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第一章

                駅
 今私は駅にいる、もう全てが終わった。
 夜の駅は寂しく寒い、厚いコートを着て手袋をしていても。
 寒い、吐く息は白く誰もいない駅の中を白く照らす灯りに照らされている。
 誰もいない駅のホームにだった、ここで。
 誰か来た、見れば制服姿の駅員さんだ。五十位の年齢を感じさせる顔立ちの駅員さんが私のところに来て声をかけてきた。
「待合室に入られないんですか?」
「はい」
 特にだと、私は駅員さんに答えた。
「そういう気分でなくて」
「そうなんですか、寒いのに」
「今はこうしていたくて」
 こうしてホームで立っていたいとだ、私は答えた。
「それでなんです」
「そうですか、ならいいですけれど」
「これからこの街を出て」
 後ろにあるこれまで住んでいた街を振り返らないでの言葉だ。
「他の場所に行きます」
「お引越しですか」
「荷物はもう送りました」
 新しい部屋にだ、後は私自身が行くだけだ。
「ですから」
「そうですか、行かれて」
「はい、もうこの街には戻りません」
「お仕事ですか?」
「仕事はそこで」
 新しい部屋のあるその街でだとだ、私はまた駅員さんに答えた。
「見付けて」
「それでなんですか」
「はい、そこで暮らします」
「そうですか、次のお仕事も見付けてるんですか」
「就職が決まっています」
 もっと言えば転職である。
「ですからもうこの街には戻らないです」
「二度とですか」
「はい、二度と」 
 私はこの時も振り返らなかった。
「そうします」
「そうですか、何か寂しいですね」
「寂しいとは」
「街から誰かいなくなることはやっぱり寂しいですよ」
 駅員さんは少し苦笑いになって私にこう言ってきた。
「それだけで」
「一人いなくなるだけですが」
「一人でもですよ」
 それでもだというのだ。
「やっぱり誰かいなくなることは寂しいですよ」
「ですが私の前にもう」
「もう?」
「一人いなくなっています」
 ここで彼のことを言った、これまでずっと一緒にいた彼は別に好きな人が出来て私の前から姿を消した。この街を後にした。
 そして私も彼と過ごした時を忘れる為に街を出ることにした、それも遥か遠い場所で今とは全く違う仕事を見付けて。
 そのうえで街を後にする、もう二度と戻るつもりはない。
 だからだ、駅員さんにもこう言ったのだ。
「それでもですか」
「はい、同じです」
「誰かがいなくなることはですか」
「寂しいものですよ」
「では私が列車に乗ったら」
「お別れですね」
「そうですね、一生の」
 私もこのことはよくわかった、この駅員さんと会ったのははじめてだ。この駅はいつも出勤で使っていたので何度かすれ違ったり姿を見たことはある筈だ。だがこうして言葉を交えさせるのは明らかにはじめてだ。
 そのはじめての出会いはもうすぐ終わる、私はこのことを感じながらそのうえで駅員さんに言葉を返した。
「それで」
「そうですね、だから余計に寂しいです」
「そう言ってくれますか」
「どうも寂しがりやでして」
 駅員さんはここでも苦笑いになって私に言った。
「誰か一人でもいなくなりますと」
「寂しいのですね」
「そうです、では新しい街でも」
「そこでもですね」
「楽しく過ごされて下さいね」
「そうしたいですね」
 私は駅員さんのその顔を見て微笑んで答えた。 
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