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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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七十八 帰郷

灰色を帯びた群青色の空。
しんしんと草木の上へやわらかく降りた雪が、森を白く染め上げる。

暗澹たる天に反して地上は明るい。白く薄化粧された森は一層静けさを増し、動物も鳴りをひそめている。聞こえてくるのは、さらさらというせせらぎのみ。

鬱蒼と生い茂る木々の間で流れる小川。
雪明かりのおかげだろうか。曇天だというのに底が見えるほど澄んでおり、いくつもの花が浮かんでいる。淡い桃色の花弁を散らすその花々は、岸辺の合歓木から墜ちたものだろう。
しかしながら、合歓木の花が咲くのは夏頃。それなのに突然雪が降り出すとはどういうわけか。


「……雪…」
寂然とした森に沁み入る声。

長い間項垂れていた彼は、己の言葉を切っ掛けに天を仰いだ。見上げれば、あとからあとから墜ちゆく雪によって視界が白く染まる。
長き金の睫毛にまでやわらかく積もる雪の結晶に、ナルトは双眸を硬く閉ざした。
(…イタチ……)


小川に浸かってどれくらいの時が流れただろうか。
今や氷のように冷たくなった足首の傍ら、ゆるやかに流れゆく淡紅色の花。その一方で水に触れた途端、音も無く溶けゆく白き雪花をナルトは何の感慨もなく眺めていた。

「…お身体が冷えますよ」

ひんやりとした鋭い風に煽られ、はらはらと花が散る。その様は、まるで紅い雪が降っているかのよう。
紅白の雪は水に足を浸す彼の頭にも降り積もり、その金の髪をより鮮やかに彩らせる。

「ナルトくん…」

一瞬、雪が彼を連れ攫ってしまうような錯覚に陥って、白は思わずナルトの名を呼んだ。
伏せられたままの顔を窺う。紅白の雪が積もりし金の髪は陰影を落とし、ナルトの目許を覆い隠していた。
「泣いて、いるんですか?」

不意に掛けられた己を気遣う声。白を眼の端に捉えたナルトは口許に苦笑を湛え、ゆるゆると頭を振った。天を仰ぐ。
「泣いているのは空だよ…」
そう答え、ナルトはようやく白を見た。その口許に湛えられるのは、狂おしいほど切なげな笑み。向けられた微笑に、白は一瞬息を呑んだ。
雪と花が舞う中でナルトが微笑む光景は幻想的であり、そしてどこか物悲しかった。

「…現状は?」
「今は重吾くんが…」
すぐさま要望に応える白に、ナルトは「そうか…」と再び項垂れた。伏せ様に伝えられた「すまないな…」という声音には、憂愁の色が感じ取れる。
常ならば感情の一切を悟らせぬナルトがこれほどまでに憔悴しているとは、と白は眉を顰めた。

唐突に名を呼ばれ、ナルトを案じていた白の反応が遅れる。視線の先では、いつもの悠然とした佇まいでナルトが陸に上がっていた。雪より白い足の爪先から滴る雫が草叢を濡らす。
ずっと傍で控えていた白が手にしていた羽織を恭しく手渡すと、ナルトはそれをさっと翻した。その際、どこか違和感を覚えた白だが、ナルトが次に述べた宣言に言葉を失ってしまう。


「木ノ葉に戻る」

愕然とする白の前で、ナルトは金の髪を軽く振った。髪に積もりし紅の花弁が散り、雪白の如き羽織と共に雪明かりの中、舞う。
ほのかな光がナルトの首元をおぼろげに照らし、白は、あッ、と声を上げた。

瞳に飛び込んだのは、『朱』。

朱と描かれた指輪の首飾りは、先ほど白が覚えた違和感の正体。
今まで装飾品など身につけたことのないナルトの首にかけられたソレは彼の胸元でその存在を主張している。

指輪に繋がれた銀の鎖がキラキラ輝くのを見て、白は悟った。
今から彼が何をしに行くのかを。

「ナルトくん、僕は…っ」
「白」
言葉を遮ったナルトの羽織の袖がふわりと翻る。途端、その袖が巻き起こしたかのように、突風が吹き荒れた。

静かに降っていた合歓木の花が一気に零れ、ほぼ全ての花が墜ちてしまったかと思えば、雪と共に天へ舞い上がる。
雪もまるで花弁の如く、ひらひらと風に乗って、群青色の虚空で踊り狂っていた。

決意を秘めた青の双眸から、白は眼を逸らす。眼に留まったのは、倒れ伏せる大木。
当初、ナルトが出掛ける前に腰を下ろしていた樹木は、重吾と共に見送った際には枯れていた。だが、今や緑が芽吹いている針葉樹は、白にその木の花言葉を思い出させる。


ナルトと白の頭上へ一斉に降り注ぐ、白き雪と紅き花。雪花の雑じる花嵐の中で、ナルトが静かに口を開いた。

「うちはサスケに、話がある」


白の脳裏に浮かぶのは、ひとつの花言葉―――『哀悼』。
季節外れの雪は、何時の間にか止んでいた。


















曙の空。

東の雲からは微光が射し込み、薄暗い室内をほんのり照らす。
里のあちこちで人々が目覚め、木ノ葉が動き出す様を老人は朝ぼらけの中で眺めていた。

「―――ダンゾウ様」
不意に背後で己を呼ぶ声に振り返る。配下である『根』の一人が跪いているのを見て、ダンゾウはすぐさま察した。
「ダンゾウ様。綱手姫が御帰還なされました」

推測通りの答えに、片眉を軽く吊り上げる。綱手が木ノ葉に戻ってきたという部下の報告にも動揺一つせず、むしろ予想通りだとダンゾウは里を俯瞰した。
「ようやくのお出ましか…」

沈黙していた里が活動を始める。次第に増える、人々の賑わい。それを耳にしながら、ダンゾウは火影邸へ眼をやった。
中が見えぬとも脳裏にはっきり浮かぶのは、執務室に設けられる火影の椅子。
其処に腰掛ける己を想像し、ダンゾウは口許に弧を描いた。

「…だがもう遅い」













晴れ上がった空は澄み切っており、雲ひとつ無かった。澄んだ青に惹かれてぼんやりと天を仰ぐ。
そのまま大きく欠伸を漏らした息子の様子に、父親のシカクは呆れた声をかけた。

「お前…ほんっとーにやる気が無いなぁ」
「うっせ」
父親の背中に言い返すと、シカマルはちらりと門を見遣った。木ノ葉の里の出入り口たる『あ』と『ん』の扉の向こうを透かし見る。息子の視線を追ったシカクが、にんまりと口角を吊り上げた。

「なんだ?愛しのナルちゃんはまだ帰って来てねぇのか?」
「ごほ!?愛し…っ!?」
シカクの揶揄に、シカマルは思わず咽る。咽過ぎて涙目になっても、シカクは悪びれた様子もなくにやにやと笑った。自身によく似た面立ちのシカクが冷やかしてくるのを、うんざりとした風情でシカマルは見上げる。

そもそも彼が父と一緒にいる理由は、母親の一声だ。
先ほどまで家でごろごろしていたのだが、母親に「お父さんの仕事でも手伝いなさい」と怒られたので外出せざるを得ない状況になったのである。そこで渋々ながらも、火影邸に用事があるというシカクと共に其処へ向かっている最中なのだ。
もっともシカマル本人は、面倒臭いという不満がありありと顔に出ているが。


「しっかし四代目の御息女たぁ、お前も見る目があるねぇ」
「……べつに、火影は関係ねぇよ。あいつはあいつだ」
シカクの言い方が気に触ったのか、父親を睨みつけるシカマル。一端の男らしい主張に「ほお~」とシカクは愉快げに眼を細めた。
「なかなか言うようになったなぁ。女が苦手だったお前が…」
「今でも苦手だっての……妙にサバサバしてる割に、やたらつるむし、仲が良いんだか悪いんだか…よくわからねぇしよ」
そうグチグチと文句を並べるシカマルの顔は心なしかげっそりしている。思い浮かぶのはもう一人の幼馴染みである山中いのと、その親友・春野サクラ。


「―――でもナルちゃんは、べつなんだろ?」
火影邸の長い階段を登りながら、肩越しに振り返ってシカクがにやりと笑う。言葉に詰まったシカマルは頬の赤味を誤魔化すように顔を背けた。
高く聳え立つ火影邸の周りをぐるりと囲む螺旋階段。そこから見える里を一望する。


新しい火影の件により木ノ葉は現在騒がしい。候補として挙げられた志村ダンゾウという男が火影になるかもしれないという話で持ち切りなのだ。
その信任投票の最終日だからか、特に今日は里中が落ち着かない。

他人事のように思案していたシカマルは、不意に最近らしくない行動をとる同期を思い出した。あの一匹狼だったサスケが奈良を始めとした名家にダンゾウの火影就任について協力を仰いでいるらしい。
色々奔走している彼の行動に最初は眼を疑ったものの、シカマルも多少手助けしていた。アカデミー時代で、あまり慣れ合わなかった相手だが、シカマルとてサスケは同じ木ノ葉の仲間だと思っている。

あのサスケにどのような心境の変化があったのかは知らないが、常につんと気取っていたイメージが少々払拭されたので、以前より親しみやすくなったのは間違いない。

けれどその一方で、最近サスケと行動を共にする色白の少年がシカマルにはやけに気掛かりだった。木ノ葉では見掛けた事がないという点からも不審である。
故に何度か忠告しておいたのだが、あのサスケが素直に従ったかは定かではない。それよりもシカマルの目下の関心は、ナルがいつ木ノ葉に帰って来るのか、であった。

波風ナルが里外の任務についたらしい、という話を聞いてもう十日。
そろそろ戻って来てもよい頃なのだが、未だに姿を見せぬ幼馴染にシカマルは眉を曇らせる。
そんな息子の心中などお見通しだというように、シカクは明るい声で一応念を押した。

「お前がナルちゃんにベタ惚れなのはよ~く解ったが、他の同期にも目を配っておけよ」
「…言われなくてもわかってるよ」
シカクを横目で睨みつけ、唇を尖らせる。だがその反面、シカマルは父の意味深な一言を内心判じかねていた。不本意ながら父親であるこの男は無駄な事を言わない。
思わず思案の渦に呑み込まれていたシカマルは、前方から駆けて来る人の気配に気づけなかった。


「いって~!誰だってばよ?」
「そっちこそ……って、あ?」
前から駆けてきた人物と正面衝突。鼻を打ったシカマルは痛みを感じるよりも先に、聞き覚えのある声に反応した。顔を上げる。
目の前で、頭を打って悶絶しているのは、シカマルが待ち望んでいた存在だった。


「ナルじゃねーか!!」
驚愕と歓喜が入雑じった表情を浮かべるシカマルに対し、ナルは「お~!シカマル~」と陽気な声を上げた。あまりの呑気さに脱力し、シカマルは肩を落とす。

「おっまえ、いつ帰って来たんだよ?」
「ついさっきだってばよ!シカマルこそなんで此処に?」
「なんか知んねーけど親父がついて来いって…」
ちら、と視線を投げると、シカクはナルの頭にぽんっと手を乗せた。
「よぉ~ナルちゃん。元気にしてたか?」
「シカマルのとーちゃん!久しぶりだってば」

幼き頃、よくシカマルの家に入り浸っていた為、シカクと顔見知りのナルの顔がぱあっと輝いた。
里人から迫害を受けていた彼女が信頼する数少ない大人の一人であるシカクが、ナルの金の髪をわしゃわしゃと撫でる。

「くすぐったいってばよ~」と笑うナルを実の息子より可愛がる父親をシカマルはじろりと睨みつけた。どっちに嫉妬しているかと言えば、当然シカクである。
「髪、ぐちゃぐちゃじゃねーか」とさりげなく引き離すと、途端ににやにやとシカクに笑われてシカマルはむすっと唇を尖らせた。
そんな父子の心情など知らない為、きょとんとしていたナルだが、突然ハッとする。


「それよりシカマル!胸がでっかくてきれーなばぁちゃん…じゃなかった、ねぇーちゃん見なかったってば?」
「は?………いや、見なかったけど」
唐突な質問に否定を返すと、ナルはその場で「真っ先に病院へ行ってもらわねーといけねぇってのに!」と地団駄を踏んだ。

「病院?」
「そのねぇちゃん、すっげー医療忍者なんだ。火影になるってやっと里に戻ってきたのに、どこ行ったんだってば!」
「…ちょっと待て。火影だと?」
怒涛の展開についていけないシカマルに対し、ナルと目線を合わせるようにしゃがんだシカクが「もしかして、」と訊ねた。
「綱手様か?」
「そうだってばよ!ゲジマユを診てもらおーと思ってたのに…っ」

そう悔しそうに言うナルの言葉に、シカマルは以前病室で横たわっていたリーを思い出す。
中忍試験にてうずまきナルトと対戦した彼が未だに目覚めていないので、綱手に診てもらおうと考えたのだろう。
誰かの為にいつも一生懸命なナルを微笑ましげに見つめていたシカマルは、ふと彼女の青い瞳に哀しみが過ったのを感じた。加えて、なんだか普段より元気が無いような気がして、違和感を覚える。
「……?」


「じゃーな、シカマル!また後でな~」
手を振って螺旋階段を降りるナル。
遠ざかる彼女の背中を目で追いながら、「……親父」とシカマルは視線をそのままに父親を呼んだ。
シカマルが感じた違和感をシカクも感じ取ったのだろう。「ん、行ってこい。母ちゃんには上手く言っといてやるよ」と手をひらひら振る。
何もかもお見通しな父の態度にちょっとムッとするものの、今はありがたく「…悪い」と謝って、シカマルはナルを追い駆けた。

ナルを追って、着いた先は木ノ葉病院。其処の屋上で見えた金の髪を目印に、急ぎ向かう。
屋上に辿り着いたシカマルは眼を瞬かせた。


「……あんたが火影候補―――三忍の一人、綱手か」

驚いて立ち竦むナル。その隣で怪訝そうに眉を顰める美人。彼女がおそらく綱手だろうと思い当ったシカマルは、聞き覚えのある声に唖然とした。


「俺と闘え」

綱手と対峙するのは、先ほどシカマルが話題にしていた張本人――うちはサスケであった。
 
 

 
後書き

もうすぐ原作が終わってしまいますね…(泣)

これから先、原作とは全く違う展開になります。今まで伏線を結構張ってますし、読んでくださってる方々の為にも、完結まで頑張ろうと思います!

ちなみに『哀悼』の花言葉を持つ木はイトスギです。
六十六話でナルトが倒し、六十八話で腰かけていた大木です。

これからも「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします!! 
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