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滅ぼせし“振動”の力を持って

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彼と女と唐突と

 海童は夢を見ていた・・・真っ暗な空間の中に、彼一人だけ立っており、意識はそれなりにハッキリしているという、何とも奇妙な夢だ。

 しかしこれと同じ夢を、海童は今まで何度となく見てきていた。



「また・・・あの素っ裸の大男か」



 入学式前日から当日に掛けてに見た、あの此方の言葉には何も答えない大男の夢。海童は幾度となく体験してきたからか、ひどく落ち着いている。


 今までと同じように言いたい事だけ言って去り、目の前が光で塗りつぶされて目が覚める・・・そう思い突っ立っていた海童。


 ・・・しかし、声は前からではなく、思わぬところから掛かってきた。



『オイ鼻っ垂れ、何処見てやがる』

「・・・?」



 今までの大男とは違う声が、頭上から聞こえてきたのだ。姿は見えないのに声が聞こえ、しかも何故だか聞き覚えがある。



『ったく・・・顔上げて見やがれ』

「上・・・なっ!」



 居た、と言うよりはあった。

 シルエットはハッキリ見えるが、顔のつくり等はぼやけている、身長も体の幅も大き“過ぎる”髭を蓄えた男が。

 男は海童が自分の方を向いた事を確認すると、何が可笑しかったか特徴的な笑い声で笑い出した。



『グラララララ・・・やっと気ぃついたかよ、若造』

「この声・・・あんた、入学式の・・・!?」

『さて、気が付いたんなら時間も少ねぇし、伝えたい事を言っちまうぜ』



 男は恐らく薙刀であろう得物を立てると、苦笑しているのであろう声色で話しだした。



『まずは・・・お(めぇ)、空中に向けて“力”撃った時、地震引き起こしちまったよな? ありゃ仕方ねぇよ、まだお前さんは細かいコントロールも使い分けも出来ねぇんだから。衝撃波と振動がごっちゃになる事もあらぁな』

「衝撃波と・・・振動?」

『これは追々覚えて行け。そんでだ、前も言った様にお前の力は鍛え研ぎ澄ましゃ応用法も見つかるし、俺も助言ぐらいはしてやるよ・・・早速、今回最初の助言を二つ・・・最初も含めりゃ三つだ』

「・・・それは?」

『一つ、拳だけが武器だと思わねぇ事だ。全身を砲口に見立てろ。二つ目は・・・長ぇ得物もったら、そいつを体の一部として力を試してみな、今のお前でも単調ながらすごい事が出来るぜ』

「・・・長い得物・・・か」



 男に言われた事を頭の中で反芻していると、男がハッとなって少し下がり、残念そうに話す。



『おっと、ここまでみてぇだな・・・何時になるか分からねぇが、次を待って鍛えてな・・・あばよ! グララララララ!』



 特徴的な笑いを再びかまし、大男は海童へ背を向けて去って行く。

 そして、素っ裸の大男の時と同じように、彼の視界が光で塗りつぶされて―――――





「――――ん、・・・ちゃん・・・カッちゃん!」

「・・・う、ん?」
「何時まで寝てるの? 夕ご飯出来たよ」
「ハル姉・・・ああ、今行く」



 春恋の声で目を覚ます。



(あの大男は誰なのか・・・何故力を知っているのか・・・言いたい事は山ほどあるが・・・今は力の使い方だな)



 そして、食卓へ向かいながらも、食卓で食べながらも、夢の言葉の意味を考えるのだった。

















 すっかり日が暮れ暗くなった野外。生徒は皆寮内へ帰って、辺りには人も居なくなり、フクロウの鳴き声が響くのみ。

 そんな日の落ちた時間のある寮の屋根の上に、コダマは座っていた。



「来たか」



 彼女が閉じていた目を開けて上を見ると、他人には見えないがコダマには確かに見える、小人が三人彼女の元へ飛んで来ている。



「お嬢! 戻ったぜ!」
「調べてきましたー」
「課せられた任は終わったぞ」

「よくやった、苦労掛けたな。・・・カグヅチ、イカヅチ、ノヅチ」



 髪の毛が炎の様な赤い小人、髪の毛が尖った白い小人、ただ一人の女の小人はコダマの近くまで寄り、まずノヅチと呼ばれた女の小人が調べ物の結果を口にする。



「外からの侵入者さん達はもういなくなられたようで、姿も反応もありませんでした」
「へっ、どうやら『カミガリ』の連中、外からは諦めちまったようだな」
「学園長さんのお陰ですかね?」
「だが油断ならない。既に内部まで潜伏し終えている者が居る可能性もあるからな」

「うむ、その通りじゃ。新入生など特にいい隠れ蓑になるじゃろうて」


 そこまで言うと顔を険しくし、コダマは脳裏にある一人の人物を思い浮かべる。それは、入学式の時には確かに胸に紋があり、宿敵だと思って警戒したのに何時の間にか、コダマは血の騒ぎを感じなくなっていた、謎の“破壊”の力を持つ男・大山海童だ。



「まずは身近な(カイドウ)から確かめるべきか・・・仇成す敵か、寄り添える味方か―――我が仇敵かを」



 もう用は無くなったか、コダマはカグヅチ、イカヅチ、ノヅチを連れて屋根から飛び降りる。

 外は本当に無人となった。







 さて一方、夕飯を終えリラックスタイムに入っている海童達はと言うと、ちょっと遅めのデザートタイムか、食卓でケーキをぱくついていた。

 ケーキはテーブル上に二つしか無く、今席をはずしているコダマの分は冷蔵庫の中にでもあるのだろうかと、この光景だけを見たならばそう思う所だが、何故か海童はちゃんとテーブルについてコーヒーを飲んでいるのに、肝心のケーキは目の前はおろか何処にも置いていない。



「オイシーですハルコ先輩! これって手作りですか?」
「うん、中々いい出来に仕上がったから、食べてもらおうと思ってね」
「料理だけでなくお菓子も作れちゃうなんて、凄いです! あむっ」
「まだあるから、落ち着いて食べてね?」



 嬉しそうな顔でイナホがケーキを食べるのを、春恋は料理人冥利に尽きるといった表情で眺めている。
 ・・・が、海童の前には何時まで経ってもケーキなど来ず、本人すら何も言おうとしない。


 不思議に思ったか、イナホが二つ目のケーキをもらいながら海童へ聞いた。



「海童様? 何故ケーキ食べないんですか? ハルコ先輩のケーキ、とっても美味しいんですよ!」
「いや俺は・・・」



 言い辛そうにする海童の台詞を、春恋が苦笑いで引き継いだ。



「あのねイナホちゃん。カッちゃんさ、実は甘い物が大の苦手なのよ」
「ええっ!?」
「甘い物と言ってもフルーツなら、甘すぎなければ食べれるんだけど・・・」
「ケーキやアイスクリーム・・・饅頭とかもダメだ。食ったら・・・本気で気持ち悪くなる」
「ホント、ビックリするほど顔が真っ青になるからねぇ」
「しょうがないだろ・・・本気で嫌いなんだ」



 甘い物を想像してしまったか慌てて空になったカップにコーヒーを入れて飲み干す海童を、イナホと春恋は不謹慎かなと思いながらも笑いを抑えきれずクスクスと漏らす。

 淹れたコーヒーが少なくなり、イナホが五つ目のケーキに入った(春恋と海童が半ば呆れている)頃、ようやくコダマが返ってきて、席を立った海童の目の前に立つ。



「なんですか? 姫神先輩」
「ああ、明日は休日だからな。ワシと付き合ってもらう」
「は?」

「「え?」」



 コダマから海童へ向けての発言の直後、リビングの空気が時を止めたが如く固まった。そのまま部屋へ足を進めようとしたコダマだが、イナホの傍にあるケーキを見て歩みを止め、春恋の方へ向き直る。



「ケーキはまだあるかの?」
「れ、冷蔵庫に・・・」
「うむ、いたたくぞハルコ」
「ど、どうぞ・・・」



 カチコチな空気など気にもせず、コダマは冷蔵庫へケーキを取りに行くのだった。



















 翌日の九時過ぎ。



「・・・」



 付き合え発言の真意は“買い物に付き合え”と言う意味であった様で、海童は指定された場所でコダマを待っていた。
 同室なのに何故待ち合わせをしているのかなど、それはコダマに聞くしかない。

 時計がすこし後ろにあるベンチに、深く腰掛け帽子を深くかぶって顔の上半分を隠している海童は、さっきから殆ど動いていないが何かあったのだろうか。


 ・・・だがそれよりも、大丈夫かと問いたくなる三人が植え込みの中にいた。



「本当に、やるんすか天谷先輩」
「二人は気にならないの? あの二人のデートが」
「そりゃ、勿論気になるっス! けど・・・」
「はい、取っても気になります、けど・・・」

「「何でこんな格好しているんですか?」」



 その三人は春恋、イナホ、碓なのだが、まず植え込みの中にいる時点で問いたくなる。次に全員探偵ルックであり何でそんな格好していると問いたくなる。

 本人達は隠れているつもりだろうが、所々植え込みからはみ出しており、気配が隠し切れていない事も合わせて、どこからどう見ても怪しい三人組であった。



「昔から尾行するなら探偵ルックだって相場が決まっているのよ」
「この季節にコートは暑いです・・・」
「なんと言うか、ずれているというか・・・」

「待たせたの」


「「「来たっ・・・!」」」



 まだ文句や其の他もろもろ言いたかった二人だったが、お目当ての人物が来た事で息をひそめる事に集中した。

 コダマはかなりめかし込んでおり、ゴスロリ風のそのファッションは碓が前上げていた、彼女の魅力の内の“可愛さ”を引き立てている。



「姫神さん・・・かなりの気合いの入りよう・・・!?」
「可愛いなぁ、流石姫神先輩だぁ」
「ほ、ホントに不味いかもしれないですっ・・・!」



 疎らに居る人達も、彼女に思わず視線が行ってしまう程、今日のコダマはより一層美少女ぶりに磨きがかかっている。

 ・・・だというのに、海童は座ったまま反応を見せない。声を掛けたのに返事しない事を訝しんだコダマは、更に一歩近づいて・・・反応見せない原因に気が付く。



「おい、どうした?」
「・・・・・・」
「・・・む?」

「すぅ・・・すぅ・・・」

「こやつっ・・・!?」



 そう、海童は思いっきり寝ていたのだ。寝ているのなら下手に呼んだ所で、返答も反応も無い事など当たり前である。



「起きんか!!」
「いっ!?」



 頭を思い切りたたかれてようやく目を覚まし、目の前にいるコダマを見て海童は呟いた。



「・・・何でここに居るんですか」
「ワシと待ち合わせしとったじゃろうが!」
「・・・あ」
「あ、じゃないわ! 全く・・・!」



 寝ている間にすっ飛んだ記憶をどうにか戻して、海童は立ち上がり歩いて行くコダマの後に続く。そんな二人を、植え込みの中からエセ探偵三人は見ていた。



「そういえば海童様、朝早く出て特訓されてましたから・・・」
「ここにきて一気に眠気が来たんすね」
「とにかく・・・このデート全力で阻―――監視しましょう!」
「「はい! 副会長!」」 




 幅の広い通路を挟んで店が立ち並び、通路上にはアーチ状の屋根がかかっている、何処かオシャレな道を、海童とコダマは歩いて行く。

 ガラス窓から見える商品の数々を見ていた海童は、ふと値段がかなり安いのに気が付いた。



「・・・異様に安いな」
「ここ天日は国が特区として認めた場所でな、物価や行政はおろか法まで本国とは違うのじゃ」
「まるでここが一つの国みたいですね」
「そうとも言える―――なっ!?」
「・・・はい?」



 奇妙な返しを受けて眉をひそめた海童が、何なんだと別の場所へ向けていた視線を戻す。そんな奇妙な声を上げたコダマは、ある場所のガラスケースに張り付いて息を荒くしていた。



「ここっ、これはまさか・・・本来ならば来週発売予定の、あのクマール社限定ベア『ハヅキちゃん』か!?」
(あのとか言われてわかるの、志那都先輩ぐらいだっての)
「値段もけしからん!実にけしからんのじゃ・・・っ、いくぞカイドウ! 迷う事など何もない!」
(・・・ぬいぐるみなんて何に使うんだよ、邪魔なだけだろうが・・・)



 流石に喜びで舞いあがっている人物へ本心など明かさず、黙ってコダマの後からドールショップ入って行く海童。


 結局件の『ハヅキちゃん』他ヒヨコだの兎だのを計五体も買って、二人は店を後にした。


 その後も、アクセサリーショップ、ファッション雑貨、よく分からない銘柄のブランド物の店などを回り、興奮してはコダマは勢いよく海童はゆっくり店に入り、目を付けたモノ以外もどんどん買っていく。



「ほぉ! これは新しい品じゃの!」
「はい、先週入荷したばかりでございます」
(何時使うんだ? そんな小さい物を)


「おお、これは中々・・・編み込みとフリルが素敵じゃの」
「この商品は職人の腕あってこそでして・・・」
(・・・丈夫なバッグ一つで事足りないか?)


「此方も良いが、うぅむ此方も捨てがたいのぉ・・・」
「ゆっくり選んでくださいね」
(どっちも同じだろうが、その服)



 一々心の中であっても愚痴らなければ行けない程、コダマの買い物は海童にとって理解できないものであった。

 ・・・ちなみに女性が服を選ぶのに時間がかかるのは、男性から見れば同じでも女性には色や造型の違いが細かく映り、少しずつながら違うものに見える為、ちょっとした違いを見分けて好みを選ぶから時間がかかるらしい。

 勿論個人差は有るので、鵜呑みにしない様に。



 入っては出て、入っては出てを繰り返し、やがて山となった包を抱えながら海童は目を細めて思った・・・こんなに沢山使わんだろ絶対、と。



「さて、ここが午前のラスイチじゃな」
「・・・ここは・・・!?」



 ビシッと指差した先にある店を、顔をずらして何とか視界に入れた海童は、思わず目を見開いてしまう。
 何せそこは男性には本格的に縁の無く、連れとしてもはいる事は無い筈の・・・ランジェリーショップだったからだ。



「ほれ行くぞ!」
「な・・・俺は男ですよ!」
「だからなんじゃ、つべこべ言わずについてこい」
「・・・くっ」


「姫神さん・・・!? 海童君を連れてなんてとこに・・・!?」
「は、ハワワワ・・・!?」
(何だか羨ましいぞ畜生! 大山の野郎っ!)



 店内には当然の事ながら女性用下着が多く、温泉で爺臭いと言われどもやっぱり男の子な海童は、必死に目のやり場を探してサングラスが掛けてある場所で目線を止めた。



「あら、コダマさん彼氏が居たなんてね?」
「そう見えたのならば節穴にも程があるぞ、キクエよ・・・っと、これにするか」
「試着してみる?」
「!?」
「うむ、そうじゃな・・・しかし今日は中々の収穫じゃの」
「新作の搬入、昨晩だったからね」



 試着のために無理矢理サングラスから目を外す事になり、プレゼントだけ見ながら足音を頼りにコダマへついて行く。

 カーテンで円形に仕切られた場所に付き、コダマが中へ入って行く途中で、店員が何やら可笑しそうに海童へ目を向けた。



「コダマさんの彼氏さん? 覗いちゃダメですからね?」
「彼氏じゃないと言うとろうが・・・カイドウ、覗くなよ」
「・・・分かってますよ」



 カーテンを閉め着替え始めたコダマに、海童は気になった事があったか声をかける。



「何故今日は俺を買い物なんかに?」
「使い勝手がよさそうじゃったからの」
(・・・オイ)



 その後無言の数分が続き、幾つか買い終えてからようやくランジェリーショップを後にした。神経を削りに削られたのか、海童の目つきは元から不機嫌に見えるというのに、今は本心も合わせて余計機嫌が悪く思えた。



「そろそろ昼餉の時間じゃな。ちょっと置くまで行くぞ」
「・・・美味しい店でも知っていると?」
「まあ飯はそこそこ美味いが、その店の本質はそこでは無いな」

「・・・何処に行く気だっての・・・」



 これまでの事で不満が結構溜まっていたか、呟かれた独り言は少しドスが利いている。


 コダマの言った通り大分奥まった場所まで海童は連れて来られ、周りには何だか怪しげな店ばかり立ち並んでいるのが見えて、本当に大丈夫だろうかと目を細める。

 やっと着いた様でコダマが立ち止まり、目の前の扉を開けるとカランカランと鈴の音がなった。



「「「お帰りなさいませー、ご主人様、お嬢様ー♡」」」



 店内に足を踏み入れたと同時ぐらい、両脇と前方から聞いた事のない出迎え文句を聞き、普通のレストランと比べると少し場に似合わない格好の店員を見て、海童の表情は呆気にとられた物になる。

 案内されるままに席に座って一先ず荷物を置くと、向かいに座ったコダマに聞いた。



「ここは一体?」
「メイド喫茶じゃ。知らんかったのか?」
「名前だけなら・・・」



 恐らく名前を知っている『だけ』で、メイドが何なのかも分かっていなかったであろう。その証拠に、コダマから簡単な説明を受けてもまだ首を傾げている。


 そんな二人に、出迎えたメイドとは違う女性がテーブルの傍に来て、ちょっとハッチャケたポーズを取った。



「ご主人様にお嬢様っ、メイド喫茶「メイプル」へお帰りなさいませー♡ 今日はこの『あずきん』が、美味しいお食事と楽しいサービスで日々の疲れを癒して差し―――」
「・・・志那都先輩?」
「上げまっづ!?」



 驚きのあまりか銀のトレイを床に落とした女性は、何とメイド姿なれども志那都アズキその人だったのだ。
 固まってしまうアズキへ向けられる海童の目は、ここで働いていたのか、といった別段悪意も照れも何も無い視線で、コダマは知っていたか別に反応もせずメニューを開いている。



「ワシは何時も通り慈しみのカルボナーラ、カイドウには情熱のサイコロステーキでも頼もうかの」



 ごく普通に注文してきたコダマへアズキは詰め寄り、かなり必死な声と形相で海童を指差し講義した。



「ちょっ、おまっ、姫神!? どうして、何で海童を連れて来てんだよっ!?」
「おやぁ? お嬢様やご主人様へそんな口を聞いても良いのかのぉ? なぁ、あ・ず・き・ん?」
「こんのっ・・・!?」



 コダマが常連客でしかもよく考えなくても誰を連れてこようが彼女の勝手なので、アズキは言う事が無くなってしまい黙る。

 地面に落ちたトレイを手にとって立ち上がり、アズキはコダマでは無く海童の方を向いた。



「それではご主人様、お嬢様。お料理の方すぐにお持ちします・・・のでっ!!」
「いっ!?」



 海童が驚くのも無理は無い。何せ、それなりに固い筈のトレイを素手で真っ二つに折り曲げてしまったのだから。
 唖然となる海童へ、アズキはかなり引き攣った笑みを浮かべて再度向き直る。



「ごゆっくりと、御寛ぎになってください♡(言ったら殺す、言ったら殺す、言ったら殺す・・・!!)」
「・・・(言われたくないなら何でここで働いてんだ・・・?)」




 ごく単純な疑問も口な出す事は無く、ゆっくり静かに海童は頷いた。

 そこから離れた席では、何時の間に入ってきたのか未だ探偵服姿の三人が、ばれない様にばれない様に、時々様子をうかがっている。



「凄い格好ね、アズキさん」
「でもちょっとうらやましいです」
「そうっすかね?」

(・・・あれ? 鉾にもお客さんが居る・・・天日ってそこまで人多く無いのに・・・)



 春恋の見ている先には、男か女か判別しにくい服装の人間が居り、少なくとも休日遊びに来た学生には見えない。


 春恋が何とか人相を確認しようと体を動かし、数分後に諦めたのと時を同じくして、海童とコダマのテーブルに料理が運ばれてきた。



「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」



 それだけ言うと、これ以上は居られないとアズキは足早に去って行った。・・・と、途上で春恋ら見知った顔を見つけ、思わず立ち止まる。



「なにやってんだ副会長にイナホに碓」
「えっ・・・? 何でバレた?」
「いや、ばればれだってそんな変な恰好してても」



 そんな一悶着など知らず、海童とコダマは目の前の料理に手を付け始めた。



「では頂くかの」
「頂きます」



 食事そのものはすぐ終わり、デザートのケーキ(勿論海童は頼まない)と合わせて紅茶やコーヒーを飲んでから店を後にする。



「「「言ってらっしゃいませー♡」」」



 食後すぐに買い物と行ける状態ではないのか、次に二人が向かった場所は湖のある公園のベンチだった。



「どうじゃった? 中々食事も上手かったろう」
「まぁ・・・サプライズがありましたがね」
「確かにサプライズと言えるモノじゃったの、アレは」



 それから気持ち良さそうに伸びをするコダマへ、ちょっと焦った様な顔のカグヅチが声をかける。



「お嬢、お楽しみの所悪いがよ、重要な事忘れてないよな?」
「重要な事? 大事な事・・・ハッ!?」
「・・・お嬢」
「わっ、忘れておる訳無かろう! ちゃんと策も用意してっ、あるのじゃから!」
(忘れてたよなコレ!?)



 カグヅチは唖然とした顔になるが、カグヅチの声が聞こえない為にコダマが急に大声を出したように海童は聞こえ、何の脈絡もなかったからか訝しげな顔をしていた。



「姫神先輩・・・何ですかいったい?」
(見ておれよカグヅチ! ワシの魅惑のテクニックでこやつの正体暴きだしてやるわ!)



 コダマは顔を伏せた直後、行き成りベンチに片膝を掛けて、海童に前から寄り掛かる様な格好を取る。そして、魅惑のテクニックを披露した。



「きさっ、貴様の胸元を見せ、見せんかあっ!?」
「は? 胸元?」



 訂正、テクニックもクソも無い力技であった。しかも、彼の胸元は温泉で何度も見ているのに今更こんな事を聞くという事は、かなりテンパっている事もうかがえる。慌て過ぎである。

 何やってんだと呆れた顔で、海童が一先ずコダマを押しのけようとした・・・その時。




「ちょおおおぉぉっと待ったあああぁぁっ!!」



 まだ尾行を続けている春恋達が隠れている植え込みとは別の植え込みから、四人の人間が飛び出して来た。



「誰だ・・・?」
「誰じゃっ?」

「俺は小林英(こばやしえい)!」
「僕は田中美斐男(たなかびいお)!」
「私は山田椎助(やまだしいすけ)! ・・・そして隣が今しがた入会した蛇山栄輝(へびやまひでてる)さん!」

(どっちかと言うと、入会“させられた”ように見えるんだがな?)



 何で入会させたのかはさて置き、ストップコールを掛けた彼等の内一人美斐男が、何やら感情がやたら籠った声で叫ぶように話し始めた。



「自分達は姫神コダマファンクラブの者! 貴方の可憐さと美しさに心奪われ・・・そして心を一つにした者達です!」



 そう言えば以前温泉の脱衣場で、碓がこのファンクラブの事を言っていたなと、海童は思いだした。確かに彼らはコダマ命と書かれたはっぴを着て、英はそのコダマ命が無駄に達筆な大文字で書かれた旗を持っている。



「貴方は僕達の女神であり、正に憧れそのもの・・・そんな貴方が! そんな有象無象の輩に心を奪われてしまうなど・・・あってはいけない! 許されないのです!」

(オイオイ・・・まるで女神というかタチの悪いアイドル狂信者だな)



 仕事でやっているアイドルならともかく、コダマは幾ら容姿が整っていようとも所詮一生徒でしか無い。そんな彼女が誰に恋しようが(恋している訳ではないが)勝手なのに、彼らの発言は本当に海童の言うとおりちょっとタチの悪い物だった。

 そこまでさせる魅力がコダマにあると、そう受け取れなくもないのだが。



「たとえ力尽くでも! 先へ進んでしまう事を阻止しなければいけない・・・行くぞ皆!」
「「男を取り押さえるぞっ!!」」



 やたらと必死に向かってくる英、美斐男、椎助を見た海童が右手を構え、背後にある湖に“破壊の力”をぶつけて脅して去らせようかと力を込め始める。

 だが、それをコダマは片手を広げてとどめると、指二本をそろえて軽く目の前に付きつけた。



「やれやれ・・・今年の天日の入試は阿呆さの度合いでも競っていたのか・・・フン!!」
「「「あえっ?」」」



 その指を後ろへ振るった途端、姫神コダマファンクラブの三人は見えない力で高々と放り上げられ、湖に勢いよく落下してしまった。

 これは表向きには《インビジブル》というサイコキネシスのようなものとして通っているが、その実態は彼女が使役しているカグヅチらを使って放り投げているのである。

 どちらにしろ見えない力で動かされているのに違いはないので、コダマも否定しないのだ。



「しばらくそこで頭を冷やす事じゃな。ある意味助けてやったのじゃから感謝も付けるとよいぞ」

(まさか本気でぶつけるとでも思われてたのか・・・?)

「・・・さて」



 意外と信用されていないのだと海童が軽く溜息を吐くが、まだ終わっていないらしくコダマは残った一人に顔も向けた。



「蛇山とかいったか、お主はよいのかの?」
「・・・こっちは目的が違いましてね」
「目的じゃと?」
「ええ・・・姫神コダマ殿に―――」



 言いながら蛇山は袖をまくり、宝玉が嵌ったリストバンドが付いて居る部分を晒す。そしてニタリと笑うと・・・手首から肘側に向けて伸びる、逆手持ち状態の様な刃が出現した。



「決闘を受けてもらおうと思いましてねぇ!!」



 この距離で振りかぶっても届かないし、逆手持ちのような形状で腕から生えているのなら近距離でも届かないのではないか・・・そういった予想を蛇山は裏切ってきた。

 マケンであろう刃が変形し、蛇のようにうねって地面を斬り裂きながら伸びてきたからだ。



「うおっ!」



 その一撃でベンチと湖の策を砕く。変幻自在な刃と合わせて、中々に厄介な力だ。

 海童は横によけ、何とかやり過ごす。



「ん? ・・・ぬっ!?」
「なるほど、それが主の目的か。だが―――」



 何時の間にやら、コダマは蛇山の腕と頭に脚を掛けて乗っており、腕を組んで堂々と立っている。



「決闘の儀も行わず斬りかかるなぞ、戦士では無く外道の行いじゃな」
「はっ! やかましいんだよ小娘!!」



 又も刃がうねり伸び、飛びあがったコダマの胸元を切り裂いた。ギリギリで服のみにとどまったが、蛇山の攻撃はそこで終わらない。



「俺の魔剣(ブレード)『スネーク』の形状は思いのままに変えられてな! 伸びてうねって切り裂くまでテメェを追い続けるぜぇっ!!」

(こやつ着地を・・・!?)



 まだ空中に居るコダマの着地地点を予想し、蛇山は『スネーク』を放ってきた。コンクリートを砕きながら、得物を狙う蛇の如く両の刃は迫り来る。

 対抗する為か指を構えたコダマは・・・横からいきなり何者かに抱えられ、一緒くたになって倒れる。飛びこんで抱えてきたその者は海童だった。


 ・・・が、立ち上がろうとした所であるハプニングに見舞われる。



「ぬむっ・・・?」
「うっ・・・」



 何と入学式と同じハプニング・・・即ちキスを交わしてしまっていた。海童も必死になって飛び込んできたので、こうなるとは予想していなかったのだろうし、勿論の事ながら意図的にやった訳ではない。

 だがそんなラッキースケベなハプニングが起きようとも、場の状況は否応なしに変わる。



「この状況で・・・何いちゃ付いてんだガキ共がァッ!!」



 背後にいた蛇山が、怒りの言葉と共に叩きつけるように『スネーク』を伸ばして来た。その刃があと数㎝で海童の背中に届いてしまう・・・・・・そう思われた、刹那。



「ドオオオッ!!!」
「は?」



 海童の叫び声と共に、実にアッサリとスネークは弾かれてしまった。驚きのあまり動きの止まる蛇山の顎に、今度は海童のアッパーが炸裂し、蛇山は受け身も取れずゴロゴロと転がる。


 蛇山へ向かう彼を見て・・・コダマはある事に気が付いた。



(カイドウの胸に紋が浮かび上がって・・・それにこの力は・・・!?)

「スゥゥ・・・」

「くそっ!!」



 息を吸い込み始めたのを狙って、蛇山は再び刃を伸ばして迎撃しようとする。しかし、閉じていた目をかっと見開き、海童は天に向かって震えるほど吠えた。



「オオォォオオオッ!!!」

「ぬぐっ・・・!? う、おおっ!? ぐおおおああああっ!!!」



 叫び声が力として具現化したが如く、コンクリートを抉りながら蛇山に衝撃波が襲い掛かり、全身を巨大な拳でぶっ叩かれた様に、蛇山を背後にあった木々もろとも吹き飛ばした。

 傍目には前方広範囲の攻撃に見えたが、実際は一点に集中していたか、蛇山の胴体にはそれこそ拳を打ち込まれたような跡が刻まれていた。


(間違いない・・・衝撃波にエレメントを感じる・・・これは兄上と同じ・・・魂の収束(ブラッドポインター)・・・!!)


「スゥゥ・・・ハァァ・・・やれば出来るもんだな」



 海童の顔には笑顔が浮かんでいるのだが、内心は衝撃波を全身から出せた事よりも、自分の力が一時的に上がったような感覚を受けた事に戸惑っていた。

 コダマの言った魂の収束と、何か関係があるのだろうが、現時点では海童には何も分からない。



「す、凄いですよ海童様!」
「相変わらず何つー破壊力だよオイ!」
「大丈夫、カッちゃん?」
「・・・? 何でお前らがここに居るんだ?」

「「「うっ!?」」」




 海童の活躍に思わず飛び出してきてしまい、結果春恋達は自分等が行っていた事がバレてしまう。
 そんな、睨むような目つきで海童が問い詰める湖近くから離れた場所で、コダマは蛇山の上に仁王立ちになっていた。


「オイ、意識があるなら答えろ。聞きたい事がある」
「・・・聞きたいのはこっちだっての・・・何なんだあいつは・・・」
「答えろ、貴様は『カミガリ』の者か?」
「・・・半分はハズレってとこだな」
「半分だと?」



 蛇山は自嘲的な笑みを浮かべて、大人しくコダマの質問に答える。



「天日学園の有力な生徒の情報を持ちかえればっ・・・『カミガリ』に採用してもらえるって条件でな・・・女の手引で搬入者を装って忍びこんだが・・・結果この様よ」
「・・・えらくペラペラ話すものだ」
「どんだけバカでかい力だろうと結局はマケンじゃ無い力、それに負けた奴を雇いなんかしねぇだろ」

(いや、あいつの力はある意味マケン以上に反則だが・・・)



 内心そう思っていたコダマだが、個人的な事だからか押し込めて、湖の方を見た。



「では、ファンクラブの奴等は最初から関係ないと」
「あたりめーよ、俺ぁガキと貧乳には興味ねぇからな」
「・・・ほう・・・!?」



 コダマの地雷を踏んだ蛇山が、この後天高く飛ばされていったのは言うまでも無い。生きてはいるだろうが、口は災いのもとだとこれからしっかり刻んで欲しい物だ。






 ・・・しかし、この戦いを陰から見ている物が居た。




「はい・・・、姫神コダマに関しては殆ど分かりませんでしたが・・・しかしもう一人興味深い生徒が見つかりました」



 その人物は―――何とランジェリーショップのキクエと呼ばれていた女性だった。ビデオカメラを手にしたまま、携帯で『カミガリ』と思わしきモノと連絡を取っている。

 蛇山の言っていた女とは彼女だったのだ。



「・・・はい、ではその生徒のデータを・・・きゃっ!?」



 念の為かビデオを確認しようとした瞬間、キクエの手めがけて稲妻の様な物が投げつけられ、ビデをカメラを弾き飛ばされてしまう。


『どうした!?』
「いえ・・・何でもありません。それでは」



 携帯を切ってキクエは地面に転がったビデオカメラを見る。そこには電撃がはじけており、ところどころ壊れている為、使えないのはおろかデータの破損も確実だろう。




「左遷で済めばいい方か・・・気に入ってたんだけどな、ここの仕事は」

(お嬢の命、果たしたり)



 そんなキクエを、姫神が使役する小人・イカヅチが上から見ていた。もう一つの暗躍も、呆気なく終了したのであった。





 イカヅチからの報告を受けていたか一人で軽く頷いていたコダマは、連絡を聞き終えてから海童へ向き直った。


 海童は申し訳なさそうな表情で、帽子を押さえて頭を下げる。



「さっきはすいませんでした・・・助ける為とはいえ・・・」
「いや、よい。代わりに礼を言わせてもらうぞ?」
「はい? ・・・むぐっ!?」
「んぅ・・・ぷはっ。これが、その気持ちじゃよ」



 二度目の接吻を自分からしたコダマは、意味深な笑みを浮かべて下がった。



「ふじゅじゅ、ふじゅじゅじゅっじゅじゅじゅじゅじゅ~~~・・・」
「うわあぁぁぁああん! ひどいですぅぅううっ!?」
「カ~イ~ド~ウ~・・・!!」

「何なんだ・・・何が起こってんだってのオイ!?」
「フフフっ」



 結局の所、この日のデートもどきはまたもやドタバタで終了してしまったのであった。














「なるほどなぁ! そりゃ災難やったなぁ! ハハハ!」
「笑い事じゃないんですよ・・・」



 翌日の昼。


 教室では無く検警部の部室で、海童は昼食を取っていた。・・・とはいっても、まだ弁当箱を開けていないのだが。

 部室にはチャチャと季美がおり、海童の顔にやたら疲れが見えたので聞いた所、先日のデート(?)の件を海童は話し、大笑いが返ってきたという訳だ。



「でもでも・・・海童君、キス、しちゃんたんでしょ?」
「そやなぁ、ホンマは美味しいと思ってるんちゃうかぁ?」



 二人の楽しそうな言葉を受けた海童は、歯を僅かに食い縛って顔に手を当てて、軽く項垂れながら頭を振った。



「イナホには散々泣かれ、碓は間接キッスさせろとか言って俺とキスしようとしてきたのが?」
「どきっ♡」
「どきっ、じゃないですよ、普通に気持ち悪いですって」
「ならハルコは? ハルコはどうやった?」
「ハル姉は逆に反応が無くてですね・・・何だか不気味で・・・」
「確かに不気味やなぁ」



 言いながら弁当箱を開けた海童は・・・次の瞬間絶句する。



「ケ、ケーキオンリー・・・だと・・・!?」
「アハハハハハ!! しかもクリームで『スケベ』やて! 流石ハルコやなぁ! ダハハハハハ!!」



 甘い物が食べられない海童は全部チャチャと季美に食べてもらう事になり、結果この日は弁当抜きで苦しい思いをするのであった。

 
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