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クルスニク・オーケストラ

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第二楽章 トーク・オン・トレイン
  2-2小節


 かたたん。かたたん。

 特に会話もなく、列車の進むに任せていると、不意にルドガー君がわたくしに声をかけて来ました。

「ジゼルはユリウス兄さんの部下だったって聞いたけど、兄さんとどんな仕事してたんだ?」

 室長のお仕事、ですか。どうお答えしたものかしら。まだ彼にクルスニクの諸々については明かすなと社長は指示なさいましたし。

「わたくしどもの部署は基本的にチーム任務ですから、わたくしもそう動いていました。どんな仕事内容かは、深く言うとわたくしが室長に怒られてしまいますので、ご容赦くださいまし」

 分史対策室では畑がはっきりと分かれます。クォーター骸殻までの探索エージェントは、ただ分史を壊すだけ。
 壊す分史に入るまでだって、サポートチームが《クドラクの爪》で時空を探査、解析して、わたくしたちに《進入点》を示してくださいます。

「ですが室長は我々とは実力が桁違いです。室長はほぼ単独で任務に赴いておられました」

 室長だけでなく、リドウ先生もね。
 スリークォーターのユリウス室長や、ハーフのリドウ先生は、分史破壊と同時に《道標》の探査も担わねばなりません。深度115オーバーに潜れるのは、あの方々、だけ――なのですから。

「同じ現場で仕事できたのは、わたくしが配属されてからの短い間だけでしたわ。その後すぐにユリウス様が室長に昇進されてしまいましたので」
「へえ」
「今は室長権限の方のデスクワークの手伝いや、要人警護、魔物討伐などの分担といった、秘書的な業務をさせていただいております」

 機密を抜いたらお教えできることは、こんなところですかしら。

「ジゼルから見て、会社での兄さんってどんな感じ?」
「そうですねえ――誰にでも平等に接する人、でしょうか。少なくとも肩書きを盾にえばり散らす人ではありません。ヒヨッコの頃のわたくしはもちろん、ノーマルエージェントや別のセクションの皆々様に愛想がいい。社員を業務内容で差別したりもなさいません」

 手放しで家族の美点をつらつら挙げられて気を悪くする人はそういません。案の定、ルドガー君も表情が締まりないものに。

 よかったですね、室長。弟さんも室長を大好きみたいでしてよ。

「《――弟以外の他人になんざ興味ねえんだろうな》」
「ん?」
「独り言ですわ。お気になさらず」


 こ~ら~? いつわたくしが()()使()()()()()と言いましたか。
 今はわたくしの時間よ。おしゃべりがしたいなら休日にたっぷりさせてあげますから、少し静かにしておいてください。


「わたくしもお聞きしてよろしいかしら」
「何だ?」
「ご自宅でのユリウス前室長はどんな方ですの?」

 怪しまれないためには、相手にしゃべらせておくのが一番。ですわよね?

「ジゼルが言ったのとは逆のイメージかも。ちょっと小言が多いかな。ルルには甘いくせに。まあ、心配して言ってくれてんのは分かるんだけど」
「心配だとちゃんとお分かりの辺り、ユリウス様も恵まれてらっしゃいますわ」
「そうかな」
「ええ。大事な弟さんのことですもの」

 ルドガー君は少し赤くなって、口を手で隠して窓際に頬杖。
 くす、微笑ましいこと。

「えーっと…他には、そうだ! トマトがめちゃくちゃ好きでさ。トマト料理出すと機嫌悪い時も大体治まるんだよな」
「まあ、そんなに?」
「前にリーゼ・マクシアのトマト狩りツアーに行こうって話したこともあって。ルルを残して家空けるのがどうにもってことで延期になったんだけど。もーどんだけトマト好きなんだって話」

 そんなにトマトがお好きでしたの。それなりに長い付き合いなのに存じ上げませんでしたわ。
 それとも()()()()()()()()()()の中にそれもあったのかしら。だとしたら……寂しいわね。

 ユリウス前室長のことを互いに話す内に、Dr.マティスとエルちゃんは眠ってしまいました。若い人には退屈な話だったかしら。

 それでもわたくしは、知らない、もしかしたら覚えてないかもしれない室長のことを知れて、嬉しかったのですけどね。
 内緒ですよ? 
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