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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第四章
  覚悟と選択の行方4

 
前書き
兄妹喧嘩編。あるいは兄と弟の対話(物理含む)編
 

 


 不死の怪物である自分がいうのも皮肉な話だが……どうやら、長生きというのはしてみるものらしい。それこそ自分に対して皮肉でも言うような気分で、呻く。
 ここ最近……この器に収まり、御神光と呼ばれる様になってから、自分の身に起こった――自分を取り巻く環境に起こった奇怪な変化である。
「光お兄ちゃん!」
 六歳になったばかりの少女が、自分の背後から飛びついてくる。全く、危険な真似をしてくれる。これでも、一応包丁を握って料理している最中なのだが。
「えへへ。ごめんなさい」
 もちろん、彼女が近づいている事には気づいていた。とはいえ、自分でなければ怪我を
していただろう。指摘しながら軽く額を弾いてやると、その少女は笑って言った。
 本当に反省しているのだろうか?――少なくない不安を覚えたが……それも今さらだ。
 この少女が我儘を言ったり、こういうちょっとしたお転婆をしたりしてくるのは自分に対してだけだと言う事くらいは、分かっていた。やれやれ、他の連中にもその調子で素直に甘えればいいのに。そう思わなくはないが。
「それでね! すずかちゃんとアリサちゃんと――」
 二人きりの夕食。それでも、この少女が満面の笑みを絶やす事はない。今は色々と事情があって少女の両親や他の兄姉は不在だが……それでも、このささやかな成果を噛みしめながら、相槌を打つ。そして、夕食を終えてからしばらくして。
 家主から与えられた自分の部屋で、その少女は寝息を立てていた。
『甘やかしすぎなんじゃねえのか、相棒』
 少女の襲撃に際して、咄嗟に放り込んだベッドの隙間から這い出し、相棒――偽典リブロムがため息をつく。
『自業自得だろうが』
 一人で寝れないなら、仕方がないだろう?――言うと、リブロムはさらに深々としたため息をついた。もっとも、その言葉には一理ある。
 この少女が一人では眠れないなどと言い出した理由は、今日の夕食時にあった。
 新たに目覚めたこの『世界』はとにかく機械文明が発展している訳だが――その中に、テレビという機械がある。主な用途は情報収集。もしくは単純な娯楽か。この少女の場合は、まだ後者の割合の方が圧倒的に上だろう。少なくとも、夕食時の使い方は明らかに娯楽に傾注していた。それはいい。それはいいのだが、問題はその娯楽の内容だ。
『あんな可愛い連中の何が怖いってんだ?』
 別段皮肉を言うでもなく、ごく普通の疑問としてリブロムが言った。少女が見ていた映画なる演劇に出てきた魔物は、所詮は造り物だと言う事を差し引いたとして――確かに自分達の感覚からすれば、取るに足らない存在だった。あれなら、オークやゴブリンの群れの方が遥かに――特に人型の魔物を相手にしている時は――恐ろしい。とはいえ、それは長年化物どもと殺し合いを続けてきた自分達の感覚だ。この少女に要求するのは酷だった。
『つっても、あれはそもそも子ども用だって話じゃねえか』
 あの映画は子ども向けの『怪談』らしい。舞台は学校。出演者の――そのうち人間のほとんどが少女と同い年程度の役者だった。とはいえ、子どもを本気で怖がらせられる程度には作りこまれていた……と思う。それに、
 まず根本的に、これくらいの子どもであれば、まだ親や兄弟と寝るのは、何ら不思議ではないと思うのだが。
『大体、そのチビがその気になりゃあんな連中屁でもねえんだぜ?』
「そんな事をさせるつもりはない」
 リブロムの言葉に触発され、とある記憶が蘇ってきた。それは、この子の素質に気付いた日の事だった。
「どうしたの? 光お兄ちゃん」
 その子の『素質』に気付いたのは、ようやく六歳になったばかりの頃だった。馴染んだ感覚――だが、微妙に異なるそれは『彼女』と同じ魔力だった。質も量も、『彼女』に匹敵する。今の今まで気づかなかった事に疑問すら覚えたほどだった。
「何か怖い顔しているよ……?」
 その時、確かに自分は恐怖を覚えていた。妹にこれほどの魔力がある。その事実に。
「痛いよ。急にどうしたの?」
 恐怖に押しつぶされる様に、妹の小さな身体を抱きしめていた。強大な力は、必ずしも持ち主を守らない。むしろ、その運命を狂わせる事さえある。そんな事は、嫌というほど思い知っていた。それでも、それを承知で託してきた。その代償がこれなのだろうか。
「大丈夫だ……。大丈夫だから」
 自分に言い聞かせる。この子に『彼女』のような悲劇が訪れないように。自分達のように血濡れた道を歩まなくてもいいように。そのために自分が守ればいい。
 あの日、自分はそう誓っていた。
『まぁ、いいけどよ。だからって、あんまり甘やかせてばっかだとろくな大人にならねえぜ?』
 そんな相棒の言葉を聞きながら、眠りに落ちて――
「―――」
 気づいた時。自分は戦場に迷い込んでいた。対峙するのは、見慣れぬ魔法――いや、おそらくは『彼女』と同じ魔法を使う三人の魔女。白い魔女が、二人の魔女を迎え撃つという構図か。だが、二人同時に相手をしてなお、その白い魔女には余裕があった。二人の魔女も善戦しているが……一方的な殺戮劇に切り替わるまでそう長くはかかるまい。
「―――」
 何かを言い合っているが、聞こえない。だが、白い魔女の一撃が相手の一人を飲み込む。その時点でおおよそ決着はついていた……が、白い魔女はさらに追撃を加える。予想は正しかったという事だ。最後の一人が悲鳴を上げたように思えた。その時点で、覚悟は決まっていた。状況は全く分からないが――あとであの二人に訊けばいい。今の自分にどこまでの事が出来るかも未知数だが、それも関係ない。
 魔力を練り上げ、戦場に割って入る。白い魔女と向き合い――そこで、気づいた。
「何……ッ!?」
 その白い魔女の顔立ちは――二十歳前後の魔女の顔は、何故かあの少女に……
 ……――
『どうしたよ、相棒?』
 飛び起きてから、どうやら自分が夢を見ていたらしい事を悟った。霧散していく悪夢の残滓を、そのまま呻くようにしてリブロムに告げる。と、相棒はこう言った。
『ひょっとしたら、そりゃ予知夢ってやつかもなぁ。このまま我儘いっぱいに育てちまうとそーなるんじゃねえのか? ヒャハハハハハッ!』
 いや、まさか――そう思わなくもなかったが。だが、事実としてこの少女には魔法の才能がある。それも『彼女』と同じ魔法の才能が。だからこそ――いや、むしろ気にし過ぎなのかもしれない。この世界で普通に生きている分には目覚める可能性などほぼないと言っていいのだから。
(そうだな。気にし過ぎなのかもしれない)
 額を抱えながらため息をつく。今さらになって、自分が嫌な汗をかいているのに気づいた。服がべったりと張り付いて気持ち悪い。特に少女にしっかりと抱きつかれた胸から腹にかけてはなおさらだ。しかも何か妙に生温いような……。
『いや、ちょっと待て相棒。そりゃ……』
 リブロムを制して、頭を抱える。考えてもみれば、この少女は映画を見ている間、大量にジュースを飲んでいた。沢山叫んだせいで喉が渇いたのだろう。それはいい。だが、その後、怖くてトイレに行けないと言っていたような……。
 それから先の事は、少女――なのはの名誉のために黙っておく事にするが。
 ともあれ、それからしばらく自分はリブロムをそっちのけで育児書の類を読み漁る事になる。まさかあれが本気で予知夢だと思った訳ではないが……念には念を入れるべきだ。
 そして、それから二年ほど経って。
「も~! 何でそんな意地悪言うの?!」
 頬を膨らませるなのはをさらにからかって見せる。さすがにプイッとそっぽを向かれたが、それだけだ。ちゃんと謝って頭を撫でてやるとすぐに機嫌を直す。それは自分だけではなく、他の誰かを相手にしてもそうだという。
 清く正しく美しく。そして、何よりちょっとやそっとの事で――いや、実際のところ何が原因だったかは知りようもないが――怒りに我を忘れて火力鎮圧したりしないように強かに逞しく育てる事には取りあえず成功したらしい。もちろん、魔法使いの才能が開花したりもしていない。それで、あの悪夢が回避できたかどうかは――今はまだ分からないが……もう忘れてしまった悪夢などどうでもいい。
 妹には……不死の怪物を兄と呼ぶこの少女には、このまま魔法とは――戦いとは無縁の世界で生きていて欲しいと切に願っている。誰に願えばいいのかも分からないまま、それでもこの子の素質に気付いたあの日からずっと。




「クロノ!?」
 マンションの最上階付近から先に落ちてきたのは、息子――クロノだった。明らかに満身創痍。彼をここまで追いつめられる存在など、この世界には一人しかいない。つまり、
「光!?」
 背後から剣を突き付けてくる男性が叫ぶ。
 その叫びが示す通り、僅かに遅れて地面に降り立ったのは、黒衣を纏った魔導師。御神光だった。酷い火傷のせいだろう。全身を純白の包帯――右腕に巻かれている物とよく似ている――で覆っているが、間違いない。あの状況を生き延びていたらしい。だが、
『ヤベエぞ恭也!』
「分かってる! クソッ!」
 言うが早いか、その男――恭也は私を突き飛ばす。この場合は、むしろ私を庇うべく、と先に言うべきだろう。次の瞬間には、彼は御神光と――その姿をした『魔物』と激突していた。異形の剣と、ただの鋼の剣が幾度も激突し、火花を散らす。
「アイツとまともに斬り合うだと……?」
 のろのろと立ち上がったクロノが呻く。確かに、その二人は互いに一歩も退かずに打ち合っている。恭也という男性はただの人間であるはずなのに――その攻防は私にはとてもついていけそうになかった。それこそ、迂闊に割って入ればたちまちのうちに斬り殺されかねない。
「魔導師でもない人間があんな速さで動けるなんて……」
 ただでさえ素早い動きだと言うのに、その動作一つ一つに一切の無駄がない。無理に絞りだした不自然な速さなどではなく、技術を研ぎ澄まし練り上げ、完成させる事で生まれる自然な速さ。神速という言葉を体現するなら、まさに今この光景こそが相応しい。
『そりゃまぁ、恭也の奴にとって距離を開かれるってのは負けに直結するしな。逆に間合いさえ詰めておけば、のこのこと魔法を使わせるようなヘマもしねえだろ。常に死角に滑り込んで狙いを定めさせねえってのも悪くねえ判断だ。今の相棒相手なら特にな』
 なのはに抱えられたまま、何て事はないようにリブロムは言う。彼の体捌きを見れば、その理屈には納得だが――それを一体何人が実行できると言うのか。状況も忘れ思わず魅入ってしまうほど、二人の剣舞は完成されたものだった。まったく、この少女の家族は怪物揃いだ。
『だが、このままじゃよくねえな。これがただのチャンバラなら、相棒が恭也に勝てる訳がねえが……。この状況はマズい。今の相棒は完全に狂ってやがるから容赦がねえ。それに、いくら正気じゃねえとはいえ魔法を使っての殺し合いの経験なら、相棒の方が圧倒的に上だ。恭也がちょっとでも読み違えればそれまでだぞ』
 確かに。あの『魔物』とほぼ互角に渡り合える実力は素直に絶賛に値する――が、当然と言うべきか、魔導師との戦闘経験はほとんどないらしい。未知の力を相手にしなければならない恭也の方が圧倒的に不利なのは疑いない。今の時点でも明らかに攻め手に欠いており、このままの状態が続けばいずれ押し切られるのは目に見えていた。
『つーわけで、チビ、ユーノ。ちと手を貸せ。まずは相棒を正気に戻すぞ』
「うん!」
「もちろんですよ!」
 言うが早いか、リブロム達は何かしらの作戦会議を始める。私達は明らかに戦力として数えられていない。今までの私達の関係からすれば仕方がない事だが――やるせない思いまでは誤魔化せそうになかった。とはいえ、あれだけの巧者同士の戦闘に割って入る以上、連携の取れない援護はむしろ逆効果にしかならない。口惜しいが……これ以上彼女達の信用を失うような真似は出来なかった。
『…――って方法だ。途中で動きが鈍るから、割と危険だが……何、よほどのヘマをしな
い限り死にはしねえ。行くぞ、ユーノ』
「はい!」
 緊張を宿したユーノが頷く。それを見届けてから、リブロムは続けて叫ぶ。
『恭也! お前はあんまり派手に動かないようになるべく足止めしとけよ!』
「簡単に言ってくれる……ッ!」
 戟音に混ざって恭也が毒づくのが聞こえた――が、彼はそれを承諾したらしい。二人の戦闘は今まで以上に緻密な、それでいて苛烈なものとなった。つまり、その場に足を止めての真正面からの斬り合いだ。近接戦闘の心得において私は彼らには到底及ばないが、それでも、戦術の幅を狭められた方が不利になるくらいの事は分かる。事実、恭也が目に見えて押され始めた。が、それより早く、なのはの近くで薄緑色の光の柱が立ち上った。おそらくはリブロムの魔法。そのリブロムを何故かバインドで背中に括りつけたユーノが走り抜けると、そのあとを追うように赤い光の鎖が生じた。そのまましばらく走った先で、同じ光の柱が立ち上る。そして、
『さぁ、ユーノ。腹括れよ!』
「分かってます!」
 二つの光を頂点に三角形を描くように走る赤い鎖。その最後の頂点を決める場所まで、リブロムを抱えたユーノが一気に走りだす。そして、恭也達の間合いに入ると同時フェレットへと変身、彼らの足元を掠める様に駆け抜け――そして、リブロムが叫んだ。
『恭也、跳べ!』
 それに従い、恭也が後ろに――光の鎖で描かれた三角形から離脱するように跳ぶ。同時、最後の光の柱が立ち上がった。赤い三角形が世界を切り取り――深い翡翠色の輝きへと転じながら、その効果を発揮した。
「一体何が……ッ!?」
 恭也に追撃をかけようとした光の動きが目に見えて鈍くなる。彼だけではない。二人の斬撃で削り取られた地面の破片までがゆっくりと落下する。まるでスローモーションのような――その場だけ時間の流れが停滞してしまったような奇妙な光景だった。
「光お兄ちゃん、ごめんなさい!」
 四つの魔法陣を従えたデバイスを構え、なのはが叫ぶ。
「レイジングハート!」
『Divine Buster』
 放たれたのは砲撃魔法。相変わらず見事な威力を秘めている。一方の御神光は――その姿をした『魔物』は、ようやく拘束魔法から抜けだしたところだった。
「そんな……ッ!?」
 にもかかわらず。その怪物はその一撃を巨大な氷の盾で防ぎきって見せた。もちろん、なのは自身に少なからぬ躊躇いがあったのは間違いない。だが、だからと言ってそんなに簡単に防げるような一撃ではなかったはずだ。
「マズい!」
 弾かれたようにクロノが叫ぶ。その通りだった。恭也はすでに動き出しているが、それでも御神光からまだ離れている。剣が届くほどまで間合いを詰めるまでには一瞬以上の時間が必要だろう。ユーノもリブロムもなのはの傍にはいない。御神光と高町なのはは、今一対一で向かい合っている。そのうえで。
 御神光はまだ『魔物』に囚われている。そのままでは、最悪の悲劇が起こる。それを予感して――無謀を承知で、クロノと共に動き出す。
『よっしゃあ! 頂き!』
 しかし、それより早くリブロムが――それを背負ったユーノが御神光に魔力を纏って突撃した。彼が正気であれば、こんな奇襲は通じなかっただろう。だが、完全に極上の獲物――つまり、なのはと恭也に意識を集中していたその怪物……本質として衝動のままに暴れるだけしかできない、その『魔物』では対応できなかった。
『いい加減正気に戻りやがれ。この大バカ野郎!』
 直撃の瞬間。リブロムが叫ぶのが聞こえ――御神光の姿をした怪物は地面を転がっていく。しばらく地面を転がってから、ゆっくりと起き上がった。
「誰がバカ野郎だ、誰が」
 額を抑え、頭を振ってから御神光が――御神光自身が呻く。
「大体、そう思うならなのはくらいは守ってくれても良かったんじゃないか?」
 軽く腕を組み、自分の相棒を睨みつける。今の彼は、明らかに正気だった。最悪の悲劇――御神光自身の手で高町なのはが殺害されると言う最悪の結末は、ひとまず回避できたらしい。そのうえで、ようやく彼と対話ができる可能性が見えてきた。
『それこそバカ言うな。オレは出来る限りの事はしてきたつもりだぜ?』
 ユーノの背中から解放されたリブロムが中空にゆっくりと浮かびながら笑う。
「なら、何でこの状況でなのはがここにいる?」
 御神光は高町なのはには危害を加えない。どんな形であれ、彼女を解するなら御神光と平和裏に対話ができる。
『手に負えなかったんだよ。どっかのバカが甘やかせるだけ甘やかして育てたせいで我儘ばっかり言いやがる』
 対話さえできるなら、まだ分かりあえる。それが出来るだけの情報を集めてきたつもりだった。もちろん、全てを見通した訳ではない。だが、彼と対話に臨めるだけの準備はしてきたはずだ。
「そうか……」
 御神光が静かに腕を下ろした。たったそれだけの仕草に、背筋が強張った。長年の経験が警鐘を鳴らす。それは、攻撃のための仕草だった。
「確かに、甘やかせすぎたかもな」
 純白に輝く右腕の包帯。その微かな魔力を喰い破るように、深淵のような魔力が滲みだしてくる。さらなる封印を解くように、その手がゆっくりと開かれた。
「なのは」
 静かな声で、妹の名前を呼ぶ。だが、その静けさは嵐の予兆だ。
「そのデバイスを渡せ」
「……渡したら、どうするの?」
 耳鳴りのように風が蠢く。ただの風だ。だが、それは獣の唸り声のようにも聞こえた。
「破壊する。お前をこれ以上魔法に関わらせる気はない。……もっと早くそうするべきだったよ。今ならそう思う」
「嫌だって言ったら?」
 闇の密度が増した。そんな錯覚を覚えた。――いや、錯覚ではないだろう。彼の右腕から立ち上る魔力はその密度を増している。
「力づくでも破壊する。お前がそれがなくても魔法を使えるようになってしまう前にな」
 彼は本気だった。その結果、妹に怨まれたとしても、もう彼は躊躇わない。
「私は魔法使いになりたい訳じゃない。でも、今はこの力が必要なの」
 なのはがデバイスを構えた。彼女も退かないだろう。
「私だって光お兄ちゃんの力になりたい。あの子達を助けたい。そのために必要なの」
 御神光は、高町なのはにだけは危害を加えない。その前提が崩れる音を確かに聞いた。
『つーわけだ。だからよ、相棒。こうしようぜ?』
 両者の激突が始まってしまう前に、その魔術書が言った。
『そのチビから一発くらったらオマエの負けだ。大人しく連れてってやれ。つーか、今のオマエにでも一発カマせるなら、そこの黒いガキよりは役に立つだろう?』
 にやりとして、リブロムが続ける。
『それとも、オレの相棒はこんなガキに一撃くらっちまうような奴だったか?』
 フン――と、彼は不満そうに鼻を鳴らす。それが合図だった。肯定したのか否定したのかも分からないまま、ついに両者が動き出す。
「待って! 二人とも――」
 私達の――あるいはもう一人の兄の横やりを嫌ったのか、光は思い切りなのはを上空に斬り上げる。幸いその一撃が直撃したのはデバイスだったらしい。それでも、激しい火花と共になのはの身体が宙に舞った。彼女はそのまま上空へと舞い上がり――御神光もまた背中の翼で空へと舞い上がる。たちまちの間に空中戦が始まった。
「おっと。邪魔をしてやって欲しくないな」
 仲裁に入ろうとして――再び首筋に剣が突き付けられた。想定外にも程がある。
「待って。なのはさんでは彼に勝てないわ! 早く止めないと――!」
「そんな事は分かっていますよ。いえ、なのはの魔法の才能がどれほどのものかは俺には分かりませんが……例えどれほどの才能であっても、『魔法使い』御神光はそんな言葉一つで勝ちを拾わせてくれるような軟な相手じゃない。そんな事は俺にも充分にね」
 今のなのはではまず勝てないだろう――あの二人の兄は、そう言って肩をすくめた。その声からはすでに険が取れているが、それでも油断はない。無理には動けなかった。クロノも同じだろう。何せ、彼は私やクロノよりも確実に早く動けるのだから。
「ただ。今回はリブロムが悪巧みを成功させたので」
『酷い言われようだな。オレはオレなりに気を使ったんだぜ?』
 いつの間にか恭也の足元に来ていたリブロムが笑った。
「まともに殺し合えば――そうでなくても戦闘になれば、なのはは光に勝てない。ですが、あの条件ならあるいは、ね」
 お前も酷い条件を出したな――空を見上げてから、リブロムに視線を下ろして彼は小さ
く笑ってみせた。
「あの条件……?」
『相棒はあのビー玉……つーか金色の鈍器を破壊するのが目的だ。ハナっからあのチビに傷の一つだってつけようとは思ってねえよ。しかも、ちょっと煽ってやったからな。一発でもくらえば負けを認めるだろうさ。ああ見えて意外とそういうの気にするしな』
 にやにやとリブロムが続ける。
『相手は才能の怪物。狙える場所はあの棒っきれ一本。間違ったってそれ以外のところにゃ当てられない。しかも向こうからは一発くらったら終わり。禁術の代償と衝動に任せて暴れまくったせいで消耗した身体でどこまでできるかな? ヒャハハハハッ!』
「まぁ、そういうことです。これだけお膳立てが揃っていれば、あるいは……」
 そこまで言って、彼は苦笑したらしい。そして、鋭い声で言った。
「もっとも、ここでなのはが負けてくれるならそれはそれで安心できる」
 ツッ――と、視線が鋭くなる。魔法が使えなくなれば、私達の関心もなくなるだろう。言外にそう告げられたといったところか。分かっていたが、随分と嫌われているものだ。
『ところで、実際のところ気分はどうよ?』
「良い訳あるか」
 冷やかすようなリブロムの言葉に、彼らの兄は半眼で吐き捨てる。そして、
「だが、仕方がない。何せ初めての兄妹喧嘩だしな。しばらくは見守ってやるさ」
 深々とした、心からのため息と共に呻いた。




 分かっていたことだけれど。それでも、改めて思い知らされた。
(やっぱり強い……っ!)
 光は、あの子よりももっと強い。手加減されているのは分かるのに、守ることしかできない。いや、違う。これは守っている訳ですらない。
(ダメ、このままじゃ……)
 光の狙いはレイジングハートの破壊だった。そして、その一撃一撃によって確実に少しずつ削り取られていく。このままではいけない。
(このままじゃ、本当にレイジングハートが壊されちゃう!)
 ほとんど自分に当てるようなつもりで無理やりにディバインシューターを発動させ、強引に間合いを開く。思ったよりもあっさりと光は距離を取らせてくれた。
「基本は出来ているな。リブロムに教わったか?」
「少しだけね。でも、これならユーノ君の言うように基礎じゃなくて攻撃魔法を教わっておけばよかったよ」
 ユーノは基礎を飛ばして火力の底上げを提案したけれど、リブロムに一蹴された(というか、割と容赦なく魔法で吹っ飛ばされていた)。
「あのネズミ、つくづくろくな事をしねえな。基礎を飛ばしてどうする。……まぁ、俺が言うのもなんだが」
 リブロムと同じ事を言う。思わず笑ってしまった。
「まぁいい。魔導師の戦い方を見せてやる。あくまでも真似だけどな」
 そう言って光は、恭也達と同じ小太刀二刀流ではなく別の武器へと持ちかえた。それは、植物をより合わせたような奇妙な剣だった。木刀ではない。本当にその辺の草木をより合わせて作れそうな代物だった。けれど、
「見た目に騙されると痛い目にあうぞ?」
 切れ味は変わらないらしい。一気に距離を詰められ、強烈な一撃を貰ってしまった。ただ、その反動には逆らわず後ろに飛ぶ。私の戦い方には距離が必要になる。というより、
距離を詰めたところで勝ち目があるとはとても思えない。それなら、いちかばちか砲撃魔法に賭けてみるべきだろう。そう思ったのだけれど、
「逃がすと思ったか?」
 視界の外れから何かが襲いかかってきた。あの植物のような剣の切っ先。刀身が伸び、まるで鞭のように、あるいは蛇のように自由自在に蠢いていた。蠢く刃の蛇がさらにレイジングハートを咬み千切っていく。
「穿て」
 さらに、炎の槍がいくつも行く手を阻む。だけど、それならまだ掻い潜れる。
(えっ!?)
 掻い潜った訳でない。むしろ、光に誘導されただけだったらしい。逃げた先には、すでに異形の拳を構えた光が待ち構えていた。
「上手く受けろよ?」
 慌ててシールドを展開した直後、その拳が振るわれた。容赦のない衝撃に耐えきれずシールドが――レイジングハートが軋み悲鳴を上げる。さらに、私自身の身体が吹き飛ばされるのが分かった。だが、それだけでは終わらない。
「ぶち抜け」
 巨大な岩の斧――いや、鎚が振り下ろされる。ひび割れたシールドではもう耐えきれなかった。完全に砕けただけではなく、ついにレイジングハートそのものにもひびが入る。
「ごめん、レイジングハート!」
≪No Problem≫
 上空で何とか踏み止まってから、短く告げる。大切な相棒は気丈にも問題ないと答えてくれたが――だが、分かる。もう一発同じ攻撃を受けたら、今度は耐えられない。
 もう追いつめられていた。こんなにも簡単に。逆転の方法も思いつかないまま。
(本当に、こんなので終わりなの?)
 焦りに手が震える。こんなところでは終われない。そう思えば思うほどに。でも、
(本当に終わりなの?)
 違和感がある。こんなところじゃ終わらない。そう叱咤する自分がいた。その叫びの正体。それこそが逆転の方法のはずだった。でも、それは一体――?
≪Master!≫
 レイジングハートが鋭い叱咤の声を上げる。それに弾かれ、反射的にレイジングハートを振り回した。意図や考えがあった行動ではなかったが、意味はあったらしい。青白い何かが後を追って煌めく。光の右腕を中心に渦巻く冷気が生み出す氷の狼。それが獲物を捕え損ねて悔しそうに唸なった気がした。ともかく、近づかれたらどうにもならない。慌てて後ろに向かって飛ぶ。
「悪いが遊びは終わりだ。そのデバイス、破壊させてもらう」
 そのあとを追って届いたのは、冷厳な宣告。魔法使いは目的を達成するためには手段を選ばない。リブロムの言葉が蘇った。……目的?
(光お兄ちゃんの目的は何?)
 決っている。レイジングハートの破壊だ。いや、違う。それは手段に過ぎない。それなら、本当の――本当に目的と言えるものは何か。
(それは、私を魔法使いにしないこと……)
 それは何故?――そんな事は決っている。私を守るためだ。あれだけの攻撃を受けてなお、私自身は傷一つ負っていない。つまり、それが光の目的。それなら、
(負けないんだから!)
 負けられない。そのためには、手段を選んでいられない。覚悟を決めて、上空へと一気に加速する。なるべく高く。光の追撃がくるまで、時間が許す限りの高さまで。
「逃がすと思ったか?」
 翼を広げた光が――赤い閃光が迫る。
(ごめん! もう一度だけ耐えて!)
 二刀流に戻った光の小太刀を、レイジングハートで受け止める。亀裂が大きくなったが、それでも何とか耐えきった。その反動さえ利用して、上空へとさらに加速する。必要なのは高さだった。光が体勢を立て直すまでのほんの僅かな時間で、超高層マンションの屋上を遥かに見下ろす高さまで辿り着く。
「行くよ……ッ!」
 その作戦に、今さら恐怖を覚えた。けれど、それを飲み込む。大丈夫だ。
 そして、運命の瞬間を迎えた。




「あの高さだと、さすがにもう見えないな……」
『だな。だが、あの様子なら気づいたかもな?』
「ああ。そのようだ」
 空を見上げ、高町なのは達の兄と、御神光の相棒がそんな事を言った。
「一体何を言っている?」
 私は相変わらず首に剣を突きつけられたままだった。彼に危害を加える気があるとも思えないが、形だけなら相変わらず人質のままだ。それが、息子――クロノが不機嫌な理由の一つだろう。
『あのチビが相棒に勝つ手段さ。千載一遇の勝機だが……あの様子なら嗅ぎ分けたらしい
な。さすがはオマエらと同じ血が流れてるって事か。ヒャハハハハハ!』
 そのクロノの肩の傷――かなりの深手のようだったが――を塞いで見せたリブロムが気楽な様子で笑う。
「不思議と素直に喜べないな」
 彼はため息をついてから、しみじみと言った。
「だが、これでおそらく光の負けだな。美由紀に先を越される可能性は考えていたが、まさかなのはに先を越されるとは思ってなかった……いや、そうでもないか」
 その声には、明らかな確信があった。つまり、希望的観測でも何でもなく、ただ純粋な
事実として、彼はそう言ったに違いない。だが、それは一体何故?
「高町なのはが、御神光に勝てるだと? 何故そう思う?」
 同じ疑問を抱いたのだろう。クロノが問いかける。対して、あの子達の兄はあっさりと肩をすくめて言った。
「なのはは御神光には勝てないよ。だが、『高町光』がなのはに勝てる訳ないんだ。それは昔から……あいつが家族になった時から今も変わらない」
『ま、そういうことだ。それに気付いてねえのは本人だけだろうな』
 彼らの言わんとしている事を理解できた訳ではない。だが、どうやら決着がついたらしい。彼らの言い分が正しいのか否かが示された訳だ。それも、私達の目の前で。




 翼を広げた光が迫ってくる。もう、距離を狭められる訳にはいかなかった。これ以上の攻撃はレイジングハートが耐えられない。
(でも、魔法の撃ち合いで私が光お兄ちゃんに勝てる訳がない)
 私は所詮素人で、光は間違いなく専門家だ。そもそも最初の夜にリブロムが言っていたことだった。光は最も力を持った魔法使いの一人だと。だから、まともに戦ったところで勝ち目なんて最初からない。
(だから、リブロム君はあんな事を言ったんだ……)
 私を助けてくれた。私が私の我儘を叶えるための、たった一つだけのチャンスをくれた。それを無駄にはできない。だから、
「ええいっ!」
 私は覚悟を決めて、一気に下に向かって加速する。そして、その途中でレイジングハートを大きく放り投げた。もちろん、バリアジャケットも解除してある。魔法の杖を手放し
た私は、もうそれだけで魔法使いではなくなった。
 つまり、ただの人間である私に空を飛べる訳がないのだ。
「なっ!?」
 重力に引かれるまま地面に向かって落下する。最初の加速と併せれば相当な早さで地面が迫ってくる。そうでなくても、この高さから地面に叩きつけられてしまえば、絶対に助からない。そんな事は分かっていた。ごうごうと耳の中で谺する風の音よりも、不思議と光が絶句する声がはっきりと聞こえた。
「クソッ!」
 光とすれ違うのは一瞬だった。あっという間に、光の姿が遥か上空に取り残される。毒づきながら光が追いかけてくるのが分かった。超高層マンションが流れる様に上に伸びていく。そんな風に見えた。その速さに気絶してしまいそうになる。だけど、ここで気絶してしまえば全てが水の泡だ。必死になって意識を保ち続ける。
「間に合えッ!」
 一切の魔法の力がない――何の守りもない私に寄りそうように、少しずつスピードを調整した光が私の身体を抱きとめる。それと同時、急激な減速。多分、その時点でもう一〇階分もなかったと思う。それでも、激突よりは遥かに優しく、光は地面に降り立った。
「何を考えて――ッ!」
 地面に降り立つと同時、光が怒鳴る――けど、それより先に私は動いていた。許す限りに身体を捻って、その頬を叩く。
 ぱぁん!――と、自分でもびっくりするような音が響いた。それと同時、涙があふれてくる。縋りつくように、その首に手を回す。
 光の身体からは嗅ぎなれない、鉄のような匂いがした。多分、血の匂いなのだろう。分かっていた事だけれど、あの火傷は治っていない。こんなになっても、一人で戦おうとするなんて。もっと頼ってくれればいいのに。頼って欲しいのに。助けたいのに。何度も叫ぶが、嗚咽にまぎれて言葉にならない。
『良い音したなぁ、相棒。オマエの負けだぜ?』
「……リブロム、恭也。あの戦法は、お前達の入れ知恵か?」
 努めて感情が抑えられた声。本気で光が怒っているのが分かった。背中にまわされた右腕から、再び魔力が滲みだすのを感じる。
『バカ言うなって。オレ達がそんな酷い事するわけねえだろ? なぁ、恭也』
「ああ、リブロムの言う通りだ。というより、あんな物騒な戦い方はむしろお前の方が専門だろう?」
 リブロムの白々しいため息と恭也の心からのため息に、光は苛立ちを隠しもせずに舌打ちをした。
「俺がやるのと、なのはがやるのとじゃ意味合いが全く違う。そんな事は分かっているだろう?」
『ンな事そのチビが知ってる訳ねえだろ?』
「そうだぞ。俺もリブロムもそこまではまだ話していない。それ以前に、俺としてもお前のそういう部分だけは真似て欲しくなかったんだが……」
 どうやらまだ私が知らない事があるらしい。力いっぱい泣いたせいか、風邪をひいた時のようにぼんやりとする頭でそんな事を思う。訊かなければいけないと思うのだけど、何故だか言葉がうまくまとまらない。喉がまだ引き攣っていて言葉そのものが上手く出せないというのも理由の一つかもしれないけれど。
「それで、雁首揃えて何の用だ?」
 私の背中をさすりながら、光が言った。多分、私にも訊いているのだろう。今すぐに返事はできそうになかったけれど。
「俺の用事は二つだ。まずは状況を説明してほしい」
「状況、ねぇ……」
 恭也の言葉に、光がふむと唸った。
「なのはがここにいる以上、ジュエルシードの存在は知っているだろう?」
「ああ。何でも願いを叶える魔法の石の事だろう。だが、暴走の危険もある。だから、お前はそれを防ぐために、回収している。そこはいいさ。お前らしいからな」
 恭也が肩を竦めて見せると、光は何となく不満そうに鼻を鳴らした。
「問題は、あの金髪の子だよ。お前はユーノのような魔法使いを警戒していた……いや、排除したがっていた。その理由くらいは分かっているつもりだ。だが、それなら何故あの子に協力する?」
「そりゃ、単独で突撃して無様にも返り討ちにあった挙句、無関係の一般人まで巻き込んだどこぞのネズミ野郎より、自力で解決できそうなあの子達の方がいくらかマシだと思わないか?」
 どこかで聞いたような言葉と共に、光が肩を竦めた。
「あの子の方が利用価値があるから?」
 フン、と恭也が面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「嘘だな。お前がそんな理由だけであの子と行動を共にする訳がない。その程度の事は俺にだって分かる」
「そっちがどう思うかは勝手だが……それは買いかぶりすぎだな。俺は正義のための人殺しだぜ?」
「ああ。確かに必要とあれば人だって殺せるんだろう。だが、お前は殺人狂じゃない。ただのお人よしのバカ野郎にすぎない。殺さなければならないなら、そこには必ず相応の理由がある。その理由は何だ?」
 わざと苛立たせるような光の言葉など全く気にも止めず、恭也は言葉を続ける。
「相応の理由があれば良いってものじゃあないだろうが……まぁ、いいさ。殺戮衝動を抑えるためだよ。こんなところで魔物に堕ちる訳にはいかないからな。利用できるなら何だって利用するさ」
 それは嘘だと思う。それなら、何でジュエルシードを使ってみないのか。何となく……漠然とした予感だけれど、光ならきっと使えるはずなのに。
 そして。恭也は光の言葉など全く気にも止めず、告げた。
「あの子を孤独に追いやっている原因。それが、その衝動が目覚めた理由だ。違うか?」
「…………」
 言葉の上では問いかけだった。けれど、それは間違いなく断言だった。それは他ならぬ光こそが分かっている事だろう。舌打ちと共に沈黙する。
「プレシア・テスタロッサ」
 これ以上の抵抗は無駄だ――そう悟ったらしい光は短く告げた。
「あの娘の母親だよ。もっとも、『母親』という呼び方が適切かどうかは知らないがな」
 驚いたのは、リンディ達だけだったように思う。恭也は――少なくとも表面上は――冷静さを保ったまま続ける。
「他の呼び方をするなら?」
「確証がある訳じゃあないから迂闊な事は言えない。だから、聞かなかった事にして欲しいんだが……」
 私を下ろしつつ、そんな前置きをしてから光も――少なくとも表面上は――軽薄さを見せて言った。
「製造者ってところかな」
 どこでも聞ける言葉のはずなのに、今は嫌な響きだった。もっとも、それも当然だ。まるであの子を物扱いするような言いようだった。
「製造者? どういう意味だ?」
 今度こそリンディ達は本当に言葉を失ったらしい。大きく目を見開いて、光を見つめている。そんな中で、恭也が問いかけた。しかし、
「さぁな。確証がある訳じゃないって言っただろう」
 はぐらかしたのか。それとも本当なのか。その言葉だけでは判断はできそうにない。
「まぁ、いいだろう。それで、この人達は?」
 恭也は判断できたのか。それともできなかったのか。ともかく、兄はリンディ達を示して言った。
「知るか。特に興味もない」
 光の返答は簡潔だったし、かなり酷いものだった。もっとも、光らしいと言えば光らしい答えでもあるのだけれど。
「知るかってお前な……」
 頭痛でもこらえるような顔で、恭也が呻く。リンディ達もさらに絶句したようだ。
「確かにいちいち癇に障る事はするし、ちょっかい出してきて煩わしい。かと言って殺し合いになれば勝ち抜けられるかは分からない。しかも、そいつらを皆殺しにしたところで何が解決する訳でもないからな。少なくとも現時点では倒すべき敵じゃあない。強いて言うなら状況の一つってところか。利用はできそうにないが、排除するのも簡単じゃないから放置するしかないってのが現状だな」
「現時点では?」
「そいつらとどうしても殺し合わなけりゃならなくなるとすれば、あの子達を救った後だろ。難癖つけて折角の大団円に水を差そうとするなら――もしくはなのはを開放しないって言うならその時は仕方がない。とことん殺し合うしかないな」
「仕方がないってお前な……」
 あっさりと言い切った光に、恭也は深々としたため息と共に呻く。頭痛は治まるどころか余計悪化したらしい。そして、強引に話題を替えた。
「それで、その殺戮衝動とやらは鎮静化させられそうか?」
 その問いかけに、思わず身体が強張った。だが、恭也は苦笑して言いなおした。
「いや、あの子は救えそうか?」
 その問いかけに、光はにやりと笑って見せた。包帯の上からでも分かる。それは、いつもの光の笑みだった。
「世界が終わるまでには間に合わせるさ」
「そうか。それなら、帰ってくるのを家で待ってる」
 恭也もまたにやりとして。そのまま、光に道を譲るように横へ退いた。光はリブロムを拾い上げ、歩き出す。背中越しだったので良く見えなかったが、どこかのページを開いて何かをしたようだった。そのまま、光は包帯をむしり取る。
「待って!」
 あまりの行動に、思わず我に返った。どういう意味でその言葉を発したのか、自分でもよく分からないまま。それでも慌ててその背中に呼びかける。
「何してるんだ、なのは。さっさと行くぞ」
 振り返った光には、もう火傷の跡は見られなかった。どんな魔法を使ったのか、あの酷い火傷が完全に治っている。
「力を貸してくれるんだろ?」
 その瞬間。何を言われたのか理解が及ばなかった。心の中で、その言葉を噛みしめる。噛みしめて、ようやく理解できた。
「うん!」
 力いっぱいに頷いてから、
「行こう、レイジングハート!」
≪Yes Master≫
 空から舞い降りてきた赤い宝玉を握りしめて走り出す。もう迷いなんて何もなかった。
これでようやく、光やあの子の力になれるのだから。




「それで、あなた達はこれからどうするつもりですか?」
 御神光と高町なのはを見送ってから、彼らの兄は私達に訊いてきた。それで我に返る。 もっとも、気のきいた返事など返せそうになかったが。
(状況の一つ、か……。確かに、彼にとってはそうだったんでしょうね)
 プレシア・テスタロッサ。そして『製造者』という言葉。御神光はあの少女の『出自』に関してかなり深いところまで理解している。その上で彼女を救おうとしている。それなら、確かに『妨害』ばかりしてくる私達をいちいち気にする必要などどこにもない。所詮は状況……リスクの一つに過ぎないだろう。……本人も言った通り、今の時点では。
 おそらくは助けを必要としている少女に危害を加え、無関係の妹を巻き込む。しかし、争ったところで得るものなどない。確かにリスク以外の何ものでもないか。せめてそこで交渉という選択肢を挙げてくれていれば――
(いいえ、それも無理でしょうね)
 第一印象の悪さを差し引いたとして。私達が交渉に足りると判断させるだけの要因はなかったはずだ。窓口になのはを選んだのも今となっては失敗だったと言わざるを得ない。彼の目的を考えれば、私達との交渉そのものに意味を感じていなかっただろう。彼が求めているのは、あの金髪の少女達の平穏な未来。私達と交渉したところで、それを得る事ができるかと問われれば……否定するより他にない。海上での一件までは捕縛すべき存在としか考えていなかった。今も職務に忠実であろうとするなら、それは変わらない。彼はそれを理解しているだろう。
(本当に徹底してるわね)
 実際に彼が置かれた状況でそこまで割り切れるかと言われれば、私には無理だろう。それに、彼は別に自暴自棄になっている訳ではない。状況を把握して、己の不利を理解して。それでも『彼女を救うため』の選択を選んだだけだ。それなら、
「そちらにも事情があるのだろうが……もしもあの二人の邪魔をするというなら、仕方がない。ここで足止めさせてもらう」
 二人の兄――恭也と呼ばれた男性の視線に再び鋭さが宿る。身構えるクロノを制止して、問いかけた。
「彼の力になるとしたら、私も一騎討ちを挑まなければならないのかしら?」
「別にアイツは戦闘狂という訳ではないのですが……」
 警戒は解かないまま――それでも呆れたように、彼は肩をすくめた。
「もしも本当にその気があるなら、その覚悟をぶつけてみればいいと思いますよ。例え違う手段でも、なのはと同じようにね」
 なるほど。それは挑みがいがある。
「もう一つだけ教えていただけるかしら?」
「俺に答えられる事なら」
「光君は無謀な人間かしら?」
「いいえ。言動はあんな調子ですが、慎重すぎるくらいですよ。なのはが関わっている今は特にね。もっとも、今はそのせいであちこちに手を伸ばしすぎて自滅寸前なので、あまり褒められたものではありませんが」
 まったく、あいつはもっと人を頼る事を覚えるべきだ――と、彼は小さく呻いた。
 それは確かに。とはいえ、彼がその決断をしがたい状況だったのは間違いない。その原因の一端は私達にある。とはいえ、今さらどうこう言っても始まらない。目的のずれやこれまでの経験、出会ったタイミング。すれ違った理由はいくらでもある。それは仕方がない。大きく言えば、お互いに不運だっただけだ。そう言ってしまうにはあまりに大きな痛みをお互いに残したとしても。
(それでも、あの娘にとっては幸運だったんじゃないかしら?)
 金髪の少女。彼女にとって、御神光と言う協力者を得る事が出来た事はきっと幸運だったに違いない。今まであの金髪の少女がどんな人生を歩んでいたかは分からない。けれど、彼女がようやく掴んだであろうその幸運を私達が踏みにじる訳にはいかない。
(さぁ、いい加減認めましょうか)
 ロストロギアと言う巨大な――分かりやすい危険にばかり目を奪われていた。それを無断で集めようとしている彼女達は危険だ。そこで思考を止めてしまっていた。そのせいでお互いに無駄な争いに時間を費やす事になった。けれど、それもここまでだ。
(ロストロギアの暴走だけが悲劇ではない。考えてもみれば当然の事よね)
 ジュエルシードを取り除くだけでは、この一件は本当の意味で解決しない。あの少女を救い出して初めて解決を見るのだ。それが分かった。これ以上、もう迷う事は何もない。
「ありがとう。参考になったわ」
 彼に礼を言ってから、私は歩き出した。恭也は、それに対して何も言わない。遮るような事もなかった。その彼にもう一度一礼してすれ違う。
 やるべき事は決まっていた。私とて自分の仕事には誇りがあるし、それに殉ずる覚悟もある。だが、彼に問われているのはそれよりもさらに根本的なものだ。何故、私はそれに殉ずるのか。何故そんな生き方をするのか、だ。それを示せと言うのなら――
「やってやるわよ」
 たかが状況にも、意地があるのだと教えてやる。

 
 

 
後書き
冒頭部分の夢云々辺りは色んな意味で笑って流して下さい。
と言う訳で、高町家の兄妹喧嘩にはひとまずの決着がつきました。ついでに、禁術の代償も修復が済み、残る問題はハラオウン家の選択と、テスタロッサ家の家庭の事情です。が、……さて、どうなることやら。リンディさんはもう大分腹を括っているので、ハラオウン家との決着は近いかも知れませんね。さて、どんな形で決着をつけましょうか。

それでは、また来週更新できる事を祈って。


2014年11月23日:一部修正 
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