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シチリアの夕べ

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第十章


第十章

「それとお昼も食べて」
「満腹は何もかもを癒すんだよ」
「それでシチリアの景色も見て」
「奇麗だったろ?」
「太陽も奇麗で。緑もオレンジも」
 そういったものを見てもだったのだ。
「海もとても奇麗で」
「イギリスの海とは違うのかい」
「イギリスの海はね。暗くて沈んでて」
 そうなっているというのである。エリーはイギリスに生まれイギリスで育ってきている。だからこそだ。よく知っているのである。
「こんなに奇麗じゃないから」
「だから余計にかい」
「心に残ったわ」
「それは何よりだよ」
「そしてこの山」
 次は二人が今いるエトナ火山のことだった。神話の頃から知られているこの山のことをだ。彼女は今マスターに話すのだった。
「この山もね」
「よかったのかい」
「とてもね」
 そうだったというのである。
「いいわ。とてもね」
「じゃあここに案内した意味があったわね」
「山だけじゃなかったから」
「鐘の音かい」
「ええ、それよ」
 まさにそれだというのだった。鐘の音は今も聴こえてきている。
 その鐘の音の中でだ。エリーはさらに言った。
「この鐘の音が」
「この鐘の」
「そう、鐘の」
 またこう話すのだった。
「この音が。一番いいわ」
「鐘の音がね」
「そうよ。聴いているだけで心が穏やかになって」
 周りは赤くなってきている。その夕暮れの中でだった。
「落ち着いてきたわ」
「何よりだよ、本当に」
「有り難う」
 エリーはマスターに一言言った。
「ここに来た意味があったわ」
「シチリアにだね」
「ええ、あったわ」
 こうマスターに言うのだった。
「本当にね。イギリスにも笑顔で帰られるわ」
「それは何よりだよ。ところで」
 マスターはここでさらに言ってきた。
「一つ言いたいことがあるけれど」
「何かしら」
「このままシチリアに留まらないかい?」
 こうエリーに声をかけた。
「どうだい?それで二人で」
「悪いけれどそれは断らせてもらうわ」
「おいおい、つれないねえ」
「悪いけれど歳が離れてるみたいだから」
「だからなの」
「そうよ、イギリスに帰ってそれでね」
 こう話すのだった。
「新しい恋を見つけるわ」
「やれやれ。じゃあ頑張ってくれよ」
「そうするわ。王子みたいな彼氏をね」
「王子?そりゃ止めておいた方がいいな」
 マスターはエリーの今の言葉に笑って返した。
「今のイギリスの王子だったらどっちもね」
「どっちもなのね」
「下の王子はそこそこいけるけれど上の王子は。髪の毛がね」
「昔は違ったのよ」
 エリーは苦笑いで話した。
「物凄い美少年だったから」
「じゃああの頃の上の王子みたいな相手をかい」
「ええ、探すわ」
 夕暮れの赤い世界の中で話したのだった。青い空は次第に赤くなってきており海にもそれが映し出されていた。青いものが赤く変わってきていた。
 そして山から見える家々も木々も何もかもが次第に夜の中に消えようとしている。その中の赤い光を見ながらだ。エリーは言ったのであった。鐘の音を聴きながら。


シチリアの夕べ   完


                   2010・10・4
 
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