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バカとテストと白銀(ぎん)の姫君

作者:相模
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第一章 小問集合(order a la carte)
  第5.5話 二人の翳

試召戦争の結果で騒がしかった学校も生徒たちが帰っていくとだんだんと落ち着きを取り戻しており、先ほどまでの熱はなんだったのかと思うほどに静かだった。
屋上に呼び出される、か。
「因果なこと、なのでしょうか。」
使い慣れないお嬢様言葉は、自分の本心を覆い隠すにはちょうどよかった。継ぎ接ぎだらけの言葉は僕が転入してきたことへの精神的不安定だと他人からは見えるだろうし、使い慣れてきた頃にはたぶんクラスにもまた慣れてきた頃だろうから。
「行きましょう、どうであれ私は逃げられないのですから……」

屋上のドアを開けると、僕を呼び出した招き人は腕組みをしながら壁にもたれていた。
その反対側に僕は場所をとった。
夕日によって紅に染めあげられたそこで、僕は坂本がなにを切り出すのか待っていた。
落下防止のフェンスに体を預け、楽にしているように見せながら、その実身体は何があってもいいように全神経を研ぎ澄まして身構えていた。
なかなか切り出さない彼は何を考えているのか、想像するだけ無駄であろう。
彼が発言する内容こそが最も重要であるのだから。
「妃宮、俺の作戦参謀をして欲しい。」
「私が、でしょうか?」
「あぁ、お前になら任せられるって判断した。」
「……坂本君、なぜ改まってこの様な場をセットしたのですか。」
「次のB組戦でちょっと気になる情報が入った。」
上着のポケットから小さな機械を取り出した。
「こいつを聞いてほしい。」
黙って頷く僕に、坂本は取り出した録音機の再生ボタンを押してみせる。

『……というわけで、これが俺の入手したFクラスの成績一覧だ。』
『そう、姫路さんまでいるのね。千早さんは……Cレベルぐらいなのかしら』
『渡り廊下で代表の近衛隊長的な存在だったらしい。それにこいつは今年入ったばかりだから召還獣の扱いも馴れていないだろう。成績が少しいいだけなんだ。俺たちならば取り囲めれば勝ったも同じだろう。』
『……そうね。じゃぁ、私たちは……』
『もちろん、その先の判断は友香に任せるよ。なんたって俺はお前のことを信用しているからな。じゃあ、俺は先に出るから友香はすこし時間を空けて出ろよ。』
『分かってるよ。………千早さん。私はFクラスとやりあわないといけなくなっちゃったみたいね。』

二人の声のうち一人は知っている相手だった。
一人はCクラスの……
「友香さん……」
「一つ目はお前に責任を押し付けることで、乗り気じゃないお前をこの戦いに巻き込むため。二つ目にお前が参謀という目立つ役職を持っていれば、Cの代表はお前を意識せざるを得なくなるからだ。急ぎ焦せらせることは相手に勝機を失わせることにつながる。それにおまえが乗り気じゃないという話が広まれば、それだけで離反する奴も出てくるだろう。Fクラスの奴らは基本、女が好きなチキンだからな。」
そこで言い終えるとこちらの様子を試すような視線が投げかけられる。
今なら試召戦争で僕が薄々感じていた疑問に答えてくれるだろうか。
「坂本君、あなたは何故戦争を始めたのですか?いえ、あなたはAクラスに何か因縁でもあるのですか?」
「何故そう思うんだ。」
反射的に返答してしまい、思わずしまったと強ばらせた顔に固まった。
が、すぐさま取り繕い先ほどまでの僕を試そうとする表情に直した。
先ほどの反応から鑑みるに、もしもの時にどう煙に巻くのかあらかじめ用意していたのだろう。そうでもなければ反射的には答えられないだろう。
つまり、彼は周到に前々から戦争を仕掛けることを考えていて、何らかの要因から計画を前倒ししたのではないだろうか。
例えば、僕や姫路さんといった成績の良い奴がFクラスにこぼれてきたことだとか。
「坂本君の言動からそのように拝察致しました。」
「……そうか。それで、お前は俺が理由を話せば引き受けるのか。」
「いいえ。どちらにせよ、坂本君。私はそのような大任を背負えません。私は自分の行動で他人様に迷惑をかけるのは嫌なのです。」
そう答えると坂本はため息をついた。
「妃宮、言っちゃ悪いが、おまえは周りとの関係がどん底まで落ちて前の学校を辞めたんじゃないか?」
どくりと心臓が跳ねた。背中を冷や汗が滑り落ちる。
「さ、坂本君は私が・・・・」
だめだ、収拾がつかないほど心が揺らめいているのが分かる。
「自分の前にたまたま開かれたグループにさえ積極的に溶け込もうとしているのは自分の居場所を確保するため。ただでさえ丁寧な言葉遣いの姫路よりも遜った敬語を使っているのは言葉で相手と距離を取るため。最後に何時も笑顔を張り付けているのは自分の感情を相手に悟らせないため。違うか。」
「くっ……」
このままでは女装のこともばれてしまうかもしれない。
下手なことを言って墓穴を掘らないよう慎重に言葉を返す。
「確かに私は少々猫を被っているかもしれません。しかしそれは編入してきた生徒であれば誰でもする事ではありませんか?」
「確かにそうだな。だがお前のそれは失敗したからこそ、石橋を叩くように周りの空気に合わせているのだろう?女子校だと孤立すれば即アウトのようなことを聞いたこともあるが。」
どうも坂本は僕のことを女として見ているようだ、今自分が隠さなければならない事でないなら認めてもいいだろう。
それに相手の言葉は何か実感のようなものを持っている。
「お見事です、そうです、ね。確かに私は前の学校では共通の話題も持っていませんでしたし、友達づきあいも言い方だとは決して言えませんでした。だから、この学校では同じ轍を踏まないようにと……」
何故かそこまでしか言えなかった。
気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。
言葉が続けられなくなるほどに僕は興奮していて、冷めていて、怒っていて

ただ淡々と判断しているだけなのに、何でこんな気持ちに成っているのだろう。認めたって何にも成らないのに。
その時自分の右手がじんと痛むのに気がついた。握りしめた拳から力を入れ過ぎたせいで爪が手のひらに食い込んでしまったようだ。
無意識に手に掛けていた力を抜き指を開けるとほんの少しだけ血が出ていた。
(血・・・・)
脳裏を横切る無数の人の声、自分の行動と他者からの影響。

血  屋上  無力な自分  守らなければならないもの

天才的な先達 周囲から向けられる好奇の眼差し この世に居ない肉親


「っておい!大丈夫か?」
膝から崩れてしまった僕の所に駆け寄ってくる坂本。
「済みません、実は貧血気味でして。」
そんな言い訳が通用しないほどに自分の顔が真っ青であろうことが自分でも理解できる。


「俺がAクラスに勝負を挑む理由はな、ガキの頃からのある奴とのねじ曲がった関係を清算するためだ。」
しばらくの静寂を打ち破る声。
声のする方に視線を巡らせると、階段のドアにもたれながらグランドの向こうを、いやそれより遠い何かを眺めながらそう零す坂本に行き着いた。
「坂本君……」
「俺に協力しろ、お前の為にな。同じような道の行き着く先の一つを見せてやる。ってもお前のそれよりはだいぶ軽くて、下らん拘りなんだろうがな」
なんて傲慢なのだろう。
しかし悪い気はしなかった。
「………はい。承知、致します。」
僕はその時、どういう顔をしていただろう。
ともかくこうして僕はFクラスの参謀に任じられた。
ちなみに、僕は翌年に成ってようやくこのときの“僕のため”の真意は身を持って理解したのだった。



屋上からの帰り。
「坂本君も私のように捻くれているとは感じていましたが、まさか……」
「あぁあ、聞こえねー。」
頭の後ろで手を組みながら半歩前を歩く坂本、それはまるで自分の未来の姿の一つに思えた。
家柄的に坂本のように粗野に振る舞うようになることはできないだろうけれど、何か条件が一つでもずれていたらもしかしたら。
そんなことを思ったら自分の事もいつかは、と思わなくもない。
級友となった彼らと、もし笑いながら学園生活を過ごしていこうと思うのならば。
それなら僕の取る選択肢なんか一つに決まってる。
「そうそう、私のことを参謀と呼ぶのでしたら、坂本君のことは代表殿とでも呼ぶことにしますね。」
「まぁ期待してるぞ、参謀。」
「畏まりました、代表。」
おどけて敬礼をしてみると代表に笑われてしまった。
道化にすぎたなと思いながら僕もまた笑い、それぞれの家への道を歩いていた。



自分の部屋に荷物を投げ出し、ベッドに倒れ込む。
さすがに汗をかいている時はやらないが、ほぼ習慣の一部と化しているこの行為。
体が楽な分頭が一層働かせやすくなる、ような気分に成る。
天井に腕を伸ばしながらついさっきの出来事を思い返す。
「妃宮千早、俺がもしあの頃のままアイツに会わずに突き進んでいったらお前みたいに成っていたんだろうよ。」
小学校の高学年でアイツと出会い諸々の事故を経て、俺の物の見方は決定づけられた。
あの時の後悔さを晴らすためにも、妃宮の前向きな協力は必要不可欠だった。
それにしても最初にあいつの目を見た瞬間、俺がよく知っている張りつめた空気を感じた。オーラとでも言うんだかとにかく親近感を感じた。
「高校か中学か、何だってあぁ云う人間(れんちゅう)は成長しねぇんだろうね。」
諸々の事故、今思えば年相応の幼稚な事だったが、妃宮の場合は無駄に知恵がある奴らが相手だったんじゃないだろうか。
余裕そうな表情が一気に崩れ、真っ青に変わるほどの事をされたのか。


アイツとの勝負が主目的なのは変わらない、だが目的に俺とは似て非なる道を辿ってきた俺を助けるというのも付け加えても良いかもしれないな。 
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