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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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序章
  04話 邂逅

「………」

 見覚えのある天井だ―――不意に意識が戻った自分はそんな間の抜けた事を考えていた。ぴっぴっぴと心電計の規則的な電子音が耳に付く。

 体が鉛のように重い…右目も開かない。
 体を起こそうと寝かされていた寝具に手を着こうとするが、何時まで経ってもその感触は来ない………ああ、右腕が無いのだ。

 徐々にはっきりしてゆく視線を落とす、右足も無い。
 どうやら右半身を損なっているようだ。右半身の臓器は複数あるため一時的な切除は大丈夫だったり、損傷してもなんとかなる臓器が多い、そのためだろう。

 ―――それでもよく生きているものだなと感心するが。

 だが、漸くふと気づく……自分の残った左腕が誰かの腕を握りしめていた事に。
 自分が寝かされていた寝具の隣に若干低めに高さを調整された寝具に一人の少女が横たわっていた。

 彼女は静かな寝息を立てつつ、自分の残った左手を握っていた。


「……―――」

 少女は純白のシーツに身を包んでいるが、その身を纏う衣服はない。
 肩口をやや超える辺りまで伸ばした黒髪を寝具の白いシーツに落とす少女……幼さが前面に立つが目鼻の輪郭からもう数年ぐらい齢を重ねれば誰もが振り向く美人となるだろう。

 尤も、今の状態でも随分と可愛らしいが。

 そんな少女の穏やかな寝顔、それを目を細めて眺める。
 この年端も往かぬ少女が何故、自分の横で眠っているかは分からない。自分が何故、彼女の腕を握っているのかも。
 パッと見、外傷があるようにも見えない。単に気絶しただけならこんな重体の人間の横に寝ているはずもない。

 答えのない疑問、それ自体はどこか気味が悪い。
 しかし、自分の残った左掌を握り返す少女の寝顔は心に無聊の穏やかさを運んでくれる。


「父様……」

 少女が寝言を口にした。
 弱々しく、まるで迷子が親を求めるように―――そして握り返す手に力が籠められ、その閉じられた眸から一滴の涙滴が零れ落ちた。


「うぅ……違うんだ―――私は…私は」


 悪夢に魘されているのか、苦し気かつ悲しげに声色と顔色が歪む。
 ああ、こういうのを見ていると腹が立つ。
 こういう少女は笑っている時こそが一番だというのに、このような悲哀の表情を取られては苛立つ以外どうしようもない。

 ―――もう一方の腕が残って居たのなら、彼女の涙を拭ってやれるのに。
 そんな歯痒さも同時に沸き立つ。


「起きろ!おい起きろ!!」

 肘から先の無い腕で少女の肩を揺する。
 悪夢の中よりは、目が覚ます方がマシだろう―――夢は所詮夢、覚めれば泡沫に消えゆるものだ。

 だが……もしかしたら、この現実の方が悪夢よりも尚救いが無いのかもしれない。
 其れでも、独りでないだけマシだ。

 夢の中では独りだが、此処ならせめて己が居る―――独りはかなり寂しいから。
 同じ絶望だとしても、独りじゃ無ければまだ救いはある筈だ。


「……んぁ、父様ぁ―――」
「悪いが、俺は君の父様ではない。」

 眼をうっすらとあけ始めた少女が寝ぼけ(まなこ)で俺を見る、しかしその表情が徐々に強張り、瞠目してゆく。


「―――――!?!?」

 声に成らない悲鳴―――少女は勢いよく飛び退く、その顔面は瞬間湯沸かし器のように瞬時に沸騰し赤面している……湯気でも吹き出しそうだ。


「え、あ、な……に!?」
「見かけに反して、そそっかしいのだな君は。」

 混乱の極みに到達した少女に対し、どんよりとこの後の面倒くさい展開を予想し重い溜息を突くのだった。


 しかし―――


「あ!先生っ!!104番さんが目を覚ましたっ!!!」

 通りすがった看護師の呼び声に少女の混乱は爆発時を逃すのだった。










「ふむ……一先ず容態は安定しましたね。しかし大した生命力です……まだまだ予断を許しはしないが、一先ず安定したようね。」
「―――先生、俺はどういう状態だ?」

 ややあって到着した医師による診察。香月と胸にある名札に記された髪をポニーテールに縛った女医アが安堵と感嘆の息をついた。
 医者が感心するほどの回復を見せているようだが、それはとりあえず生きる上での壁を乗り越えただけだ――志を貫けなかった人間など、生きていても無様なだけだ。

 単刀直入なその質問に白衣の医師は渋い表情を取った。


「……右半身を圧潰したコックピットの構造材に押し潰されたの。特に複数の血管の破裂、しかも大規模作戦の直後………使える人工心肺は全部使用中。彼女に感謝することね。」
「どういう事だ?」


 女医の言葉が得心に行かず疑問を投げ返す。するとある意味で驚愕の答えが返ってきた。

「彼女がね、自分を人工心肺の代わりにしてくれたのよ。これは交差循環法って言ってね人工心肺が使われる以前のある意味ですごく原始的な方法よ。」
「――――危険が大きすぎるだろう。」

「ええ、だから彼女やあなたにも免疫抑制剤で拒絶反応を抑えてこうやって隔離区画に移ってもらっているの。……ほら其処のチューブ、それがそれぞれ貴方たちの静脈と動脈に繋がれているのよ。
 あなたの片肺は使い物にならないし、輸血だってそんなに多い訳じゃない。不思議なことにね女性って男以上に失血とかに強いのよ……彼女が申し出てくれたことでかなり助かったわ。」

 女医の言葉、その意味するところは多くの血液を失った自分。彼女は心肺の代わりのみならずこの交差循環を行うに当たって、その仕組みをそのまま利用し輸血効果も狙ったという事だ。
 そしてその節約された血液は他の人間へと回され命を救うだろう。

「しかし、俺の状態はもう安定したのだろ?ならばこれ以上彼女に負担をかける必要なんぞない筈だ。」

 右手と右足を失ったとはいえ、彼女と自分の体重差はかなりのモノのはずだ。
 そもそも人二人分の体に一つの心臓で血液を送るのだ……血圧を上げねばならず、そのため彼女にはかなり強めの強心剤も打たれている筈。
 口にする言葉が少ないのは強心剤による頭痛が酷いからかもしれない。

「あら、素直じゃないのね。……どちらにしても免疫抑制剤の効果が切れるまで彼女はこの部屋から出られないし―――それにね、貴方の心臓はダメージを受けているわ。補助人工心臓を取り付けなければいけないのだけど人工心肺はさっき言った通り全部使用中。
 彼女とあなたを切り離したらあなたはそれまで持たない―――おとなしくしているべきね。彼女とあなたの身を思うのなら。」

 ―ー医者という人間はどうにも苦手だ。
 特に軍医となると経験が恐ろしいほど豊富な場合が最近では多い、そうなると簡単にこちらの心を見透かしてくる。
 恐らく兵士以上に洞察力を必要とされる職業だからだろう。

「安心してください。」

 己の言葉を否定する言葉が少女の口から洩れた。心電計測の為の電極とチューブを取り付けるために裸に剥かれている少女の声は何処か事務的で静かだ。

「私は志願してこうしています。リスクは覚悟の上です、たとえここで死に九段に召し上げられまいと後悔はありません―――それに、その時は独りではないですから。」
「……ずいぶんと一方的な運命共同体だ。が、こうまでされたのでは物も言えん。」

 まったく、管を入れるだけ―――とはいえ嫁入り前の娘が体に傷をつけて。


「それに、貴方は私にとっての恩人なのですこれぐらいでないと釣りに合いません。」
「その覚えはないんだがな……其方が良いというのなら良しとしよう。」

「はい、そうしてください。」


 既知感、彼女の言葉。その響きがどこか、とても遠く懐かしいものに聞こえた。

「じゃあ、お二人仲よくね。明日には補助人工心臓が届くからその取り付けまでだから―――二人ともそろそろ麻酔を掛けるわよ。起きてると彼女の心臓に負担が大きいしね。」

「ああ、分かった。―――だが、最後に一つだけ、彼女に聞きたいことがある。」
「私、ですか……?」

 女医の言葉に頷きつつ、口にしたその言葉に少女が軽い驚きを覚えているようだった。

「ああ―――君の、名を教えてくれ。」
「私の名前……篁、篁唯依です。」

 篁、以前の上司がそんな名前だった。ならば彼女はその所縁の人物か。
 しかし、唯依―――その響きがとても懐かしい。

「ゆい、か……やさしい名だ。俺は柾、柾 忠亮だ。」
「ただあき……誠実そうな名前です。」

「ありがとう……ああ、もう眠い。また後だ。」
「……はい。また、あとで。」

 己は女医が掛けたらしき麻酔の微睡に互いの名を噛みしめながら沈んでゆくのだった。握られ続けている左手が暖かった。






 12日後――――


「――後日、専門医療機関へ移送し、再生治療を行います。それではお大事にね。」

「ああ、ありがとう先生。」

 自らを自嘲する一言に難しい表情を取る医師だが即座に意識を切り替え、必要事項を告げる立ち去る用意をする―――あれだけの大規模作戦の後だ、負傷者もかなりの数のはずだ。
 俺一人にかかずらってはいられまい。


「彼氏さん意識が戻って良かったわね。」
「え、あの彼氏という訳では……」

 看護師が診察器具の後片付けをしながら山吹の少女に語りかけた。
 看護師の言葉に彼女は困った表情を取る―――いくら自らの心臓を差出、そのうえ付き添っていたとはいえ、初対面の男を彼氏と間違われては彼女も困るだろうに。

 それに付き添っていたのは拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を使っていたからその効果が切れるまで無菌状態でないと危険だからだ。
 集中治療のために前線基地としての役目を与えられた戦艦の内の一隻、その隔離区画から一歩も出ること叶わず、唯でさえ狭い船内で相部屋状態だったのだ。


「あら、初々しいのねぇ……でも大切な人が生きているって凄く幸せなことなのよ、大切にね?」
「いや……だから……」


 少女の言葉をただの照れ隠しと勘違いした看護師はその傍らでてきぱきと機器を片付けると彼女の代弁を一切スルーして部屋から退室してしまう。


「…………」
「……………」


 微妙な空気で固まる。大方、あちらさん達は身分差の恋とやらで盛り上がってるのだろう―――本人たちの意志は一切関係なしに。


「えっと……ごほん!先ほどは失礼しました柾大尉。」
「ああ、良ければ事態を順番に説明してくれ。」


 強引な力技で話題を変えた山吹の少女。
 幾らなんでも無茶が過ぎるが、彼女があまりに不憫なのでそれに乗っかる事にする。補助人工心臓を埋め込んだことで己の心臓は機能を取り戻し、状態は安定した。
 あとはクローニング培養中の臓器、疑似生体の生成を待って移植するだけだ。

 そんな必要もない彼女は一足先に動けるようになっていた。
 そして暇なので互いに言葉を交わしていくうちに、細かい話までは聞いてはいない……というかはぐらかされたが、彼女が自分をあの戦場から回収した一人であることを知るに至る。


 ちなみに、初めて会った時眠っていたのは強心剤による頭痛対策としてかなり飯を食わされたかららしい。
 一種の興奮剤でもある強心剤を打たれては普通は眠れないが、飯を食うと血流が腹に集中する為、疲労と相まって眠りこけてしまったとのことだ。

 だが、完全な眠りとはいかず夢を見やすい状態だったらしい。―――それで見た夢が悪夢とは、彼女の安らぎは一体何処にあるのだろうか。。


「では、先ず改めて自己紹介を。私は斯衛軍第三大隊所属、第三中隊ホワイトファングスを預かる篁 唯依中尉です。以後よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく頼む―――先に聞く、俺の隊の他の連中はどうなった?」

 真剣な眼差しで少女、篁 唯依を見つめる。
 その最期を聞き届けるのは彼らを率いたものとしての最期の義務だ。


「……我々が回収できたのは大尉だけです……まるで大尉を守るかのように他の不知火の多くは大尉の機体を中心とした円形に自爆したようで……」
「そうか……」


 最後のあの瞬間、推進剤が底を突きもはや戦闘続行が不可能になった不知火壱型丙。
 S-11を起爆させようとして、自決装置の故障で自決出来ず、損耗限界を突破した不知火壱型丙の膝関節が折れ、動けなくなったところを要撃級の触角で機体を叩き潰された。

 ―――そのあとの記憶は無い。


「大尉の機体も大破状態で……燃料の残量が殆ど無かったため誘爆はしませんでしたが、圧潰したコックピットに押しつぶされて大尉の躰は――――あと数ミリ体がずれていれば命は無かったそうです。」
「死神にも随分と嫌われたらしい。皮肉だな……」


 何処か遠くを幻視する――前線の絶望的な個所へ投入される斯衛の黒と白の衛士たち。

 その中でも自分が率いる部隊は事さら激戦区へと投入されてきた。
 実戦データの少ない瑞鶴をはじめとする日本列島での戦術機の運用データ取得の為、四国斯衛軍の中でも更に生え抜きの部隊員が集められていたが、その実態はモルモットだ。

 不知火壱型丙が回されてきたのには、せっかく京都で投入した初期生産型の壱型丙の多くが全滅した為、そのデータの再取得という面もある。
 また優先的に補給が受けられてはいたが、それは帝国軍兵からのやっかみもまた受けることとなる。

 それに加え、自分が上申した内容もまた四国地方の帝国軍ではそれなりに広まっていた。部隊の損耗率234%という数値を叩きだしていた自分の中隊、その中で己が生き残り続けた事と相まって自分の味方からの呼び名は死神だった。

 そう、味方にとっての死神だったのだ。
 黒い死神と呼ばれる自分が死神に嫌われているとはなんという皮肉か。


「大尉……」

 鎮痛な表情を取る篁唯依、それは自分一人が生き残ってしまう……残されてしまう。
 その意味を知っている者だけが取れる表情だった。


「なんで君がそんな表情(かお)をするんだ。―――可笑しな娘だ。」


 山吹の少女、篁 唯依に対し肩を竦める。………こうして俺、(まさき) 忠亮(ただあき)は出合った。
 見に纏う山吹色(サンライトイエロー)と相まって春のうららかな日の光を連想させる少女に―――後に彼女が自分にとっての武士道を見出させる存在となる事をこの時は知る由も無かった。
 
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