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雲は遠くて

作者:いっぺい
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60章 G ‐ ガールズ、全国放送に出演!

60章 G ‐ ガールズ、全国放送に初出演!

 11月3日。午前11時。秋らしい澄み切った青空の文化の日である。

 JR渋谷駅のハチ公改札を出て30秒ほど歩く、渋谷駅前交番に、
カラフルな秋のファッションを上手に着こなすグレイス・ガールズのメンバー全員と、
ジャケットとストレート・デニムの岡昇が集まっている。

 交番の中にいる警察官や、行き()う人たちは、G ‐ ガールズのことを
知っているらしい。彼女たちを、ちょっと(のぞ)くように見たり、
ちょっと立ち止まったりしては、笑顔で何か言葉を交わし合ったりする。

 G ‐ ガールズと岡昇は、この渋谷駅前交番から、歩いて12分くらいの距離にある、
NHKi (エヌ・エイチ・ケイ)放送センターで、午後1時5分から始まる生放送の番組、
『スタジオパークからです!こんにちは!』に出演するところである。

 清原美樹や大沢詩織たち、みんなは、日本で唯一の公共放送のNHKi
(日本放送協力会)の初出演に、すこし興奮している様子でありながら、
いつもの明るい晴れやかな表情である。

 みんなは、歩いて行こうか、バスにしようかと、ちょっと迷うが、
11時48分発の放送センターへの直行バスに乗り込んだ。
直行バスは、渋谷マークシティ前、2番乗り場から、1時間に4、5本出ている。

 バスが放送センター西口に到着して、真っ先に降りたったのは、大沢詩織だった。

「わたし、この放送センターに大好きなんだぁ。渋谷だなぁて、感じがして!」

 大沢詩織が、放送センターの大きな建物を眺めながら、そういう。

「あっはは。おれも、渋谷に遊びに来ると、用事もないのに、このNHKi のまわりを
歩いたりするんですよ。それだけ、この放送センターは、渋谷のシンボル的な名所
なんでしょうかね?」

 G ‐ ガールズの演奏の中で、パーカッションをしている岡昇は、そういって、
詩織を見る。

「それにしてもさぁ。渋谷の街って、どうして、こんなに坂道が多いんだろうね」

 そういったのは、リードギターの水島麻衣だった。

「下北だって、坂道は多いしね。おれ、坂道が多いの、不思議に思って、
ネットで調べたらさぁ、2万年くらい前の大昔には、東京都の23区の
かなりな部分は、海の中だったていう話が書いてあったよ。なんでも、
東京湾の海水面は現在よりも100メートル以上も高かったんだってさ!」

 と、岡昇が、少し得意げに、みんなにそう語る。

「なーるほど、岡先生、それで、坂も多いってわけですね!」

 清原美樹が岡にそういうと、岡は少年のように照れて、頭をかく。
みんなは、声を出してわらった。

 みんなも、気分は高揚して、幸福なハイ・テンションなのである。

 午後1時5分。生放送は開始された。

 NHKi 放送センターのスタジオパークには、子どもたちからオトナまで、
たくさんの人たちが詰めかけている。番組のテーマソングが流れる中を、
みんなの拍手がわく。

「スタジオパークからです!」と、アナウンサーの井藤雅彦がいうと、
そのうしろに詰めかけているみんが、
「こんにちは!」と元気な大きな声で合唱する。

「やあ、今日も元気に、みなさん、ありがとうございます!」

 ラフなジャケットに、ポロシャツ姿の井藤が、周囲のみんなに一礼する。

「そして、きょうの司会は和服姿のきりっとお似合い、女優の竹下圭子さんです!
そして、今日のゲストは、いまや、若い中高生!特に女の子にすごい人気の、
グレイス・ガールズと岡昇のみなさんでございます!」

 両手を()むようにさすりながら、井藤はそういって、手を差し出す。

  テレビの画面には、G ‐ ガールズのライヴの映像が20秒ほど放送される。

「ようこそおいでくださいましたぁー!まず、みなさん、おひとりずつ、ひとことずつ、
自己紹介をお願いします!」

 「はーい」といって、清原美樹が最初に自己紹介をすると、G ‐ ガールズのみんな、
そして岡昇が最高の笑顔で挨拶をする。挨拶のたびに拍手がわく。

 みんなは、あらためて、テーブルに着席する。

 まるいガラス製のテーブルには、ストローのついたグラスの飲み物。
姿勢もよく、みんなが座るその背後には、色とりどりの花束も飾られてある。

「あらためまして、グレイス・ガールズのみなさんと、岡昇さんです!」

 井藤がそういうと、「よろしくお願いしまーす!」と、みんなの声も(そろ)う。

「いま、清原美樹さんが、緊張してますっておっしゃってましたけど、
スタジオパーク、初出演、みなさん!
でも、でも、(なま)トーク番組というのは、みなさん!?」と司会の井藤はいう。

「なかなか無いですね。生番組で、こうやって、おしゃべりすることは。
ラジオとかですと、あったりするんですけど。
ライヴとかの、ステージとはまた違う、緊張感が・・・」

 リーダーの美樹が、詩織たちと目を合わせながら、笑顔でそういう。

「グレイス・ガールズさんたち、岡昇さんは、大学生ですもので。
緊張するのも、よくわかる気がします。そう言えば、
ちょっと前に、この番組には、E ‐ ガールズのみなさんが、
出演なさってくださったんですよ。
E ‐ ガールズさんは、総勢27名の女性・ダンス・ヴォーカル・ユニットですから、
とても全員はゲストにお呼びできなかったんですけどね。あっはっは」

「あ、それ、録画して見ました!おれ、E ‐ ガールズの大ファンなんです!」

 岡昇がそういうと、美樹や詩織や水島麻衣、
ドラムスの菊山香織、ベース・ギターの平沢奈美たち、
グレイス・ガールズの全員が、E ‐ ガールズの大ファンで、
「あんなふうに、ダンスができるのが(うらや)ましいです」とか、口々にいう。

「そういえば、グレイス・ガールズさんたちも、G ‐ ガールズって呼ばれてますよね。
ぼくなんかも、短い呼び方のほうに、ついなっちゃうんですけど。あっはは。
これって、偶然なんでしょうかね?」

「そうですよね。E ‐ ガールズさんたちは、確か2012年にはデヴューなさっていましたから、
わたしたちの、2年くらい先輩って感じなんですよ。
わたしたちのデヴューは、2013年10月でしたから。
でも、マネして、G ‐ ガールズになったわけではないんです。
グレイス・ガールズという正式名は、ちょっと長かったんですよね。
それで、いつしか、G ‐ ガールズって、みなさんに呼ばれるようになっちゃったんです。
みなさん、やっぱり短いのがお好きなようですよね。
そういえば、同じ事務所の先輩の、クラッシュ・ビートなんですけど、
いつのまにか、クラビって、短くして呼ばれているんです」

 美樹が、アナウンサーの井藤にそういって、微笑む。

「G ‐ ガールズさんと同じように、大人気のクラビさんたちも、同じ事務所だったですよね。
そう言えば、G ‐ ガールズさんは、学生さん。岡昇さんも学生さん。
クラビも、みなさん、会社のお勤め。言ってみれば、それは、2つの仕事といいますか、
生業(なりわい)といいますか、2つの職業を持つような、二足のわらじのようなものかと思いますが、
それって、大変ではないのでしょうか?僕なんか、NHKi のアナウンサーだけで、大変なんですよ。
あっはは」

「それについては、大学の先輩でもあるクラビさんたちとも、話し合ったことあるんですよ、
音楽とかの芸能界のお仕事って、個人の才能で成り立つも所もありますよね。
それって、自分の才能に賭けたりするわけで、すごく不安定なんですよね。
突き詰めて言えば、ミュージシャンも芸能人も、人気商売みたいなものだと思いますから、
みんなで、話し合ったときは、安定した定職を持っているのも、
選択肢としては、いいんじゃないかってことに、話は落ち着いたんです。
そんなわけですから、わたしも、たぶん、学校卒業後は、定職に就くつもりです。
わたしって、ギャンブルみたいな、一攫千金を(ねら)う生き方とか、
賭け事とか、どうしても好きになれないんです。父や姉が弁護士をしているんですけど、
その仕事のお手伝いもすることがあって、株式投資や賭け事で、破産したとか、
破産寸前で困っているとかいう人たちのことを、たくさん見ているものですから・・・」

 そんなことを語る、美樹であった。

「なるほど、なるほど。リーダーの美樹さんはマジメなんですね。僕も、この頃の世の中、
世界中が、カジノみたいなギャンブル場になっている気はしているんですよ。
それだから、すべて、お金まみれで、効率や利益の追求ばかりに追われて、
個人の考え方といいますか、思考自体も、どこかおかしくなっている気がします。
その結果とでもいいますか、個人の尊厳も軽くなって、収入の格差は広がっているような、
そんな気もしてきます。まあ、僕が考えるほど、単純じゃないわけでしょうけどね。あっはは。
そういえば、ネットで、先日の美樹先生の下北音楽学校の授業、拝聴させていただきました。
夏目漱石も、ニーチェも、僕も好きなほうなんですよ。さっそく僕も、あの宝島の本、
『まんがと図解でわかるニーチェ』を買っちゃいました。確かにニーチェの言うように、
『物の見え方は、その人の欲望で変わる』とか、
『世界には、事実というものはあるにしても、客観という立場自体が存在しないわけで、
それゆえに客観的な真実などというものはなく、
すべてには人それぞれの解釈があるだけ、世界はその解釈でできている』
・・・なんていうニーチェの言葉って、妙に心に沁みますよね、美樹さん」

「はい。わたし、夏目漱石も、ニーチェも、よく知らないんです。ただ、夏目漱石もニーチェの言葉も、
詩のようで詩心があると思います。それって、アフォリズムとでも言うのでしょうか、
簡潔な表現のなかに、人生や社会などの機微をうまく言い表した言葉ですから、
とても詩的な深さもあって、心地よかったり、よく理解できる気がしたりして、わたしは好きなんです。
ニーチェって人は、あらゆる価値観に疑いの目を向けながらも、生きることを肯定的に、
強く、楽しく、明るく、自由に生きようって言っているようで、好きなんです。
お昼の憩いの生放送で、こんなお話ししていて、いいんですかぁ?
でも、ニーチェの考え方って、現代の問題を考える上でも役立つ気がするんです。
『人が人生に意味を求めるのは、楽になりたいからである』とか、『人生のその無意味さの
苦痛に耐えるところから、今を生きるしかない』とか、『超人とは、別に、スーパーマンとか、
英雄のことではなくて、自分で価値を創造して生きることができる人物像の総称なんだ』
ということとか・・・。わたしは、好きなんですよね。いい詩を味わうような感じですよね、井藤さん!」

「あっはは。確かに、そうですよね。美樹さんの言うとおり、ニーチェって、詩人的ですよね!
人を元気にしてくれる言葉は、いいものです。僕も今を生きることに、
よく考えて行動すること、そんなベストを尽くすことにこそ、幸福の基本がある気がしますよ。
さて、いつも前向き、明るく元気な、G ‐ ガールズのみなさんなんですから、
今年の暮れは、E ‐ ガールズのように、NHKi の紅白歌合戦に初登場なんていう、
大きなニュースがあるかも知れませんよね!?」

「ええ!?本当ですか!井藤さん!紅白の出場が決まったら、どうしましょう!みんな!」

 美樹は、そういって、G ‐ ガールズのみんなと岡昇を見る。

「紅白出場って、うれしいし、憧れの夢の舞台ような気もしますけど、
おれって、なまけものだから、
大晦日(おおみそか)は、のんびり過ごしたいとも思ったりもするんですよね。
シニカルになって、斜に構えるわけじゃないんですけどね!
あっはは。すみません、こんなわがままを言って、井藤さん」

 岡昇が遠慮もなくそういうと、みんなも、「うんうん」とかいって(うなず)いたり、
「うれしいような、大変なような、複雑な心境ってところかしら」とかいいながら、わらった。

「なるほど、現代の若者気質って、紅白出場だからって、うれしいばかりじゃないって、
わけですね。あっはは。それも、素直で正直で、若者らしくって、いいと思いますよ!
しかし、みなさんには、ぜひ、紅白に出てもらいたいな!僕個人としても。あっはは!」

 アナウンサーの井藤雅彦は頭をかきながら、そういってわらった。

 スタジオの中は、明るい笑いに包まれた。

≪つづく≫ ------

 
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