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三色すみれ

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第一章


第一章

                   三色すみれ
 この中学校には演劇部がある。部活自体はかなり真面目で熱心である。だがそれが高じてどうにもかなり難しい芝居をする傾向があるようである。
 この時の演目はシェークスピアであった。彼の喜劇の中でも有名な作品の一つである『真夏の夜の夢』だ。中学生の演目にしてはやや難しいと思えるものであった。
 だがそれでも彼等はそれに真面目に取り組む。その真面目さは顧問である杉岡先生をして唸らせて何も言わせない程見事なものであった。
「いや、凄いね」
 赤がかった薄い髪でそこそこ端整な顔の杉岡先生は体育館の舞台の上でリハーサル等を行っている彼等のその頑張りを見てこう言うだけであった。
「何か俺のやることがないよ。何もしなくていいみたいだね」
「何言ってるんですか、先生」
 生徒達はそんな先生に対して声をかける。
「先生のやることもありますよ」
「それもかなり」
「あれ、あるんだ」
 先生は生徒達からそう言われて顧問の先生としてはどうかと思える言葉を口に出した。
「それ、何かな」
「大道具係ですよ」
「こっちも大変なんですから」
「ああ、そうだったね」
 言われてそれに気付く。あまりにもすることがないので忘れていたがそれも立派な顧問の仕事である。しない顧問もいるがこの先生は違っていた。
「それがあったね」
「そうですよ。よかったら」
「指示出してくれませんか?」
「いやいや、俺だってさ」
 背広の裾をめくって言う。学校の先生の背広らしく随分くたびれている感じだ。だがその背広が結構似合っていたりもするから面白い。
「何かしないといけないし。だから」
「手伝ってくれるんですね」
「助かります」
「皆がいい芝居をして欲しいからね」
 先生は笑顔で生徒達に述べる。そうして道具の一つを手に取る。
「こうやって俺もできることを」
「御願いします」
「けれど先生」
 ここで生徒の一人が先生に言う。
「何かな」
「腰には注意して下さいね」
「ぎっくりなんてことは」
「怖いことを言うなあ」
 先生にとっては洒落にならない言葉であった。先生の歳になるとそれが一番怖いのだ。気をつけていてもなったりするものである。
「それだけは気をつけるから。大丈夫だよ」
 それでも気をつけなければならないのでこう述べる。
「そうですか。それじゃあ」
「御願いしますね」
「うん」
 こうして先生は生徒達と一緒に道具の出し入れや整理にあたった。そうこうしている間にも芝居の準備は進む。練習もかなり順調であった。
「あの古い月め、何をしているのだ」
 シーシアス役の三年の生徒が実際に舞台でリハーサルをしている。制服のまま台本を手に芝居をしている。
「折角の身代を若者の自由にさせないというのか」
「四日は瞬く間に夜の闇に消え」
 その横にはヒポリタ役の三年の女の子がいる。やはり制服姿で台本を片手にリハーサルを行っている。
 芝居もかなり上手くいっている。だがその中で見えないトラブルも起こっていた。
「何かこんなの嫌だよ」
 ディミトリアス役の二年生若田部遼平が文句を言っていた。
「何でディミトリアスがハーミアを好きなんだよ」
 やたらと背の高い少年である。顔は細面でわりかし整っている。脱色しているわけでもないが髪が茶色でそれもよく似合っている感じである。その彼が台本を見て文句を言っているのである。
「やっぱりさ。最初からヘレナが好きな方がいいじゃない」
「何馬鹿を言っている」
 その横の黒髪をポニーテールにした小柄な女の子が彼に突っ込みを入れる。目が切れ長でそれが奇麗な印象を与える。実際に小柄ながら大人びた印象の女の子である。
 
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