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クルスニク・オーケストラ

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第四楽章 心の所有権
  4-1小節


 俺が20、あいつが14の頃。たまたまジゼルがうちの団地に来る機会があって、公園で二人きりで話したことがあった。
 俺がジゼルを気に懸けるようになったきっかけともいえる出来事だ。

 この頃にはすでに、俺と、あとリドウも、ジゼルがある《呪い》を抱えていることを知っていた。

 ジゼルにとって地雷でも、俺はどうしても《呪い》について聞きたかったんだったっけか。

「お前はどうして《クルスニク・レコード》を後生大事に抱え込んでるんだ? お前にとって《そいつら》は、お前の大事な思い出を奪っていくモノだろう?」

 きょとん。そんな感じにジゼルは俺を見上げた。
 確かあの頃は改造制服じゃなくてロリータファッションだったな。これまた《レコードホルダー》の影響で。

「《レコードホルダー》のほとんどが、暗い絶望、裏切りへの怒り、離別の嘆きを未練に時歪の因子(タイムファクター)化していきました。だから《レコードホルダー》は信じられないんですわ。わたくしもきっと同じとこに堕ちてくるんだ、早く堕ちてしまえ、とおっしゃっています。わたくしも、ユリウスせんぱいも、リドウせんぱいも、みんな。でも」

 ジゼルはフリルいっぱいのワンピースを翻し、手近なブランコに立ち乗りすると、思いきり漕ぎ始めた。

「おい、ジゼル」
「一族の仲間や祖先の《レコード》に触れたからこそ、彼らがどんな想いで運命のレールを外れようと抗ったかが痛いほど分かるんです。だから想います。彼らから受け継いだものを無駄にはできない、石に齧り付いてでもこの《審判》を終わらせなければ、って」

 ブランコの揺れのせいか、ジゼルの声はいつも以上に明るく弾んでるように聞こえた。

「わたくしね、見せてあげたいんです。2000年戦ってきた《レコードホルダー》の絶望を受け取った。なら今を生きるわたくしたちが絶望を希望に変えていくまでを。全てのクルスニクの者が将来に夢と希望を描けるような、最高のハッピーエンドを。これがわたくしの目標です」

 ブランコの速度が落ちてゆく。速度を見計らって、俺はブランコのチェーンを掴んで止めた。
 傾ぐ木の台座。ジゼルは衝撃に体を強張らせ、きゅっと目を閉じた。
 やがて安定すると。

「何てことするんですか!」
「す、すまん。つい」
「ツイもツチノコもないです! 危うく大ケガする所だったんですのよ!?」

 また変な知識が増えてる……いつの時代のどいつだ、俺の部下に妙なことを吹き込んだのは。
 それはまあ置いといて。

「背負うのか? クルスニクの《歴史》を」

 ジゼルが俺を見下ろす。青紫から赤へのグラデーション・アイ。本来なら赤眼は人には発現しない。褐色系が一般的なエレンピオス人でも、純粋な赤の虹彩はない。

 ――精霊に呪われた証のアカ。

「はい。わたくしなんかに、どこまでできるか分かりませんが。やってみようと思います。知らんぷりで生きられるほど、わたし、強くないんで」

 ジゼルは本当に――本当に困ったというふうに、14歳の少女らしく苦笑した。

 その時の彼女の表情を、それに対して荒れ狂った感情を、俺は一生忘れない。



                    ~*~*~*~


『――以上が今回の任務です。ご質問は?』
「ありませんわ。いつもありがとう、ヴェル。それじゃあちょっとリーゼ・マクシアまで行って参ります」
『お気をつけて』

 ヴェルとの通話を終えてGHSを懐に仕舞って、更衣室を出た。

 今回の任務は、逃亡中のユリウス室長と接触し、室長が持つ分史世界の解析データを回収すること。
 共謀して逃走されてる室長の身の上を考えればわたくし一人で行ってもいいのですが……

 対策室へ入って同僚に挨拶しながら自分のデスクに座った。

 取り出したるは分史対策室のメンバーリスト。分史対策エージェント全員分の顔写真付きプロフィールです。たった21人、されど21人。気分はちょっとした夜間クラスの先生ですわ。

 この中から、ユリウス室長でもリドウ先生でもなく、わたくしが、独断で、チームを編成する。

「各チームリーダー、集合!」

 室内にいた内、5人のエージェントが反応して、わたくしのデスクまで来てくださいました。

「社長から直々の指令です。ユリウス前室長から分史解析データを奪還します。各班から二人、前室長相手でも()()()()()メンバーを出してください」

 リーダーたち、そして声が聞こえる範囲にいたエージェントたちが息を呑む。

 相手が「あの」ユリウス室長ともなればこれくらいは想定内。
 いいのよ、それで。恐れてくれていい。生き残れさえすればいい。クランスピア社は室長を追っているんだという体裁さえ繕えれば。


 解散後、Aチームリーダーだけは残ってもらう。申し訳ありませんが、Aからは彼ともう一人に出てもらうと決まっていますから。

「ごめんなさい。カールもシェリーもずっと二人だけで任務でしょう? キアラとモニカの殉職以降、Aチームに入れるだけの人材を探しているのですが、なかなか見つからなくて……不足分はわたくしが彼女たちの《レコード》で補いますから、ご容赦くださいまし」

 ルドガーが正規エージェントであればすぐにでもAチームに突っ込んでやりますのに。

「気にしないでください、補佐。あいつらがいなくても、二人いればやっていけます。お気遣いだけ、有難く頂戴します」
「ごめんなさい。今日もよろしくね」
「はい。失礼します」

 カールは会釈してからシェリーのデスクへ一直線。この任務の話をしに行ったのでしょう。

 さて。久々の班編成を超えた合同任務です。わたくしも、ユリウス元室長に相対して、彼らを生き残らせるだけのフォーメーションを考えなくちゃね。 
 

 
後書き
 ユリウスがC6の冒頭、イラート海停で「10人でかかったのに相手にならなかった」とエージェントが証言した任務の舞台裏です。
 ユリウス逃亡の幇助をしつつも、追跡している体裁は整える。なかなかに厳しい任務ですので、オリ主も奮闘します。
 ここからオリキャラのモブエージェント活躍劇が始まります。タグの「オリキャラだらけ」はこれです。 
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