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【IS】例えばこんな生活は。

作者:海戦型
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例えばこんな俺は赦されないと思ってただろ

 
前書き
ギャグを求めている人は絶対に読んではいけません。次回まで内容がアレです。 

 
10月13日

ゴエモンの顔からは一切の人間らしい表情が無くなっていた。
いつも周囲を和ませるような雰囲気を纏っているゴエモンも、すっとぼけているゴエモンも、どこかズレているゴエモンもそこにはいない。私の知らない真田悟衛門の顔、彼がひた隠しにしていた姿があった。

「俺の一番嫌いな物、ジェーンは分かる?」
「・・・・・・”無責任な父親”だろう――自分も含めて」
「正解。無責任で、直ぐにどこかに行って、ちゃんと子供とも向き合おうともしない――そんな父親なんか誰だって嫌いになるでしょ?俺はそうなりたくなかった」
『ゴエ、モン・・・?』

唯一事態について行けないオウカだけが困惑してゴエモンの名を呼ぶ。今までに感じたことが無いほどに希薄になった自我と、マイナスの感情。だが、ゴエモンはその問いに答えず、ただオウカを優しく撫でるだけだった。
今日は無理を言って人払いをかけたから、この部屋には誰も来ない。ジェーンとゴエモン、そして二人のパートナーIS。4人しかいない。

「そうなりたくなかったけど――宋詞朗に『本当は俺は父親だ』なんて言えない。言ったらみんな幸せにならない。沢山陰口叩かれて、変な目で見られて、きっと虐められる。だから、父親でないふりをするしかなかった。どっちにしろ、父親がいないだけでもみんなは人を虐めるんだよ?俺には宋詞朗に合わせる顔なんてなかった」
「目の事なら光子さんは気にしていないと言っていたし、お前だけが悪いわけでもないだろう」
「ジェーンには分からないよ!!」

その叫びはとても悲痛な響きが籠っていて、その心の痛みはISコアたちにダイレクトに伝わる。オウカは既に声を殺して泣き出していた。ごめんね、と力の無い声でゴエモンが謝る。

「悪いとか悪くないとか関係ないんだよ。責任の所在を追及したところで事実が覆る訳でもなし、俺がそのことを忘れるわけでもなし」

きっと、決して忘れる事の出来ない経験だったろう。その全てが。

「でもね、俺は一度そのことを忘れかけたんだ――オウカと出会って」
「IS適性試験に伴う学園への移籍か」
「ちょっと違うかな。俺はさ、女の子に好かれるのが怖いんだよ。だから学園に来てからはISコアとばかり向き合ってきた。自分の不安や不満を解消するように、オウカにばっかり構ってた」

女性に好意を向けられるたび、ゴエモンは母親との行為を思い出す。汗のにおい、母親の嬌声、その身体の感触。それもとても辛かったが、何よりも辛かったのは――ゴエモンが母の懇願を断れなかったこと。そして、拒否できなかった結果が宋詞朗を産んだこと。
あんなことになっても母親をどうしても嫌いになれなかった。そもそもゴエモンは人を嫌いになることが一番辛いのだ。だから、ゴエモンはその全ての嫌いを自分に集中させることで他人を嫌う事を止めた。

その代償として芽生えたのが女性を拒めない自分への吐き気を催す嫌悪と、女性に求められることへの忌避。求められ、断れず、また過ちを犯す事への恐怖。女の子の好意と向き合うのが怖いのだ。

「篠ノ之の好意も気づかないふりをしていたのか?」
「多分・・・無意識にだけど」
「オウカやISコアにばかり喋りたがるのは、彼女たちが肉体を持たないからか」
「コアの子はみんな好きだったよ。それに嘘偽りはない。でも、オウカが人型を手に入れて俺に接しているときに、ふと気づくんだ。俺は少しずつ、オウカの好意を受け入れる事が怖くなってきてるんじゃないかって」
『わ・・・私がいたから、ひっく!いけ、ないの・・・・・・?』
「そうじゃないよ」

泣きながら尋ねるオウカに、ゴエモンはかぶりを振った。

「本当はオウカに会う前から分かってたんだ。女の人と関わり続けると、いつか・・・今じゃなくても遠い未来に、誰かに好きを越えた感情をぶつけられるかもしれないって。そこから逃げてた自分に気が付いて、それが辛かったんだ。あるべき感情があるべき場所に戻った――それだけのことだよ」
「その割に、私やラウラが家族になることには抵抗が無いみたいだが?」
「家族なら、交際することにはならないし・・・・・・一度家族になってしまえばもう間違いは起きない」
「いや、光子さんと起こしただろ間違い」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

沈黙が部屋を包む。


















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・い、言われてみれば確かに!そこまで考えて無かった!」



「そうかつまりお前は・・・ど~~~しようもなく 馬 鹿 なんだな」

凄く動揺した顔でプルプル手を震わせるどうしようもないお馬鹿を前に、ジェーンは盛大な溜息を吐いた。



 = =



結論から言うと、トラウマを抱えようが恋愛恐怖症みたいな症状が出ようが、この男が根本的にずれていることには変わりないらしい。本当に気が抜けているというかなんというか。あれだけ人にとって重大なことっぽい内容を話しておきながら自分で話の腰を折るとはどんな頭の構造をしているんだろうか。
しかし、だからと言ってゴエモンの心の傷が癒える訳ではない。ひとまず落ち着いたゴエモンだったが、未だにその顔色はすぐれなかった。
オウカは寝かしつけた。ニヒロはこれ以上口を挟む気が無いらしく、この場はゴエモンとジェーンの二人きりだ。

「俺はさ」
「・・・・・・なんだ?」
「本当はこんな所でのうのうと暮らして、皆と笑ってていい人間じゃないって・・・・・・思うことがあるんだ。普段は感じないんだけど、理屈じゃないんだ。俺はみんなと違って汚れてるんだって・・・思い出すように浮かんでくる。何度沈めても、気を抜いた瞬間に目の前に現れるんだ」

皆の曇りない笑みを向けられる自分を、どこかで軽蔑している自分。でも同じくらいに笑顔でない人を見るのが嫌いだから、笑顔にさせようとする自分。普段は何も考えずに人の笑顔を求めてる。
でも――オウカを見る度、逃げていた自分と鉢合わせする。母さんとソウを見る度に、過去を思い出す。それは必死で考えまいとしていたジレンマ。気が付いた時には挟まれて、もう抜け出せなくなっていた。

「母さんを受け入れた時・・・・・・すげえ怖かったんだ。何か、全然分からないけど凄く悪いことしてるような気がして。母さんの裸を見てもいっしょに風呂に入ってたから今更気にしては無かったんだけど、あの時は違った。雰囲気か、臭いか・・・とにかく、俺の身体に絡みついてくる母さんが悪いものに憑りつかれてるんじゃないかって思うほどだった」
「あの当時、光子さんは正常ではなかったって本人が言ってたな」

だからこそ、正常に戻って欲しかった。そのために、異常だと思っている行為に文句も抵抗もしなかった。それさえ乗り越えればきっと元に戻ってくれると信じていたから。今になって思えば何の根拠もない思い込みでしかなかった。

「・・・・・・自分が何されてるのか分からなくて、何をやらされてるのかも分からない。でも気持ち良くて、その気持ちいいのがすごく怖かった。母さんに頼まれたからってこんなことをやって、悪い事だとどっかで思ってるのにそこに快楽がある。なんていうかな・・・・・・」

考えるように首を傾げ、一人で得心したように言葉を続けるゴエモン。まるでカウンセリングでもしている気分だ。

「そう、麻薬だ。副作用のない麻薬に一緒に手を出してて、でも『これは本当に使って大丈夫なものなの?』っていう不安がずっと圧し掛かっている感じだった。母さんが『もうやめよう』って言い出した時は・・・・・・その時は、内心でほっとしたんだ。やっと元の母さんに戻ってくれたって」

親による性的虐待は女性のものばかり取り上げられがちだが、実際には男性側のものの方が深刻なトラウマを負うことが多いらしい。その実態は被害者が口を噤んでいるため分からないが、ゴエモンにとっての不幸は、そこで話が終わらなかったことなのだろう。

「ある日さ、母さんが朝ごはんを突然もどしたんだよ。ごめんなさい、なんて俺に謝って来るけど謝られても困る。きっとパートで無茶をしていたんだと思って、大丈夫だって言ってる母さんを引っ張って無理やり病院に。そこで・・・・・・ソウ――宋詞朗のことだけど、とにかく身籠ってるって言われたんだ」

最初は言われてそうなのかとしか思わなかった。でも母の顔色は、つわりとは別に青くなっているような気がした。不思議に思って色々調べて――その結果、自分と母のやったあの行為が原因なんだと知った。

「それからは大変だった。近所の人に手伝って貰ったりもしたけど、母さんが生活の支えだったもんだから必死に家事洗濯買い物とやらなくちゃいけなくなって・・・・・・それでふっと見ると、母さんのおなかが膨れていくんだよ。妊婦さんなんて見るのは初めてだったから、不安しか感じなかった。これから母さんがどうなってしまうのか分かんなくて布団の中で眠れない日を過ごすのも、珍しくなかった」

出産には――無理を言って立ち会った。自分が父親なんだと思うと、顔も知らない自分の父が逃げ出したことをどうしても思い出す。でも、母を捨てたくなどない。ずっと家族として一緒にいたい。母さんに悲しい顔なんてさせたくなかったから、目の前で苦しみながら赤子を産もうとする母さんの手をずっと握った。

「赤ちゃんが生まれる瞬間なんて、中学生で見る事になるとは思わなかったな。こう、頭から出てきてさ。最後はお医者さんがその頭を掴んでずるっと・・・・・・赤ちゃんが泣きだした時はびっくりしたけど、母さんと一緒に喜んだ。ずっと妊娠させてしまったことに罪の意識ばかり感じてたけど、誕生の瞬間を見ちゃうと・・・もう止めておけばよかったとは思えなかった」

生命の誕生の瞬間に立ち会って、産まれたその子供を笑わせていたいと素直に思えた。そして漸くゴエモンが自分なりに区切りをつけようとした矢先に――判明した遺伝疾患だった。ひたすら、ソウに申し訳なかった。それでも母さんと一緒に面倒を見た。泣き出したらあやして、笑ってくれたら一緒に笑って。

「ソウの世話を焼いてるいちに、俺は自分が何なのか分からなくなった。ソウの父親として面倒見てるのか?ソウの兄として面倒見てるのか?父と名乗らない怖がりな俺に父親を名乗る資格があるのか?将来、ソウは真実を知ってなお俺の事を恨まずにいてくれるか?」

ソウとちゃんと向き合うのが怖い。自分が誰かを好きになって、結ばれて、営んで子供を産む瞬間に、ソウが自分の事を見ている気がするのだ。何を伝えるでもなく、見ている気がするのだ。その目がどうしようもないくらいに不安を掻きたてられて、人を好きになることそのものが怖くなっていく。

ソウは時々、何という用もなく俺を見ていることがある。遊んでほしいわけでもお腹が減ったわけでもない。言葉はまだ全然覚えていなかったから質問しても答えてはくれない。その目が脳裏にこびり付く。

今はいい。まだ年齢的には高校生だ。でも大学生になって結婚できる年齢になったら?成人したら?その時に本気で相手を好きになってしまった時に、自分はそれにどう向き合えばいい?ソウの目を気のせいだと言い切って目先の幸せに溺れられるか?自分勝手な理由で恋を諦められるか?相思相愛だった時に、断った瞬間の傷ついている顔を放っておけるか?もしそれで母さんのように行為を要求されたとき――断れるのか。

ぐるぐると質問が回るばかりで、それで漸く出した答えが一つ。この胸の内の悩みを誰かに覗かれたくはない、という逃避だけだ。

「好きになった人がいたとしてさ。俺は母親を妊娠させて息子がいるんだ、なんて言えるか?俺は言える気が全然しなかった。世間ではそういうのはよくないことだって言われてるし、みんながみんなは受け入れてくれないだろ。でもそれを考えてしまうとソウの存在を否定しそうになる。ソウは悪くないんだ。母さんだってほんの少しの時間、間違っただけだ。悪いのは――やっぱ、そんなことを考えてる汚れた俺なんだよ」
  
 

 
後書き
真田親子の懺悔。トラウマ。優しさ。
いっそ変更するか無かったことにとも思ったんですが・・・・・・ 
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