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炎髪灼眼の討ち手と錬鉄の魔術師

作者:BLADE
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”狩人”フリアグネ編
  終章 「断罪」

 
前書き
珍しく一人称じゃないように頑張ってます。
稚拙ですが、ゆるりとお付き合い下さい。 

 
――それとも、何か理由があるのか? 例えば、街中にベルの音を響かせたい、とか。この屋上には、なぜか封絶も張られていないしな。
 やけに遠く聞こえるその声で少女は目を覚ました。
 身体はまだ動く。咄嗟に離脱したとはいえ、あの爆発の中よく五体満足で済んだものだ。
 無意識の内に立ち上がっていた辺りが、贄殿遮那のフレイムヘイズたる彼女らしい。
…………あの人形の狙いはこれだったのね。お陰で贄殿遮那がどっかに行っちゃったじゃない。
 少女は己の失態に小さく舌をうつ。贄殿遮那の回収もしたいが、今はフリアグネを倒すことが先決だ。
 己の失態は己で取り返す。そして必ず次に繋げなければならない。それが少女を育てた者の教えだ。
――封絶だ、音を止めろ!
 また声が響く。だが、それは先程とは違い少女に向けられたものであった。
 続けて鐘の音が鳴り、顔を上げると目の前に白い短剣が飛んできている。
 半ば反射的に短剣を引っ掴む少女。それが共に戦う少年の物とは、目の前に飛び込んで来た時点で気付いていた。
 同時に正面で爆発。少女が受けた人形の大爆発とは違い、小規模の爆発が同時に起こったもの。
 フリアグネがマネキンを爆破したのだろう。残骸までもが爆発するとは予想外のことではあったがハンドベルの音も、かすかに聞いたような気がする。
「――――うそ」
 フリアグネの背の先に居たであろう少年の姿は爆炎に包まれ確認出来ない。
 あの爆発、おそらくは無事では済むまい。得体の知れない戦闘技術を有しているとはいえ、少年の身体がただのミステスである事は少女もよく知っている。
 無事でいて欲しいと思うが、同時に希望的観測は無駄だとも頭では判断していた。
 それにしても厄介なベルだ、残骸をも爆破出来るとは。マネキンの数から見て相当量の残骸が築かれていただろう。
 何が賭けだ。挑んだ方が死んでは元も子もあるまい。
 賭けは相手がいなければ成立しないのだ。これでは賭けに勝ったところで、何の意味もない。
 爆発で煙にまみれた屋上にリィン、とベルの音が響く。
 その音で少女は我に返る。まだ、戦闘は終わってはいないのだ。感傷に浸っていては少年に申し訳が立たない。
 灼眼の相貌は、いまだ光を失なってはいなかった。
 視線の先には短剣を頬にかすめ、切り口からチロチロと飛ぶ火の粉を手袋で拭うフリアグネ。
「残念だが外れたね、衛宮士郎くん。残された最後のチャンス、君の最後の攻撃は不発に終わったわけだ」
 実際のところ、フリアグネは攻撃に対して反応出来なかった。避けなかったのではなく避けられなかったのだが、短剣が外れた以上、過程はどうであれ結果は変わらない。
「ああ、でも君のことは忘れないだろう。仕掛けのトリックに気付かれるとは思いもしなかったのだから」
――不発ではない。
 少女はフリアグネの後ろ姿を睨み付けながら、少年の真意に気付いていた。
――この攻撃の真意はフリアグネの注意を引くことにあった。
 遺された短剣を握りしめる。そして少年の指示の理由を考える。
――アイツはわざと短剣を外したんだ。最後の武器を私に託すために。
 正面からの攻撃が故に、迎撃を恐れたからではない。もしそうならば、短剣を投擲したこと自体が間違っている。単純に奴を倒すだけなら、飛び込んで斬り捨てればいい。武器封じも護衛も失った今のフリアグネを相手に少年の剣技ならそれが出来た筈なのだから。
 では何故、短剣を外したのか? 単純に討滅するだけでは駄目だというのか。
 その答えは、あの指示が、そしてフリアグネの立ち振る舞いが証明していた。
 残骸すら失われ、既に用済みであるハンドベルをいまだに鳴らすのは何故か。倒す機会すら捨ててまで封絶を張れといった理由は何故か。自らの命を賭してまで、不意を突かせようとした理由は何か。
「マリアンヌ……、すぐに君を呼び戻すからね」
 幾度目かも分からないハンドベルの音を鳴らしながら、フリアグネは呟く。
――今しかないっ!
 マリアンヌを喪ったことがそうさせたのか、この時のフリアグネは完全に無防備といえた。
 無論、ブラフの無防備はいくつも見せてはいたが、それはマネキンの掩護の為のものであり熟練した戦闘経験が見せる高度な戦闘技能といえる。
 だが、少女の前で見せたこの隙は、この戦闘でフリアグネの見せる初めての完全な無防備状態だった。
「封――――」
 自在式を呟きながら少女を飛び出す。当然、足裏の爆発も併用するが、普段のように推進の為が故の加減などはしない。それこそ自分の足を吹き飛ばす勢いでの加速がなければ、フリアグネの背後を確実に取ることは出来ないだろう。
――その理由はハンドベルを潰せってことでしょっ!
「な、に――っ!?」
 背後の異常にフリアグネが振り向こうとする。が、もう遅い。
「――絶っ!!」
 斬撃と同時に封絶を展開。フリアグネを相手に二度は通用しないであろう、奇襲と同時の封絶。
 その全てが理想的な形で行えた事を剣閃の最中、少女は確信する。

 鶴の翼が如く純白の短剣から繰り出される一閃が、フリアグネの手ごとハンドベルを叩き割った。



  ◇



「はぁ――、はぁ――」
 少女は攻撃の勢いのまま地面に倒れ込んでしまう。
 ハンドベルを叩き割った後、短剣は硝子細工で出来ていたかのように砕け散ってしまった。しかし、破損した剣がただ砕けちったのだとは少女には思えなかった。
 己が役目を終えたが故に、その様は潔く消えた。どうしても、その様に思えてしまうのだ。
 それには不思議と喪失感はなく、どこか心地の良いものとも思えた。
――もう、戦えないわね。
 足はしばらく使い物にはなるまい。痛みを通り越し、その足の存在すら少女には感じ取る事が出来なかった。
――けど、これで終わり。都喰らいはお終いよ。 
「あアぁあァぁアアァ――――!!」
 虚空にフリアグネの慟哭が響き渡る。
 それが、腕の痛みが故ではないことを少女は理解していた。
 大切な存在を永遠に失ったが故の悲しみ。己が失態が招いた結末。行き場のない怒り。その全てが織り交ぜられた慟哭だった。
 膝を折り慟哭するフリアグネを見る少女は、彼女自身が不思議に思う程、複雑な感情になっていた。
 大切な存在の為に命を賭ける。自らの正義の為に悪を成す。そこには徒やフレイムヘイズ、そして人間だろうと違わないのだろう。
 使命の為に生きる彼女にとって、それは全く異質な考えと言える。
「何故だ……。どうして、お前に……。フレイムヘイズにマリアンヌを奪われなければならない」
 怒りを憎しみを悲しみをも越え、抜け殻の如く虚ろな瞳のフリアグネが少女を見つめる。
 戦闘の続行が不能だと気取られないように、上半身だけを使って少女は起き上がろうとする。しかし、既に限界を超えた少女の身体は少女の意思に従わず、不格好に足掻くことしかできなかった。
「答えろ…………、フレイムヘイズ」
「言うまでもないわ。私がフレイムヘイズだからよ」
 少女は答える。彼女にとって当たり前の解答を。だが、そう答える彼女の心は、果たしてそれだけで良かったのか、とも思っている。
「確かに……そうだったね。流石はかの炎髪灼眼の討ち手だ。この敗北は君をおちびちゃんと馬鹿にしていたが故か……。何が"狩人"だ。マリアンヌを失ったというのに――」
 フレイムヘイズにすら勝てないのか、そうフリアグネは続ける。
「それは違うわ」
「何が違うと言うんだ。マリアンヌを失い、都喰らいも失敗した。全て君の性なんだ」
「お前はエミヤシロウっていう一人のミステスに負けたのよ」
 そう少女に言われ、フリアグネは少年が居た場所を見る。
 未だ爆炎は晴れず、炎と黒煙だけがそこにあった。
「―――そうなのかもしれないね」
 自嘲気味に笑い、立ち上がるフリアグネ。その表情には何故か笑みが浮かんでいた。
 まるで憑物が落ちたかの如く吹っ切れた顔は、逆に恐怖を少女に感じさせる。
「僕の負けだよフレイムヘイズ。だがこれで終わる訳にはいかないんだ」
 フリアグネは残された右腕で懐から拳銃を取り出し、少女に向ける。
「この拳銃はフレイムヘイズ殺しのものだ。撃てば君はたちまち爆発するだろう。天罰神を宿す君の爆発はおそらく街を吹き飛ばす程のものになるだろうね」
 ゆっくりと引き金に指をかけるフリアグネ。
「都喰らいの為に、この銃は使えなかった。いや、君の爆発に僕は恐怖していたのかもしれないな」
「――――ッ!?」
 動かない身体を無理に動かそうとする少女。しかし、もともと動かないモノはどんなに無理をしても動かなかった。
「マリアンヌへのせめてもの手向けだ。無論、僕は逃げるつもりはないよ。君の名誉に泥を塗るつもりはないしね。"狩人"フリアグネが炎髪灼眼の討ち手に敗れた、という結果は変わらない」
―――こいつ自分ごと!?
 驚愕に眼を開くが、少女にはもはや成す術もなかった。
「さようなら、フレイムヘイズ。もし来世が有るのならば、彼共々、敵でなかったら良いね」


 乾いた爆発音がビルに木霊した。



  ◇



「生き、てる……のか。俺……」
 爆炎に包まれた世界で少年は目覚める。煙と炎。焼けた匂い。その景色は少年の原初の記憶、全てを焼き尽くした災害を連想させるものだった。
 見ていて気持ちの良い物ではないのだが、彼の周辺一体がそうである為、目の逸らしようがない。
「そうだ――シャナは……?」
 体を起こし周囲を身渡す。爆発を浴びせられて、今どこを向いているのかも分からない。
 自分も火傷に骨折と満身創痍であるが、痛みを奥歯を噛み締めて堪え、あくまで少女の身を案じる異常性こそが、少年が衛宮士郎たる所以であると言える。

――さようなら、フレイムヘイズ…………。

 その声に気付いた時には全てが遅かった。

 半身を起こすだけで精一杯な少女と、拳銃を向ける男。その光景が何を意味するのかは言うまでもない。
 乾いた爆発音が響く。
 少女が遥か後方、ビルの端まで吹き飛ぶ。だが、撃たれたわけではない。足裏を爆破させての突撃。すなわち少女が得意とする瞬間的な加速方法。それを少女は体を支えていた腕、その手元で使ったのだ。
 両腕を犠牲にした脱出、まさに最終手段であった。だが、それで終わるような男ではフリアグネは断じてなかった。
「逃がさないよ――」
 フリアグネは宙を飛ぶシャナを目掛けて拳銃を撃つ。
 それは実に冷静な判断だった。目の前で突然起こった爆発に同様をしていては、気付くことはなかっただろう。戦闘機動としての爆発ではなく、脱出の為の緊急加速。それも体を半身起こしているだけという、爆発に備えていない体制だった事をフリアグネは見逃さなかった。
 普段の矢のような突進とは違い、ただ吹き飛ばされるだけの少女の体は、空中で完全に無防備となっていたのだ。
 一度飛んでしまうと、足や手を掛ける場所がない限り姿勢を制御する事は出来ない。地に足を付けていれば咄嗟の行動が取れるが、空中ではそれが出来ない。 
 更には満身創痍の身体が空中で身体を捻り込むなどの回避を許す訳もなく、少女はフリアグネの放った銃弾を受けてビルの外に落ちていった。
「シャ…………ナ?」
 先程までの身体の痛みも忘れて士郎は起き上がる。全身が動くなと痛みという形で警告をするが、今の彼はそんな全身の信号を感じる事も出来なかった。
 たった数日、ほとんど出会ったばかりの少女だった。だが、そんな事は些細な事だと思わせられる程の強烈な少女の存在感。いつの間にか、まるで長い間、共に戦ってきた戦友の様な存在となっていた。
 そのあまりに大きな存在を喪失した事が、大きな衝撃となって少年を襲う。
 足取りもおぼつかないまま、フリアグネに向かって少年は歩き出す。
「賭けの相手がいなくなったら、勝負にならないじゃないか……」
 居なくなった少女に、もはや届かない文句を言う。そうでも言っていないと、少年は膝を折ってしまうだろう。
「生きて……いたのか。衛宮士郎くん」
 少年に気付いたフリアグネは振り返る。その腕には都喰らいの要たるハンドベルはなく、そして以前のような覇気もない。
「あぁ、そうらしいな」
――勝ったんだな、シャナ。
 都喰らいの阻止、その絶対的な目標は達成出来たことになる。それはフリアグネの表情を見れば明白であった。
 唯一、少年の誤算であったのは彼自身が生き残り、少女が犠牲になった事である。
 ミステスの俺ならともかく、お前が死んだら駄目だろ……。
 少年はそんな感情を抱くが、表面には決して出さなかった。なぜなら、未だ戦闘は継続しているのだから。
「僕の負けだよ。そして君たちの勝ちだ。お互いに犠牲は大きかったけどね」
 自嘲気味に笑いながらフリアグネは言う。まるで憑物が落ちたかの様に穏やかな語り口だった。
「フリアグネ。その様子だと逃げるつもりはないみたいだな。あの拳銃を撃ち込んだんだから、被害範囲から逃げればシャナを討ち取れるだろ」
――なのに何故、逃げない。
 少年は問う。
「そんな醜い真似はしないよ。こんな僕でも王の端くれなんだ。それにマリアンヌも待っているしね」
 その言葉の意味はわざわざ問いただすまでもない。これから爆発するシャナと一緒に奴も死ぬ気なのだ。
「シャナの顔を立てかつ、あの人形の元にってか」
「その通りさ。ここで僕だけがおめおめと逃げたら、君たち、そして僕の為に命を投げ出したマリアンヌへのこの上ない侮辱だ――」
 フリアグネがそう言い終えるのとほぼ同時に、空間が灼け紅蓮に染まる。
「―――ッ!?」
 フリアグネが、そして士郎が、二人とも言葉を失ってしまう。
 今二人がいる廃ビル、そこに並び立つ程巨大な存在がそこにあった。
 反応炉が如く巨大な熱源、フレイムヘイズとはいえ人間の延長線。その人智では到底制御など不可能だと圧倒される存在。世界の意思、神の怒り、考えられる全ての方法で形容し難い、それは、誰が言ったか天罰神と形容するしかない存在といえた。
「それが――、君本来の姿か。"天壌の劫火"アラストール……」
 最初に口を開いたのはフリアグネだった。しかし、その声には恐怖と畏怖、まさしく神に対する恐怖が混ざっている。
「"狩人"フリアグネ、愚かなる者よ。その宝具、我が封印を解くことでこの娘を殺すものであった様だな。ふっ、そうと分かっておれば、あの瞬間、無理に避けるまでもなかったものだ」
 周囲を威圧するその威厳で、士郎も忘れてしまっていたが、その言葉を聞いて、あの畏怖すべき存在を世界の意思でなく、アラストールだと再認識させていた。
――そう言えばフレイムヘイズ殺しだとは伝えたけど、カラクリは説明する暇がなかったっけな。
 あの口ぶり、どうやら嬉しい誤算もあったという事なのだろう。
「シャナは――、生きてるのか」
 崩れるように少年は倒れかける。
 少々の安堵が生まれたからか、少年を痛みが急に襲い出した。
「この娘はな、我が存在を全て受け止めることの出来る存在なのだ。まだこの娘自身が制御出来ぬであろうが為、我が存在は封印しているが、その様な宝具が故に己が力で身を滅ぼす様な者ではない」
 言葉で形容し難い姿をしたアラストールが、体の調子を確かめる様に腕を天に掲げ、手を握っては開いてを繰り返す。
「流石は――、炎髪灼眼の討ち手……という事か。この僕に最初から勝ち目などなかったという事だ」
 アラストールを見上げたまま膝を地につけるフリアグネ。乾いた笑いをもらしながら体を震えさせている。
「"狩人"フリアグネ。私欲の為に数多の命を奪い、世界の歪みを作った貴様の罪、その報いを受けるがいい」
 アラストールは腕を振りかぶる。単純に腕で殴り飛ばそうとしているだけと分かってはいても、そのスケールの大きさが原初の恐怖を覚えさせる。

 それはまさに神に一撃、断罪の拳。

「そこを動くな衛宮士郎。我とて加減を効かせられる保証は出来んからな」
 そう言いながら、振りかぶった腕を微妙に動かすアラストール。
 彼の言う通り、加減をする事が難しいのであろう。それは。自身の腕を何処まで細かくコントロール出来るかの確認であった。
 だが振りかぶられる腕を見てなお、フリアグネは乾いた笑いを続けていた。
 しかし、それは生を諦め観念した笑いでも、発狂した訳でもない事を少年は直感で感じた。
「ふふふ、あのおチビちゃんはこの上ない敵だったよマリアンヌ。あと少しで君と永遠に生きる事が出来たかもしれなかったけど、あの敵を相手にここまで戦ったんだ。許して欲しい」
 辞世の句とでも言うのだろうか。それはシンプルな謝罪だった。
 私欲の為に人間を喰い散らかし、世界を歪ませた紅世の王フリアグネ。
 だが、その最後の戦いはただ私欲の為の戦いと言えたのだろうか。
 少年の心にそんな疑問が生まれる。
 だが、そんな少年の感情を知る訳もなく、ゆっくりと迫るアラストールの一撃。圧倒的な質量、熱量。まさに断罪の一撃と形容するに相応しい。
 罪の報い、アラストールはそう言った。自らの死を持って罪を償えという事だ。
 罪を犯せば、罰を持って償う。人間として当たり前の事だろう。その方法が自らの死しかないのであれば……、つまり死刑とはそういう理由を持って行われて然りたのだ。

――――だが、そんな贖罪を少年は認めることは出来なかった。

「そんな贖罪、俺は認めない」
 今度は体の痛みは消えなかった。少年は自らの意思で立ち上がる。
 満身創痍、身体は悲鳴を上げるが少年はなお身体を動かす。
 全身の痛みが、逆に思考を冷静にさせていた。アラストールへの恐怖も、痛みによって幾分和らいでいる。
 ゆっくりとした足取り、それ以上の速度は出せない。だが、アラストールの拳はそれよりも遥かに遅い。
 ビルに膝を付けアラストールの拳を見据えていたフリアグネの正面に、少年は立ち尽くす。
 フリアグネの盾となるように。
 少年を巻き込まぬ為のアラストールの配慮か、それとも罪を思い返させる為の時間を与える為か、断罪の一撃はゆっくりと迫って来ていた。
「衛宮士郎、動くなと言ったはずだ。よもや貴様、その哀れな王を庇い建てするとは言わんだろうな」
 アラストールが拳を止め、士郎に警告する。当然の事だ。今まで共通の敵として戦ってきた者が、突如として敵を庇おうとしているのだから。
「そういう事になるな、アラストール。言っておくが、別に操られてる訳じゃない。俺は、俺の意志でここに立ってる。俺はコイツをアンタに殺させない」
 士郎はその警告に真っ向から立ち向かう。そのあまりに異様な光景に、フリアグネは呆然としているだけだった
「何を言い出す、衛宮士郎。その者の罪はもはや死でしか贖うことは出来ないのだぞ?」
「そんな事は知らない。俺は全てを救う正義の味方になるんだ。善人だろうが悪人だろうが、俺が生きてる限り、目の前で人を簡単に殺させない」
 アラストールの問いに士郎は頭を振る。
 何を言い出すのか、アラストールほ一瞬、困惑を見せる。
 だが、少年のその様を見て、アラストールは覚悟を感じ取った。
 狂ったのでもなく、確固たる信念の元、少年はその場に立つ。
「良かろう。貴様には好感を得ていたが、そやつを庇い建てするならば容赦はせん。貴様の覚悟を見せてみろ」
 もはや加減の必要もないと思ったのか、再び動き出した拳のスピードは、先程よりも格段に速さを増していた。
「何を……しているんだ、衛宮士郎 。マリアンヌの居ないこの世界に生きる意味なんかないというのに―――っ!」
 呆然としていたフリアグネが士郎に問う。士郎は振り返りフリアグネを見るが、その問いには答えなかった。
「――――投影、開始」
 正面を向き、迫る拳を見据え少年は呪文を唱える。
 少年が唯一許された魔術、そこから零れ落ちたる投影。その中でも特に強力な武器が無ければ、アラストールの拳を防ぐ事は出来ない。
「ガッ―――――」
 強烈な違和感。身体に慣れ親しんだ夫婦剣以外の宝具を投影しようとしているからか、身体の中を異物がズタズタに引き裂いているかのような感覚。
「ハ――――ァッ!?」
 全身の痛みを遥かに上回る激痛。気付けば少年は口から血を吐いている。だが、魔術行使を止めない。
「グ――――、ゥア――」
――――止めろ。
 身体が警告を鳴らす。内蔵は既にボロボロに引き裂かれている。
――――ヤメロ。
 視界が霞む。立っているか、それとも倒れているのか、少年は既に知覚出来ていない。
――――死にたいのか。
 依然として鳴り響く警告。激痛が走っている筈が知らぬ間に痛覚すら麻痺している。
…………うるさい、少し黙っていろ。
 少年は警告に抗い、強引に魔術を行使する。
 投影、いや少年の魔術は自身との戦いだ。
 イメージするモノは常に最強の自分。脆弱な意思を、弱い自分を蹴り飛ばし、ひたすら一つのイメージを紡ぎ出す。
「アアアァァァ――――!」
 馴染まない身体に魔力を通す。詰まった管の如く回路に魔力が通りづらくとも、大量の魔力を無理やり流し込む。
 回転数を上げる都度に魔術回路は暴走している。もはや少年の意思で停止出来ない域に到達しているが、止まっているよりはマシだと、少年は躊躇いなく魔力を流す。
 全身からは、漏電しているかの如く漏れ出した魔力が音を立てていた。
 設計図は製作済み、投影の工程も全て完了。だというのに、少年の幻想は半分実体化をしたところで膠着している。
――――ダメなのか!?
 遠のく意識を歯を食いしばって繋ぎ止める。アラストールの拳は至近にまで迫っていた。
 ここで投影出来なければ、フリアグネが死ぬ。あの拳を止める為には、今、少年が投影している剣が必要なのだ。
「頼む――――」
 血を吐きながら声を絞り出す。剣を投影している筈が、自身が剣になったかのような感覚が少年を襲う。
 残った魔力のありったけを回路に注ぎ込む。骨折、裂傷した傷口から剣が飛び出している幻覚を少年は覚える。
「頼む―――っ!」
 霞んでいた視界は更に狭くなる。少年は既に、左眼の光を失っていた。
 呼吸もいつの間にか止まっている。不足している酸素を補給しようにも、止めどなく排出される血液が邪魔をしていた。
 そんな事など無視し、少年は幻想を、最強のイメージを紡ぎ出す。
「――――来てくれ、セイバァァァアアア!!!!」
 祈り、願い、あらゆる感情が少年に、紡ぎし剣の持ち主の名を叫ばせる。

――――空間が震える。

 少年がその名を叫ぶと同時に、漏れ出していた魔力が、少年の手元一点に集中する。溢れんばかりの黄金の輝きが、灼けた空間を照らしだした。
「――――っ!?」
 その驚愕は誰の物か。そんな事すら些細のものに感じさせる、アラストールに決して引けを取らない王の威光。
 アラストールが空間を灼きつくす者とするなら、その剣は空間を切り拓く物と言えた。
 半実体化していた少年の幻想、黄金の刀剣が常世に具現化する。

――その名は、勝利すべき黄金の剣。

 王を選定する岩に刺さりし、騎士王と共に数多の戦を戦い抜いた黄金の剣。
 少年の持つ最強クラスのイメージ。騎士王の持ちしもう一振りの聖剣、約束された勝利の剣と比べればいくらか威力が落ちるとはいえ、聖剣のカテゴリーの中でこれほど強力な物はそうはない。
 拳を向けるアラストールが躊躇いを見せる。
 聖剣の威力は、見るまでもなく明らかであった。だが、彼とて天罰神と呼ばれし紅世の王。一瞬の躊躇いを打ち消し、己が使命のために腕を振るう。
「うおぉぉぉぉ――――っ!!!!」
 アラストールの拳を少年は真正面から迎撃する。

―――――灼熱の焔と黄金の聖剣、その衝突は、まさしく空間が轟く程の物だった。



  ◇



 全てが終わった後の空間は、奇妙な程の静寂だった。
 王と王の剣の衝突の余波の性か、そこには全てが吹き飛んだビルの屋上に立つ三人の人影しか存在しなかった。
「――――その様な剣が、此の世にあるとはな」
 遠雷の如く、しかしとても落ち着いた声が響く。
 天罰神アラストールの姿は既になく、少女の胸のペンダントが少年に問う。
「これは勝利すべき黄金の剣、王を選定する岩に刺さりし剣。俺が幻想した騎士王の剣だ」
 輝きを失い、ゆっくりと消え行く剣を見つめながら少年は応える。
「お前の幻想……か。この天壌の劫火の一撃を真正面から斬り捨てた物を、ただの幻想というか」
「あぁ、もう何処にも存在しない。ただの幻そ―――っ!?」
 先程までとは比べ物にならない程の血を吐きながら、少年は崩れ落ちる。
「ちょっと―――っ!!」
 少女は少年に駆け寄る。あれほどボロボロだった少女の身体は、いくらか治癒され歩行機能を取り戻している。
 崩れ落ちた少年の身体を仰向けにしてやり、少女は容体を確認する。
 それに比べ、少年の身体はこの上ない程に傷付いていた。
 打撲、骨折、裂傷、重度の火傷と無事な箇所は身体に一つもない。先程まで、立っていたことすら奇跡的な程の、殆ど危篤状態な身体状況だった。
「よ―――ぉ。シャナ――――、案外と、元気――、そうだな――」
 そんな事は関係ないのか、それとも気付くことも出来ないのか、少年はゆっくりと少女に語り掛ける。
「そっちよりは元気みたいね。待ってなさい、存在の力を補給すれば少しは回復する筈――――っ!?」
 あの激動の中、奇跡的に原型を留めていた少年の制服を破り、存在の力を補給しようと試みる。
 だが、少年の身体に起こっている奇怪な状況に思わず息を飲んでしまった。
「これ―――、どうなってるの?」
 それは、人間の身体と言えるのだろうか。否、剣の身体と形容し得るものと言えた。
 ギチギチと音を立てて、数多の剣が身体を突き破っては消え、そしてまた生える。
 なんだ、幻じゃなかったのか。少年は他人事のように、自分の身体を見るまでもなくそう思った。
 無数の裂傷の幾分かはこの剣が付けた物であろう。存在の力を補給しようと少女が少年の身体に触れようとすれば、異常に切れるその剣に阻まれる。
「ははっ―――、体は――剣で、出来て――いる、――――って事だな」
 身体には一瞥もせず、天を見上げながら少年は笑い混じりに言う。
 いつしか封絶も解かれ、天上には満天の銀鏡が煌めいていた。
「ふざけてる場合じゃないわよ。これじゃ、傷口に触れる事も出来ない――っ」
 少女は唇を噛みしめる。傷口を合わせて繋げる、治癒らしい治癒の術がない少女には、少年に直接触れなければ治す事も出来ない。
「大――、丈夫。どうせ、ほとんど――、魔力切れ――、だから。剣は、すぐ――消え―――っ!」
 もはや流れる血も残っていないのか、少年は乾いた咳をする。
 通常、回路をオフにすれば剣は消える。しかし、回路が暴走してしまっている現在、少年は自力で回路を閉じる事が出来ない。
 その為、身体に残っている魔力が完全に無くなるまでは剣の生成を止める事が出来ない状況だった。
 とはいえ連戦をした上に聖剣の無理な投影。少年の身体に残った魔力は微かなものである為、生成はすぐに終わるだろう。少年はボンヤリとそう考えていた。
「何故、そんなになるまで僕を救けたんだ衛宮士郎 」
 ゆっくりと、少年に近付きながらフリアグネは言う。少年の決死の一閃、そして火除けの指輪アズュールの結界が彼を完全に護り切った故に、彼は傷一つ負ってはいなかった。
 本来、物理的打撃に等しいアラストールの拳はアズュールでは防ぐ事は出来なかったであろう。しかし、士郎の勝利すべき黄金の剣による一閃で破壊され、炎の塊と化した拳の残骸を、アズュールが防いだことで彼の今の生がある。
「俺が、目指す――のは、全てを――、救う、正義の味方――――だ、から――な」
 天を見上げる少年の瞳が映すものはその先の月ではなく、何処か遠い過去のようだった。
 この世の全ての悪を担った男から受け継いだ、遠いユメ。
 それは呪いではなく、願い。生涯、その身を暗き深淵に置いた男が、少年へと受け継いだ光。
 そんな遠い月夜と、今宵はとても似ていた。
「もう黙ってなさい、そんなことを言ってられるほどアンタの身体は――」
「良い――、んだ。何か――、話し――――てる方、が――、気が楽――、だから」
 少女が言い終える前に少年はその言葉を遮る。
 目線をフリアグネに向け、会話を続けよう、と士郎は目で語り掛ける。
「悪を救う正義の味方なんて、おかしいだろう。僕が君にいつ助けろと言ったんだ」
 望んでもいない正義の押し売りなんて迷惑だ、とフリアグネは続ける。
「――かもな。偽善、――だって、分かっ――てる。でも、俺は――、誰かを救って――誰かを、救わな――いなんて、認めな――い。それに―――、だ」
 強い意思を秘めた瞳で士郎はフリアグネを睨みつける。
「楽に――、死ねると、思うな――よ。お前――、は、これか――ら、愛する者――、にも会えず、多くの、人を殺した罪を背負って――、生きるんだ。死んで――、楽になろうなんて、俺が――――許さない」
 言い終えると、少年は再び咳き込む。少年の命が今にも尽きそうなことは、誰が見てもすぐに分かる状況だった。
「それが、君が僕に下す断罪か」
「そう――、だ」
 フリアグネは少女とペンダントを一度見て、再び少年の方を見る。
「それは、ただ死ぬよりもよっぽど苦しいことだね。でも、僕がその通りに生きると思うのかい?」
「コイツ――――っ!」
 フリアグネの言葉に少女が身構える。大太刀を失い、ある程度の回復をしているとはいえ、満身創痍に変わりはない。
「生き――、させるさ。俺が――居なくても、偉大な、――――フレイムヘイズがいるから――、な」
 そうだろ、と少年は少女を見て続ける。
「ふっ、我ら紅世の徒に贖罪の生を生きろとはな。良いだろう、衛宮士郎。お前が消えたならばその願い、この天壌の劫火アラストールが聞き届けよう。よいな?」
 アラストールはシャナに問う。
「ふん、討滅してしまった方が楽だけど。アラストールがそういうのなら、お前の言う事を聞いてもいいわ」
 あくまでアラストールが言ったからよ、とぷいっと首を振り、フリアグネを少女は睨みつける。
「そこまで用心しなくても良い。狩人……いや、このフリアグネの名に誓ってそんな事はしない。今、この瞬間を持って狩人なんて名前は捨てて、ただのフリアグネとして罪を償って行く事にするよ」
 そう言って、フリアグネはは右手に持っていたフレイムヘイズ殺し『トリガーハッピー』を焼き潰す。
 炎の熱もあってか、それとも持ち主の意思がそうしたのか、古風な拳銃はパーツを1つもこの世に残さず、永遠に消滅した。
「これからはこの街で、僕がトーチにしてしまった人間達。その一人一人の最期を見届けようと思う。それから先は………、その時に考えるよ」
「信用できないわね……」
 キッと少女はフリアグネを睨みつけ、言う。
「信じろ、とは言えない。それに、マリアンヌの居ないこの世界には、僕自身も生きる意味なんか無いとも思う。けど――――」
 フリアグネは少年から虚空に目を移す。この世からいなくなったマリアンヌを思っていたのか、それとも自分のこれからを考えたのか、それは少女には測りえぬことだった。
「僕は衛宮士郎に救われた。僕が望んでか、そうではないのかは関係なく、その事実に変わりはない。だから、僕は君に救われた意味を探さなくてはならないんだと思っている」
 体中から生えていた剣もいつしか消え、少女に拙くはあるが治療を始められた少年を見て、フリアグネは言う 。
「信じ――るさ。そうし――、なきゃ、誰――も前に、進め――ない。お前――も、シャナも、そして――俺も――、な」
 フリアグネだけでなく、少女にも言って聞かせるように少年は言う。
 そうだ、と少年は何かを思い出したように少女に語り掛ける。
「俺が、生き残ったら――――頼み――を
、聞くって――約束、してた――だろ? 良かっ――たら、聞いて――くれ、ないか?」
 こんな時に何を悠長な事言ってるのよ、と少女は言い返しそうになる。だが、黙って聞くことにした。このままでは、少年は明日を迎える事が出来ない。
 死なせない為にも、どんな方法でも意思をつなぎ留めて置かなければならないのだ。
「名前……。君の名前は、――贄殿遮那でも、なけ――れば炎髪灼眼の討ち手、でもな――――い。それは、――得物と通り名、――だろ? もし、良かったら――シャナ、って名前、使って――くれ、ないか?」
 少女は目を見開く。そんな事のために少年は消えようとしている命の灯火を燃やしているのだ。名も無き自分に名前を付ける事を、ささやかな願いとして戦っていたのだ。
「そんな事のために――。バカよ……、お前」
 ははっ、と少年は再び力なく笑う。
「かも――、な。でも、俺――は、名前がないって――事は、悲しい――事だと思うんだ」
 遠い日、名前も家族も全てを失った事を思い出す。
 失ったものは余りにも大きく。そして与えられたものも大きかった。
 名前も無く、ただ独り世界のバランスを取る為に戦う。そんな何も与えられない守護者のような存在を、少年は認めたくなかったが故に、何かを渡したかった。
「別に名前なんて使う事もないわよ―――。でも、仕方がないわね。貰ってあげるわよ、その名前」
 良いからもう黙ってなさい、傷に触るわよ。と少女は少年を黙らせようとする。
「もう、良いよ――シャナ。言いたい事―――も、言った――し。どうせ、――俺の中――の、宝具に――、くっ付いて、――何処か、に――、行く、だ――けだしな」
 治療を止めるように少年は少女に言う。
「何に馬鹿な事言ってるのよ! もう少し、もう少しだけ頑張りなさい!」
 もう少し頑張って何か有るのか? 少年がそう言おうとした所で、午前零時を知らせる鐘が遠く鳴り響いた。
 瞬間、少年の身体に変化が起こる。
 時間を巻き戻すかの様に、身体が再生する。鐘の音が聞こえなくなった頃には外傷は全て完治していた。
 いや、巻き戻されたと形容する方が適切なのではないかと少年は思った。
「なんだ、これ…………」
 痛みも消え、少年は体を起こす。魔力こそ回復はしていないが、身体状況は完全に元通りと言って良かった。
「シャナ、――何かしたのか?」
 何が起こったのか分からず、少年は質問した。
「…………私は何もしてない。アンタが勝手に直ったのよ」
 少々、安堵した様子で少女は言う。
「勝手にってそんな都合の良いことはないだろ。フリアグネ、お前は何か分かるか?」
 少年としては異常な事態の為、とにかく早く誰かに理由を説明して欲しかった。
「まさか――――、ね。けど、そうとしか考えられない」
 驚愕を隠せない様子で、フリアグネは少年を見ていた。
「それは、お前の中にある宝具の効果。"零時迷子"の能力よ」
「零時――――、迷子?」
 ミステスの自覚が特にない少年としては、内に宿りし宝具は、自分自身、すなわち"衛宮士郎"という、この世界にとってよそ者の存在たる自分を固定する為の物としか認識していなかった。
「…………その宝具を埋め込んだ者は、時の迷子とも言える存在になる。どれ程、存在の力を減らそうと、毎晩零時に一定量まで取り戻す事が出来る」
 呆然としながら宝具の効果を述べるフリアグネ。"狩人"という二つ名を持っていた事は伊達では内容で、ご明察、と少女はそれに答える。
「つまり、永久機関って事か。それもかなり物騒な」
 自分の身体、いやその深遠に燃える灯を眺めながら少年は漏らす。
「その通りね、存在を喰らう必要がなくなるとも考えられるし、消耗を気にせず力を振るう事が出来るとも言えるわ」
「良いも悪いもリモコン――、いや使い手次第ってことか」
 存在を喰らわなければ世界に歪みは与えないが、逆を言えば喰らわずとも存在の力を補給出来るのならば、危険極まりない宝具といえる。
「僕達、乱獲者にとっては秘宝中の秘宝。フレイムヘイズにとっては決して渡せぬ無用の長物って事さ」
 もうその気はないとアピールをする為か両腕を挙げるフリアグネ、そしてその様を警戒の意を込めて睨みつける少女。
「しかし、この事実が意味する事はそういう事しかあるまいな」
 少々、思う所があるのかの如く漏らすアラストール。
「どうかしたのか、アラストール」
「いや、その宝具の元々の持ち主はかなり前に消息を絶っていたのでな。その者達に異変が有ったのだろうと思ってな」
 なんともなしに思った質問をしてから、少年は気付く。
 宝具が突然湧いて出るなんて事は有り得ず、自分、いや"坂井悠二"に転移してきたという事は前の持ち主はこの世から消えたという事になる。
 それも、零時迷子がある種の永久機関という事は、トーチの様に自然消滅をする訳もない。持ち主の消滅はすなわち誰かに殺害された事を意味していた。
 かつての聖杯戦争の時と同様、誰かの助けで命を長らえる事が出来ている現状は、少年にとって両手放しで喜べる状況ではない。
「そういう事になる……か」
「それはそれ、これはこれよ。今は自分が消えないという事実を、素直に喜んでも良いんじゃないかしら?」
 少し沈み込む士郎に少女は言う。
「そう……だな。沈んでばかりもいられないか」
 ははっ、と空笑いをしてみせる。無論、心からは笑えない。だが、らしくなくも少女が励ましてくれたからには、それに応えたかった。
「損というか、息の詰まるような生き方をするんだね、君は」
 そんな士郎の様子を見て、フリアグネは言う 。
「そうなのかもしれないな」
 それに、士郎は短く答える。何度となく言われた、歪と形容される生き方だが、それを悪い物と思うわけでもないが故の、淡々とした返事だった。
 そんな君の生き方を、僕も見習わないといけないのかもしれないね、とフリアグネは会話か独り言なのか、曖昧な言葉を漏らす。
「さて、これ以上ここに居ても、その宝具を狙ってるって思われるだけだ。僕はそろそろ行く事にするよ」
 フリアグネは踵を返して、ビルの外に向く。
「行くって、何処にだ。フリアグネ」
 士郎はその背中に問いかける。
「さっきも行った通り、しばらくはこの街にいるさ。"屍拾い"の生き方を見習う事にするよ。存在するだけで力を消費するこの身体だけど、ね」
 そう言って、フリアグネは虚空へと飛び去って行った。その姿を見えなくなるまで見続けた後、少年はアラストールに問う。
「アラストール、"屍拾い"ってのはなんだ?」
「世界のバランスを考え、略奪を良しとしない紅世の徒だ。いつか貴様と会う日が来るかもしれんな」
 変わり者の徒も居るものだ、と士郎は思うったが、それ以上の詮索はしないことにした。
「それじゃ、そろそろ帰るわよ士郎」
「あぁ、そうだな――――って。えぇっ!?」
 思わず、素っ頓狂な声を上げる士郎。
「何よ。問題でもあったの?」
「問題って程の事じゃないけどさ。名前、そういや自己紹介もしてなかったし、今まで『お前』とか『これ』って呼んでたのに、いきなり名前で呼ばれたからさ」
 びっくりしたんだ、と士郎は続ける。
「そうだった? 覚えてないわ」
 その程度の事で、と言わんばかりに少女は言う。
「そうだったんだよ。それじゃあ、改めて」
 シャナの方を向き、士郎は手を差し出す。
「衛宮士郎だ。よろしくな、シャナ」
「ふん、何が変わるって事もないけど」
 顔を突っぱねながらも差し出された手を取り、少女は少年と握手を交わす。
 握手もこれが初めてか、と少年は思ったがわざわざいうのも無粋だろうと何も言わない事にした。
 まだ、お互いの事をそれほど知っている訳ではない。だが、共に戦い握手を交わせる間柄は紛れもない戦友だった。拠り所のないこの世界で、それは小さいが確かな証といえる。
 そうして、手を離そうとすると士郎はするが、尋常ならざる握力が彼の手をガッチリと固定していた。
「痛いってシャナ! そこまでガッチリと握る必要もないだろ」
「一応、士郎のためを思って力を入れてるんだけど」
 どういう意味だよ、と少年は少女に問う。
「さあね。それじゃ、いくわよ士郎」
「行くってまさ――――っ!?」
 まさか、と言い終える事は出来なかった。
 少女は手を握ったまま、助走を付けて士郎を引っ張ってビルの外に飛び出す。
 眼下に広がるは闇夜の市街地。住宅の灯り、そこに生きる生命の輝きが、大海に映る星空を連想させる。
 少女に手を引かれ、少年は海へ、いや夜へと飛び込んでいく。
 
 嵐のような1日が終わろうとしていた。
 
 

 
後書き
ようやくの更新となりました。
ダッシュまみれで読み辛い文章が後半に続いて申し訳ないです。

フリアグネ様の改心が確実にあっさり過ぎる、上にやっつけ感の溢れる文章とは思いますが、今回はこれで取り敢えずの着地点という事で……
ではでは、また次回にお会いしましょう。 
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