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素直は恥ずかしい

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第三章


第三章

「男の子のロッカーなんて入るわけにはいかないじゃない」
「そうでしたね」
「そうよ。だからこっちに持って来て」
 若菜は健次郎にそう提案した。
「こっちにですか」
「そう、それだったら中に入ることもないしね」
「わかりました。じゃあ少し待って下さい」
「ええ、わかったわ」
 こうして若菜は暫く部室の外で待つことになった。だがそれはほんの少しのことですぐに健次郎が戻ってきた。
「お待たせしました」
「それで防具袋は?」
「はい、こちらが」
「こちらってちょっと」
 前に出されたその袋を見て思わず声をあげた。
「ちょっと佐々木君」
「はい」
「何よこれ、これの何処が」
 見ればボロボロの袋である。先日注意したのと全く同じようなものであったのだ。これで怒るなという方が無理な話であった。
「それ、前のですよ」
「えっ!?」
 このフェイントには目が点になった。健次郎を前にしてキョトンとなる。
「今何て」
「ですからこれ前のですよ」
「あ、ああそうなの」
 慌てて体面を取り繕いながら応える。
「そうなの、それなら早く言ってよ」
「何か言う前に言われたんで。それで」
「言い訳はいいのよ。それで新しい袋は」
 誤魔化しながら言う。
「何処!?早く見せて」
「はい、これです」
 健次郎は別の袋を差し出した。見ればそれは奇麗なものであった。
「へえ」
 若菜はそれを見て声をあげた。
「ピカピカじゃない。それにとても奇麗で」
「買いたてですから」
 健次郎はにこりと笑って言う。その笑みがどうにも若菜の目に入る。袋よりもついついそちらに目がいく程である。
 その袋は確かに奇麗なものであった。黒い皮でそれが光っている。当然合格点であった。
「これならいいですよね」
「ええいいわ」
 まずはそれは認めた。
「けれどね」
「えっ、まだ何か」
「あるわよ。その古い袋だけれど」
「はい」
「まさかそのまま捨てるとかは言わないわよね」
「違うんですか?」
「何言ってるのよ、そのまま捨てたら駄目に決まってるでしょ」
 実はさっきまでは捨てるように言うつもりだが急に気が変わった。何故か急にそうなったのだ。
「リサイクルよ、リサイクル」
「はあ」
「いいわね、だからちょっと来て」
「あの、部活が」
「そっちの部長にはもう言ってあるわよ。だからいいのよ」
 いささか職権濫用であった。普段はそうしたこともわきまえている若菜だったが今日は少し事情が違っていた。そこが自分でもどうも戸惑うものがあった。
「だから来て」
「いいというんなら」
 相手は三年で生徒会長兼風紀委員長、対する自分は只の一年である。これで逆らえというのが無理な話であった。
「じゃあこのまま」
「服はそのままでいいからね」
 胴着のままである。それが凛々しく見える。
「だから早く」
「はい」
 何処か恋人が相手を急かすようなやり取りだった。だが若菜も健次郎もそれには気付いていない。二人はそのまま学校にあるリサイクル室に入った。
「ここに置けばいいからね」
「何か物置みたいですね」
 健次郎は部屋の中を見回して言った。確かにそこは物置を思わせる場所であった。様々なものが置かれ、そして雑多な雰囲気であったからだ。
「まあそう言われてみればそうね」
 そして若菜もそれに頷いた。
「何だかんだで皆ここに置いていくから」
「そうなんですか」
「そうよ。後は厚生委員会がやってくれるけれどあそこも他の仕事があるしね」
「それでこんなふうになってるんですか」
「何なら君が厚生委員会に入って何とかしてみたら?」
「えっ!?」
「冗談よ。けれど厚生委員会も悪くはないわよ」
「はあ」
 若菜の言葉に何処か戸惑っていた。だがそれは一瞬のことですぐに若菜の言葉に元に戻ることになった。
「じゃあ帰りましょう」
「部活にですか」
「ええ、部活まだあるんでしょう?」
「ええまあ。後は形だけですけれど」
「じゃあ私からの話はこれで終わり。それじゃあね」
「はい」
 二人はそこで別れて若菜はブラスバンド部に、健次郎は剣道部へと戻った。これでこの時の話は終わった。筈だった。だがそうはいかなかったのだ。

 
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