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女の子の恋

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第一章


第一章

                   女の子の恋
「大分よくなったわね」
 練習の後の部室で今しがた自分のロッカーを開けた少女に声をかける者がいた。
「あっ、先輩」
 そのロッカーを開けた少女杉本杏奈は声がした方に顔を向けた。杏奈は高校一年、テニス部の新入部員である。中学校の時はバスケ部に所属していたが高校になってからテニスをはじめたのである。黒く腰にまで届きそうな長い髪を後ろで一つに束ねた小柄な少女であり瞳は黒く二重である。眉は八の字であり何処か気弱そうな印象を受ける。その黒い大きな目が印象的な可愛らしい少女である。テニスウェアから見える身体は小柄ではるが発育はかなりよかった。
 その杏奈に声をかけてきたのは二年の立松由美子であった。黒い髪を肩のところで切り揃えており吊り上り気味のこれまた二重の瞳を持っている。杏奈が可愛らしい外見なのに対して由美子ははっきりとわかる美人であった。瞳は杏奈のそれが奥二重であるのに対して由美子はすぐにわかる二重であった。背も高くスタイルも杏奈よりよかった。欧米人だと言っても通用する程であった。
「左右の動きもスマッシュも。かなりよかったわ」
「有り難うございます」
 杏奈はその言葉を聞いて笑顔になった。
「先輩にそう言ってもらえるなんて」
「そんなに嬉しいかしら」
「はい」 
 杏奈は素直に答えた。
「元気が出て来ます」
「オーバーね」
 由美子はその言葉を聞いて思わず苦笑してしまった。そして杏奈の隣にある自分のロッカーの前にやって来た。
「けれど本当のことよ」
 ロッカーを開けた後でまた声をかけてきた。
「貴女が上手くなったのは」
「そうでしょうか」
「ええ。最初に比べたらかなりね」
 彼女は言った。
「最初は完全にバスケットボールの動きだったから」
「すいません」
 杏奈はそれを聞いて思わず由美子に謝った。
「あの時は。自然に」
「身体がバスケットボールに完全に馴染んでいたのね」
「はい」
 彼女は答えた。
「それは仕方ないわ。けれどそれをよくこんな短い時間でテニスに合わせてきたわね」
「先輩が教えてくれましたから」
「私は別に大したことはしていないわよ」
 ロッカーからタオルを取り出す。それで顔を拭きながら答えた。
「全部貴女の努力の結果よ。私はそう思うわ」
「そうなんでしょうか」
「ええそうよ」
 杏奈も由美子もテニスウェアを脱いでいた。そしてそれをバッグにしまうとロッカーから制服を取り出していた。白いカッターに青いリボン、紺のブレザーに青と赤のタートンチェックのスカートといった制服である。
「だって自分でやらなきゃ何にもならないでしょ」
 由美子はカッターを着ながらこう言った。
「はあ」
「人に教えられてもね、自分でやらなければどうしようもないのよ」
「そうなんでしょうか」
「勉強もそうでしょ」
 由美子はまた言った。杏奈はスカートから着替えている。
「自分でやらないとどうしようもないのよ」
「それはそうですけど」
「テニスだって同じ。貴女が上手くなったのは貴女の努力の結果なのよ」
「それじゃこれからも練習していけば」
「もっと上手くなるわよ」
 杏奈に顔を向けて言った。胸のリボンをつけながら。
「だからこれからも頑張ってね。いいわね」
「はい」
 杏奈は元気のいい声で答えた。スカートを着けた後でカッターを着ていた。
「私、頑張ります」
「ええ、頑張ってね」
 スカートを履いてカッターを着た後で部室を出た。杏奈はまだカッターを手にとったところであった。
「先輩・・・・・・」
 杏奈は由美子が出て行った部室の扉を見ながら呟いていた。その扉を見る目は何処か今までの目とは違っていた。熱く、
そして一途な目であった。
 杏奈と別れて部室を後にした由美子の前に引締まった身体を持つ長身の少年がやって来た。精悍な顔立ちをしており如何にもといった感じの持てる顔の少年であった。
 彼の名は新内幸平、この学校の二年生であり由美子や杏奈と同じテニス部に所属している。そして同時に由美子の彼氏としても知られていた。
「待った?」
「いいや」
 幸平は彼女にこう返した。
「俺も今来たところだから」
「そう、よかった」
 由美子はそれを聞いてまずはほっとした顔になった。
「女子は部活が長引いたから。遅れるかと思ってたけど」
「こっちもね。部室をちょっと掃除してたから」
「そうなの」
「一年生が結構散らかしててね。それを掃除させてたんだ」
 彼は苦笑いを浮かべてこう言った。
「こっちの一年はとにかく後片付けとかしないから。大変なのよ」
「男子の一年は結構手間がかかってるみたいね」
「まあね。それでも大分ましになったけれど」
 少し溜息を出してから述べた。
「最初は。どうなるかと思ったよ」
「こっちはそうでもないけれどね」
 由美子はその話を聞いた後で自分の方の話を出してきた。
「いい娘ばかりよ」
「そうみたいだね。何か羨ましいよ」
 苦笑いを浮かべるその顔は本当に羨ましそうであった。
「最近そっちは後輩の指導にも熱を入れてるみたいだね」
「そうね。一人有望株がいるし」
「そうなんだ」
「杉本っていう娘よ」
「ああ、あの娘だね」
 幸平の方も名前を聞いて思い当たるところがあった。
「背の小さい」
「そうそう」
 由美子の方もそれを聞いて応える。
「あの娘結構筋いいのよね。伸びると思うわ」
「それでしごいてるんだ」
「失礼ね、私別にしごいたりなんかしてないわよ」
 そう言って口を膨れさせる。それは杏奈には決して見せない顔であった。後輩には見せない顔である。
「これでも優しい先輩なんだから」
「どうだか」
 だが幸平はそんな彼女をからかうのかわざと疑うような顔をしてきた。
「実際はどうかわかったもんじゃないよな」
「意地悪ね、それにあの娘はいい娘なんだから」
 彼女は言った。
「いじめたりなんかしないわよ」
「さてさて」
 そんな話をしながら学校から帰って行った。その後で着替え終えた杏奈が部室から出て来た。実はもう着替え終わっていたのだが由美子が立ち去るまで部室で待っていたのだった。
「もう行ったかな、先輩」
 彼女は部室の扉から外を覗いて辺りを覗った。
「やっぱり。お邪魔したら悪いからね」
 彼氏と待ち合わせている由美子に気を使ったのである。もういなくなったのを確かめてからそっと外に出る。
 もう残っているのは彼女だけであった。鍵を閉めてそのまま鍵を職員室に返しに行く。その途中でふと思った。
「私も。先輩と一緒に帰れたらなあ」
 由美子が幸平と一緒に帰っていたことを思い出したのである。

 
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