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ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~

作者:ULLR
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アリシゼーション編
第一章•七武侠会議編
  狼煙

 
前書き
前話の後編的な感じです。 

 


「使い魔《フギン》《ムニン》、及び守護領域(テリトリー)、《ゲリ》《フレキ》。起動」

元は重厚な木製の椅子である《フリズスキャルヴ》は原初(オリジン)の姿が解放された事により、黄金に輝いていた。
フリズスキャルヴの本来の機能は簡単に言えば『プレイヤー機能の大幅拡張』だ。フリズスキャルヴ付属の鴉の姿をした使い魔、フギンとムニンがプレイヤーが求めた情報を収集し提示するのが主な機能で、例えば俺が『ユウキはどこにいるか』を調べればその地点の座標をほぼタイムラグ無しで知る事が出来る。
使いようによっては危ない能力だが、そもそもこの椅子が安置されていた場所が生半可な場所では無いため、リスクが高すぎる。さらに言えば、その機能は一度使うとクールタイムが24時間必要でその間、他の機能は一切使えない。
しかし、それは原初の姿を解放すると全て取り払われるーーー600秒間のみ。
何かに取り憑かれたように瞳から光を失ったユキナがユウキに殴りかかり、それを防いだユウキを下へ叩き落す。そして間髪入れず、その後方に居る俺に向かって来た。

「一体、どうしたんだ……」

フルダイブが原因ならば今すぐここでログアウトし、隣でフルダイブしている友紀奈のアミュスフィアを剥がせば良い。しかしもし別の理由ーーー現実世界にも影響がある何かーーーがあったのなら、それは危険だ。すぐ側には木綿季が同じく居る。現実世界に復帰した途端、近くの人に殴りかかるような事があれば一大事だった。

「それに、こっちの方が無茶も効く」

黄金の椅子に座する俺の約2メートル手前でユキナが何かに進路を阻まれる。自分が衝突した威力をそのまま返されたユキナは短く呻き声を上げて跳ね返された。
テリトリーと呼ばれる守護領域は原初の姿の時のみ発動出来る結界のようなものだ。受けた衝撃をそのまま返す性質を持つ結界《ゲリ》。そして、進入したものを拘束する《フレキ》。
ゲリによって崩された体勢をユキナが立て直す前にフレキの有効範囲を拡張し、ユキナを捉える。しかし、

「ぐ……ぅ……!」
「む⁉︎」

ガラスが割れるような音と共にフレキが力づくで破られる。システムを越えたその現象に目を見開き、決定的な隙が生まれた。

「……ぅ……あ!」
「うっ⁉︎」

ユキナのスモールソードを持ったままだった右腕を掴まれ、捻り上げられる。力が抜けた手からスモールソードがこぼれ落ち、ユキナがそれを手に取った。

「キ、エ……ロ……‼︎」
「…………っ‼︎」

光を失っていた瞳に再び光が……しかし、禍々しいナニカを含んだ光が宿る。それに応えるようにスモールソードから仄かに薄紫色の光が発せられた。
その光は、例えようの無い殺意を孕んでいるように見えた。

「レイ!」

その時、復帰してきたユウキが後ろからユキナに斬りかかる。狙いは剣を持つ左腕。

「ハァッ‼︎」
「……ッ!」

ユウキの接近に気付いたユキナが俺を離し、大幅にその場を離脱する。
どうやら戦闘力が殆ど削がれている俺より、ユウキの脅威の方が上だと判断したようだ。そして、その判断は正しい。
正しいが、その判断は遅すぎた。

「どうだ、ユウキ。慣れたか?」
「全くもう!何時もそうやってレイは無茶する!」
「良いだろべつに。死ぬ訳じゃあるまい」
「……命が掛かっても無茶するクセに」
「そんな事は……まあ良い。恐らくアレに、フルダイブは関係無い。ユキナ自身に原因があると見た」
「じゃあここでログアウトしてユキナからアミュスフィアを取るのは止めておいた方が良いね」
「そうだ。あの剣を取り上げ、ユキナを止めてくれ。後は俺がやる」
「分かった!」

俺が僅かに下がると同時に前へ出たユウキにユキナは完全に狙いを定めたようだ。鋭い目つきをしたその瞳の奥には相変わらず不気味な光を宿し、剣からは薄紫色の燐光が溢れていた。

(……初期ステータスのスキルではない。つまり、あれもシステム外の力。原因はユキナ自身か……いや待てよ?あの光……どこかで……)

喉元まで出かかったそれを、もどかしく感じた。




急速接近からの斬り上げを、体を捻って回避する。翅を震わせてユキナの頭上を取ると、今度は逆にこっちから攻めて行った。

「ウゥッ‼︎」

端整な顔を歪めながらユキナはそれを受け、受け止め切れず地面へ押されていく。

「ユキナ!一体、どうしたの⁉︎」

もう一本の右の剣でユキナのガードをブレイクし、アスカロンでソードスキルを発動する。
古代級武器(エンシェントウエポン)のアスカロンは初期装備のスモールソードとは比べ物にならない性能を持っている。ソードスキルを発動し、打ち付ければ一撃で砕いてしまう程の差があるのだ。
あの不気味な光を放つ剣さえ何とかすれば後はレイに考えがあると言っていた。
ユウキはレイを信じ、ユキナから剣を奪う事に全力を向ける。レイがどうするつもりなのかは知らない。だが、それはきっとユキナを元に戻す為に必要な事で、自分には計り知れない深い思考の末の結論なのだと思っている。
この世界でたった一人、自分が好きになった人。信頼の置けるパートナーの言う事なのだから、信じない訳が無い。
ある意味盲目的な信頼とも言えるこの想いは雑多な思考を隅にやり、ユウキから迷いを消し去っていた。
故に、ソードスキルを発動したアスカロンがユキナのスモールソードと打ち合い、スモールソードが破壊されずに鍔迫り合いになってもユウキは動揺しなかった。
"破壊されなかった"という結果が出る前にユウキは直感でこの事を予期していたからだ。
自分でも理論的に理解する前に、無意識に場の空気を嗅ぎ取って本能で理解するからこそ《絶剣》ユウキは強かった。そして今はそれを意識的に行う事で相手を深く見極める事が出来る。

「キミは……誰?」

七武侠が組織されてから数百年。つまり、皇が不戦を誓ってから数百年間、執念深く隠して来た秘密をユウキはその力で暴いた。
表と裏、光と影の境に立ち、双方が混じらぬよう監視するのが七武侠。
そんな"些細な事"は旧時代の武力が廃された、文明開化の時分に時の有力者達の耳触りが良いようにでっち上げられた建前に過ぎない。

「ユキナじゃ無いよね。誰なの?」
「…………」

ユキナの姿をした"誰か"は答えない。
代わりにユウキの剣を押し返すと、体を回転させて斬りかかってきた。それを少し身を引いてかわすと、左手に剣を持ったまま右の剣の柄に手を添え、勢いよく突きを放った。
"誰か"はそれを剣の腹で受け止め、自分の剣を覆い被せるようしてユウキの剣を叩き落とす。そしてそのまま返す刀でユウキの腕と首を斬り落とさんと剣を振り上げてきた。
その剣尖をユウキは後ろに下がることで避ける。空を斬った剣を目がけ、二閃が走る。一刀目は柄を叩き剣を宙に舞わせ、二刀目はその剣を真っ二つに叩き折った。

「…………⁉︎」
「レイ‼︎」
「ああ。よくやった」

ユキナの後ろから黒い帯が伸び、手足を体ごと拘束する。《攻撃用アクセサリ》ドラゴンテイルに専用スキルは無く、システム的に拘束する力は無い。ただ、レイが普段腰に巻いて、マントを縛っているように巻きつければ物理的拘束は可能だ。ちなみに強度は耐久値に依存する。

「……っ!……っ‼︎」
「悪いな。少し、頭冷やして来い」

ユキナを拘束している帯の端とは反対の端を握ったレイがそれを勢い良く振り回す。宙でレイを中心に一回転したユキナは真下の、オアシスの湖に叩きつけられる。その衝撃は凄まじく、水柱がレイとユウキの足下まで立った。

「……レイ、やり過ぎだよ」
「うぐっ……」

少し責めるように目を細め、肘で脇腹を突くユウキにレイは何も言い返せなかった。






目覚めは酷いものだった。体が重く、妙なだるさが煩わしい。

「…………」
「あ、ユキナ。起きた?」
「大丈夫か?」

意識が回復するにつれ、記憶も戻って来た。ここはVRワールドで……そうだ、私は皇の『禁忌』に触れてしまって……。

「……迷惑を、かけてしまいましたね」
「なに、驚いた事には驚いたが、ここは仮想世界だ。多少の事はどうにでもなる」

見れば、覗き込んでいるレイさんもユウキも気にするなと言わんばかりに笑っている。
少なくとも、怒っていないという事が分かって私は密かに安心した。

「アレの事、詳しくはまだ訊かない。どうせ親父か爺さん辺りが知ってるんだろうからな。帰ってから訊くとするさ」
「いえ……もう少し落ち着いたら、私から話させて下さい。私の、皇の問題ですから」
「そうか……」

とは言っても、何時引き金となる事が起こるか分からないここに長居するのはまずいだろう。
少し名残惜しさはあるが、仕方が無い。

「戻りましょう。現実世界に」


すぐ近くの中立都市という場所でログアウトした私達は、部屋を片付けると外へ出た。
螢さんは後で払ってくれればいい、と言って会計をしてくれているのでここには居ない。時刻は流石に夕暮れ時で今から帰ると着くのはもう完全に日が落ちた後だろう。幸い付近までのバスはまだ運行しているので徒歩で帰るという事は無さそうだ。

「大丈夫?友紀奈」
「うん、大丈夫。ごめんね、木綿季」
「ううん、別に気にしなくて良いよ」

そう言ってにこ、と笑う木綿季は同性の私から見ても可愛らしく、どこか安心してしまうように思えた。
少し歳下だと言う木綿季はどこか妹のようで……兄弟姉妹の居ない私にとっては新鮮な触れ合いだった。

「2人ともお待たせ。さて、戻……」
「?……どうかしましたか?」

戻って来た螢さんが途中で言葉を切り、北の空を見る。その方角はこれから帰る場所、皇の別宅がある方角だ。

「螢……?」
「友紀奈、君の家族……親父さん達はどちらに?」
「え?あの、お母様達はまだ若いですが皇の役目は私に移り、実質引退しているようなものなので……会議に合わせ、九州の方へ」

お父様は九州に拠点を置く『清水』の出。恐らくはその実家に身を寄せて居るのだろう。

「清水か……遊菜さんの実家なら安心か……出来れば居て欲しかったがな」
「あの……何を?」

ボソボソと独り言を言って頭を掻いている螢さんに色々な意味で不安が募り、詳しく話を聞こうとする。が、

「木綿季、友紀奈。しゃがめ」
「へ……うぇ⁉︎」
「きゃ⁉︎」

突如、ガクッと力が抜け地面に膝を突く。同時に怒号と打撃音。そして地面に人が倒れるような鈍い音がした。

「移動する。まずは京都から脱出だ」

顔を上げると地面には仰向けに倒れている2人の男。その側にはつや消しが施された刃物が転がっていた。

「2人とも、大丈夫か?」
「う、うん」
「あの、この方達は……?」
「恐らくは山東の残党です。別宅も襲撃を受けているようですね」
「そんな……」

螢さんが見ていた北の空をよく見ると、上空には黒い影が。あれは、烏だ。新鮮な死肉を漁る、凶鳥。
まだ街中に居る烏達も俄かにざわめき、不気味な鳴き声の合唱が響いていた。
街を行く人達も異変を感じ取ってか、そわそわと辺りを見回し、何人かはこちらを見ている。

「行きましょう。木綿季、俺から絶対に離れるな。友紀奈様もお願いします」
「うん」
「……はい」

穏和な雰囲気を醸し出していた螢さんは、それをガラリと変え口調も元の堅いものに戻ってしまった。

(やっぱり、演技だったのかな……)

同じ境遇に居る立場とは言え、彼は皇が盟主を務める組織のいち構成員でしか無い。建前上、盟主と同列である各家当主ですら無いのだ。
対等な口調は皇である友紀奈が"お願い"した事だが、螢がそれを"命令"と捉えればこうなる事は必然だった。

「友紀奈?」
「……なんでもないよ。ありがとう、木綿季」
「え?……ど、どういたしまして?」

何故お礼を言われたのか分からない様子の木綿季に軽く微笑み、私達は螢さんに続いた。




(ケジメは必要だ。悪いな、友紀奈)

楽しいお遊びの時間は終わりだ。ここからは自分自身を、そして木綿季を生かして逃げ出す事が俺にとっての最優先事項となる。
残念ながら友紀奈まで守ってやれる自信は無い。そんな余裕は今は無いのだ。
街中で堂々と襲ってきた事から京都は既に山東が掌握していると見て間違い無い。日本を京都を中心として東西に分断し、各家からの援軍を阻止する算段だろう。
問題はやつらがこれから東西どちらに進軍するかだ。

皇の別宅に居た面子がやられたとは考えられない。どんなに数が居ようが水城悠人がいる限り、敗北は無いからだ。
ならば抗戦しつつ、撤退したと見るのが妥当。山東が進軍するのはそれとは逆方向だ。
情報も備えもが圧倒的に足りない。自衛すらままならない状況では友紀奈どころか自分も木綿季も危うい。
思考を高速で巡らせていた時に頭上から敵意が降ってくる。以前も感じたそれを今度は避けずに掴み取った。
ALO事件の最中、俺を襲った千本。最早懐かしさすら感じるそれを手に取って弄び、思わず声を弾ませながら言った。

「……ふむ、なるほどなるほど。そうゆう事だったのか。疑問に思っていた事が大方解決したよ。なぁ?山東の暗殺師さん?」
「そうよ。でも気付くのに時間が掛かり過ぎ。もう遅いわ、螢様」

音も無く目の前に降り立った暗殺師。古流暗殺術を使う、山東の尖兵。

「1年半前、ALO事件。発端となった約300人の未帰還者問題の際、警察の捜査に介入し、レクトプログレスフルダイブ技術研究部門の《感情操作》の研究についての隠蔽に手を貸し、発覚する直前に回収。半年前、GGO事件の際にも警察に介入。検査の際、サクシニルコリンの項目を外すように工作し、また『ボッシュ』こと糸井大輔の逃亡を幇助。そして約3ヶ月前、テロに乗じてこれら事件の重要参考人達を逃亡させた……目的は戦力の補充と《感情操作》の技術完成……。攻めて来たって事は完成したか?」
「さあそこまでは?私は下っ端ですし」
「ふん、下っ端をあてがわれるとは俺も舐められたものだな。忠告だ、今すぐ引け」

しかし暗殺師の女は白兵戦にも自信があるのか、フンと鼻を鳴らして小刀と千本を構えた。
それに対し、俺ははぁ、とため息を吐いて言ってやる。

「お前は知らないだろうが、良いことを教えてやろう。3ヶ月前の戦いの時もお前ら山東の七武神は俺の警告を聴かず《剣帝》を前に尻尾を巻いて逃げ去った。学ばないのか?お前達は」
「何を……ウッ⁉︎」

暗殺師の女は突然首に手をやったかと思うと白目を剥いて気絶する。気配を殺して標的の後ろから接近し、急速に首の血管を締めた事によって意識を手早く刈り取る。プロセスとしては簡単だが、この一連の流れを呼吸するかの如く容易に行える知り合いとなると、彼女しかいない。

「助かりました。遊菜さん」
「いえいえ〜。間に合って何よりです♪」

語尾に音符マークが付きそうなくらい、妙なテンションで現れたのは同僚にして七武侠清水の全権代理人、清水遊菜。彼女が居るという事は……。

「相変わらず見事な手際よ」
「ご無事ですか、皆さん」
「藤原隊長……と沙良?何故ここに?」

どう見ても有事なため、ホークスのメンバーである2人が脱出して最寄りの支部へ向かうのは分かっていたが、沙良は親父達と残っていると思っていた。

「それは吾輩が説明しよう。今は移動である」

ちなみにこの藤原暁。一人称は吾輩で口調もかなり古風。某スチームパンク漫画の某少佐に似ているため、陰のあだ名は『少佐』だったりする。おまけに戦闘スタイルもあつらえたように純格闘型。最早、狙っているのかと思われても仕方が無い。

「分かりました。急ぎましょう」






1時間半後には新幹線で京都を離れていた。その間襲撃は無かったが、危うい場面は幾つかあった。何故無かったのかと訊かれれば、やられる前にやった、としか答えられないのだが。

「……なるほど。そうゆう事でしたか」

俺たちは3人掛けの椅子を2組、向かい合わせるようにして動かして対面していた。窓側から木綿季、俺、友紀奈。反対側に沙良、藤原隊長、遊菜さんといった具合だ。この席順を決める時に木綿季、沙良、友紀奈で不穏な空気が流れ、遊菜さんが面白がって煽ったという事件(?)があったが、それは割愛する。

「それで俺達は今、どこに向かっているんです?」

方角的には西なので、中国四国地方或いは九州に逃れるのだろうが。

「長崎の清水の家に寄る。そこで非戦闘員の保護を依頼し、吾輩達は鹿児島のホークス九州支部に、海路で最終目的地へ向かう」
「……俺も、ですか?」
「無論。今は戦力が分断され、人手が足りていない。業務の統一は妥当。それに、山東はじきに東に向かうだろう。首都に到達する前にまずは外敵を討つ」

それは、分かっている。分かってはいるからどこか期待していた。ホークス内では一兵卒よりも戦力的に劣る自分は前線には行かないだろう、と。清水から最低限の防衛力を除いた援軍で鹿児島に行き、支部の戦力と合わせてそれなりの力になるため、自分が出る事は無いだろうと思っていた。

「不服か?」
「……ええ、本音では。俺では戦力になりません。藤原隊長、貴方にそれが分からないはずはありませんが?」
「ああ、理解しているとも。最初から戦力としては数えてはいない。貴殿には全体の指揮を執って貰う。あくまで後方、貴殿の安全は我々が保証しよう」
「…………」

それもそれで問題がある気もするが、これで俺が言い逃れる道は塞がれた事となる。最早、諦めるしかない。

「分かりまーー「ダメ」ーー木綿季……」
「ダメ。螢は連れて行かせない」

木綿季は何も分かっていないはずだ。俺が事前に把握していた事を含めて何も教えていないのだから。
山東の事は勿論、今現在、この国に迫りつつある外敵の事も知らない。そいつらがしようとしている事も、その危険性も。
木綿季は俺に、一緒に重荷を背負うと言ってくれた。しかし、俺はそれを全く背負わせていない。その言葉だけで十分救われたし、それに木綿季はもう一生分頑張ったのだから。俺はこれ以上何も、彼女に負って欲しくなかった。
木綿季は聡い。自分が何も事情を弁えてない事を理解している。理解していながらその不明瞭な事情において、俺が危険な事になると分かった途端、それを否定した。俺を、守る為に。

「……紺野木綿季嬢。お気持ちは分からんでもないが、水城隊長の手は今、何よりも代え難い貴重なものなのだ。どうか……」
「それはおかしいよ、おじさん。ボクと螢が離れ離れになって、螢だけ危険な目に遭っるのにボクは何も出来ない。それに耐える辛さよりも代え難い事なんて無いよ」
「……う、うむ。しかし……」

俺はホークス随一の戦士が気圧されている光景が信じられなかった。ホークスの前身は悪名高き旧日帝陸軍。人数が少数ながら『師団』を称しているのはそれが由来だが、少数故にその戦力は精鋭無比。その化物じみた人員を掌握する隊長陣は将としての器は勿論、相応の戦闘力を求められる。例外は俺の第三師団で、こちらは研究・開発・試験運用が本職の為、その条件を満たしてなくても問題無い。
ただ、他の二隊長は違う。もし、人類最強決戦をやったら間違いなく上位に食い込む実力者だ。それをただの女の子である木綿季が威圧していた。
しどろもどろになった藤原隊長にある意味で助け舟を出したのは友紀奈だった。

「あの、藤原殿」
「は……何でございましょう」
「私は、彼を私の『剣と盾』にする事に決めました。勝手に連れて行くのは許可しません」
「「は?」」「はぁ⁉︎」「???」

意味は分かっているが、状況が飲み込めてない全権代理人2人と俺。何故俺たちが慄いているのか分からない木綿季。友紀奈はそれに構わずしれっとした顔で続ける。

「ですが、どうしてもというのなら許可しましょう。ただし、私と木綿季も連れて行くのが条件です」
「…………待て待て。待てよゆき……待って下さい友紀奈様。どうしてそうなるんですか⁉︎俺は同意しませんよ、そんな事!」
「では臨時という事で。緊急時ですから拒否権はありませんよ」

確かにそんな規則があった気もするが、やり口が強引過ぎる。硬直している同僚2人は置いといて沙良に助けを求めると、意外にも沙良は「なるほど。良い考えね」とでも言うように頷いている。何故に。

「決定ですね」

何かを吹っ切ったような、そんな笑顔で友紀奈は微笑んだ。





翌日正午。鹿児島沖を順調に航海する2隻の船舶の、一方の屋上デッキの上に私は立ち、水平線を眺めていた。
夜通しの強行軍で全ての行程を終わらせ、鹿児島支部の中型高速船舶を2隻確保した。清水、そして鹿児島支部から得た援軍は約100名程度。反抗軍としては余りに少ないが、螢さんが事前に「まあこの程度だろう」と予測していたのでさほど落胆はしなかった。
沙良さんは別ルートで自分の隊に戻る為に別行動なのでここには居ない。

「はぁ……」
「やってくれましたね、友紀奈様」

かなり刺々しい雰囲気でやって来た螢さんにはかなり悪い事をしたと思っている。身勝手な想いで着いて来て、挙句に何の役にも立たないお荷物なのは自覚していた。

「ごめんなさい……」
「謝るくらいなら最初から来ないで下さい。木綿季まで巻き込んで……一体、どうゆうつもりですか?」
「それは……」

まさか木綿季の真剣さに張り合いたかった、なんて言えない。そんな事を言えば気付かれてしまう……振られるだけならともかく、木綿季との仲も今まで通りとは行かなくなってしまうに違いない。

「そんなの螢が心配だからにきまってるじゃん。ね、友紀奈」
「え……ゆ、木綿季⁉︎」
「あまりぶらぶらするなって言ったろ……。というか心配って……こんな危険な事される程の関係か?俺達は」
「え〜?まさかとは思ってたけど……やっぱり気付いてなかったんだね。本当に鈍感なんだから、螢は」
「何がだよ、訳分からん」

……え、待って。その言い方、もしかして木綿季にバレてる?そんなに分かりやすかったの?

「あのねぇ、友紀奈は螢の事がすーー「わああああ⁉︎」ーーうわぁ⁉︎」

やっぱりバレてる!なんで⁉︎こんな事知られたら……私は……。

「何するの友紀奈」
「な、何って……わ、私はその……木綿季の好きな人の事、盗るとか、そんなつもりはないの……だから、これはわたしの中にしまっておきたいの」

木綿季をデッキの端に引っ張って行き、小さな声で話しかける。もう、隠しはするまい。私は……彼が好きだ。
あの時、私が正気を失った時、彼は全力で止めようとしてくれた。その時の記憶が戻ってきたのは昨日の夜で、私は驚きと共にそれを繰り返し再生していた。そして真剣な顔で必死に、何度も何度も呼び掛けてくれる彼を見た。
一目惚れだった恋心はいつの間にか本気の想いに変化していた。ただでさえ苦しかったこの気持ちはもう整理がつかず、胸の苦しさに耐えるのに必死だった。
木綿季はまだ出会ってから1日の赤の他人と言っても違いない存在。でもそれは螢さんも一緒で、彼らとは短くても濃密な時間を過ごした。木綿季は大切な友達。螢さんは代え難い想い人。でも螢さんは大切な友達の彼氏で……2人は余人の立ち入る隙もない睦まじさ。
だから、諦めるしかないのだ。まだ一夜の思い出と割り切って戻れるだろう。彼と木綿季の為に、2人の縁は乱してはいけないものだから。
私が何とか言葉にした、その告白を木綿季はキョトンとしながら聞くと、ニコッと笑った。

「何だ、そんなこと?」
「そ、そんなこと?」
「関係無いよ。友紀奈が螢の事好きでもボクは別に良い。むしろ、その……ボクは、友紀奈の事も大好きだから、その大好きな友紀奈も螢の事を好きって言ってくれたら嬉しい、かな?」
「…………」
「へ、変かな?」
「……ううん、ちょっと変わってるかな、と思うけど……そんな考え方もあるんだなって……」
「あー、うん。何だろうね……ボクも、螢の事好きで独り占めしたいって思う事もあるけど……最終的に螢はボクの所に戻って来てくれるって信じられるんだよね」
「そ、それは凄い信頼だね」
「うん、信じてる」

本当に……本当に凄い。一片の曇りも無い信頼を寄せる木綿季とそれに応える螢さん。そんな2人だからこそ、私は惹かれ、憧れたのかもしれない。

「じゃあ……私、言っちゃうよ?」
「いいよー。何て言われるかは分からないけど」
「う……それが一番心配」
「でも螢がきっと面白い顔するだろうからそれが楽しみだな〜」
「うわ、木綿季それ何か悪女みたいなセリフ」
「ボク達にこんな心配されて想われてるのに気付かない螢が悪い」

そんな話をしながら振り向くと、螢さんがうんくさげに眉を寄せ、こっちを見ていた。
それを見て、私と木綿季はまた笑いあってから螢さんに近づいて行く。
それぞれに大切な想いと、私はもう一つ。

未来への『約束』を抱えながら……。

 
 

 
後書き
皆さんこんばんは。
久々に早めの更新となります。前回に続き、長文となりました。
今回は何と約1万字。いつもなら2分割する規模ですが、何とかひとまとめにしたい回だったので、長くなりました事をご容赦下さい。


さて、暴走ユキナがようやく落ち着いたと思ったら今度はリアルファイトのターン。
だが、主人公は戦わない。今まで長々とアップを続けて来たモブーズが段々とヤンチャして行きます。

物語の随所で最強、怪物呼ばわりされている剣帝親父を始め、螢の愉快かつ濃い同僚達。
色んな所でちょい出して来たモブーズが最終章で再総出演(予定)して来て大パニック!

とまあ、何だか今回は大移動している回で何となくこれから戦記物っぽくなって行くような気もしますが、丁度原作もそんな気配なので一つお付き合い下さい。

さて、ユキナちゃんと言えば友紀奈がレギュラーメンバーに昇格。先に出てきたキャラ達を差し置いてレギュラーになった挙句、ハーレム(?)ルートへの狼煙を上げちゃいました。タイトルはそうゆう意味(嘘)
いやー、砂糖成分はともかく恋する女の子を想像もとい、妄想で書くのは中々楽しいです←
という訳でレギュラーになった新ヒロイン、ユキナもユウキ共々よろしくお願いしますm(_ _)m

ま、レギュラー昇格と言いつつ次回からまたしばらくお休みなのですがねw
次回からは皆さんお待ちかね、もう一人の主人公キリトの登場です。
本来なら《人界編》のプロットは紅き死神完結後に『外伝』として作っていて、本編ではレイが直接は出て来ないため、ごっそり省くつもりだったのですが、一応W主人公の程でやっているのでキリトさんの出番も無いといけないな、と。
という訳で予定外ですが、次回から人界編になるかと思われます。

では今回はこの辺で。感想・評価、意見、誤字脱字、オリキャラお待ちしております。

p.s なべさん先生が可愛いユキナを描いて下さいました。自分のプロフィール画像に掲載しておりますが、そのうちイラストの方にも掲示したいと思います。 
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