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パープルレイン

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第四章


第四章

 二人は雨の中一つの傘に入って話をしていた。傘は少年が持ち、もう片方の手は握り合っている。それだけで関係がはっきりとわかるものであった。
「それだったら」
「まあそうなるかな」
 少年は笑顔で少女にそう話した。
「けれどこれからどうなるかわからないしね」
「どうなるとも思えないけれど」
「どうかなあ」
 そんな何気無い話をしながら真砂子の前から消えていった。後には真砂子だけが残った。
「・・・・・・・・・」
 真砂子は何も言わずそれを見送っていた。少年はもう見えなくなっていた。だが彼女はそれでも少年を見ていた。
「一人相撲か」
 そして一言こう呟いた。
「私の。結局は」
 それ以上は何も言う気にはなれなかった。ただ、急に力が抜けていくのがわかった。
 そのまま歩き出そうとするだがここで後ろから声が聞こえてきた。
「ここにいたんだ、もっと先に行ってるかと思ったよ」
「あら」
 後ろを振り向いた。すぐ後ろに丈がいた。
「間に合ったみたいだね」
「何か用なの?仕事なら明日の朝にして」
「仕事は夜にするものじゃないよ」
 丈はくすりと笑ってこう言葉を返した。
「僕達の仕事はね」
「それじゃあ何の用かしら」
「夜は何の為に過ごす時間かな」
「さて、何の為かしら」
 真砂子はまたとぼけてみせた。
「私にはわからないわ」
「僕は飲む為だと思うけれど」
 そんな真砂子に対して笑ったまま言う。
「さっきのビールを。御馳走したくなってね」
「えらく早いわね」
「気の早いのが取り柄だからね。それじゃ行こうか」
「ビアガーデンは夜には不向きよ」
「ビアガーデンじゃないよ。バーさ」
 彼は言った。
「近くにいい店を知ってるんだ」
「私の知ってる店じゃないみたいね」
 顔を見上げて問う。
「多分ね。君はあまりバーには行かないみたいだから」
「嫌いじゃないのよ。バーも」
 真砂子は言った。
「けれど。行かなかっただけ」
「どうして、また」
「溺れたくはなかったから。お酒に」
 俯いてこう述べる。
「けれど。今は違うわ」
「じゃあとことんまで飲む?」
「ええ」
「わかったよ。それじゃあ行こうか」
 二人は頷き合った。そして雨の夜道を歩きはじめた。
「ビールじゃないかも知れないわよ」
「構わないさ」
 丈は応えた。
「どのみち雨だとね。ビールは美味しくないから」
「そうね。あら」
 真砂子はふと声をあげた。
「どうしたの?」
「雨が」
 彼女は言う。
「紫色に」
「紫に?」
「ええ、ほら」
 前を指差す。そこはもう繁華街のネオンが輝いていた。
 赤い光に青い光、緑の光。その中に紫の光もあったのだ。
 その紫の光を雨が反射していたのだ。そして輝いていたのである。
「紫の光が。雨の中で」
「いや、雨が紫になったんだよ」
「どういうこと、それって」
「雨に元々の色はないから」
 丈は言った。
「そこに色がついたんだよ。ネオンの光でね」
「それで紫の雨になったのね」
「そうさ、夜にしか降らない雨」
 彼は言う。
「ネオンの中の雨。大人の雨だね」
「大人の雨、ね」
 真砂子はそれを聞いてふと何かに気付いたようであった。
「私達みたいな大人の雨ね」
「そうだね。これは子供にはわからない雨だよ」
「雨にも色々あるのなんて。今知ったわ」
「色々あるさ、雨にも」
 彼は応えた。
「大人にしかわからない雨もね」
「それじゃあ私はそれがわかる大人ってことね」
「だからバーに行けるんじゃないかな」
「心はどうかわからないけれど」
「紫の雨がそれを教えてくれるかもね」
「じゃあ」
 その紫の光を掲げている店の看板を見ながら言った。
「それは貴方に教えてもらおうかしら」
「喜んで」
 こうして二人はそのバーに入った。後には紫の雨が降っていた。夜の街の中で。そして二人の歩いた後を濡らし続けるのであった。

パープルレイン   完


                2006・2・25
 
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