルドも、クムランがいた事をやっと思い出した。
 クムランは物思いに沈み、存在感を消していた。その横顔は沈鬱だ。
「……あ、ああ。すみません。ぼうっとしておりました」
 クムランはまるでウェルドもディアスも見えていないようだ。バルデスが背中を軽く叩く。
「いいぜ。むしろよく提案してくれた」
「ですが……」
「俺はやると言ったらやるさ」
 二人が出ていってから、ウェルドは尋ねた。
「何かあったのか?」
「……まあ、はっきりした事が決まるまでは何も言えんさ。じきにわかるからそれまで待て。それよりお前ら聞いたか? おとといの?」
「おととい?」
「開門日に出てった奴らのことだよ」
 そう言えば、昨日アーサーが何か言いかけていた気がする。あの後宿舎の裏手の片付けが大変で、すっかりそれっきりになっていたのだ。
「いいや」
 オイゲンは組んでいた腕をほどき、だらりと体の横に立らすと、何かに耐えるように少しの間目を閉じてから言った。
「全員殺された」
 一瞬、体が力み、柔らかくなったバケットが手の中でぐにゃりと歪んだ。ディアスも無関心を脱ぎ捨て、顔を上げてオイゲンを見つめた。
 反射的に口を開いたが、声が出なかった。
 殺された、殺された、と頭の中で繰り返し、意味を充分理解してからようやく言った。
「何で」
 いささか反感のこもった問いかけになった。
「何でそんなことがわかるんだよ?」
「城壁に上った奴がいる。そいつが見つけた。門からさほど遠くないところで、あいつらを乗せた馬車が……焼かれて……たぶん火矢だろうな……殺されて、そのまま放置されていたと。俺も見た。ああ、そうだな。全員じゃないかもしれんが……」
「嘘だろ?」
 ウェルドは丸く目を見開いたまま首をゆるゆる振った。
「だって、そんなことしたって、おい、何になるんだよ? カルス帰りは外の魔物についてだってよく知ってる、戦力にもなる、だのに」
「理由なんて知るか。とにかくそういう事が起きちまった。壁新聞の情報だが、カルス帰りの奴から魔物化するって騒ぎ立ててる連中もいるようだし……それに、あいつらは連中にとって目もくらむような財宝を持ってた。持ち帰る途中だった。わかるか? そういうことなんだよ」
 ウェルドは遺跡に挑むには最低のテンションで酒場を後にした。
 道の途中、ディアスがザクッと氷の礫を踏んで立ち止まった。
「何だよ?」
 ディアスは少し離れた位置からウェルドをじっと見た。それから無言で、細い顎をくいっと建物の間の細い道に向けた。
 三人組の男が壁際に誰かを追いつめ、尋問しているように見えた。
 ノエルだった。
「おいおいおいおい!」
 ウェルドは大股で歩み寄りながら、威嚇をこめて大声を上げた。
「何やってんだぁ? おっさん共が女の子相手に小遣いせびりでもあるめぇよ?」
「ウェルド!」
 男達が壁から離れ、路地に入り込むウェルドとディアスに向き直った。ウェルドと同じくめいめい武器を携えている。
「いい所に来やがったぜ。残りの凶戦士野郎どもだ」
 髭面の男が剣に手をかける。その隙をついて、ノエルがウェルドのもとへそそくさと駆けてきた。ウェルドはノエルを後ろに庇い、一歩前に出た。
「ああん? 何だ、やるのかおっさん共」
「身の程知らずの生意気な小娘にちょっとばかし口の効き方を指導してたところさ。いいじゃねえか。そっちがその気なら俺らもやってやるぜ? なあ?」
「指導?」
 ウェルドは男達が剣や短剣を抜くのを受け、背中の体験の柄を握りしめた。
「へぇー、どうも俺の言葉じゃそれ圧迫って言うんだけどな」
 その手に、ノエルの華奢な手が制止を込めて重なる。
「ウェルド、やめて。もう行きましょ」
「逃がすかよ。背中を向けてみな、命はないぜ」
「おお、ちょうどいい。ガキ共も三人、俺らも三人、いい勝負じゃねえか」
 髭面に追従するように、猫背で貧相な小悪党が嘲笑をこめて言い放つ。
「覚悟しな! ジャコとブーツィーの仇――」
「なにをしているのです!?」
 第三者が厳しい声を投げかけたのは、ウェルドがいよいよ大剣の留め金をはずそうとした時だった。振り返らなくても声でわかった。エレアノールだ。
 ウェルドは柄から手を離し、肩を竦めた。
「どうする? 四対三になったぜ」
 男達の表情が渋くなる。大きな騒ぎにするつもりはないようだ。
 武器を納めた。
「……遺跡の中で会えるのを楽しみにしてな」
 背を向けて去っていく男達に、ウェルドは憎々しげに吐き捨てた。
「あばよ!」
 ノエルが大きく安堵の溜め息をつく。エレアノールが雪を踏んで走ってくる足音が聞こえた。ゆっくり振り返った。ディアスが喧嘩っ早さを咎めるような、呆れ混じりの視線を寄越したが、無視してノエルの顔を覗きこんだ。
「大丈夫か? 何もされなかったか?」
「ええ。……手は出されなかったから」
 そう答えると、顔をさっと赤らめてうなだれた。
「ああ、みなさん、ご無事でよかった」
 エレアノールも、冷たい風で頬を赤くしながらやって来て言った。
「悪ぃな。でも助かった」
「私は何もしていません。ただあなた達を探していたんです。忠告をしなければと」
「忠告? あの連中のこと?」
「違います。ネリヤという女性冒険者のことです」
 ウェルドは眉を片方上げた。
「ああ、あの人。どうかしたのか?」
「遺跡内で度々姿をお見かけしていたのですが……まるで誰かを捜しているようで……その方が同期の冒険者を遺跡内で殺害なさったと」
「げっ」
「紫の剣で恋人とご家族を失ってから様子がおかしいという噂は聞いておりました。それが、理由もわからず……生き延びた同行者の方の話では、遠方から矢で射られ、その一撃で溶岩に落とされたとの事です」
 ウェルドは唇を真一文字に結び、馬鹿みたいに頷きながら動揺を堪えた。その不運な同期の冒険者とやらが殺害された理由はネリヤ本人にしかわかるまい。本人にもわからぬかもしれない。だが、彼女の本当の狙いが恋人を殺した自分達である可能性は充分すぎるほどある。
「わかった」
 ウェルドは頷くのをやめた。
「ご忠告をどうも」
「先ほどの件もあります。遺跡の中であなた方だけで行動するのは控えてください」
 エレアノールは続けた。
「先ほど、パスカとジェシカとルカの三人とすれ違いました。第二層の光の塔、もしくは闇の塔のどちらかに行かれるとのことです。あの辺りは敵がさほど手強くない割に、等級のよい財宝が見つかりますから。急げば入り口で合流できるでしょう」
「ありがとう」
 ウェルドは愛想笑いを浮かべた。
「どうも」

 ウェルド、ノエル、ディアスの三人が遺跡に吸いこまれていくのを、物陰から見ている男がいた。三人は通路の闇に紛れ、見えなくなった。
 男は踵を返した。
 教会へ。
 神に用があるのでも、司祭に話があるのでもなかった。男はまっすぐ地下の不良冒険者の溜まり場に向かった。
「おおう、何だ。見張り番が来たって事は……」
 中央の椅子で反り返るカドモンが、酒臭い息を吐いた。男は頷いた。
「入ったぜ。凶戦士野郎共、遺跡によ。お待ちかねの時間だぜ。今もう一人が行き先を追ってる」
「ご苦労さん。おい、お前ら、準備しろよ。ガキ共の行き先がわかったら追っかけてくんだろうがよ」
「お前に命令される筋合いはねえぞ」
「よせよ」
 壁際の冒険者がいきり立つのを、連れの男が諫めた。地下室には他に数名の冒険者や、カドモンの取り巻き達が居た。
 カドモンは見張りの男に小銭を握らせながら引き攣った笑みを浮かべた。
「あのガキ共……血祭りに上げるには丁度いいぜ。いい子ちゃんぶってる連中にも思い知らせてやるんだよ。あのクソ野郎の独裁時代は終わりだってな。ようやくこの町が正しい姿に戻るんだ」
「クソ野郎はどっちだよ」
「やめろって」
 毒づく冒険者の耳許に、相棒は少し強く言った。
「あいつらの仇をとるんだろ?」
 そこへ、もう一人の男が転がりこんできた。
 男は見届けたウェルド達の行き先を、冒険者達に告げた。

 
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