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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第17話 いろいろな嵐

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。

やっぱり今回もJrは中尉に昇進できません。ボロディン家に緑が丘という嵐が吹きます。
Jrはシスコンですかね、やっぱり。 

 


 宇宙歴七八五年二月~八月


 キベロン訓練宙域における第三艦隊の演習は査閲部からも好評のうちに終了した。

 最終評価報告はハイネセンに戻ってから提出される事になる。現場で出来ない作業や、他の演習との比較統計などの作業も、ハイネセンで行われることになるだろう。それでも一ヶ月程度か。七八五年の新年はあまり良い気分で迎えられそうにはなかった。

「まぁ、坊主。失敗って言うのは誰にでもある。人死にならずによかったじゃねぇか」
 ハイネセンに戻るなり、軍人生活残り一ヶ月となったマクニール少佐に連れられていつものバーに行くと、少佐はそう言っていた。軍隊生活四二年。前線勤務も後方勤務も俺の人生の二倍(前世分も入れれば実は同じなんだが)経験した古強者は、どうやら戦死せずに退役できるようだ。
「ただなぁ……正直俺の年金だけでかみさんと二人で年金生活というのは難しいかもしれねぇなぁ。貯金もそれほどあるわけでもねぇし」
 後一五年ぐらいして戦争で負けたらさらに削られますよ、とは言えない。そうならないように頑張っているつもりだが、初手から躓いてしまった感がある。

「いずれにしても、戦争はこれまで一三〇年以上続いているんだ。坊が退役するまでになくなっているとは考えにくい。だいたい坊は首席卒なんだ。出世の機会なんか何処にでも転がっているさ」
 少々落ち込んでいる俺を慰めるように、少佐は俺の肩に手を回して言う。酒の臭いに加齢臭が加わっても、これはこれで仕方ない。前世での接待を思えば、何てことでもない。
「退職金も出るから、とりあえずしばらくはかみさんと旅行に出て、それから官庁系のアルバイトを探すかな。あ~俺を女子大の教授にでも雇ってくれないかな。バロンみたいに」
「若い愛人が麻薬中毒になっても知りませんよ?」
「男だったら、それくらい本望なんじゃねぇか少尉!?」
 冗談か本気か分からないような、少佐の気迫あふれる返答に、俺は引きつり笑いを浮かべることぐらいしかできなかった。

 基本的に同盟軍は二月と八月に大規模な人事を行うことになっている。八月は主に新兵や新任士官・下士官の入隊による編成関連の人事が主であり、二月はその対月として功績を挙げた者や退役者の整理などが主となる。特に大きな戦役に参加したり、大きな功績を挙げたりしない限りはこの時期に昇進・賞罰が決定する。また士官学校卒業生の場合、公報として『同窓名簿』が各個人の端末へと送られる。

 ただ昨年任官したての少尉は、取り立てて降格に値する処分がない限り、ほぼ間違いなく次の年の八月に中尉へと昇進する。いわゆる自動昇進だ。そして少尉では配属されることのなかった辺境・前線勤務が始まる。おそらくロボス中将の不興を買った俺は、下手をすれば軍役終了(=金髪の孺子によるゲームオーバー)まで辺境巡りの可能性がある。シトレもそうそう人事に干渉は出来ないだろうし、グレゴリー叔父はああ見えてかなり潔癖なところがあるから呼び戻すという期待はできない。

 故に俺は査閲部で仕事を真面目にこなしつつも、時折老勇者達の経験談を聞きまくっている。マクニール少佐には砲術、フィッシャー中佐からは艦隊運用技術、他にも誘導弾・地上戦・後方支援・物資調達・野戦築城などなどなど、ここにいるのはその道で苦労して食ってきた人ばかりだ。中には気むずかしく偏屈な……むしろそんな人ばかりなんだが、丁寧に教えを請うてみるとフィッシャー中佐の言うとおり、野卑だが紳士だった。

 二月。周囲の好意で、夫人を職場に呼んでの花束贈呈に、さすがのマクニール少佐も目を赤く腫らしていた。
「こいつがボロディン少尉だ。如才ない孺子だが、いつか必ず統合作戦本部長になる。俺が保障する」
 夫人に俺を紹介する時、少佐がそう言ったことが気恥ずかしかったが、夫人の穏やかな笑みと深いお辞儀に、敬礼する手が震えたのは言うまでもない。他にも数人が査閲部を最期に退役することになり、その日の査閲部は殆ど仕事にならなかった。が、翌日から別所より転属されてきた人達への教育やらなんやらで、あっという間に日常へと戻っていく。

 フィッシャー中佐は二月の人事で異動はなかった。中佐には悪いが、俺としてはそれが一番嬉しい。本人も苦笑していたが、まんざらでもない様子で教えてくれる内容が段々と濃く、マニアックになってくる。そういったことを休日、自宅で寛いでいるグレゴリー叔父に話すと。
「……シトレ中将の贔屓も程々にしてもらわないとなぁ」
 と、背後で料理をしているレーナ叔母さんには聞こえない声で呟いていた。

 そんなこんなで仕事に聴講にと忙しくも楽しく平和な日々を俺は送っていたが、嵐は突然やってきた。

 六月一八日。久しぶりの休日。グレゴリー叔父が遠征で出張中。フィッシャー中佐は夫人とお出かけ、他の同僚もそれぞれ少ない休みを満喫している為、聴講もなくぼんやりと数少ない私服に着替え、レーナ叔母さんの舵を手伝いつつ、末妹のラリサの勉強を手伝っていた。

 午後一時。五歳とは思えぬラリサの、数学に対する貪欲な学習意欲にタジタジになりながら、レーナ叔母さんと作ったサラダ、ボルシチ、水餃子に紅茶と昼食を準備していく。グレゴリー叔父が海賊討伐遠征で不在、アントニナは朝から行方不明、イロナはジュニアスクールの合宿で不在。なのに、コースが五人分用意されているのに俺は不審に思ってレーナ叔母さんに尋ねた。

「あぁ、それはね。アントニナの友達が今日、こっちに遊びに来るのよ。何でもその子のお父さんも軍人さんで、しかもグレゴリーと同じ少将だそうよ。それで転校早々アントニナが意気投合しちゃったらしくてね。それからというもの時々向こうの家に行ったり、遊びに来たりするのよ」
 キッチンから聞こえてくるレーナ叔母さんの声は軽く浮かれている。
「ウェーヴのかかった金褐色の髪とヘイゼルの瞳の調和が取れた凄い美少女でね。ほらアントニナは肌が私にて薄茶色にストレートのブロンドでしょ? だから一緒にいると色違いの対称が取れていて、見てるだけでうっとりするわよ」
「へぇ……アントニナの同級生なんだ」

 なんだろうか……すごく嫌な胸騒ぎがする。

「そう。でもちょっと大人びているかしら。お母さんが少し病気がちで、入退院しているらしいの。それが原因かもしれないわね。あ、それと頭は凄く良いわよ。一度覚えたことは忘れないみたいで、学校の成績もトップみたい。イロナは随分と尊敬しているわ」
「ふ~ん……叔母さん。俺、昼食終わったら外でていいかな?」

 もはや俺の心の警告灯は真っ赤に染まり、サイレンがガンガンと鳴り響いている。冗談ではない。父親が少将? 金褐色の髪? ヘイゼルの瞳? 母親が病気がち? 記憶力抜群? 満貫じゃないか!!

「それはいいけど……せっかくだからその子とじっくり話していきなさいよ。あんまり低年齢の子に興味を持ってしまうのはどうかと思うけど、その歳にもなって浮いた話一つ聞かないなんて、軍人だとしてもどうかと思うわよ?」
「いやいや。仕事が忙しくて、そんなヒマありません」
「時間は作るものですよ。まったく。そんなんじゃ私、エレーナに顔向け出来ないじゃない」
「は、ははは」
 頭を掻いてごまかすしかなかった。だが、嵐はすぐそこまでやってきていた。

「ただいま、お母さん!!」
「おじゃまします」
「お帰りなさい。手を洗ってきてね。すぐ昼ご飯にするから」
「「は~い」」

 アントニナの突き抜けるような明るい声の後にある、張りはあるのにそこはかとなく威圧感のある声が続く。正直、その声まで似て欲しくはなかった。顔を覆いたいぐらいだ。

「ヴィク兄ちゃん、おはよ」
「お、おう。朝早かったのか?」
「フライングボールの朝練もあってさ。あ、ヴィク兄ちゃんは初めてだっけ?」
「な、にが?」
「この子。フレデリカ=グリーンヒルって言うの。フレデリカ、この人がいつも僕の言ってるヴィクトール兄ちゃん」
 俺の顔を見て、その子……後の不敗の魔術師の副官にして妻(ただし一一歳の)の顔も引き攣っている。確かにその顔には見覚えがある。あの時、空港地下のホームで痴漢野郎呼ばわりしたあの美少女。向こうもこちらがあの時の『痴漢野郎』だと分かって引き攣っているようだった。

「……初めてお目にかかります。ドワイド=グリーンヒルの娘で、フレデリカと申します。ヴィクトール少尉のお話は、妹さんからも父からも伺っております」
「……いつも妹がお世話になっています。グリーンヒル少将閣下にはつい最近小官もお世話になりました」
 つまりあの時のことは『なかったことにしろ』と言いたいワケか。そして余計なことを言ったら少将に言いつけるぞ、と。
 レーナ叔母さんの言葉でもないが、なんと大人びたことだ。天真爛漫なアントニナと比べるまでもないし、どちらが俺の好みかと言えば、それも言うまでもない。そして彼女に罪があるわけではないが、彼女の存在の後には、あのグリーンヒルがいる。娘の出会いと憧れを、上手い具合に利用してヤン=ウェンリーを取り込もうとした。娘の幸せも当然考えてのことだろうが、前世地球でもよくある閨閥構築にはいろいろな意味でお近づきになりたくない。

 帝国領侵攻でシトレとロボスは責任を取って引責辞任した。だがグリーンヒルは査閲部長に(現在査閲部にいる俺としてはかなり腹の立つ話だが)左遷されただけで、軍に残留することが出来た。
元帥のいないあの時の同盟で大将の地位にあったのはクブルスリー、ビュコック、ドーソン、ヤンそしてグリーンヒルの五名。
 仮にクーデターを起こさなかったとしても、ビュコックは老齢でそれほど長く宇宙艦隊司令長官を務めることは出来ない。ドーソンは事務職としては優秀な人材かもしれないが、小心で神経質で人望が薄い。クブルスリーはいずれ本部長になると噂された人物であるが、グリーンヒルのほうが『先任』だ。そしてヤンは有能な軍事指揮官で卓越した戦略家だが、若すぎるほど若い。

 つまりグリーンヒルは『いつでも要職に戻れる』環境にあった。ブロンズ中将など後方・情報系の将校にも、ルグランジュ中将のような実働部隊にも人望がある。ビュコックが軍を去った後、ドーソンがボロを出せば、グリーンヒルに復職の可能性すらあるわけだ。しかも今後三〇年は同盟軍の大黒柱になるであろうヤンは娘婿。

 俺が転生したこの世界が、原作通りに物事が進むかどうかははっきりしない。だが俺が何も干渉しなければそうなる可能性は高い。あれだけの被害を出して失敗した作戦の参謀長が、辞任あるいは予備役にならないというのは、どう考えてもおかしい。そして復職の可能性すら残している。どうしてそんな奴に近づきたいと思うか。

 昼食の場で、アントニナと笑顔で話しながら、こちらを丁重に敬遠するフレデリカの綺麗な横顔を一瞥して、俺は横に座るラリサの質問に耳を傾けつつ思った。

 結局、俺はフレデリカが家にいる間、彼女と俺はなんら感情の挟む会話をすることはなかった。一度嵌ったら飽きるまでトコトンのめり込むラリサの性格にはこの時ばかりは感謝しきれない。夕刻になって無人タクシーを呼び、グリーンヒルの官舎への行き先登録をすませると、ボロディン家は総出でフレデリカを見送った。

 フレデリカの乗った無人タクシーの姿が見えなくなるまで手を振っていたアントニナは、ようやく手を下ろすと、大きく一つ溜息をついてから俺を見上げて言った。

「ねぇ、ヴィク兄ちゃん。フレデリカのこと、どう思う?」
「どう思うって……どういうことだ?」
「ん~なんていうか……」
 言いにくそうにしているアントニナの視線が玄関先に向いているのを見て、俺はレーナ叔母さんに視線でアントニナのことを示す。叔母さんはすぐに察してラリサと一緒に家の中へと戻っていってくれた。その動きにアントニナは『ありがと』と呟いた後、いつも定番の散水栓に腰を下ろして続けた。

「フレデリカ、美人でしょ」
「お前ほどじゃないと思うが」
「お世辞でもありがと。だけど学校でちょっと浮いてるんだ、あの子」
 お世辞のつもりは一切なかったが、若干影のある顔で、長く細い足をプラプラしているアントニナを見れば少しばかり真面目な話だとわかる。だが正直前世でコミュ障だった俺に、小学生の学内生活相談をされても、まともな答えを出すことは出来ない。

「……少し大人びているな。確かに」
「うん。それで女の子グループから敬遠されてるし、男の子グループからも距離を置かれてる。今のところ僕が一緒にいるから何とかなってるけど……」
「お母さんが病気がちだからな。背負うものが両親健在の子達とは違う。しかも父親があのグリーンヒル少将だ。その当たりを知ってあえて近寄らない子もいるだろう」
「第三艦隊でお父さんを亡くした子もクラスにはいるんだよ……」

「……そういうこともあるだろう。グレゴリー叔父さんだってかなりの数の味方を『殺している』。だからといってアントニナ、お前がクラスで浮いているワケじゃないだろう?」
「でも……」
「あの子は学校では『大人しい』のか?」
 俺の問いに、アントニナは小さく頷いた。
「そうか、自分を抑えている処があるワケか……だったらアントニナ、その分厚そうな猫の皮剥いでやれ」
「は?」
「父親の職業で喧嘩するなんてジュニアスクールじゃよくあることだろ。ハイスクールにまでなってやっているようじゃ心的成長を疑うが。徹底的にやれ。大いに喧嘩して殴り合え。ただし絶対に陰湿にはやるなよ。それこそ教師が仲裁に入るくらい派手に暴れろ」
「ちょ、わけわからないよ!!」
「お前の本音を彼女に直接ぶつければいい。挑発する機会を逃すな。そしてお前から先に手を出せ。彼女が大声を上げてクラス中に本音をぶちまけるようにな」

 俺の過激な案に、アントニナはしばらく呆然と俺を見つめていた。夕日が沈みかけ、その最期の輝きがアントニナのブロンドを紅茶色に染め上げる。やはりお世辞抜きに俺の義妹は美人だ。その美人が数分してようやく納得してから笑みを浮かべた。

「ヴィク兄ちゃんは過激だね。失敗するかもしれないのに」
「義妹が一番大事だ。正直相手がどうなろうと知ったことじゃない。俺の乏しい脳みそはこれぐらいしか解決策がない。あの小娘がお前の顔に拳を打ち込めるとは思えないけどな」
「ふっふふふ。そうだね」

 アントニナはそういうと散水栓から腰を上げ、大きく背伸びした。フライングボールクラブに入って既にレギュラーとなっているだけあって、キッチリと鍛えられつつある一一歳の肉体は、彼女ナシ歴二二年目(前世を入れれば五〇年以上)の心を揺り動かすには充分だった。

「あ、また鼻の下延びてるよ。まったく困った兄ちゃんだ」
「うるさいな。俺はロリコンじゃない」
「ロリコンでもいいよ。ヴィク兄ちゃんなら」
 そう言うと、アントニナは鼻歌交じりにスキップしながら母屋の玄関へと走り去っていく。

 いくら前世で妹がいなかったとはいえ、一〇歳も年下の子供に、手玉に取られるようでは、俺も転生したところで大して成長してないな、と俺は自嘲せざるを得なかった。

 
 

 
後書き
2014.10.12 更新 
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