| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第18話 嵐の後始末

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。

とりあえずJrを次の任地へ送り込まなければ、いつまで経っても緑が丘の呪いが解けないと思い
投稿いたします。若干短いです。 

 
 宇宙歴七八五年 八月 統合作戦本部


 正直申し上げまして、嵐はまったく収まっていませんでした。

 アントニナは俺の余計な……間違ったかもしれない……いやたぶん間違った意見を鵜呑みにし、翌日早々フレデリカに喧嘩を売った。最初はいつものように挨拶から始まり、次にフレデリカの被った分厚い猫の皮を鋭く指摘し、席から立ち上がったところを先制平手打ち。結局、教師が仲裁に入るまで三ラウンド八分三五秒。アントニナのTKO勝利……と折角綺麗な顔に大きなくまと絆創膏を貼り、ストレートのブロンドをぼさぼさにしてしまったアントニナ本人が拳を挙げ、これまでも見てきた晴れ晴れとした笑顔で証言した。

 当然のことながら先に手を出したこと、挑発したことにグレゴリー叔父はカンカン。アントニナを激烈に叱りつけたのだが、殊勝に黙って聞いていたアントニナの行動にかえって不審を抱いて聞き、その理由を聞いて深く肩を落としたそうである。誰に入れ知恵されたのかというグレゴリー叔父の追求には、頑として応えなかったのは……さすが幼くても『女は度胸だわ』と感心せざるを得なかった。

 だから薄々と俺の入れ知恵だと分かっていたグレゴリー叔父から、妹達の見えないガレージで一撃貰ったのは仕方ないと諦めている。ていうか一撃で済んで良かったと心底思った。

 そして現在。小官ことヴィクトール=ボロディン少尉は、傷だらけの勝者?である義妹であるアントニナを連れて、ハイネセンで評判のケーキ店で逸品を購入し、メイプルヒル(グリーンヒルのクセに!!)にあるグリーンヒル少将宅を訪れたわけで。

「……なるほど。理由は伺った」
 ボロディン家とはまた趣の異なった広めのリビングで、俺とアントニナは腕を組んでいるグリーンヒルを前にしていた。俺の見るからに現在のグリーンヒルは少将ではなく、大切な娘を殴られたただの父親であった。
「だが拳を挙げさせたのはいささか野蛮であるとは思わなかったのかね?」
「正直、示唆した自分もそう思います」
「……結果として良ければ、それまでの過程はどうでもいいと、君は思うか」
「思いませんが、他に方法が思いつきませんでした」
「なんという浅知恵だ。軍人である君が、教育者にでもなったつもりかね?」
 悪いですがその台詞、黒いクソ親父(=シトレ中将)にも言ってやってくれませんかね、と内心で思いつつも、俺はソファから立ち上がり、深くグリーンヒルに頭を下げた。グリーンヒルは腹に据えかねているようだった(それは当然だ)が、グリーンヒルの横に座っていた夫人が、俺の顔を見て小さく溜息をついてから口を開いた。

「もしかして二・三年前、私がハイネセン第二空港の地下駅で発作を起こした時、助けていただいた士官候補生の方じゃありませんか? 確か、ヴィクトールさん」
「……はい」
「やっぱり……あの時はお礼もお詫びもせずごめんなさい。私の事を運ぼうとしたホームで、フレデリカが貴方のことひどく罵ったあげく、腿を蹴り上げたでしょう?」
「九歳の少女の蹴り上げなど、痛くも痒くもありません。それよりご無事でなによりでした」
 俺が夫人に応えると、まったく初耳だという壮年と少女が驚きの表情を浮かべている。俺もフレデリカがボロディン家に来た瞬間にそれは分かっていたが、あえてフレデリカが遠回しに拒絶したことから黙っていたわけで。グリーンヒルは唖然としているし、アントニナは『どうして教えてくれなかったのか』と完全にむくれている。

「……それとこれとは別だと、分かっているかね?」
「はい」
 むくれるアントニナを連れて、グリーンヒル夫人がケーキと一緒に二階へと上がっていくのをよそに、俺とグリーンヒルはソファで対峙していた。
「……君は本当に怖い物知らずだな。亡きアントン=ボロディン中将もそうだったが、ボロディン家の血はそうにも荒々しいものなのかね?」
「小官は血液や遺伝を根拠とした性格というものは信じておりません。性格構築はまずもって幼少期における教育環境によるものだと思っております」
「なるほど。実に現実的な発想だ。娘の頬とひっかき傷の保障として聞きたいが、君に怖いものはあるのか?」
「チョコレートの中に巧みに隠されたアーモンドと、ボロディン家の平和な未来です」
 俺の正直な返答に、グリーンヒルは一瞬目を丸くした後、膝を叩いて含み笑いを浮かべている。
「君の前では艦隊司令官も艦隊参謀長も怖くない存在と言うことか。出世欲とか名誉欲とかは、君にとってはたいしたことがないものだと?」
「出世も名誉も俗人としての欲求は持っています。ですが家族の平和と自由と安全、それを支える国家の安全に比べればたいしたことはありません」
「国家の安全……君は政治家かそれとも統合作戦本部長にでもなったつもりなのかね?」

 俺はこのグリーンヒルの質問に、猛烈に腹を立てた。目の前で良い香りのする四客のティーカップを底浚いして床に叩き落とし、石作りの上品なテーブルの上に足を載せて踏みつけたいくらいに……だが小心者の俺は、フィッシャー中佐直伝の表情管理をフル活用して、どうにか心を落ち着かせると、とびきりの笑顔で応えることしかできない。
「勿論です。常に高く広い視野で考えることが戦略研究科出身の軍人の、生涯の任務ではないでしょうか?」

「……君は本気でそう思っているのか?」
 数分の沈黙の後、グリーンヒルは紅茶を二杯飲んだ後に、そう応えた。今手にある三杯目を持つ手は、俺にも分かるくらい震えている。
「はい。本気です」
「道理で怖い物知らずなわけだ。立っている場所が違うわけだからな。なるほどシトレ中将閣下が、人事に干渉してでも手元に置いておきたい気持ちも分かる気がする」
 カップの中身を一気に飲み干した後、どうにか落ち着いた様子で、グリーンヒルはソーサーに戻し足を組み直す。
「ここでの話は他言無用に願いたい。誓えるかね?」
「誓います」
 どうせろくでもないことを言うのは間違いない。俺はそう思ってあっさりと応えた。そしてやはりグリーンヒルの口から出た質問は、やはりろくでもないものだった。別な意味で。
「君は近年における現在の政治の腐敗と経済・社会の弱体化に関してどう対処すべきと考える?」

 俺はあえてその質問に答えることを拒絶した。その質問に対する答えは既に用意してある。だがこの答えを今グリーンヒルにするには、あまりにも俺の地位は低すぎ、権力も実力もない。この会話を録音し、後日俺を攻撃・処刑するための証拠にする可能性だってあり得る。少なくともその質問に答えるほど、俺はグリーンヒルという人間を信用してはいない。だいたい一介の少尉にする質問ではない。

 あるいは、と思う。グリーンヒルはこういった『お前だけが頼りだ』みたいな甘い囁きで、多くの軍人を籠絡してきたのではないかと勘ぐってしまう。それは原作でも前線で実働部隊を指揮すると言うよりも、参謀や各部局でキャリアを積み上げてきた彼に許された、あるいは前線指揮官としての功績に乏しい彼にできる唯一の人誑しの術なのかもしれない。

 グリーンヒル夫人を仲介して、フレデリカとの完全な手打ちを終えたアントニナと共に、ゴールデンブリッジの官舎へと戻る間そんなことばかり考えていたので、すっかりアントニナのご機嫌は悪くなってしまった。百貨店やアイスクリームスタンドで散々散財させられて、さらに山のようになったお土産を官舎まで運ばされて、ようやくアントニナは落ち着いてくれた。さらには七月の休暇には費用すべて俺持ちで、家族全員とフレデリカを郊外のコテージへ連れて行く約束までさせられた。さすがにそれは俺の給与では不可能なので、やむを得ず、『真にやむを得ず』俺は高級副官(ウィッティ)も巻き添えにせざるを得なかった。ウィッティが二つ返事で了承したので、よからぬ気配を感じた俺は当日必要時以外は奴に目隠しさせておいた。

 そんなさんざんな六月と七月を過ごし、俺はようやく士官学校卒業より二回目の八月を迎えることになる。

 この時期は統合作戦本部に限らず、あらゆる部局・部隊がざわめきの坩堝に落とし込まれる。昇進する者、配置転換される者、昇給する者、逆に左遷される者。軍に新たに加入する者達を含め、多くの軍人軍属のこれから半年ないし一年、あるいは数年先の未来が決められる。

 自動的に中尉へと昇進することになる俺ら士官学校卒二年目は、いよいよ実働部隊への配属が解禁される。戦場・戦火の中へと向かうことになる。今年度の同窓名簿で名前が赤字になったのは、休暇中の交通事故で亡くなった一人だけ。七八〇年生、任官拒否六七名も含めた卒業生四五三六名のうち、今あるのは四五三五名。これからは加速度的に赤字の名前が増えていくだろう。次が自分でないとは限らない。

 自分の執務机の電源を投入し、携帯端末を填め込む。机上に現われた投影画面には複数箇所からの仕事のメール以外に、最優先事項と親展のマークがつけられたメールが表示されていた。本日一六三〇時に人事部第一三分室に出頭せよとしか書かれていない。それは中尉への昇進と、新しい任地の通告に他ならない。俺はフィッシャー中佐にその事実を淡々と告げると、中佐はゆっくりと頷き黙って軽く肩を叩いてくれた。統計課長のハンシェル准将は今更ながら「貴官がいることで査閲部も以前に比べてずいぶんと活気が増していたんだがな」と言ってくれたし、クレブス中将は「そうかご苦労」の一言だったが年季の入った力強い握手をしてくれた。査閲部の老勇者達はみな俺を思い思いに俺との別れを惜しんでくれた。

 一六三〇時。俺と同じ統合作戦本部に初任することになった七八〇年生一〇数人が、人事部第一三分室の前に集まっていた。俺が到着すると、顔を知っているせいか皆俺に向かって敬礼してくる。先任順序とはいえ同期が、軍隊のしきたりに染まりつつある事を、俺は答礼しつつ感じざるを得なかった。

 一六三三時。俺の名前が呼ばれ、分室内の応接室に入ると、人事部の壮年中佐が補佐役の若い女性兵曹長と並んで俺を迎える。形式だった挨拶に続いて、中佐の手から辞令が交付され、兵曹長の手で少尉の階級章が外され新たに中尉の階級章がジャケットの左襟につけられる。ものの一・二分の儀式だが、これが地獄への門へ進む必要な儀式なのだ。

 俺は辞令を開いて、先ほど中佐から告げられた次の赴任先を確認する。

 宇宙艦隊司令部所属 ケリム星域方面司令部傘下 第七一星間警備艦隊司令官付副官。

 フレデリカのようにいきなり正規艦隊の艦隊司令官付副官ではないにせよ、士官学校首席卒の中尉としてはまずまずの赴任先だ。しかも事実上、上官は警備艦隊司令官と参謀数名のみということ。
 ケリム星域といえばハイネセンのあるバーラト星域の隣接星域であり、緊急的な事態がない限り帝国軍との戦闘はないといっていい、いわゆる安全圏。
 ただしケリム星域はバーラト星域に次ぐ同盟有数の巨大な経済圏を有している。星間警備艦隊の主任務である交易路の防衛や星系間航路のパトロールは、同盟の経済自体を防衛していると言っても過言ではない……またシトレのクソ親父が武勲を立てさせない程度に学習してこいとの干渉でもしたのかと思い、第七一警備艦隊司令官の名前を確認したところで、俺は久しぶりに足が震えるくらい愕然とした。

 顔写真には生気に満ちた壮年寸前の男が映っている。その下に階級と名前が記されていた。

 アーサー=リンチ准将。

 それが次の任地における、俺の仕えるべき司令官の名前だった。


 
 

 
後書き
2014.10.13 更新 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧