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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第28話 雨宿り その2

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。

こういう人の内面を主題とする文章は実は凄く苦手です。
近いうちに27話も合わせて大規模に書き直すかも。(Jrがあまりにも情けないので) 

 
 宇宙歴七八六年八月 バーラト星系 テルヌーゼン


 二年前に卒業した同盟軍士官学校は、変わらぬ姿のままで健在だった。そろそろ課業も終わり、卒業間近の五年生を除く多くの候補生達が、門限までのわずかな一時を柵外で過ごそうと通用門からぞろぞろと出てくる。その流れに逆行する青年将校と少女の姿はやはり目立つのかそれとも異様なのか、俺とイロナに対する視線はまさに集中砲火そのものだった。

 門の入口にある守衛室で入構の手続きをとった後、手を引きながらイロナに構内を案内する。広大なグラウンド、いくつかの校舎、体育館、無重力演習場、図書館、厚生会館、科学実験棟などなど……卒業式が行われた講堂以外の初めて見る風景にイロナは無表情だったが、その眼が好奇心に輝いているのはわかる。
 事務局次長のキャゼルヌの終業時間はおそらく一九〇〇時ぐらいだろうか。それまでには事務局近くにいなければならない。構内の広さからハイキングと言っても過言ではないが、イロナの足でも事務局まで戻れる程度の距離で、俺達は歩きつづける。

 しばらくグラウンドを包み囲む雑木林の間を歩いていると、太い楡の木に背を預け、綺麗に(候補生達によって)刈られた芝生の上に腰を下ろしている、見憶えある黒髪の青年が目に入った。おそらくジェシカから貰ったのであろうハンカチを無造作に芝生に敷いて、その上に本を何冊も重ねつつ、一冊ずつぼんやりとした眼差しで読みふけっている。

「ヤン=ウェンリー候補生!!」
 俺が声をかけてやると、ヤンは気だるげに首を俺とイロナに向け、俺を視覚にはっきりと捕らえると、ゆっくりと立ち上がり腰を叩きつつ、俺達に寄って来た。相変わらず収まりの悪い髪を掻きつつ、のほほんとした表情で挨拶するその姿は、体つきが多少引き締まったとはいえ昔とあまり変わらない。

「お久しぶりです。ボロディン……中尉ですよね。それと……」
「義妹のイロナだ。イロナ、階級章すら判読できないコイツが俺の三つ下のヤン=ウェンリー候補生だ。こう見えても士官学校きっての用兵の天才で歴史通なんだぞ」
「……イロナ=ボロディンです」
 オズオズとイロナが顔を上げながらヤンに手を差し出すと、ヤンは一度俺に視線を送りつつ、その手を握って応えた。
「ヤン=ウェンリーです。ミス=ボロディン。お兄さんとはこの士官学校で僅かな期間ご一緒させていただきましたが、相当いじめられました」
「あのなぁ……」
「それはすみませんでした。兄に代わってお詫び申し上げます」
 そしてヤンの冗談に、生真面目に返事をするイロナ……一瞬あっけにとられるヤンは、再び俺とイロナを見比べて笑いをこらえている。おそらくロクでもないことを考えているのは間違いない。俺は容赦なくヤンの額にデコピンを一撃喰らわせる。

「ちょっと待って下さい。紹介したい後輩がいるんです」
 俺がイロナと小旅行している事、今夜キャゼルヌ宅へお邪魔する事を告げると、ヤンは額をさすりながら携帯端末を操作する。通話先が出たのか、用件もそこそこに相手にこの木陰に来るよう命じている。
「おやおや『無駄飯喰らい』のヤンもずいぶんと偉くなったもんだな」
「『悪魔王子』の居ない士官学校ですから気楽なものですよ。シトレ校長閣下にはお会いになりましたか?」
「『黒いくそ親父』に会うつもりはないよ」
 わざわざイロナを連れての旅行なのに、なんでわざわざあのくそ親父に会わなけりゃいけないのだ。だがシトレという人名に生真面目なイロナは敏感に反応して、ヤンに「シトレ叔父さんの事ですか?」と余計な事を聞いてしまう。イロナの反応に、ヤンは瞬時にその意味を理解し、小さく何度か頷いた。
「あぁ、そうでした。ボロディン先輩の実家には、校長は顔を見せにいらっしゃるんですよね」
「そういうことだ」
「ですが今回は会っておいた方がいいと思いますよ。校長、今期中の退任がほぼ決まったそうですから」

 それはつまり次の任地が決まったという事だろう。そして俺が二年生の時から足掛け六年の校長勤務の終わりであり、中将として八年目が終わるという事は……ついに正規艦隊司令官のポストが空いたという事だ。それはフェザーンに赴任する俺にとって、今後一年以上は間違いなく会えない、あるいはシトレが戦死したら二度と会えないということと同じ。

「まぁ時間があれば会ってみるとするさ。最悪、映像メールでもいい事だしな」
「あいかわらず根に持ってますねぇ……分かる気はしますが。あぁ来た、来た。アッテンボロー、こっちこっち」
 親しい友人を呼ぶかのようにヤンが手招きした方向から、息を切らして一人の『そばかす』が駆け寄ってくる。もつれた毛糸のような鉄灰色の髪をもつ中肉中背の青年革命家にして奇術師、無類の毒舌家。
「はぁはぁ……いったいなんです。ヤン先輩?」
「アッテンボロー、こちらが『私が心から尊敬してやまないといつも公言している』ヴィクトール=ボロディン中尉殿と、その妹君だ」
 ヤンの言葉に、とにかく俺に形だけでも敬礼しておこうと慌てて小さく手を額に当てただけのアッテンボローは、もう一度俺を振り返り、イロナを見て……踵を合わせて再度、今度は背筋を伸ばして敬礼する。

「七八五年生のダスティ=アッテンボロー二回生であります!! ヤン先輩が『シスコンで、口先から生まれた軍人に全く向いていない、それでいて変なところで鋭い嗅覚を発揮する悪魔のようだと常々吹聴している』ヴィクトール=ボロディン先輩と、その美しい妹さんにお会いできて光栄です!!」

 俺はすぐさまヤンの頭めがけてチョップをくり出し、見事にヤンの前頭中央部に命中させる。四年生になっても相変わらずの運動神経のようだ。「クハッ」とヤンが小さな苦悶の声を上げるが、俺はほっておいてアッテンボローに敬礼を返した。アッテンボローがイロナと握手している間、今度は首まで傾けて痛がるヤンの肩をひき寄せると、囁くように問うた。

「ところでワイドボーンとは相変わらずか?」
「別に彼を嫌っているわけじゃないですよ。性格が合わないだけで……ただ最近は随分苦労しているみたいで、ちょっとは気にしています」
 ヤン曰く……一年生からずっと学年首席を維持していて、俺やウィッティが卒業してから教官が何人も変わり、『一〇年来の秀才』と再び評価されるようになった。本人はそう言われることが一番迷惑らしく、図書ブースでぼんやり本を読んでいても、後輩がウヨウヨと集まってきてはいろいろ言ってくるらしい。特に一年生のアンドリュー=フォーク候補生に付きまとわれているとの事。

「アイツは陰気で尊大で、それでいて卑屈で独善的な実に嫌な奴ですよ。あの野郎、この間も有害図書撲滅委員会とかいう品性もセンスも欠片のない自主委員会を作って、人が苦労して集めた本を焼きやがりましたからね」
 いつの間にかイロナと仲良くなったのか、(イロナがいたく恥ずかしがっているにもかかわらず)肩車したアッテンボローが話の輪に加わってくる。
「ワイドボーン先輩が気の毒ですよ。ヤン先輩に戦略戦術シミュレーションで一回も勝ててない事を『ほかの分野では引き離している』とか言っていつも同情する仕草を繰り返すんです。言われる度に古傷を抉られるワイドボーン先輩の気持ちぐらい、子分を自称するなら察しろと言いたいですね」
「あれからずっとワイドボーンに負けてないのか? ヤン」
「『悪魔王子の一番弟子』として『弟弟子』負けてやる義理などないので」
 しれっと応えるヤンに、はぁ~と俺は溜息をついた。兄弟弟子を自称するなら少しくらい仲良くしろよと言いたいが、そこは譲りたくない一線なのだろう……とりあえずイロナをアッテンボローの肩から下ろしてやってから、俺は言った。
「ワイドボーンには近いうちに俺の方からフォローを入れておくさ。ヤンもアッテンボローも、アイツが苦労しているようだったら手助けしてやってほしい。『誰に頼まれた』と言われたら、遠慮なく俺の名前を出していいからな」
「わかりました。『殿下』がそうおっしゃるのでしたら」
 ヤンがそう言うと片足を引いて中世風のお辞儀をしたので、俺は容赦なく左前の足の甲を蹴り飛ばしてやった。

 それからキャゼルヌからの連絡が来るまで、イロナを含めて四人でいろいろな事を話しあった。アッテンボロー家が姉三人弟一人に対して、ボロディン家は義兄一人妹三人とまったく逆な事を耳にして、アッテンボローが「俺もボロディン家に産まれたかったなぁ……」とかしみじみと心情のこもった返答をしてイロナを困らせたり、ヤンがやたら饒舌にラップとジェシカの交際状況を説明したりと、時間を忘れるように語りあった。

 後日、別の場所で再会したアッテンボローから、「あの時のボロディン先輩はちっとも偉く見えませんでしたよ。なんていうかジュニアスクールの先輩みたいで。もっとも今でもたいして偉くは見えませんがね」と大変失礼なことを言われたのはどうでもいいことかもしれない。

 そうしているうちに日は沈み、門限の関係でヤンとアッテンボローが名残惜しそうに寮舎へと帰ると、再び俺とイロナは薄暗い士官学校の中をゆっくりと歩き始めた。
「ヴィク兄さんはこういうところに通っていたんですね」
 足下だけを照らす街灯に沿って、イロナは歩きながら俺の背中に言い放った。
「後輩の人達がみんな兄さんに親しげで……いいなぁ……私もここに通いたい」
「イロナ」
 俺は足を止めて振り返る。イロナには軍人なんかなってほしくない……そう言おうとしたが、再び口をつぐまざるを得なかった。イロナは歩きながら泣いていた。

「わた、わたしが強情で……」

 分かっている。薄茶色の肌に切り揃えた見事な金髪で、母親譲りの陽気さと誰にでも気さくで頭も良く、運動神経も抜群で活動的な、学校の中心的存在であるアントニナと同じ学校に通うという辛さ。遺伝の神様の悪戯か、黒髪に白い肌という姉とはまさに正反対の容姿に産まれ、同級生からも教師からも常に姉と比較され続けるという拷問に近い学校生活。『賢姉愚妹』とか『本当にボロディン家の娘なのか』とか言われないためにも、ひたすらストイックに勉学に運動にと励み続ける日々……

 たしかに強情かもしれない。しかし『他人がなんと言おうと聞き流せばいいことだ』と、イロナにアドバイスすることがどれだけ非情なことか。言い逃れをすることが出来ない生真面目さの中で、唯一のはけ口が『直接血の繋がっていない義兄』の俺だけしかいない。その俺も年が離れている上に、士官学校に地方赴任でなかなか家に居付かない。故にアントニナのライバルであるフレデリカに近づいていったのだろう。俺に隔意があるというのも近づきやすかったに違いない。それが余計自分を浮かせる原因となると本能的に分かっていても。

 結局、俺は泣き続けるイロナと肩を並べて歩くことしかできなかった。そしてとうに仕事を終えて、事務局の前で俺達を待っていたキャゼルヌもまた同じだった。真ん中に九歳の少女を挟んで二二歳と二五歳の男が並んで歩くという、軍服を着ていなければ即通報の光景をあたりに見せびらかしながら、キャゼルヌの借家に向うことになる。

「なんですか。男二人してだらしない!!」
 そのままの状態でキャゼルヌ宅に到着した俺達に、いまだ結婚はしていないものの、既に婚約はして充分に旦那を尻に敷いているオルタンスさんは盛大に怒声を浴びせた。俺もキャゼルヌも項垂れて応えるしかない。少なくとも二〇になったばかりの彼女の方が、遙かにイロナの気持ちを理解していた。だらしない男達は直ちにリビングから追い出される羽目になる。

「まさかお前さんが義妹さんのことで悩んでいるとはさすがの俺も考えになかった」
 ブランデーを注いだグラスを傾けつつ、狭いソファで足を組んだキャゼルヌは、俺にも一つ寄越してくれた。
「もっとも分かっていたとしても、なんら対策が取れないというのはかわらないのだがね」
「こういうとき、男はだらしなくていけない」
「全くだ。酒を傾けるぐらいしか能がない……それで今度の人事、お前さんはフェザーン行きだそうだな」
 ヤンにもワイドボーンにも話していない次の赴任先をキャゼルヌに言い当てられ、俺はさすがに驚いたが、すぐにその漏洩先の顔を思い出して舌打ちせざるを得なかった。

「……あのクソ親父。どうしてこうもペラペラ喋る」
「目下、次の次の統合作戦本部長と言われるシドニー=シトレ中将を『クソ親父』よばわりできるのはお前さんぐらいだろう。そのシトレ中将閣下は次期第八艦隊司令官に内定しているが、その副官にお前さんの名前が挙がっていたんだ」
「あぁ~副官ですか……人事部がNOを突きつけたんでしょうね」

 リンチに続いて、シトレの副官をする。副官の任用権は軍司令官にあることは同盟軍基本法によって保障されている。司令官がこういう副官が欲しい、といえば人事部は経歴・実績・能力・そして『色』を見て、適当な人材を推薦する。勿論、司令官から直接『コイツ』と指名することも出来るが、人事部がそれを認めない場合もある。特に今回はそうだろう。
軍政を担当する国防委員会が一番恐れているのは、幕僚以下が司令官のシンパで構成され軍閥化することだ。ヤンが査問会に呼ばれたことも、ユリアンやメルカッツをイゼルローンから引き離したことも、根源はそこにある。
 ましてボロディン家という将官家系で、幼少の頃から顔見知りである相手を副官にしたいと言えば、シトレの黒い腹に余計色がついて見えたに違いない。士官学校卒業と同時に査閲部への配属などで人事部も『そろそろシトレ中将も自重して欲しい』と思ったことだろう。

「だが今回、お前さんを欲しがったのは情報部だ。お前さん、ケリムでなんかやらかしただろ? 第一艦隊の緊急出撃といい、大規模な海賊討伐といい、第七一警備艦隊解散といい、ケリムでは大鉈が振るわれたしな」
「私は何もしませんでしたよ」
「詳しくは聞かんさ。だが妹さんのこともある。フェザーンでは充分に自重しろよ。同盟の駐在武官が何人も奴らの甘い囁きに手玉にとられた。出来の悪い兄貴でも、無くしたら気の毒だしな」
「四日後、人事部に出頭すると大尉に昇進することになりますが」
「そうか、それはよかったな」
 効果的な反撃になっていないことは明らかだったので、俺は無言でグラスの残りを乾かすのだった。


 
 

 
後書き
2014.10.25 更新
2014.10.26 ヤンの台詞におけるJrの階級を修正 
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