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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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05話 蒼き将

 コンコンコン……

「失礼する。」

 軽く扉がノックされ、間をおかず開かれた扉から一人の男が入室する。
 斯衛の朱を纏いし美丈夫……自分はその顔に見覚えがあった。かつて同じ道場で剣を振るった智将真壁将軍の息子、真壁助六郎だ。
 だが、その彼に続いて入室する蒼を纏いし男の姿に自分は己が目を半分疑った。

「やぁ久しぶりだね柾大尉。」
「斑鳩…少佐殿……!」

「ふっ此度の出雲奪還で昇格してね、今では中佐なんて今一つ面白味のない階級さ。」

 五摂家が一つ斑鳩家の若き当主、斑鳩嵩継が其処に居た。
 そのやけに親しげな様子に驚きを隠せない唯依。例え血が繋がっていたとしても、五摂家と他の武家には隔絶した格式の壁があり、親しげに出来るわけが無いのだ。


「おや、其方は篁公の跡取りだったかな?」
「はっ!篁唯依中尉であります!!」

「お父上は斯衛にとって無くてはならない存在だった……彼の人材の喪失は斯衛に、いや日本にとって痛恨の痛手だよ。」
「そう仰っていただき、父も草葉の陰で喜んでいると思います。」


 寝具の傍らに在った唯依を見止めた斑鳩嵩継が痛ましげな表情を取りつつ哀悼の意を表す。
 其れに噛みしめる様に答える唯依……
 彼女の父篁 裕唯中佐は、瑞鶴・不知火壱型丙・武御雷と自分が今まで命を預けて来た機体を手掛けた技術者であると同時に衛士でもあった。

 衛士であり、技術者であるという人材は非常に貴重だ。双方の異なる観点を融合させる可能性を持つ人物だったが明星作戦の際にアメリカの放ったG弾に巻き込まれ……帰らぬ人となった。

「彼の元で共に武御雷を育てた事が昨日のように思い出せるよ……なぁ柾。」


 斑鳩嵩継が己を見る。その言葉に瞠目する唯依。
 その驚きと混乱に得心の頷きをしつつ斑鳩崇継はつづけた。

「武御雷の開発は専用OSの開発を後回しにして行われたからね、―――其処に居る柾大尉は大陸帰りの練達だ。特に仕様の違うC型の開発衛士を彼が、そしてR型の開発衛士を私が担当していた。」


 篁唯依が自分を見る――確かに自分は武家以外の斯衛軍衛士が搭乗する武御雷C型の開発衛士で在った時期もある。

 しかし、高性能化と格闘性能のみを追求した武御雷に対し、アレでは所詮決闘用の機体にしかなりえず、真に現場の衛士が求めている機体ではないと反発し、やがて篁中佐の元を離れ四国に戻り、後に一條卿や朝曽我部公の旗下で地獄を戦い抜く事となった。


「人生とは小説より奇というが、此処にいる面々の何れもが武御雷に深く関わっている――なかなか興味深いよ。運命すら感じる。」

 なんとも面白げに言う斑鳩嵩継―――ふと彼は何かに気付いたような仕草を取り、そして唯依を見た。

「そういえば、篁中尉は壱型丙にも思い入れがあったと聞いているよ―――そんな君に朗報だ。壱型丙のアビオニクスの刷新と共に専用OSが改修されてね、不知火 乙壱型として実戦配備が検討段階に入る予定だよ。」
「―――壱型丙が…!」

 彼女の声に動揺と共に興奮の色が混ざっていた。
 彼女の思い入れなど自分は知る由は無いが、壱型丙は自分と部下たちが四国、そしてこの出雲と地獄を渡り歩き、流血と銃火で鍛え上げた剣だ。

 アレをただの欠陥機として終わらせたのでは、戦ってきた意味が軽くなってしまう。
 其れだけは断じて許せなかった。
 そういう意味では自分にとっても朗報だった。

「それも其処の柾が頑張ってくれた御蔭だよ。彼の操縦ログもさることながらレポートは非常にクリティカルな部位を指摘していてね、尚且つ改善方法を大まかにだが示してくれた。」
「…………」

 最早言葉が無い、という状態なのだろう。
 唖然とした様子で見る唯依の視線がいたたまれない―――背筋が痒くなるほどに居心地が悪い。


「斑鳩中佐、程々にしてください。―――こんな体では、もうそのような芸当はできませんから。」
「すまないね、つい熱くなってしまった……本題に移ろう。柾、我が斑鳩家にこないか?」

「それは、私に養子に成れと……そういう事ですか?」
「そうだよ、日本は今や乱世に突入している。戦後の家格調整による武家の格式の固定は意味を為さない、無理やり意味づけすればそれは我ら武家の終焉を意味するだろう。
 そして、これまで序章と言わんばかりに帝国は未曾有の苦難に塗れるだろう。その中で我ら武家は在り様を変えつつも帝国を守り、臣民に道を示さねばならない……!
 激減した人口、荒野と化した国土、壊滅した経済。最早、一等先進国に返り咲く事叶うまい――その絶望の中、人は英雄と神話を求めているのだよ。」


 劇場的に言葉を紡ぐ斑鳩嵩継―――その口にしている内容はまるで遠い神話の如しだが、紛れもない事実なのだ。
 このままでは、日本は良くて植民地や属国の地位に甘んじる事となる。

 そうなれ、いずれ日本は日本で無くなってしまう。


「その中で、“甲鉄の雷神”を駆る“雷神の鬼姫”を救うべく身を挺した衛士が摂家の援助の元、不死鳥の如く黄泉がえり、勇往邁進する―――実に雅やかだと思わないかい?」

「成程、つまりある程度武家の血を引きながらも市井の出である俺ならば武家に上げても反発は少なく、また大衆受けもいい―――政治の道具(プロパガンダ)にするにはこの上ない適材という事ですか。」
「いやいや、私は単にかつてその腕を競い合った優秀な衛士が惜しくも戦火でその衛士としての命を絶たれ、志半ばでその路を諦めるというのが我慢ならないと手を差し延ばすだけだよ……斑鳩家の私財を用いれば君に最高の治療を与えることが出来る。
 口惜しいけどね、如何に当主とはいえ家の資産は好き勝手には出来ない。だが――身内、しかも優秀な人材に対してで有れば話は違う。」

 斑鳩嵩継から先ほどまでの、どこ吹く風と人を食ったような色が消え、真摯な瞳が自分を射抜いた。


「しかし、私には柾の家を守る責務が有ります――柾の名を捨てることは……」
「知っているさ、柾の家は江戸時代から続く豪族としては名家に入る。だが、国家という家を守る為にどうか柾の名を捨ててほしい―――幸い、君には弟が二人いた筈だ。
 この申し出を受けてもらえるのなら、君の末弟とその恋人を徴兵免除にすることも出来るぞ。」

「中佐貴方は……!!」

 斑鳩嵩継の表情に紛れる、鋭利な刃物を連想させる氷の眼差し。
 其れに顔が強張る……この権謀と才を兼ね揃える男を敵に回して勝てる筈もない。
 また、この申し出を受けることに対してのデメリットは無い……寧ろメリットだらけだ。


「柾家の末君、分家からは要らない人間と冷たく扱われていたが君たち本家の人間は大層可愛がっていたそうだね―――何が一番かよく考えてくれないか。」


 自分よりも7つ年下の弟―――今でもはっきり覚えている、アイツを一つ下の弟と共に病院に赴きこの腕に抱いた感触を。
 篁唯依の泣き顔を見て憤りを抱いたのは、年の近い弟がこの不条理を受けねばならないかもしれないと身近な物に感じた事もある。

 だが、生まれた時から柾の家を継ぎ守ってゆくのだと、後継ぎなのだからと立派であらねば成らない―――そうやって生きて来た自分にとって柾の家は、存在意義そのものでもあったのだ。

 弟を守る為には、その存在意義を捨てねばならない。
 それは今までの人生を捨てることに他ならない―――だが、捨てたとしても家は一つ下の双子のように育った弟が立派に引き継ぐだろう。

 ―――自分の個人的感情を除けば、捨てることによるデメリットは一切無いのだ。


「――――少しだけ、考える時間を下さい。」
「ああ、分かっているよ。難しい問題だからね……しかし余り時間は上げらないよ。」
「承知しております。」


「では、私たちはこれで失礼させて貰うよ。篁中尉、一緒に来てくれるかな?嵩宰大尉には私から既に話を通しているよ。」
「あ、はい……では大尉お大事に。」


 斑鳩嵩継の言葉にやや後ろ髪を引かれながら頷く唯依。
 真壁助六郎の誘導により退室しようとする一同の最後に続く彼女だったが、部屋から出る直前に足を止め振り返った。


「遅れましたが、恭子様を……助けて頂きありがとうございます。ほんとうに……ほんとうに」


 深々と頭を下げる山吹を纏う少女――彼女が退室するとき、宙を舞った煌めく滴を俺は見逃さなかった。









「―――さて、篁中尉。」
「はい。」

 促されるまま後を着いていた唯依に斑鳩嵩継が不意に話しかけた。

「そう畏まらないでくれないかな。とって食う訳でもないからね。」
「申し訳ありません…しかし、摂家の方とお言葉を交わすのなら当然の態度かと。」

「やれやれ、気を許してもらえないのは私の不徳とするところか、それとも君の篤実によるものか―――そういうところは恭子によく似ているよ。やはり血が繋がっているだけはあるね。」
「お戯れを……」

「はっはっは、そういう冷たく張りつめた表情もまた雅やかだが、凛とした微笑みの方がずっと素敵だよ―――きっと、彼も其方の方が気に入るだろう。」


 何を考えているのか察することの出来ない、まるで富士の樹海の闇を見ているような気分にさせる斑鳩嵩継の深遠なる微笑み。


「斑鳩中佐、それよりわざわざ私のような一兵卒にお声がけした理由をお聞かせ貰えないでしょうか。」
「ふむ、せっかちだね……要件というのは君の意志を確認しておきたくてね。」

「意志……?」
「そう、君は御父上の意志を継ぎ、戦術機開発に身を投じるか否か…その是非を問いたい。」
「問うまでも有りません。私は篁の次期頭首です、そして父の無念を晴らす事こそ私の使命と心得ています。」

 斑鳩の剣呑とした重圧を感じる問いかけ、それに対し唯依は真っ向から見返し、凛とした声で答えた。
 唯依の胸に刻まれた、亡き父の想い。

 瑞鶴では多くの衛士をむざむざ死なさせてしまったという無念、そして苦心の末完成した武御雷は生産性と整備性に難を残し、如何に高性能だろうと前線の衛士に行きわたらず、整備も難しいのではその無念を晴らすには至らない。

 其れを晴らし、日本を取り戻し先に逝った戦友に報いるまでは、篁唯依は止まれない。


「よい答えだよ――しかし、君だけでは成し遂げる事叶わぬだろうね。」
「それは……どういう意味でしょうか。」

 そんな唯依の答えに対し否定を口にする斑鳩嵩継。
 ただ事実だけを口にしている、そんな冷たさが彼の口調にはあった。


「ならば逆に聞くが、戦術機とはその特性は古今の兵器の中で何が最も近いと思うかね?」
「……敢えて言うのなら攻撃ヘリが一番近いと思います。」

「そうだね、軍事評論家はそのようによく言っている。半端な戦車、高コストな攻撃ヘリ、木偶の強化外骨格、散々な評価だ。―――だが、実際は違う。戦術機が最も近いのは騎馬だよ。
 彼の祖父はね、光菱と関係の深い土佐山之内に代々仕え、その騎馬をこしらえていた家系だ。そして戦術機とは騎馬と武具の融合とも言える存在だ。
 だからこそ私はね、君と彼なら“帝国衛士の為”の戦術機を生み出せる―――そういう確信を抱いているよ。」


 予想外の答え―――先の会話から柾忠亮大尉が武家の血を引いているのは知っていたが、自分とある意味において似通った血筋とは思わなかった。
 そして、彼の評論―――現代の戦術機が現代の騎馬にして武具である、という言葉。その発想は斬新でもあった。

 大抵は半端な兵器として散々な評価を受けるか、人類の刃である等といった抽象的な表現にとどまる。
 現に戦術機はBETAの排除が成り、対人類戦争の再発と共に蘇った戦闘機によりその姿を戦場から消すと言われている。
 ―――だが、騎馬であるなら話は別だ。

「奴が、見事再起を果たしたのなら見ているといい。面白い物が見れるよ―――私としては、柾の伴侶として君を推したいのだけどね。」
「な……!」

「はっはっはっは、冗談だよ。そう赤面するとは、いや中々恭子とは違った味がある。」


 唯依の度肝をぶち抜いた言葉に対するリアクションに軽快に笑う斑鳩嵩継。
 そんな彼に先頭を歩く赤の青年が重い溜息を突いた。


「閣下、お戯れが過ぎます。もう少し自分の御立場をご自覚ください。
 誰でも婚姻を示唆されれば驚きもするというモノです、特に貴方の言葉は命令と同じなのですから。」
「む、そうか。しかしな、柾と彼女の婚姻は望ましいのだけどね……」

「閣下。」
「ああ、分かったよ真壁。すまないね中尉、私の独りよがりが過ぎたようだ。まぁ、こういうのは当人たちの意志に任せるに限る。無理強いはしないでおくよ、」

「は、はいありがとうございます……」

 真壁助六郎による諌言を受け、唯依に詫びる斑鳩嵩継。が、あまり反省していないようだった。
 すっかり翻弄された唯依はどうにか相槌に等しい返事を返すのに精いっぱいだった。
 
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