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不可能男の兄

作者:葛根
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第四章



人々が臨時生徒総会の最後の相対を無視出来無くなった。

「さて、最後の相対だな――」

武蔵アリアダスト教導院で行われる臨時生徒総会は、最後の相対を前にわずかな準備時間に入っていた。
駆けつけてきた暫定議会の議員達が階段を上がって校庭の右舷側に集合していく。
校舎側では葵・トーリを中心としてそれぞれ表示枠《サインフレーム》を展開して情報の収集を行なっていた。

「暫定議会側がとうとうこちらに出てきたね。少なくとも密室で全部決まるより、良い傾向かな」
「そこらへん、セージュンに聞いてみてぇもんだな。あと……兄ちゃんにもさ」

何かを思いついたのか、葵・トーリは座ったまま、頬杖をつき、アデーレに頼み事をした。



「アデーレが消えたな。何か使いを頼まれたみたいだな。俺の菓子と飲み物も頼めば良かったな」
「ユーキは緊張感がないな……」

葵・ユーキはいつも通り、背筋が伸びており、姿勢が良い。
風になびく後ろ髪が揺れる。
正純は、相対を討論によるものにする心算だ。
葵・ユーキがいるが、あくまでも彼は補佐役なのだ。

「最終通告だ。あちらに行くなら今しかないぞ」
「ネイトみたいに? それはない。俺は弟、トーリを――」



「じゃあ、皆、とりあえず目的はこうだ。セージュンと兄ちゃんをこっちに引きこむ」

葵・トーリは何故兄である葵・ユーキが敵側なのかを聞かなかった。

「俺、自分じゃ何も出来ねぇけど、だからこそ、今、誰が何出来るかはちょっとは解るんだよな。セージュンと兄ちゃんが仲間になったらさ、俺達かなり無敵だろうって思うんだよ」
「大丈夫ですの? ユーキはともかくとして、正純は複雑な立場ですのよ?」

先程の相対により、ミトツダイラは葵・トーリ達の側へ移動していた。
移動した直後に浅間・智などに何故葵・ユーキが敵側なのか問われていたのだが、その回答は出来なかった。

「オマエ、こっちに来られただろ? 同じだよ」

騎士を辞め、市民になることにより、三河の次期君主を逃れつつ市民革命を推進させる目的だったのだが、見事に失敗していた。

「ですが、総長。正純とユーキですけど、厄介ですのよ?」

ミトツダイラは言った。

「ユーキは何故か敵側ですの。まあ、ホライゾンを救うことを考えて、敢えて敵側というのが私の推測ですの」

彼は相対の前、後悔通りで言った。
ホライゾンを救ったら、私とマサにゲンコツをすると。

「あの、総長。何がおかしいんですの?」

葵・トーリは微笑んでいた。



葵・ユーキの推測は大まかではあるが、想定の範囲内で動いていた。
……ネイトと直政が来ても来なくてもそれほど流れに影響はないな。正純が決着を付けるのには変わりないからな。
俺も、ネイトや直政と似ている。
聖連と敵対するのは構わないし、必要とあらばワザと負けても良い。
だが、ホライゾンを救うとなると、戦い続ける事を強いられるはずだ。
大罪武装(ロイズモイ・オプロ)を回収するとなると、各国と戦う羽目になるはずである。
……そもそも、馬鹿《トーリ》の夢が王様になるだから、世界を統べる王にすれば良いわけだ。
その世界を統べる王の兄である俺は、最高だ……!

「お、おい。ユーキ、何か顔が怖いぞ……」
「……気をつけよう」

顔に出ていたか。
まだまだ、自制が甘いな。
そう思いながら、葵・ユーキは正純を見る。

「……」

皆の敵は、正純でも俺でもなく、聖連の代表である教皇総長インノケンティウスだ。
そいつを引きずり出して対決し、勝てばいいのだ。
……正純の相対方法は討論になる。ならば、その過程で聖連に不利な発言や、敵対するような際どい発言をすれば横槍を入れてくるはずだ。
もっとも、それはホライゾンを救いに行くという立場の方が引きずり出すのが容易だが。
……どちらにしても、この相対の最中に出てくるだろうな。
元信公が行なった三河消失は歴史再現に存在しないことだ。
歴史上、三河が消えたという出来事はなかったことだ。
……なかった事を、なかった、と各国に理解を得つつ、極東を支配する手はホライゾンに責任を取らせてしまうことだろう。
――だが、ホライゾンを生かしながらも三河消失をなかった事として、更に聖連に抵抗するための大義名分は――ある。
キーワードは、大罪武装(ロイズモイ・オプロ)、末世、三河消失、歴史再現。
問題は、ホライゾンだ。
ホライゾンの持つ大罪武装……。
困った問題だが……そこを何とかするのが俺の役目だろう。
手のかかる将来の義妹だ。



「じゃあ、酒井学長いないけど、とりあえず、臨時生徒総会、最後の相対を始めましょうか」

一応、最後と言うことで、教員であるオリオトライが立会人となる。

「えーと、三十分一本勝負とかできない?」
「そりゃ、無理ですよ。討論なので……、まあ先生には互いの討論のルールの契約を結んでもらうくらいですね。勝敗の判定は、お互い疑問を出して答えを述べ合う。相手側の不利か、自分側の有利を認めさせれば勝ちという感じで」
「まあ、先生はこういう問題はぶっちゃけよくわからないから、ユーキの条件でいいわね?」

正純は、問題無いと頷き、葵・トーリもたぶん問題無いと頷いた。

「トーリ。お前、ちゃんと話せるか? 兄的には怪しいと見るが」
「あ、ああ、あたあたりめぇだよ。 お、俺をナメるなよ?!」
「何を腰引かせて震えながら言ってるんだ、葵は……」

正純は、葵・トーリが頭を掻きつつ自分の顔を、いつもの笑みで見てきたのを確認した。

「俺、頭悪いから、助言いいよな?」
「ああ、専門的な答えを各担当から得た方が、生徒たちも納得しやすいだろう」

正純は葵・トーリの向こう側にいる生徒会や総長連合の皆を見渡した。
……恨むのは私だけのしておいて欲しい。
未だに、葵・ユーキが私に味方する明確な理由が解らない。

「三人とも、討論の準備はいい? どっちが先攻? 後攻?」

予想としては、討論で私が不利になるように仕向けてくるか、どこかのタイミングで私を諦めさせるように動くかもしれない。

「じゃ、俺先攻――!」

葵・トーリが先攻を取っていた。
……こいつ、馬鹿だ。
私の考えと同じように、周囲の皆は呆れた顔をしていた。

「え?」
「え? じゃねぇよ! だって、面倒なことは早めに済ませたいじゃん」

討論は、後攻が有利。
それを知らないのだろう。

「トーリ。討論は後攻の方が有利だぞ? それでも先攻を取るか? それとも馬鹿でしたって謝って訂正するか?」
「はぁ? 兄ちゃん、俺が馬鹿だって思うのかよ? 先攻でいいもんね! 先攻でいいんだからねっ!」
「何で女口調なんだよ……」

本気で馬鹿だ。
まともに相手するのはやめておこう。

「本気でいいの? じゃあこれ、契約関係の神、オオクニヌシ系に含まれるミサトの契約書だけど。三人がそれぞれの立場で討論することを違反したら罰則だから。いいわね?」

オリオトライに差し出された表示枠にそれぞれ手を載せる。
オリオトライは言った。

「罰則だけど、天罰喰らうのは怖いでしょ? だからね、先生が武器で殴るわね?」

長剣で切ったら即死だから、鞘で殴るという気遣いだったが、鞘はどう見ても金属製であり、オリオトライの素振りを見る限りは、

「鞘でも死ぬな」

葵・ユーキが言ったとおりである。

「じゃ、始めるか」

葵・トーリが宣言した。



「皆、元総長兼生徒会長の葵・トーリが、今回の件について提案するぜ?」

葵・トーリは腕を広げて言った。

「要は一つだ。権限の奪還も何も、ホライゾンを救って告るという壮大な計画の足がかりでしかねぇ。だから、ハッキリさせとこうぜ。ホライゾンを救いに行くことで、何が得で、何が損なのか。それをこれから、俺がこの……セージュンと兄ちゃんと討論する」

大きく彼は息を吸い込んで皆に聞こえる様に言う。

「だから、まあ、まずは、こっちの立場を明確にしておこうか、それは――」

皆が注目する中、皆に聞こえやすい音量で葵・トーリは言う。

「――やっぱホライゾン救いに行くの、やめね?」

誰もが、通神の向こう側の誰も彼も、葵・トーリの告げた言葉に対して動くことが出来ずにいたが……。

「クックックッ、ハッハッハ……アーッハハッハ!」

一人だけ、葵・トーリの兄である葵・ユーキが大笑いしていた。
遅れて、皆がテンポを取って合わせる様に叫んだ。

「えぇ――!?」

叫びの中、鈴が力を失ったように崩れ落ちたところを、背後にいた浅間のクションに頭を埋めていた。
しかし、浅間は皆を代弁するように大きな声で叫んだ。

「一体どういうことですか? 全く!」

浅間は大笑いしている人物を見る。

「フフフこの外道巫女、巨乳に鈴埋めて何やってんの?」
「そんなことより、何でユーキ君は爆笑してるんですかね?」

浅間は身体ネタを無視して疑問した。
……あんなにも笑うなんて近頃はなかったはずです。

「あの感じは、嬉しさ半分、悔しさ二分、楽しさ二分、びっくり一分ってことかしらね」

狂人の言うことだ。
……まるで意味がわからない。
しかし、葵・トーリが頭を掻いて言った。

「いや、だってさ、お前等、冷静によく考えてみろよ? ホライゾン救いに行ったら聖連と大戦争になるんだぞ?」
「ま、待てえー―!」

叫んだのは、葵・ユーキの横に立っていた正純だった。
それはそうですよね。本来、正純が言うはずの言葉を何故かトーリ君が言うんですから。

「お、おま、お前、葵、な、何、何を言ってるんだ?」
「落ち着け、正純。お前が何を言ってるかわからん」

そう、葵・ユーキに言われた正純は一度大きく息を吸って深呼吸し、正面にいる葵・トーリに向かって言う。

「それはこっちの台詞だ! ホライゾンを救いに行かないだと? なんだそれは?」
「おお、やっぱセージュン、救いに行く派か!」
「クックックッ」

未だにユーキ君は笑ってますね。
一度ツボに入るとずっと笑うタイプなのでしょうか。

「ユ、ユーキは笑ってないで何とか言ったらどうだ?」
「ハハハ、すまん。まあ、正純の言いたいこともわかるが、やられたな」

そして、葵・ユーキは現状を説明した。

「先生の契約の時だ。討論開始、それぞれの立場でとは言ったが、どちらがどっちの立場なのかを明確にしていなかった。そこで馬鹿は考えたわけだ。立場が明確にされていないのなら、好きに立場を取れる先攻を取ってホライゾンを救いに行かないという立場になってしまおうと……」
「そんなの有りか?」
「有りだ。聖連側と極東側の立場明記を契約の際にしていなかった。当然の様に、正純と俺は聖連側で、トーリの方が極東側と思い込んでいたこちらの落ち度だ」

……ユーキ君はそれに気付いていなかったのでしょうか。
だが、もう遅い。
契約は結ばれていて、破れば罰則だ。
キャンセルで書き換えとなると、キャンセル料が必要になる。
キャンセル料はオリオトライの鞘による殴りだ。
五回殴られればキャンセルし、契約を書き換えできるが。
……トーリ君が言う通り、二回目で剣圧で地上から消えてしまいますね。
ならば、仕方なく正純達はホライゾンを救う立場に立たなくてはならない。

「よし、じゃあやろうぜ。セージュンに兄ちゃん。俺に教えてくれよ。ホライゾンを救えば聖連との全面戦争になるかもしれねぇ。もしそうなってもホライゾンを救った方が得になるってのはありえるのかい?」



渋々、本当に何故こうなったかは一応は理解しているが、納得はしていない。

「俺は何も出来ねぇ。その問いに自分で答えられねぇ。だから、だからだよ。セージュンと兄ちゃん。俺に教えてくれ。俺が望んだことが、どういうことなのかを」

討論は始まっている。
……しかし、何で私がこっちなんだ?
確かに、立場を明確にしていなかったが、それは分かり切った事で今更確かめる事柄ではなかったはずだ。
それを逆手に立場を逆転された。
ここで、討論せずに私の負けだと言えば、相手の勝利で終わり、それは討論ではない。
討論せずに負けを認めれば罰則だ。
罰則は……アレはかなりいけない。
死んでしまう。
だから、考えなければならない。

「あのさ、ホライゾン救いに行って上手く行ったらさ、メンツ潰されたイタ公率いる聖連がブチ切れてさ、全面戦争になると思うんだよ。そーなると、ヤバイぜぇ? 何しろ聖連は世界全てって感じだからな。それこそ、世界全てを倒すまで戦争が続くことになる」

それは、私が昨夜、秘書から聞いた事だ。
誰かが入れ知恵したのだろう。
その証拠に葵・トーリは堂々とカンニングペーパーを広げていた。

「戦争大変だぜ? そこらへんどうすんだよ?」
「正純は思考停止しているようなので代弁しよう」

葵・ユーキが私に変わって言う。

「ホライゾンを救いに行く利点はホライゾンを救うことで武蔵の主権を確保できる事にある」
「兄ちゃん、どういうことだよ? 主権ってのは?」
「主権ってのはな、六護式仏蘭西《エグザゴン・フランセーズ》で歴史再現されつつある国家の本質の捉え方だよ。俺達はそれぞれ、極東とか、K.P.A.Italiaとか、三征西班牙(トレス・エスパニア)とか、P.A.ODAなどを国としてそこに所属しているわけだ。だが、国とはどいういうものを国というか分かるか? トーリ?」

優しげな口調で兄である葵・ユーキが弟である葵・トーリに語りかけていた。

「そりゃあ、土地があって、人がいて……」
「それは国家に必要な要素の、領域と人民だ。その二つだけじゃ単に人が土地に集まっただけで、他国の侵略に逆らう正当性がない」
「正当性?」

葵・トーリが疑問しつつ言う。

「正当性ならあるじゃん。だって侵略されたら死人がでるじゃん? 向こうが悪じゃん?」
「侵略する側にも正当性はある。侵略による利益を得て国を豊かにするという正当性がな」
「……え? それ、おかしくね?」

葵・トーリが腕を組んだ。
トーリは皆に対して、おかしいよな? と確認を取った後で頷いて言った。

「何で侵略された側のことが考慮されてねぇんだよ。まるで、侵略された側が、狩りにあった獣とか、それと同じじゃね?」
「そうだ。侵略された側が考慮されないのは、侵略された側が侵略国と対等であると示す、主権を持ってないからだ。トーリのいった土地と人があっても主権を持ってない国は、国家間において、国と認められない。国と認められない以上、そこに住む人々も人として認められない。つまり、主権を持たない土地に集まった人々は、獣が集まった集合地として扱われるわけだ」

確か、本で読んだなぁ。
その本をユーキも読んでいたらしい。

「いいか、トーリ。国の主権として必要な能力が三つ。三つだ。覚えろよ?
一つ、他国と対等になるための独立を提示する能力。
一つ、国を存続させるために、領土と人民に対して統治を貫徹する能力。
一つ、前者二つを支え、意志決定する能力。
三つそれぞれを、対外主権、対内主権、最高決定力と言う。
他国と対等であり、国内を統治して、更にそれを行うための力があるものが独立した国家だ。それを脅かすものは国と国のつながりにおいて違法とされる。ここまでの条件を揃えてやっと、国として認められる」

ユーキの言う通りだ。
……政治系の家じゃないのに、良く勉強してるなぁ。
正純は感心しつつも立ち直ったので、葵・ユーキの代わりに続きを述べる。

「ここからは私が言おう。今、極東は領域と人民の殆どを奪われている。更に、主権を作る三つの力も、侵害されている状態だ」
「そうなの?」

……そうなんだよ、馬鹿。
どこでどう違えば兄と弟でこうも差がでるものなのか。

「トーリ。お前が馬鹿なのに、最高決定力のある総長と生徒会長になったのが聖連の干渉だ」
「ああ、俺後押しされたから気付いてなかった。あれ、干渉なのか」
「干渉だったんだよ。他にも、対外主権も干渉受けても抵抗出来ねーから他国と対等じゃねーだろ?」
「そうだなあ」

わかってるのか?

「それを踏まえて対内主権を言うなら、極東の大部分を各国に暫定支配され、居留地も支配地域の国に干渉され、更には武蔵も今、他国の手によって移譲されようとしている。つまり、対内主権の要である領土と人民の統治なんてろくに出来てないことになるだろ?」
「そうだなぁ」

……わかってないよな? 絶対わかってないよな?
そう思うが、話を続けるしかない。

「トーリに分かりやすく言えば、他人の選んだエロゲしか選べないし、他人の選んだエロゲしか買えないようなもんだ。その上、他人の神肖筐体《モニタ》で他人が操作するエロゲを見るしか出来無い状態だな」
「あー、何となく分かった気がする」

……それでわかるのかよ!
まあ、良い。
理解が得られたのであれば、話はしやすい。

「ホライゾンは、三河の嫡子。いずれ極東を支配する松平の跡取りなんだ。そして、今まで三河の君主は武蔵に乗る事を聖連に禁じられていた。つまり、聖連の影響下にあったわけだ」

葵・トーリの向こう側で、何人かが葵・ユーキの例えで理解を得たようなリアクションを見せていた。
……私には関係のないことだ。うん、無視しておこう。

「ホライゾンを救えば、武蔵に聖連の影響を持たない極東の支配者が来ることになる」
「そりゃ無理だろう」

馬鹿が即断した。

「幾ら何でも、そりゃ甘いぜ」
「何が甘いんだ?」

私は馬鹿を睨む。
馬鹿は私の視線を気にすること無くカンニングペーパーを広げた。

「いいかぁ? ええっと、なんだ。ま、なまま、なままおもたい――」
「学生主体な」

よく、ユーキはカンニングペーパーを見ないで馬鹿の言いたい事がわかったなぁ。

「ああ、そうか。学生主体、学生主体な。いいか? 学生主体の今のこの世界、全ての決定権は教導院にあるんだぜ? ホライゾンは、学生じゃないじゃん。それに、三河の君主は武蔵に乗るの禁じられてるんだろ?」
「ならトーリ。ホライゾンが学生じゃないなら教導院に入学させれば良い。それに、三河は消失したから君主が武蔵に避難とすれば問題ないだろ」
「ホライゾン、試験に受かるかなぁ?」

葵・トーリがそう言うと、左舷側の女性陣からブーイングが来た。
浅間が代表して叫ぶ。

「今の、すっごく失礼です! ですよね皆!? ね?」
「ああ? 何だ浅間! オメエこそ純粋な俺に対して巨乳を毎度毎度見せて失礼千万なくせに! こう、視界から外そうとしても入り込んでくる胸は、いいですか? 無言のエロ暴力です。仕方ないから俺が他の人間の分も凝視してオマエの罪を軽くしてやってんだ!」
「ええと、弓、弓はどこにあったでしょうかね……!」

……仲間割れが好きな奴らだ。

「トーリ。浅間は好きで巨乳になったんじゃない。巨乳が好きで浅間になったんだ……」
「兄ちゃん、兄ちゃん。意味わかんねーけどそれって浅間イコール巨乳で良いって事か?」
「喜美! 放して下さい! ええ、射ちますけども何か?」

まさかの、ユーキからの攻撃だ。
あちら側で女性陣が浅間を抑えているので大丈夫だろう。

「まあ、冗談は置いておいて。ホライゾンに試験なんて、要らないだろ。編入試験じゃなく、一芸試験でホライゾンは合格だろうよ」
「一芸試験?」

……武蔵ではあまり前例が無いことをよくもまあ知っているな。
戦闘系、術式系の他に、芸術活動に優れた人間、または人間に限らず、異族などが用いる試験方法で、自分のクラスだとネンジや伊藤・健児、それに東が該当する。

「ネンジ君とかイトケンとか、東君がそうだな。レア存在だろ?」
「おいおい、ホライゾンの一芸って何よ? パン屋の店員か?」
「ネンジ君のような存在はまだ他所で見たことねーからレア存在だ。イトケンもそうだし、東君なんて帝の子供だ。じゃあホライゾンは何だと聞かれれば、大罪武装(ロイズモイ・オプロ)だろうよ。世界で九つしかない物を所持してるし、大罪武装(ロイズモイ・オプロ)そのものと来れば一芸として充分じゃね?」



まさか、身体ネタをユーキ君から受けるとは。
しかし、彼はそれを冗談とした。
……冗談で済ませません。後で必ず報復を。
などと考えている間に、ユーキ君が困ったようなリアクションを取りつつ言った。

「つまりは、ホライゾンを武蔵に取り戻すと、極東が他国からの干渉無しの支配者を迎えて主権を確保できて、他国と対等になれるわけだ」
「でもさあ、それって聖連は意地でも止めたいんじゃね?」
「トーリ。だから、聖連は止めに来てるだろうが。極東が主権を持つと簡単に支配出来なくなるからな。ホライゾンを救わないというのは、私達は主権を欲さない。支配を受け入れますと言ってるようなもんだ」

ユーキ君の困ったリアクションは続く。
……楽しんでますよね。私の勘違いでなければ。

「私が言うのもなんだが、聖連からすれば、こちらの主権は厄介なものでしかないぞ。もし、極東が主権を主張した場合、各地の暫定支配を行うことができなくなり、他国はこの極東の島から出て行かざるを得なくなる。だが、外界の海の向こうは未開拓の過酷な環境の世界だ。そこに追い出されるのは、他国としては避けたいところだろう。
だから彼らは、私達の主権を認めない。重奏統合争乱の和平条約を持ち出し、私達の権利が否定されている事を主張するだろう。極東が主権の獲得をするのは条約違反だと」
「つまり、俺達がホライゾンを救って主権を主張しても、それは条約違反を掲げてこちらを断罪する聖連と、暫定支配からの解放を謳う俺達の生存競争を得た上で認められるもんだな。そういう意味では――」

なんというか、正純とユーキ君ってすごく息があってますね。
ほら、今もユーキ君の言葉を続けた正純が……。

「ホライゾンを救って主権を得ようとするのは諸刃の剣ではある」

ユーキ君の言いたい事を言った感じです。
あの二人、長年付き添ったパートナーのような、そんな信頼感とうか、分かり合っているというか。
……なんだか、モヤっとしますね。ええ、ちょっとユーキ君を弓で射たないと気が済まない感じです。

「じゃあ、ホライゾンを救えば、戦争は必然なわけだな?」
「そうだなぁ。どう計算してもそうなるわなぁ」

ユーキ君が悩ましげに言ったが……。
それを是としている気がする。
だが、トーリ君が新しいカンニングペーパーを出した。

「では、商人、小西君からの質問です! 姫を救い、極東の主権を確立しても、戦争が起きれば死人が出るかもしれません。そのあたり、どのような考えを持っておりますか? だって、兄ちゃん、セージュン」
「トーリ。戦争をすれば戦死者が出る。だけど、戦争をしなくても戦死者がでるんだな、これが」

困ったもんだ、と言う。
……戦争を回避しても戦死者がでる?
私の疑問は、そのままトーリ君が代弁した。

「ん? 兄ちゃん、戦争を回避しても戦死者が出るのか?」
「ああ、戦争を回避しても戦死者が出るんだ」

気遣いだろうか。
葵・トーリの問いかけは、正純に取って父親たちへの反抗になるものだ。
だから、葵・ユーキが答えるのだろう。

「極東の金融にある各居留地の予算は現在全部凍結されている。それはいずれ聖連に奪われるものだ。そして、今は四月。
極東において、年度が始まったばかりで居留地の予算が手付かずに近い状態ってことだ。その手付かずの予算を聖連に大部分を差し押さえられているわけだ。
つまり、各居留地は、今、最も金がない状態になっている。それは公的な事業や、病院、防犯、上下水道そのたもろもろ。今後、公的予算の投入が全くない状態でストップするわけだ。――特に医療が問題だ。病院が動けないということは、有効な治療はできないし、薬だって手に入らない」

病気や、重症を負ったらそれでおしまいだと。

「さて、金の総量が少なくなれば、貧困が始まる。金のない居留地ではろくに生産もできない。時間が経てば経つほど貧困が進む。食うものが食えなくなり、医療が受けられなくなり、徐々に生活が保てなくなって人々は死に近づいていくわけだ。これが戦争を回避した場合の戦死者というわけだ」
「じゃあ、居留地を畳んで帰化しちまえばいいじゃん」

ユーキ君が良く出来ましたという感じで頷いた。

「それが聖連の狙いだよ。帰化の際、聖連が改教とか、言語の問題のクリアを援助して、多くの人々を迎え入れるだろう」
「帰化の人間を大量に受け入れたら大変で損じゃね?」
「いや、奴隷並に安い労働力が確保できるし、重奏領域の住み分け問題とかも強引にクリアするだろうよ。何よりも、極東の技術が手に入る」

それは――とユーキ君の言葉を正純が奪うように続けた。

「武蔵、この巨大な航空艦の技術。そう、聖譜記述にある極東神話の天鳥舟《アマツトリフネ》などを再現するがため、極東は他国に比例して航空船とその関係分野が大きく発達している。それは各国が最も欲しがっている技術だ」



武蔵の人々は、葵・ユーキと本多・正純の声をそれぞれの場所で聞いていた。

「――とまあ、他国が武蔵の航空船技術を欲しがる理由は言った通りだ。戦術的にも、ステルス航行で身を隠して、更に高高度から制空権を奪った上で攻め入る事もできるわけだ。つまり、聖連は武蔵のよな艦船を造ることができる技術を手に入れれば、金、人、技術、戦力が手に入るとなる」
「じゃあさ、俺達それでいいんじゃねーの? 技術持って凱旋して、ネイトが言ってた市民革命も付けてさ。かなりいい御身分じゃね?」
「トーリ。それはなぁ、技術者とか航空船関係の人達はそれで良いだろう。他の人達はどうなるか分からんぞ? それに革命を持ち込もうとすると、さらに被害は大きくなる。まずは、居留地を封鎖して貧困に追い込んでいって、革命どころじゃない状況に革命運動の人達を追い込むわけだ。それも、学生じゃなくて一般の市民の中からの死者が一番多くなるだろう」

兄が、弟に教えを語るのを武蔵の人々は聞く。

「ホライゾンを救わないで、戦争を回避したつもりでも、そのツケを各居留地に払わせることになる。それが、戦争を回避して生まれる戦死者だ。戦争による直接な戦死者が出なければ、福祉の不備、貧困で死者がでけど、それでも良いのか? 目に見える人間の死を避けようとして、目に見えないところの死者は仕方ないとするか?」

武蔵の人々は葵・ユーキの言葉を聞いて、考える。
もしかしたら、戦わない方が悪なのではないか。
いや、まだその結論は早い。
ならどうする?
そりゃ、結末を最後まで見守って、勝敗が決まったら勝った方に付くしか無いだろう。
そうやって、武蔵の人々は臨時生徒総会の決着を見守ることにした。


 
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