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HURRY UP!

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第一章


第一章

                     HURRY UP!
 夢には思えなかった。
 彼女が目の前にいて僕に微笑んでくれている。
 そして僕のことを見てくれていて。言ってきてくれた。
「好きよ」
「えっ!?」
 僕は思わず声をあげてしまった。
「今何て」
「貴方のことが好きよ」
 また言ってきた。
「だから」
「だから?」
「付き合って」
 こう僕に言ってきた。確かにそう聞いた。
「私と。よかったら」
「あの、それ本当?」
「嘘じゃないわ。その証拠に」
 微笑んで目を閉じてだった。その小さくて奇麗な唇が近付いてきて。僕はそのことに夢みたいに思っているとだった。ここでだった。
 目覚ましの五月蝿い音が聞こえてきてだった。起きることになった。やっぱり夢だった。
「ちぇっ、何だってんだよ」
 僕はジャージのまま起き上がった。起きながら言うのだった。
「夢か、やっぱりな」
 そのことにがっかりしながらベッドから出てそうして部屋を出てそれから下に降りてだ。リビングに入るともうテーブルの上に朝御飯があった。
 白い御飯に納豆にめざし、それと若布の味噌汁だった。見ただけでかなり美味しそうだ。
 それを見ながらだ。お母さんがもうテーブルに座っていてそこから僕に対して言ってきた。
「おはよう」
「うん、おはよう」
「早く食べなさい」
 朝に相応しい言葉だった。
「いいわね」
「わかってるよ」
 僕もこう言葉を返した。言葉を返しながら自分の席に座って手を合わせる。それからパックの中の納豆をかき混ぜてそれから御飯にかけて食べる。めざしも一緒だ。
 それをすぐに食べて歯を磨いて顔を洗って。服を着てだった。
「じゃあ行って来るね」
「ええ。それにしてもよ」
「それにしても?」
「最近行くの早いわね」
 お母さんの言葉だ。
「どうしたのよ」
「どうしたのって?」
「部活朝ないでしょ」
「うん、ないよ」
 それははっきりと言った。僕は写真部だ。朝練があるような部活でもない。
 自分が一番わかっていることだからだ。だから答えるのだった。
「それはね」
「じゃあどうして早いのよ」
「ちょっとね」
「ちょっと?」
「ああ、何でもないよ」
 ここから先は言わなかった。お母さんにも内緒だ。
 それでだ。玄関に向かいながら言った。
「行って来るよ」
「ええ、行ってらっしゃい」
 後ろからお父さんがリビングでいただきます、という言葉が聞こえてきた。僕はそれを聞きながら玄関を出てだった。家の駐車場にある自転車に乗ってだ。すぐに家を出た。
 家を出て全速力で走る。信号に気をつけながら。
 風景を見ている余裕はなかった。急がなくてもいいのについつい急いでだ。駅に向かう。
 駅までは自転車で十分位だ。はっきり言ってすぐだ。それでも異様に長く感じる。とにかく早く駅まで辿り着かないと、と思って仕方がない。
 駅が見えてきた。脚がさらに速くなる。そうしてだ。
 駐輪場に入って自転車を止めて鍵を抜いて。その鍵を財布の中に入れてそれから駅に駆け込む。定期を通してそれからホームに向かう。
「よし、今日も間に合ったな」
 時間を見たら電車が来る五分前だ。実は間に合ったどころじゃない。
 それでも僕にとっては間に合ったと言っていい状況だった。心の問題だ。
 列車の二両目が来る場所に立ってだ。扉は三番目だ。
 そこに来ないと一日がはじまらない。他の人から見たらどうでもいいことでもだ。
 そこに立って電車を待つ。電車が来るのを待つ。
 やっと来た。待ちかねた。電車がホームに入るのをじっと見ている・
 それが来てだった。停まるのを心待ちにして。停まってから扉が左右に開かれるまでがとても長かった。開くとすぐに中に入る。心が勇んでいるのが自分でもわかる。
 そして中にいる、目の前の席に座っている彼女をちらりと見る。背が高くてはっきりとした大きな目で髪は豊かでそれを茶色煮してショートにしている。顔付きは背が高いのに可愛い感じで鼻が高い。制服は隣の高校のものだ。その娘をだ。
 彼女を知らないふりをして見る。たったそれだけ。それだけだけれど僕は彼女を見て心の中で微笑んだ。そしてだった。
 それから学校に向かう。彼女のことは隣の学校ってことしかわからない。他のことは全然だ。名前さえもわからない。言葉を交わすあてもない。
 
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