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バス停で

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第二章


第二章

「憎いわね」
「茶化さないでよ。とにかくバス停のところね」
「そういうこと。じゃあ頑張ってきてね」
「ええ。それにしても」
 ここで紙子は不審に思うことがあった。それはバス停という場所についてだ。
 バス停は通学路で多くの学生達が利用している。特にこの時間はそうだ。それで今会うとなると当然ながら多くの人間が周りにいるということになる。別に悪いことをするわけではないのはそれでわかるのだがそれでも告白する場所としてはかなり不自然である。紙子はそれについて思うのであった。
「どういうつもりかしら。まあいいわ」
 しかしそれはいいとした。とりあえずであるが。
「相手がそこにいるのならね」
 会うだけ会うことにしたのである。こう決めて学校を出てそのバス停に向かうと。そこには大勢の生徒達と一緒に見たことのない制服の男の子がいた。
 随分と肌が白い。ブレザーのお洒落な制服と一緒にそれが目立つ。それだけではなく顔立ちも穏やかで整っている。中性的な顔立ちと言っていいものであった。髪型も紙子の学校に多いスポーツ刈りではない。お洒落な長い髪形であった。その少年が立っていたのだ。
「あっ、来てくれたんだ」
 どうやら紙子のことはもう知っていたらしい。彼女の姿を認めてぱっと明るい笑顔になって声をあげてきた。
「真喜志紙子さんだよね」
「ええ」
 紙子は男の子の言葉に対して頷いた。まずはその顔から表情を消している。
「そうだけれど」
「よかった。来てくれたんだ」
 紙子本人と聞いて安心したのだろうか。静かに笑って微笑んできた。
「本当によかったよ」
「よかったのはいいけれど」
 ほっとした微笑みを見せるその男の子に対して今度は自分から声をかけた。単刀直入に話を進めたかったのだ。相手が何を言うのかはわかっていたからだ。
「何の用なの、それで」
「あっ、そうだね」
 彼女本人に言われて表情を変えた。頷く感じになっていた。
「実はね、真喜志さんに伝えたいことがあって来てもらったんだ」
「そうなの」
(やっぱりね)
 紙子はそれを聞いてやはりと思った。表情にそれは出さないがもうわかっていたのだ。しかしそれを聞いてもどうするべきかはまだ決めてはいなかった。
「それでね。実はね」
「ええ」
「よかったらね。僕とさ」
 これから聞く言葉はわかっている。不意に断ろうかと思った。実は彼女のタイプは頑健な筋肉質の大男なのだ。従って今目の前にいる彼はタイプではない。だからそれで断ろうとしたのだ。しかし。何故か急にその気持ちが変わった。他ならぬ彼女自身の心の中において。
(!?あれっ)
 自分でもそれに気付く。違和感を感じている間にも相手の男の子の言葉は続く。
「一緒に色々な場所に行かないかな。どうかな」
「そうね」
 自然に言葉が出た。自分でも驚く程度に。
「それもいいわね」
「いいんだ」
「ええ」
(どういうことよ)
 顔では微笑んでいる。しかし心は全く逆であった。驚きを隠せずに呆然とさえしている。どうしてこんなことを言っているのか自分でもわかりかねているのである。
(ここでこんなことを言うなんて。断らないの!?)
「そういうことでね」
「よかった」
 彼は紙子の言葉と顔だけを見てにこやかに笑っていた。ほっとしたような安堵の息も漏らしている。本当に嬉しいことがその様子からはっきりとわかる。
「断られるんじゃないかって思ったけれど」
「そんなわけないじゃない」
(そんなわけないって)
 また己の言葉に驚く。心とは全然別のものだったからだ。どうしてそれが出続けるのか自分でもわからない。だが出てしまった言葉は取り返しがつかないのだ。
(どうして。こんな)
「じゃあさ。早速だけれど」
「ええ」
 言葉はさらに続く。
「一緒に。バスに乗って帰ろう」
「そうね。最初はそれね」
(最初じゃないわよ)
 これもまた己の心とは別の言葉だ。だから戸惑いを隠せない。しかしそれも顔にも言葉にも出ない。ただ心の中で驚いているだけである。
(このままだったら私この子と)
「僕の名前だけれどね」
「何ていうの?」
 心とは完全に乖離してやり取りだけが続く。
「末永義巳っていうんだ」
「末永君ね」
「うん。真喜志さん」
「紙子でいいわよ」
 この言葉もまた心とは別である。どうしても別の言葉になっている。
「気軽にね。だってこれから彼氏と彼女なんだし」
(どうしてこんな言葉をまた)
「彼氏と彼女なんだ」
「だってそうでしょ?」
 心とは別の言葉がまた出る。
「だからよ。それでいいじゃない」
「それでいいんだ」
「そうよ。義巳君」
 相手に対しても気軽に名前を呼ぶ。既にそれなりに長く付き合っているかのように。
「行きましょう。バス停にね」
「うん。それじゃあ」
「これからもね」
(またこんな言葉を)
 どうしても出てしまう言葉に戸惑いを感じずにはいられない。しかしその戸惑いは何時の間にか少しずつ消えていた。次第に馴染んできていた。
(それでも)
 心の中の言葉にもそれが出る。
(いいかしら。見ればこの子だっていけてる感じだし優しそうだし)
 そうしたことがわからない程馬鹿でもない。だからこうも思うのだった。
(いいわね。やっぱり)
 割り切った。元々さばさばした性格だ。だから決めたのだった。
「バスが来たよ」
 義巳が声をかけてきた。
「乗ろう」
「わかったわ。それじゃあ」
「いや、何ともさ」
「いいもの見させてもらったよ」
 ここでそれまで黙っていた周りが二人に声をかけてきた。にこにこと笑いながら。
 
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