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トワノクウ

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トワノクウ
  第十八夜 千草の蜃(三)

 
前書き
 千草 と 友情 

 
 梵天が立ち上がった。

「お戻りですか」
「あまりじろじろ見て楽しいものじゃないからね。君も、あまり居着いてあとでこいつに何を言われても知らないよ」

 部屋を出ようとする梵天。くうは慌てて引き留めた。

「あの! もしよろしかったら、梵天さんが知る露草さんの顛末を教えていただけませんか? 辛いことを思い出させてしまって申し訳ないんですけど、ちょっとでも分かることがあれば、何をすべきか見えてくるかもしれなくて――」

 こんがらがりながら意図を伝えるべく四苦八苦する。

 梵天は木戸に手をかけて少し考えるそぶりを見せ、戻ってきた。くうの傍らに膝を突いた。

「直接視たほうが手っ取り早い」

 梵天は眠る露草の胸板に手を置く。すると驚くことに、その手は水面に沈むがごとく露草の体内に潜り込んだ。

 手は、露草の胸から、透明なテープを摘出した。

「これは――」
「こいつの(しん)だ。あまつきでの精神や魂に当たるもの。今からこれの記憶を一部見せる。それでこれが何を思って行動したか分かるだろう」
「え!? それ、プライバシーが、あの!」
「ごちゃごちゃ言わない」

 赤い印の現れた梵天の目が視えた瞬間、左目が勝手に違う映像を受信した。



……

………


 露草は、荒い息をしながら、自分の周りに横たわる骸たちを渾沌とした思いで見下ろしていた。

 平八がつい最近匿った童女を追ってきた狂信的な連中だ。芹を村に帰さなければ災いが来る、芹を返さないなら殺す、と鉄砲まで持ち出して、あろうことか平八を狙ったのだ。

 だから露草はその連中を殺した。

 露草は人間を殺すことに後ろめたさを持たなかった。生きるための闘争だ。彼には恨みも憎しみもない。生存競争としての淘汰の結果がその連中の、露草の手による死だっただけだ。

 だが、連中と同じ人間である平八には、露草のような考え方ができなかった。
 そう気づいたのは、平八の畏怖と恐怖に染まった表情を見たからだ。
 童女を無事逃がし終えれば、もう彼との縁も終わりだろう。――露草は、死体の前で震える平八を見下ろしながら思った。



 それからの道中は平八ともぎくしゃくしたまま、幸いにも追手はなく、無言の逃亡が続いた。
 幾日過ぎたか。ふいに平八がひっくり返った大声で自分を呼んだ。呼ばれただけでも心臓が跳ねたし、正直、別行動を切り出されることを想像して恐れてもいた。
 だが、平八は露草の予想と真逆の内容を告げた。

『助けてくれてありがとな。嫌な役させちまってすまねえ』

 無理をしてはいたが、心からの謝罪だった。

『……お前、馬鹿だろう。俺はお前の仲間を殺したんだぞ』
『俺と芹を守るために、だろ? そんくらい分かってら。恩人に礼の一つも言えねえんじゃあ江戸っ子の名が泣くってもんよ!』

 この瞬間、露草は平八を怒鳴りつけたい衝動でいっぱいだったのに、言葉が一つも出てこなかった。殴りたいとさえ感じたのに、拳どころか全身が震えて動けなかった。

 この時、何かを言えていれば、露草の結末はまた違ってきたのだろう。

 二度目の追手は、過日取り零した村人が何人か。今度は苦戦を強いられた。
 ここで再び人間を殺せば、このお人好しの友人は心を痛める。痛めてなお、露草に対して笑いかけるために無理をするのだ。
 それを思えば、二度は、できなかった。

 その迷いが露草の命運を分けた。

 ためらいに動きを鈍らせていた露草を、背後から鉛弾が襲った。

………

……




「――とまあ、以上がこいつの顛末なわけだ」

 梵天の手から(しん)が離れ、露草の体内に戻っていった。

「馬鹿な奴だ。妖のくせに人に情を移したりして」
「ばかだとしても、――」

 責められるいわれはありません。とても価値のあることです。種族を超えた友情なんてすごいことです。

 そう言いたかったが、梵天の表情を見て、慌てて思い直した。

 妖と人が結んだ友情が尊いものであることくらい、梵天とて分かっているし、露草を責めてもいない。人に情を移して露草が傷つく結果になったのを、梵天は憂えているのだから。

「『ばかだとしても』、何だい」
「……私は、羨ましいです。露草さんと平八さんみたいな関係」

 嘘ではない。彼らのように薫や潤と強い絆で結ばれたかったという願いはある。

「どうして上手く行かないのでしょうか――ただ、楽しく一緒に過ごして、語らいたいだけなのに」
「人と妖だから」

 速やかに提示された解答に、くうは喉が絞められる心地がした。

「――と一括りにできれば簡単なんだろうが」
「え?」
「『人と妖は何が違う?』という疑問を持った馬鹿どもが昔いてね。腹が立つが俺もその答を見つけていない」

 梵天は、懐かしさの中に憫わしさを潜ませて、語った。

「それをお聞きになったのは人ですか? 妖ですか?」
「両方だよ。俺の育ての親と、古い付き合いの人間」
「お友達ですか」
「一応そう答えて差し支えないんだろうね」

 梵天の性格を考えればこの答えは肯定だ。妖の頭目にさえ人間の友人がいる。ひどく複雑な思いだった。

「明日にはまた会えるように普通に別れて、再会したらのっぴきならない窮地だった。そういうことがこれで〝三度目〟だ。どうも俺はそういう巡り合わせらしい」

 自嘲というよりは苦笑に近いそれに至るまでに、彼は何度の後悔や懊悩を経たのだろう。

 可哀想だとか。同情とか。切なさとか。そんなものより。

(なんとかしてあげたい)

 強く想った。

「任せてください」

 梵天は驚いたようにくうを見やる。

「くうが、なんとかします」

 ――「なんとかしてやる」。父の口癖だ。どんな困難でも父はその一言で本当に〝なんとかして〟くれた。篠ノ女紺の娘なら、このくらいできないでどうする。

「絶対に露草さん起こします。だからそんな顔しないでください」

 くうは梵天の頬に手を添えて、言った。

 梵天は先程とは異なる苦笑を浮かべて、くうの手を静かに外す。梵天の手の体温は、やはり人間の常温より高い。

「期待してるよ」
「! はい!」

 頼まれ事は家庭でも学校でもたくさんされてきた。それでも、今ほど心を衝いた願いはなかった。
 
 

 
後書き
 「蜃」とつけば過去編というあまつきの法則に従って過去編です。千草は露草の花の異名です。
 平八はね、はい。
 友達やめないと思いますよ露草君。彼、それほど薄情じゃないですから(^_^) 
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