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シチリアの夕べ

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第八章


第八章

「だからね」
「それでなのね」
「そうかい、じゃあ」
「じゃあ?」
「頂上まで登るかい?」
 マスターの提案だった。
「これから」
「火山の頂上まで」
「どうだい、それは」
 またエリーに言ってきた。
「それは」
「そうね。それじゃあ」
「いいのかい、それで」
「ええ、いいわ」
 笑ってはいない。しかし確かに答えた。
 そうしてだった。エリーはまた言うのだった。
「御願いね、頂上まで」
「山は頂上まで登ってこそだよ」
 マスターはまた言った。
「さもないとそもそも入る意味がない」
「頂上まで登ってなの」
「そうさ、山は登る為にある。そして」
「そして?」
「そこから下を見ると尚よし」
 笑ってエリーに話す。笑わないエリーと比べて実に対象的である。
 その笑顔でだ。自分から歩きはじめたのだった。
「じゃあ行くか」
「ええ」
 こうしてマスターに案内されて行く。だがその道は。
「うっ、結構以上に高いわね」
「ああ、この山は高いよ」
「こんなに高いなんて」
 登っても登ってもだった。中々頂上に行かない。エリーは額に汗を流していた。
 自然と酒が抜けてしまっていた。汗を流している結果だ。そうしてその中でだ。自分の先をひょいひょいと進むマスターに言ったのだ。
「見えているよりもずっと」
「まあそうだね」
 マスターはここで他人事の様に言ってきた。
「この山はアルプス以外じゃ一番高い山だしね」
「アルプスの他にはって」
「そうだよ。かなり高いからね」
「そんなに高いの」
「考えてみれば」
 また言うマスターだった。
「この時間から登って頂上まで行くのは無理かな」
「無理ね、確かに」
 これはエリーもわかった。何しろ高い山だ。今は昼過ぎである。それで登ってもだ。頂上まで辿り着くのは夜になるのはわかった。
「これはね」
「じゃあきりのいいところで降りようか」
「山は頂上まで登ってこそじゃないの?」
「イタリア男は頭が柔らかいんだよ」
 またこんなことを言うマスターだった。
「だからね」
「いいっていうのね」
「そうさ。まあ夕方まで登って」
「それで帰るのね」
「それでどうだい?」
 こうエリーに提案してきた。
「それで」
「ええ、それでいいわ」 
 エリーもそれで納得した。
「それじゃあね」
「それじゃあそれで決まりだな」
「ええ」
 こうしてだった。二人はとりあえず夕方まで登ることにした。
 そうしてである。世界は次第に赤くなってきた。白から赤になってだ。
 ここでだ。マスターは言ってきた。
「よし、ここまでにしよう」
「降りるのね」
「ああ、降りよう」
 エリーに対して言うのだった。
 
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