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あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.

作者:ふじやま
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05


「こんな時間に仕事とか、ついてないぜ」

「ぼやくなよ。お前元警察官だから慣れっこだろ」

 国立児童社会復帰センター作戦部の廊下を、蔵馬と、彼より数歳年下らしい短髪の男が第一会議室へ向かって歩いていた。
 短髪の名は初瀬伸一。タンポポという義体の担当官だ。
 時刻は午前二時八分。闇は深まり月星が最も輝きを帯びる頃だ。
 二人が会議室に入ると、センターの作戦部に所属する主要な職員はほぼ全員揃っていた。
 それぞれ適当に、壁際に積まれているパイプ椅子を出してきて座っている。

「あれ、姐さんは?」

「石室はすでに現場に向かっている」

 初瀬に応えるのは作戦部長の佐久間康夫だ。会議室の最奥、ホワイトボードの前で腕を組んでいる。
 白髪混じりの頭髪を、きっちりと後ろに撫でつけた凄味のある壮年の男だ。

「向かっているって、石室は奥多摩の山中で鹿狩り中だったはずでは?」

 石室の所在に、蔵馬が疑問を呈する。
 昼間、彼女は山へ鹿狩りへ行くと言っていた。今頃奥多摩の密林で獣の如く眠っているだろう。

「その通りだ。彼女らは現場の近くにいたから、そのまま向かってもらっている」

 入室してきた二人が席に着くのを待ち、佐久間は状況説明を始めた。

「小河内ダムが日本山林保護戦線と名乗るテロリストに占拠された。現在警視庁SATが投入されている
 テロリストの要求は日本にある全貯水ダムの解体と環境開発事業の凍結。
 組織規模は不明だが、AK-47とプラスチック爆弾を所持している事は確認されている。
 人質は発電所と近隣施設の職員三十八名。
 もし要求が明日朝六時まで呑まれなかった場合と、この事件がマスコミに漏れた場合はダムを爆破すると言っている。
 マスコミに情報が漏れないように、SATも最小限の人員しか送り込めずにいる状況だ」

「小河内ダム……すぐ近所ですね。なるほど、石室さんが近くにいる訳だ」
 常盤が頷く。

「まさに灯台下暗しって奴だな。誰か気付かなかったのかよ、仕事しろ諜報部」

 初瀬の声に、会議に参加していた諜報部員が眉を寄せるが、言い返せない。
 情報を集めるのが諜報部の仕事。
 それが、地元でのテロ活動を阻止どころか察知する事すらできなかった。
 諜報部の面子は丸つぶれだ。

「初瀬、余計なことを言うな」

 佐久間が初瀬を諌めるが、彼は言葉を連ねた。

「というか、SATが出動しているなら、俺たちは動かなくていいんじゃないですかね」

「普段なら放っておくが……今回は事情がある」

「事情?」

「先ほど警察が日本山林保護戦線の本部を家宅捜索して押収された資料が、こちらにも回されてきた。
その中の通話記録に、ある番号があった。先日常盤が押収した携帯電話の中にあった番号だ」

「あの電話には、何の手がかりも無かったのでは?」

 昼間、石室がそう言っていたはずだ。
 蔵馬の問いに答えるのは常盤だ。

「あの携帯にあった通話記録は、公衆電話からの物だけだったんだ。それも二度と同じ公衆電話は使われていない。
 周囲の防犯カメラや聞き込みを諜報部がしてくれたみたいだけど、結局手がかりは掴めなかったはずだよ」

 常盤の説明に頷き、佐久間は説明を続ける。

「今回のテロリストは、他のテロ組織と繋がっている可能性が高い。
 故に、SATがテロリストを全員射殺したり、連中が自爆してしまう前に、身柄を押さえる必要があるのだ。ここまでで何か質問は?」

 沈黙を受け、佐久間は作戦内容を告げる。
 職員と義体の配置が決められ、会議が大方終了した頃。
 佐久間が持ち込んでいた無線機から通信があった。

『こちら石室。テロリストが人質を一名殺害。現状は膠着しています』





 センターでの会議が始まるより三十分前。
 奥多摩の山中。普段は獣と虫と疎らな観光客しかいない小河内ダムが、今人知れず未曾有の大事件の渦中にある。
 小河内ダムに到着したSATは三班に分かれた。
負傷者を乗せた輸送車を司令塔としてダム北東の浅間神社に置き、二班は国道411号線から分岐した山道に入ってダム下の発電所へ。
 三班はそのまま国道を進み、ダムの堤部を制圧する。
 ダムに近づいてくるSATの輸送車を、暗視装置を頭に着けた御堂が提頂部から眺めていた。
 SATが到着するより数分早くにダムへ戻ってきた御堂は、大型車でも楽に通れそうなほど広い天端を渡る。

「ぎりぎり間に合ったな。みんな気を引き締めろ。SATが来るぞ」

 天端の三分の一ほど進んだ場所の、国道に面した側に土のうでバリケードを築いた。
 反対側の山道に続く側は、資材を運搬するのに使ったトラックで塞いでおいた。
 ここには日本山林保護戦線のメンバーと、食い扶持を探していた密入国者を雇って、合計十二人配置している。
 それぞれにAK-47を持たせてあるが、昨日今日初めて銃を触った連中だ。
下の発電所内で戦闘になれば邪魔にしかならないので、開けた直線的な戦場になるこの場所を守らせている。
 SAT相手では時間稼ぎにしかならないだろうが、構わない。精々戦況を膠着させてくれればいい。
 だが御堂が用意した戦闘員たちは、来るべき精鋭部隊との戦いに恐れ戦き震えている。
 これでは戦いが始まった途端に瓦解してしまいそうだ。
 御堂はだらしない同業者たちに内心肩をすくめながら、土のうの陰に隠れて震える彼らに、背後から囁きかける。

「どうした、君たちが望んでいた戦いが、もうすぐ始まるんだぞ、日本山林保護戦線の諸君。
 思い出せ、君たちは何のために生きてきた。
 何のために、今まで活動家の矜持を捨てずに生きてきた。
 社会に無視され白い目で見られ続けてなお、何故君たちは信念を曲げなかった。
 この日の為だろう? この機会をずっと待ち続けてきたんだろう?
この戦いで、君たちを無視し続けた政府にキツいビンタを食らわせてやるんだ。
 俺たちの声を聞けと、奴らの耳元で叫んでやるんだ。
 さあ、安全装置を外せ。照準器を覗け。引き金に指を掛けろ。
 敵はあっちからくるぞ。君たちの敵が、やってくるぞ。
 その銃で、7.62mmの弾丸で撃ち殺せ」

 続けて密入国者たちに言う。

「一人殺せば百万円だ」

 これで、何とか戦おうとする士気だけは持ち直せたようだ。
 世話のかかる連中である。

「おっと、来たぞ」

 御堂の暗視装置を通した視界に、蠢く影が映る。
 SATだ。数は見たところ十二人。こちらの戦闘員と同じ数だ。
 天端の入り口両端にあるコンクリートの塀。バリケードから六十メートは離れたそこから、ドイツ製軽機関銃MP5の銃口をこちらに向けていた。

「伏せろ」

 暗くて状況が分かっていない戦闘員たち命じて、御堂も土のうの陰に隠れた。
 連続した射撃音。MP5から発射された弾丸が、土のうから頭を出したままだった動きの鈍い者を二人、射殺した。
 そのままパラパラ飛んでくる銃弾を土のうで塞いでいると、SATの銃撃が止んだ。
 沈黙が訪れる。三十秒も経つと、こちらの戦闘員が待ちのストレスに耐えきれずに土のうの向こうを覗こうとして、すぐに撃ち殺された。

「お前ら、俺が指示するまで動くな。一発も撃たずに死ぬ気か」

 恐怖と混乱で戦意を早速失いかけている戦闘員たちを溜め息交じり宥めて、御堂は待つ。
 再びの静寂。今度は誰も動こうとしない。
 三十秒待ち、一分待った。
 御堂の鋭い聴覚が、金属の擦れる音と、布擦れの音を捉える。
 SATが動き始めた。
 こちらの素人丸出しの動きを見て、一気に乗り込んできて制圧する判断をしたらしい。
 SATが移動する音が近づいてくる。彼我の距離はもう二十メートルほどか。
 頃合だ。
 御堂は土嚢のバリケードに紛れ込ませるように設置しておいた、ストロボフラッシュライトのスイッチを押した。
 一斉に強烈な光の点滅が発し、彼らを包んでいた闇が掃われた。
 閃光に目が眩み、SATは動きを止める。
 五個あったライトはうち二個は弾が当たって壊れていたが、威力は十分だ。

「撃て!」

 御堂が叫び、土のうから身を乗り出してAKMのトリガーを引いた。
 フルオートで弾き出された破壊の礫。それはSATが構えていた盾に防がれた。
 SATは先頭のポイントマンが防弾性に富んだバリスティック・シールドを構え、その後ろに他の隊員が続く。
 それが三列で進攻してきていた。遮蔽物が無い天端での戦闘の対策を、しっかり用意してきたようだ。
 銃撃はシールドに防がれるが、構わずに撃ち続ける。
 御堂に連れられて、他の戦闘員たちも射撃を開始する。
 十のアサルトライフルから猛攻を受け、SATは後退していく。
 SATは天端脇の塀に戻った。
 御堂は戦闘員たちにライフルをセミオートに切り替えさせ、撃ち続けるように命じた。
 弾はまだある。彼らにはここでしばらくSATの足止めをしておいてもらう。
 身を低くしたまま天端の中央にあるエレベーターに入り、御堂は作戦を次の段階へ移行させた。





 小河内ダムの戦闘は、二か所同時に開始した。
一方はダム提頂部の天端で、もう一方はダムの下にある発電所に続く入口ゲートで。
 どちらも土のうのゲートにライトを隠し、SATが近づいたら光を放って意表を突いたところに自動小銃で掃射という手で、テロリストがSATを追い返した。
 単純だが、一応の効果はあった。
 だが今はSATも一旦退いてはいるが、すぐに立て直して応戦を始めるだろう。
 ダムを挟む渓谷の南斜面。
 その中腹に、双眼鏡を覗く女と少女がいた。夕子とムラサキだ。
 テロリストが点けたライトで、現場は遠くからでも観察することが出来る。

「光で目暗まし……ガンダルフみたいね」

「SATは何で先に閃光手榴弾使わんかったんやろ」

「SATが持ってるM84スタングレネードは遅延時間が二秒程度だから、土のうを超える前に爆発するからよ」

「へー」

 石室の解説に相槌を打って、ムラサキは傍の木に立て掛けておいたステア―・スカウトを引き寄せる。
 オーストラリアのステア―社が開発した、非常に精度の高い汎用狙撃銃だ。
 急な斜面で器用に座射姿勢を取り、スコープを覗く。

「ゲートの敵ならここからでも狙えるけど、どうします?」

「まだ撃っちゃダメよ。作戦部からゴーサインが出てない」

 石室はザックから無線機を出して、作戦部の佐久間へ通信を飛ばす。
 現状を報告し、待機を言い渡される。これからセンターの方で作戦会議が行われるらしい。
 天端の方では散発的な射撃が続いているが、入口ゲートの方ではテロリスト側にも動きがあった。
 どうやら彼らも撤退するらしい。

「下の方、テロリストも動いてるわ。発電所の前にもバリケードがある。あそこまで退がる気ね」

 戦線が移り、発電所からの増員を得てダム下での戦いは戦力が拮抗したようだ。戦闘に停滞が生じ始めた。
 ダムの上も交戦が続いている。
 これは、すこし拙いのではないだろうか。

「……拙いわね」

「どうしたん夕子」

「戦闘が膠着し始めた。そろそろテロリストが冷静さを取り戻して、怒り狂い始めるわ。
 そうなると……」

「……夕子!」

 ムラサキが、ダムの提頂を指差した。
 そこにはニッカポッカを着た男が、ダムの絶壁際に立たされていた。
 あれは人質にされていた、発電所の職員だ。
 銃撃戦の後、テロリストが人質をあんな場所に立たせる理由は、一つしかない。
 ぽん、と。
 人質の男が、突き落とされた。

「~~~~~~~ぁぁ!」

 悲鳴は山麓に響き渡り、そして肉が潰れる音。
 小河内ダムに、厭な静けさが戻った。
 虫鳴き。川のせせらぎ。それらがはっきりと聞こえる。
 ――と、

《あ、あー……聞こえるかねSATの諸君》

 拡声器で増幅された声が、自然の声を掻き消した。
 人質が立っていたその場所に、代わりにカーキ色の野戦服を着た大柄の男が現れた。

《君たちの上司に伝えてくれ。
これより君たちが一発でも発砲すれば、そのたびに人質を一人ずつ殺す。
 また我々の要求に対する政府の返答が、今から一時間遅れる度にも一人ずつ殺す。
 そして明日六時に我々の要求が呑まれなかった場合は、全員まとめてダムごと爆破する。
 あと四時間だ……早くしたまえ。時間は人の命と等価だぞ》

 言うだけ言って、男は堤の陰に消えた。
 反撃せんと行動を始めていたSATは彫像のように固まる。
 そして、そろそろと撤退を開始した。
 こうなっては現場判断で動くのは無理だ。 
 ひとまず上の判断を仰ぎに司令塔へ戻るのだろう。

「……………………」

 石室の奥歯がきつく噛み締められて軋む。
 彼女たちの位置からは、殺された人質の、赤く弾けた遺体がよく見えた。
 彼は普段通り朝目覚め、家族に見送られ、出勤したことだろう。
 一生懸命働き、そして家に帰って家族に出迎えられる。
 今もどこかに彼を待つ人がいる。
 何事も無く、いつも通りに彼が家の戸を開くのを待つ人がいるのだ。
 そんな人間を、テロリストは単なる交渉の道具として殺した。
 虫のように殺した。
 夕子はテロリストの行為に、憤怒が腹腔に満ちていくのを感じていた。
 それをどうにか抑え込み、無線機の電源を入れる。

「こちら石室。テロリストが人質を一名殺害。現状は膠着しています」 
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