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ソードアート・オンライン ≪黒死病の叙事詩≫

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≪アインクラッド篇≫
第一層 偏屈な強さ
  ≪イルファング・ザ・コボルドロード≫ その弐

 
前書き
少々忙しく、更新が停滞してます。

 

 
 第三ウェーブ二匹目のセンチネルを光の粒子へと帰せしめた俺は、コボルド王と相対する本隊の面々の方角へと向いた。戦闘序盤で感じていた不安は杞憂としか言えないほど攻略は順調に経過している。(タンク)部隊が何度かHPバーを注意域(イエロー)に落とした程度でHPの減りも予想以上に少ない。

 元センチネルこと光るポリゴン片が空中に漂う中、幼さ残るソードマン、ギア少年が俺に話しかけた。

「僕、キリトくん達のカバー行っていいかな?」
「おう、構わないぜ。でも、四ウェーブ目までには戻ってくれよ」

 俺の返答がすべて彼の耳に入る前にギアは黒髪をたなびかせてキリト達の方へ駆けていた。相当心配なのだろうか、はたまた経験値が欲しいのか。なんであれ積極的であることはいいことなのだが。さて、御覧の通りにH隊は役不足とまで言えるほどに十全の役割をこなしている。本隊も同様に素晴らしい仕事をこなしているのだが……。

「強いて言うなら最終形態の湾刀(タルワール)に対応できるかどうかぐらいだな。まぁでも、前線メンバーなら曲刀スキルを腐るほど見てきた筈だから、それも問題ないか。どう思う? インディゴ。……どうした? インディゴ?」

 俺の隣で第三ウェーブでの役割を終えたインディゴが、戦闘態勢を崩さないままコボルド王を睨みつけ厳しい表情を作っている。武器と盾を握ったままだらりと腕を下げ姿勢を低くしながら顎を上げる仕草は、女性のソレというよりも歴戦の騎士(ナイト)の仕草だ。

「いえ……何か違和感、というか。こう、後頭部がチリチリするような齟齬があるような……」

 そう言われてコボルド王を見る。ちょうど三本目のHPバーを削り終わり無敵モーションに入るところだ。恐らくはこれからあの右手の骨斧と左手の皮盾を放り投げ、腰の湾刀(タルワール)に武器を切り変える。薄い攻略本から得た情報と照らし合わせても違和感を感じることはない。

 俺の私見ではインディゴの感じる違和感よりもギアと同じにキリト達の援護に行った方がいいと見た。しかし、そうは思ってもインディゴの言葉が気になるのもまた事実だ。インディゴもまた俺やキリトと同じで血統書付きのゲームクレイジーなのだから。

「そこまで君が言うんならちょいと近づくか? (なん)もなかったら四ウェーブ目のクリアリングに戻ればいいし」

 一応の、リスクの低い提案を言うと、藍色の彼女は戦闘態勢を解除して姿勢を正して表情も崩した。

「いえ……多分、大丈夫でしょう。ディアベルならきっと捌ききれる思う。私が行くまでもないわ」
「ん? そうかい。なら俺はいいんだけどさ」

 インディゴの言葉に若干の引っ掛かりを感じながらも、戦況を確認する。

 マップ右側でキリトアスナギア三名がセンチネルをついに倒し、中央の本隊のディアベルが他の隊を下げさせ様子見、左側で俺とインディゴが次のPOP(湧き)を待つ。作戦通りの運びとなっている。しかしここで一つ予想外の動きが起きた。ディアベルが自身が組するC隊でのみ、ボスの周囲を取り囲んだのだ。

 ここに来て今まで組み立てて信用してきた戦略を崩すのかと、心の中で疑問に思った。その疑問には青髪の騎士ディアベルは当然、答えてくれない。ただし、隣にいる別の騎士がこちらを向いて、バツの悪そうな風に答えた。

「ラストヒットよ。ディアベルはラストヒットを取ろうとしているのよ。……きっとね。……攻略はまだ続くし、次のボスの時にも士気を上げるため、攻略の象徴のためにも、第一層のレアアイテムとラストアタックの実績が欲しいんじゃないかしら? ……貴方は、スバルはこのことについてどう思う?」

 ラストヒット、というものはその名の通りボスにトドメを刺すことで、このSAOのフロアボス戦においては、確実とまで言えるほどにレアアイテムを入手できる手段として、誰もが狙うスーパーチャンスともいえる。もしこれがデスゲームではなくただの楽しいSAOだったのなら、最終HPバーに突入した時にはルール無視モラル無視で皆で突っ込む≪神風特攻≫の微笑ましいお祭り展開が起きていた筈だ。

 そのことを踏まえると、俺は、ほほうと言い、内心ディアベルに関心していた。

「成程、確かにそうだ。むしろ、あのリーダーシップなら逆にそっちのほうがいいかもな。……いや不平を言うやつはいるだろうがな。キバオウとかは根っこの方はただの平等主義だし、そういう手合いは納得はしないかもしれないな。俺としては……まぁこれぐらいなら許せる範疇だ」
「本当に? 貴方は別に不満はないの?」

 俺がディアベルを弾圧しないことに不満があるのか、やや喰い気味に問いただしてきた。

「ああ、ないよ。俺の住処であるRTSとかでは強いヤツを育てることが最重要だから、そういうのに抵抗はないかな」
「ふーん、そうなの、ねぇ」

 先程の不満など何処へやら、むしろ機嫌がよさそうにすら見えるインディゴは俺の方からメイン戦場の方、ディアベルとボスの方へと向き直る。そしてインディゴがボスを視界に入れた瞬間。

 その途端、インディゴの動きがピタリと硬直し、表情が真っ青に凍り付いた。数秒後何か恐ろしい事実に気づいたかのようにわなわなと唇を震えさせ、目が大きく開き、立つのがやっとの様に足が竦んでいる。震える手で武器に手をかけようとするが予想以上に腕が動かないのか、掴み損ねている。彼女の震える唇がやっと音になって何かを訴えた。

「あ……あれ、……なに? タ、タルワールじゃ、ないの?」

 インディゴの震える声に俺が反応するよりもずっと早く、何者かの声によって俺の思考は中断された。激しく更新される状況に俺の視線は追いつかない。せめてと思い≪聞き耳スキル≫を使用し全方位に飽和している聴覚情報を収集する。

「だ……だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ――――――ッ!!」

 直後、その声、キリトの絶叫に重なりながら一つの巨大なソードスキルのサウンドエフェクトがイルファングの玉座に響いた。

――なんだ? どういう状況だ? イルファングが? タルワールじゃない? キリトの声? ……そうか、変更点か!

 俺の思考が纏まり、定まらない視点(フォーカス)をイルファングに集めようと動かす。動く視点の中、フゥーっと息を吐きながら集中力を高める。肺の息が少なくなるにつれ周囲の動きと音が鈍り、時間の進みが加速度的に遅くなる。そんな中で生まれた真下の足音に疑問を抱きながら、俺の視界は遂にイルファングを収めた。

 そして、俺が二歩目を踏み出す前に――――大地が揺れた。

 視界に入ったコボルド王は腰の武器――湾刀(タルワール)ではなく、形状的には日本刀に近い武器――を抜き、既に何かしらのソードスキルによって垂直に飛んでいた。空中でギリリと体を捻り不気味な関節音を鳴らしながら、武器に威力を溜める。日本刀の赤い光が段々と強くなりコボルド王の巨体が落下し二度目の地鳴りが起こる。同時に鮮血の色に輝く衝撃波のようなカタナが水平に三百六十度放たれる。その衝撃波がC隊全員に直撃し、血柱のようなエフェクトを高々と出現させた。

 その、たったの一撃で、C隊の全員のHPが半分の注意域(イエロー)に染まった。そして弱った彼らの頭上には、ぐるぐると円を描いて回転する黄色い光点、それが示すのは、一時的行動不能状態――スタンしているという絶望的状況のことだけだった。

 今までの知識を崩す規格外の威力と悪性状態(デバフ)付与だった。

 イルファングの着地による二度目の振動の余韻が切れた瞬間、俺の両足は弾丸の如く最高時速で弾けた。不測の事態、C隊のピンチ、見たことのない武器、絶望的な静寂、恐怖、そして≪高揚≫が俺を突き動かした。風を切り駆けながら戦法を組み立てる。俺一人で戦う戦法を。

――俺一人で一本丸丸(まるまる)削るのは無理だ。できるのは精々時間稼ぎ、撤退までの時間稼ぎか。……いや、それを決めるのは俺じゃない。撤退か決戦か、それを決めるのは各々の意思だ。俺がすることは未来のための時間稼ぎ、今、未来を決めるのは俺ではない。俺は、俺のしたい事を、≪イルファング・ザ・コボルドロード≫との決闘(タイマン)を、ただやるだけだ。

 静寂に包まれるイルファングの玉座にひとつの連続した足音のみが響き渡る。まるでサイレント映画の中に紛れ込んだかのような錯覚に陥りながらも遠くで硬直しているイルファングを目指し俊敏値を働かせる。だが、遠い。届かない。俺は音のないサイレント映画の中、思いついたように、感慨もなく、静かに冷静に、直感的に≪間に合わない≫ことを理解した。

 俺の目の前で、両手斧使いエギル以下の数名が援護に動こうとゆっくり足を踏み出した。彼らを高速で通り過ぎ、イルファングのターゲットに入ろうとするが、やはり間に合わなかった。

「ウグルオッ!!」

 獣人の咆哮と供に両手に握られた奴のカタナが、床すれすれの軌道から正面に倒れ伏していたディアベルを高々と斬り上げた。薄赤い光の円弧に引っかけられたかのように銀色の金属鎧に包まれた体が軽々と浮かび上がり、イルファングのカタナが不気味に(くれない)に光る。

 上、下の二連撃。一拍おいて、強烈な突き技。俺の知らない、三連撃のソードスキル技だ。空中に浮かばされたディアベルのダメージエフェクトは俺の慣れ親しんだ強烈な赤色、≪クリティカルヒット≫の真紅色、そのものだった。

 ディアベルは瞬く間に三連撃を受け、走る俺の頭上を通り越す勢いで大きく吹き飛んだ。後方で嫌にリアリティ溢れ、重みのある落下音がドスンと聞こえたその数秒後。

 青色のガラス片のようなポリゴン――もとい、死を連想させる、おぞましいガラスの破砕音を大きく鳴らした。間違いようもなく、レイドリーダー、ディアベルが死んだ。

 状況が不利になっても、誰かが死んでも、架空世界の法則は決して乱れず時が止まるようなことはない。

 第一目標を完膚なきまでに倒したイルファングはスタンが解けた五人をまるで品定めするように、獰猛に笑いながらジロジロと眼球を動かした。そして五人を見終わったのち、六人目に俺を見た。イルファングは戦場に突撃してくる俺に視線を集中し、嘲笑するように顔を歪めた。『おいおい、一人で来るのか? この死にたがりめ』イルファングの方角から、そんな幻聴が聞こえた気すらした。

 イルファングの挑発には乗らず、最後の保険としてすぐ近くにいる筈のエギルに対しほぼ絶叫するように言葉を投げかける。

「エギル! 後は任せた! お前のしたいようにしな! 俺は時間稼ぎ(したいこと)をする!」
「ちょ、ちょっと待てあんたッ!」

 エギルの言葉を意識からフェードアウトさせ、逃げ惑う崩壊したC隊の面々とすれ違いつつ、間合いを探りながら一歩一歩確実に近づく。周囲から人の気配が消え俺とボスが孤立した状態になっていることを俺に推理させた。これが俺の望んでいたタイマンだ。正直、背骨が凍り付くほど恐ろしい。

 敵は未知の存在だ。おそらく数値的なHPや筋力俊敏は情報通りだろうが、あの日本刀がその情報をぐちゃぐちゃに混ぜ込み、もう信用できないほどに≪アルゴ≫のブランドを壊した。情報はなく、戦闘力は敵の方が圧倒的に上、しかも戦いながら急速に学習していく。俺のような一発屋ならぬ一撃屋には向かない相手だ。先程のディアベルのようにワンコンボでHPをすべて喰いつくされることも十二分に有り得る。

 そしてなによりも最悪なのがあのソードスキルだ。知りもしないソードスキルに対応するのは基本後出しだけ。しかしこのイルファングの扱うソードスキルは発動から攻撃が異様に早い。間合いギリギリでやっと防御のチャンスがあるといった程度のスピードだ。

 よって俺とイルファングの決闘は間合いの読み合いとなる。俺の負けない戦法はイルファングのミス待ち、イルファングの勝ち筋は俺の読み違い、危険な上、俺が勝てることはまずない。それでも俺が戦う理由は、これ以上死者を出さないため、次戦の情報収集のため、そしてなによりも俺が俺たる欲求のためだ。

 十メートルほどの距離にまで近づいた俺は意識を集中しイルファングに全神経を(そそ)ぐ。するとシステムにアシストされイルファングの詳細情報(ディテイル)を描写し、反比例の法則に従ってなのか周囲の風景がぼやけていく。指先を動かしフェイントで俺を誘うイルファングは、唐突に両手で握っていたカタナをから左を離し、左の腰溜めに構えんとした。もしあれが何かしらの予備動作ならこの距離でも発動するソードスキルということなのだが、そうなると遠距離移動技(ブリンク)だろう。いや、もしくは……。

 俺は力を抜いて小さく跳んだ。数センチ浮いた体は敵攻撃の衝撃をモロに受けるが、鍔迫り合いと比べると幾分かダメージは抑えられ、衝撃によるノックバックによって後方へと撤退できる筈だ。撤退、とはいっても着地に成功しなければ追撃を受けてしまうので撤退には着地の成功が必須条件なのだが、その点の対策は既に打ってある。

 跳躍直後、イルファングのカタナが緑に輝き、音速を思わせる速度で斬り払われた。移動はしないようだが代わりに空間が歪み、ソードスキルのライトエフェクトが衝撃波として飛翔してきた。ブォンという空気を裂く爆音と供に緑の光が俺の体に吸い込まれる。 

「ぐぅおッ……ルァ!!」

 俺は自身の喉から出た悲鳴を聞きながら空で身を捻じり、直撃を免れようとする。体の正中線に狙われたその衝撃波は、幸運にもクリティカルヒットだけは避けれた。しかし予想通り後方へと大きくノックバックする。衝撃と同時に破裂するような音が俺の体から鳴り、気持ち悪い浮遊感がやってくる。吹き飛ばされながら≪四つ目のスキル≫を発動し、空中で一回転しながら両足で華麗に着地。ボス専用のために突っこんだ四つ目のソードスキル、≪軽業(アクロバティック)スキル≫。使う機会が有ったのは良かったが、有効だったかどうかはわからない。

 先の戦闘で俺は十メートルほど吹き飛び五、六パーセントのHPを失い、代償として一つのソードスキルを見物できた。しかし見物できても対策ができたというわけではない。むしろ十メートル先から一方的に攻撃されかねないという恐ろしい事実が判明しただけだ。チャンスがあれば攻撃しようと思ったがこれではどうしようもなく時間稼ぎでしかない。

「やっべーな。このままだと俺が死んじまうぞ」

 イルファングと戦ったはいいが、さっさと撤退方法を考えなくてはなるまい。一番形が整っているのが、後退しながら時間を稼いで最後にフェイントをかけて不意に全速力で脱出、これしかあるまい。だがそれは俺の望んでいる結末ではない。二十メートルの余裕があるので後ろの仲間達をちらりと見る。混乱は止まり、誰しもが沈黙している。俺の戦いを見ている者もいれば未だ出口に向かいよたよたと逃げ惑う者もいる。

 H隊の面々は――インディゴは動かない、未だ怯えたように震えている。ギアは戸惑っている、逃げもせず戦いもせず、悔しそうにコボルド王を睨みつけている。キリトとアスナは、……武器を構えた。ということは……戦うのか、キリト。それはそれは、力強い。三人もいれば僅かだが確かに勝機がある。後方から走って向かってくる二人の少年少女に大きな声で話しかける。

「キリト! 頼むッ! 指示をくれ!」
「ああ分かった! アスナ! 手順はセンチネルと同じだ! 行くぞ!!」
「……解った!」

――二ラウンド目だぜ、イルファング・ザ・コボルドロード。俺はお前を倒して、殺す。 
 

 
後書き
第一層編が終わんないとです。この話でイルファングには死んでもらおうかと思っていたのだがどんどん長引きそうです。次話では憎きボスを倒してもらいましょう。私次第なのですがね……。 
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