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トワノクウ

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トワノクウ
  第十八夜 千草の蜃(一)

 
前書き
 鴉天狗 と 思案 

 
 梵天はくうに塔に滞在する許可をくれた。すぐに鳳の権能を行使するのは無理だろうから、使いこなせるまではこの塔にいてかまわない、とのことだ。何をしていてもいいという言質も貰っている。

 与えられた十畳の木張りの部屋に戻り、格子縞の木戸を開ける。白い光が部屋にいっぱいに差し込んできた。

(つまりは露草さんを治してさしあげられた暁には出ていけということですよね。一日も早い鳳の制御を前提として、お寺に戻っても妖排斥勢力から目をつけられない程度の時間を置く。鳳の扱い方を突き止めるには難航することが予想される。普通にしていてもその辺を考慮して治療をわざと遅らせるなんて真似はしなくてよさそうですね)

 余人が知れば呆れ返るであろう心中だが、これが篠ノ女空という少女の立ち直り方であり、傷つきすぎたときの対処法だ。

 高校で薫や潤を初めとする友人らを得た今でこそ感情表現豊かになった彼女だが、本来はむなしいまでに外界の事象を利害と必要性で測る少女だった。その一面は、昨夜の一件のように感情の昂ぶりや爆発があっても、それを別のドライブで処理し、篠ノ女空(ハード)の活動に支障を来すほどの悪影響を与えないようにするという応用を生んだ。
 まさに今がそれだった。篠ノ女空はすでに己の身の振り方を他者の損得で判じるに当たってためらいを持っていなかった。

(自分を冷たいと思って、痛みを感じても、今後の行動に支障が出ない辺り、極めてますね、私も)

 常の女子高生のようにふるまえない己に、くうは自嘲した。

(まずは露草さんの容体をもっと詳しく聞かせていただきましょう。どんなケガかを把握すれば、方針も立てやすくなります)





 部屋を出て塔をうろうろした末に、最初に出くわしたのは空五倍子だった。よってくうはインタビューの一番手に彼を選んだ。


「そもそも露草があのようなことになったのには込み入った事情があるのだ」
「どんな事情ですか?」

 くうと空五倍子は塔の一室で向き合っている。空五倍子は長身だ。正座して見上げるのは首が痛い。

「うむ。露草には特別親しくしていた一人の人間がいた。露草は人間を好いておらなんだが、その男にだけは何故か心を許していてな」
「お友達だったんですね」

 人と妖の垣根を超えた友情。とても新鮮な希望だった。

「そう言って差し支えなかろう。その男が去年一人の童女を拾ったのが始まりだった。その童は人には滅多にない見てくれをしていた。肌の色、髪の色、目の色を見て人間はこう言ったという。『呪われた妖の子だ』と」
「何ですかそれ! 話ですとその子、ただの異人さんでしょう!?」

 外国という認識が追いつかない開国直後の日本人には、西洋人の姿は不気味に映る。その程度のカラクリが分からないくうではない。鎖国が長かった分〝異質〟はアレルギーだ。

「確かに妖ではなかった。そうであっても男は元来、人や妖に無頓着というか……露草と共にいたせいか境界が曖昧になっていたようである。深く考えもせず手元に火種を置いて、と露草もボヤいておった」
「いい人だったんですね」
「しばらくは波風も立てずにいたが、ある日突然、その童女を巡って人間同士で争いが起きた。男が話すところによると、童女はその見目から、とある村で鬼神として村八分にされていたという」

 くうの脳裏に朽葉と犬神の話が蘇る。守り神として奉られながら、次第に鬼として忌避された、犬神の子。

「童女は村を逃げ出して男に拾われたが、それがたまたま村人に見つかって打ち据えられ、童女は連れ戻されそうになったと」
「――吐き気がしますね」

 朽葉のように、また悪意という檻に閉じ込め、凶事も天災もその童女のせいにする腹積もりだったのだろう。

「男は童女を連れて逃げた。露草はそれに同道し、男を守って村人に撃たれたと思われるのである。治療はしたが、一向に目覚めぬ」
「なるほど――」

 空五倍子は「撃たれた」と言った。銃弾のせいだろうか? 摘出できなかった銃弾が樹にとって毒になるように、露草の目覚めを妨げているとは考えられないか。
 くうの仮定が正しければ、くうがすべき治療は銃弾の摘出。

「白鳳?」
「――っあ、すいません! 考え込んじゃいました」

 弱気になるな。梵天はそのためにくうを天座に連れてきたのだ。彼が望むところに応えなければ、くうはここにいられない。

「梵はずっと露草の目覚めを待っておる」
「あのお二人、どういう関係なんですか?」

 大切な相手だから助けたいのだろうとは察せられたが、その関係性までは想像が及ばなかった。

「うむ……強いて言うなら、兄弟、であろうか?」
「似てない兄弟ですね」
「獣妖と樹妖の異種子であるゆえな。我が天座に加わるずっと前、露草は生まれた時から梵と共に在った。養い親は同じというから兄弟と呼んで差し支えないと思うのだが、ただ兄弟と括るには、今もって両名複雑な心中があるようにも見えるのである」

 兄弟同然の相手なら助けたくて当然だ。両肩に乗った責任がさらに重くなった。

 くうは指を揃えて空五倍子に頭を下げた。

「貴重なお話をありがとうございました」
「うむ。参考になったならば重畳。ところで白鳳よ、今日は何か食べたか?」
「いいえ。忘れてました」
「梵に話を聞きにいく前に、腹に何か入れたほうがよいのである。鳥妖の餌場に案内するのである」

 鳥のエサというと昆虫や魚や小動物。湧き上がりかけた食欲が失せた。

「数日前まで人の身であったおぬしに蚯蚓(ミミズ)や蜘蛛を食せとは言わぬ。果実や蜜花が群生する場である。鳳ならば竹の実であろうが竹林はこの塔から遠い。離れるのもよくないのである」
「じ、実に安心しました……っ」

 くうは両手を突いて這いつくばるようにして脱力した。

 
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