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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第16話 査閲と

 
前書き
更新を二日空けてしまいました。暖かいお返事本当にありがとうございます。

演習開始からデブじゃない中将、そして中佐の心遣いをお届けします。

たぶん次回にはJrは中尉に昇進している、のかなぁ…… 

 

 宇宙歴七八四年一一月 キベロン演習宙域 査閲部 統計課 


 オスマン査閲集団の査閲下におけるロボス第三艦隊の演習がついに開始された。

 まずは各小戦隊の砲撃・移動訓練が、ついで単座式戦闘艇の近接戦闘訓練が、訓練誘導弾を利用した雷撃戦訓練が開始される。おおよそ一〇〇隻前後の集団、あるいは一〇〇〇機前後の戦闘艇が次々と標的を撃破していく。
俺や年配の尉官達はそれら各小戦隊から上がってくるデータと、標的の撃破状況のデータの双方を比較し、その撃破率、撃破時間、評価点を叩きだしていく。ここまでのところ対静止標的・対可動標的共に他の正規艦隊や独立部隊よりも評価点が高い。

「さすがロボス中将の第三艦隊だ。同盟一の精鋭の名は伊達ではない」
 同僚の一人が査閲中に思わず漏らした言葉だったが、俺もそれには同感だった。単純な撃破率であれば文句なしに最強といっても良いだろう。ただ俺の心の中にはグリーヒルに対する反感以上に、なにやら言葉にするには難しい、何となくモヤモヤする得体の知れない違和感があった。

 三日かけての演習第一段階の戦隊別訓練が終わると、演習対象の第三艦隊乗組員には休養が与えられる。だが、査閲官にはそれはない。第三艦隊の総隻数は一三〇六〇隻。旗艦を含めた分艦隊が五つ。戦隊は二八。小戦隊にいたっては一五〇以上ある。それら一つ一つの戦隊ごとに評価点を出し、コメントがあれば書き込んでいく必要があるからだ。三〇人以上の査閲官が参加しているとは言っても、一戦隊を一人の査察官だけで評価するわけにはいかない。俺はフィッシャー中佐が率いる一〇人チームの一人として、評価会議に参加している。

「第七七九戦艦小戦隊、対静止標的撃破率八八%。対可動標的撃破率三五%。まず一五八点。小戦隊各艦延べ移動距離は五.四光秒……少し長い。マイナス九点」
 ようやく一〇人が座れる会議室で、中央の三次元投影機を動かしつつ、一つ一つの演習科目に対する評価点を足したり引いたりしている。フィッシャー中佐が一つの小戦隊の評価を終えると、チームの一人一人に意見を求め、必要と判断できるコメントを俺に指示して入力させ、報告書を作り上げていく。午前八時から午後九時まで。食事すら司令部の従卒に運ばせて、ひたすらそれの繰り返しだ。その間、ずっと喋りっぱなしのフィッシャー中佐に、俺はたまらず昼食の時に聞いてみた。

「中佐、よく喉が嗄れませんね」
「少尉。これには『コツ』がある」
 やはりサンドイッチに紅茶という英国スタイルは変える気がないらしいフィッシャー中佐は、三杯目の紅茶を傾けた後に、俺にこっそりと囁いた。
「大声を出さないこと、喉の少し口よりの処から声を出すこと、読み上げるときだけは目を細めてぼやくようにすること。この三つだ。それでも演習最終日は蜂蜜とオレンジが欲しくなる」
「父と叔父は、ジャム口に含んでから紅茶を飲みますが?」
「どうやらボロディン家のお茶会は私にとって鬼門のようだ」
 そう言ってお互い苦笑した後、中佐は俺に向かってやや真剣な目で言った。

「意見がある時には遠慮する必要はない。君は新任の少尉であることは会議室にいる誰もが知っているし、みな百戦錬磨の紳士だ。間違うことで学ぶことも多いはずだ」
「ありがとうございます。ですが……そうすると会議時間が長くなってしまうのでは?」
「切り上げるタイミングは私が心得ているよ。それよりも君は会議中、ずっと何かを言いたげだった。それが私には気になるんだが……」
「小官自身でも、それが分からないのです。言いたいことはあるのですが……言葉に出来ず」
「そうか……それなら仕方がない。分かったらいつでも発言してくれ」

 そこまで言われると、俺も考えなくてはいけない。翌日から再び演習は始まった。演習第二段階は戦隊単位での演習だ。今までの小戦隊とは隻数も異なるだけでなく、上級指揮官が複数の小戦隊を指揮する。故に査閲対象の階級も上昇するので、下手な評価を下せば容赦なくチームの会議室に怒鳴り込んでくることもある。

 幸いにして我らがフィッシャー中佐のチームには来なかったものの、もう一人の中佐の処には幕僚を連れた指揮官が評価に対する説明を求めて訪れたらしい。その際グリーンヒル少将が間に入って仲裁したという話を聞き、違和感の原因がはっきりしなかったこともあって、俺は暗澹たる気分になった。

 再び休みを一日おいて演習第三段階。今度は複数の戦隊が集まって編成される分艦隊規模の演習が始まる。
 それまで評価対象が小さく細かかったものが一気に大きくなり、標的も空間規模になる。それに伴い標的の撃破ではなく、宙域への投射射線量で評価が決まる。これまで艦隊といえば練習艦隊規模しか経験のない俺としては、二〇〇〇隻の艦艇が指揮官の命令によって移動・砲撃する有様に、素直に感動していた。おそらくユリアンも初めて艦橋に立った時、同じ思いをしたに違いない。演習図面も個艦単位ではなく勢力範囲表示になる。

「あ」
 演習第三段階の一日目の夜、俺は思い出したようにベッドから飛び起きた。演習の華麗さに俺は子供のように魅入っていたが、今更ながら肝心なことに気がついた。何故複数艦による単一目標に対する集中砲火などの意図した集中砲火訓練を行っていないのか? それは各艦艦長同士のチームプレーであって演習する必要がないということなのだろうか……単純に艦対艦の火力では、巡航艦は戦艦に勝てない。それが戦隊規模、分艦隊規模、艦隊規模となればその火力の差は著しくなる。

 だが集中砲火となれば話は変わってくる。実体弾でも同様だが、低威力の火力でも同じところに何度も当てていればいずれ装甲を打ち破る事が出来る。低威力の巡航艦主砲でも、三隻以上集まれば戦艦のエネルギー中和磁場も撃ち抜ける。基本的に中性子ビームや光子砲のベクトルは実体弾のように反発するのではなく、合成される。だからこそ金髪の孺子は戦艦エピメテウス以下第一一艦隊の旗艦中心部を崩壊できたし、ヤン=ウェンリーは過度に保護された要塞の航行エンジンを撃破することができた。

 俺が翌日その事をフィッシャー中佐に告げると、中佐は口ひげに手を当てしばらく考えてから応えた。
「集中砲火戦術に関する訓練も当然計画している。しかし、それだけでは貴官は不足だと?」
「確かに計画されていますが、全艦隊、あるいは分艦隊全艦による一点集中砲撃訓練と、同時併行しての陣形変更訓練は計画されていません」
「それはそうだが……貴官の求めているのは実戦演習というよりも、むしろ式典で行われるような砲撃ショーのようなものではないか?」
「どんな堅艦も複数艦からの集中砲火には耐えられません。それと同じように、艦隊規模での一点集中砲火が可能であれば、敵艦隊を細いながらも分断することが可能なのではないでしょうか?」
「……グリーンヒル参謀長と検討してみよう。今から演習項目を変更するとなるとかなり大がかりな事になる」
 参謀長の名前が中佐の口から出て来たところで、俺は一瞬この提案を引っ込めようと思った。結果的に採用されればロボス-グリーンヒル両巨頭率いる第三艦隊の攻撃力を向上させることになりかねない。いや、向上させることは悪いことではないし、第三艦隊の精強化が進むのは同盟にとって悪いことではない。

 だが、根本的に俺はロボスもグリーンヒルも嫌いだ。ロボスと対立するくそ親父ももちろん嫌いだが、こちらの世界の実父の件や、俺に対する捻くれた温情もあることから、グリーンヒルに比べればはるかにマシだ。ぶっちゃけ俺は『シトレ派』と言っても過言ではない……多分に認めたくはないが。

 そして案の定、俺は演習第三段階最終日の夜、フィッシャー中佐と共に、グリーンヒルに呼び出された。

 行き先は戦艦アイアースの司令官公室。当然待っているのは、グリーンヒルだけではない。

「君がボロディン少尉か」
 グリーンヒルを左隣に立たせ、司令官専用の席に座っているのは、小柄ではあったが顔には精気があふれ、眠たそうだが鋭い眼差しと太い眉を持つ……若いラザール=ロボス中将だった。
「士官学校を卒業したばかりと参謀長から聞いた。何故君が査閲官をしているのかね?」
「それは閣下……」
 俺が口を開こうとすると、フィッシャー中佐が俺の膝前に手を出して制する仕草をすると、代わりに一歩踏み出してロボスに応えた。
「ボロディン少尉には確かに実戦経験はありません。ですが彼の士官学校における成績と、士官学校校長の強い推薦を鑑み、人事部は彼を査閲部に配属するよう辞令を交付いたしました」
 文句があるならアンタのライバルであるシトレに言え、というフィッシャー中佐の返答に、ロボスの顔は誰にでも分かるような不快の表情が浮かんだ。
「小官も彼の上官として、彼の任務に対する真摯で献身的な行動には、充分評価に値するものと考えます」
「彼の士官学校の席次は?」
「首席であります」
 中佐の返答に、ロボスの顔はさらにゆがんだ。もしかしてこいつ学歴コンプレックスか? さすがにロボスも首席と返答されては成績から俺を批判することは出来ないらしい。いや、こうなると卒業間近に追い込み学習した苦労の甲斐はあった。マジで苦労したが。

「……参謀長より、少尉からの提案があったことを聞いた。本来なら少尉からの提案などいちいち勘案する話ではないが、一応聞かせてもらおう。どうして一点集中砲火を演習科目に入れる必要があるのかね?」
 苦々しい、本当に苦々しいというのはこういう表情の事かと俺はロボスの顔を見て思った。だがロボスと俺との間には八つの階級があり、いかなる形とはいえ上官には違いないので、感情を出すことなく俺はフィッシャー中佐に話した内容をそのままロボスに伝えた。言い終わった後もしばらくロボスは腕を組んだまま目を閉じていたが、次に目を開いた時にはグリーンヒルに演習第四段階の計画表と投影機を持ってこさせていた。

「貴官の言いたいことは分かった。が一点集中砲火が戦術的に有効かどうかは不確かだ」
 明後日からの演習予定図を元に、俺が投影機を使って説明した後で、ロボスは鼻息荒く応えた。
「集中砲火が効果的であることは疑ってはおらん。それを一点に集中する理由が乏しい。個艦単位での近接戦闘、相互連携においては有効だろうが艦隊・分艦隊規模では逆に効果が薄くなる」
 司令官席に座りながらも三次元投影機を指さし説明する精悍なロボス、というあまりにも原作イメージとは異なる言葉の切れ味に、俺は正直この時驚いた。そして一体この後どんな出来事があって、ああも無惨に晩節を汚すことになったのか、人ごとならず興味が浮かぶ。
「特に艦隊単位での一点集中砲火は威力も大きかろう。その代わり一度目標を外せば、一斉射分のエネルギーと時間を敵に与えることになる。何しろ戦闘宙域は広大だ。一万隻分の砲火が一点に集中したところで、撃破できる艦艇数はたかがしれている」
「ですが……」
「貴官の意見を全て否定しようとは思わんよ。巡航艦三隻で敵戦艦一隻を血祭りに上げられるのであれば、有効的なのは考えてみれば当たり前の話なのだからな。だが残念ながら貴官には艦隊戦闘の経験がない。そして第三艦隊はナンバーフリートであって、数隻単位の辺境の警備部隊ではない。艦隊戦闘に必要とされる火力は『点』ではなく『面』なのだ」
「……」
「シトレ中将が期待するだけの俊英だ。貴官もはやく出世して艦隊戦闘の場に出てくれば分かる。いや早く出てきてもらおう。実際の戦闘を見て、見聞を広げ、より建設的な意見を寄せてもらいたい。なにしろ中将に意見を言える少尉などそうそうおらんからな。中佐、少尉。ご苦労だった」
 それが面会終了の合図であることは疑いようもなかった。

「……申し訳ありませんでした」
 俺はアイアースの廊下を歩きながら、先を進むフィッシャー中佐に謝罪せざるを得なかった。この件で俺の上申を取り上げたフィッシャー中佐も、ロボスやグリーンヒルから睨まれることになる。フィッシャー中佐もグリーンヒルとさほど年齢は変わらないから、その差はほぼ絶望的になるだろう。下手をしたらアスターテまでに第四艦隊へ配属されることがないかもしれない。
「別段謝られるような話ではないよ少尉」
 立ち止まって振り向いたフィッシャー中佐の顔は、俺が考えていたよりもずっと陽気だった。
「あのロボス中将の苦虫を噛んだ顔を拝めたのだ。これはなかなかお目にかかれない光景だった」
「しかし」
「私も長い間艦隊勤務をこなしてきたが、こういうリスクを取ろうとは考えた事がなかった。安全運転というのかな。任務は果たすが、リスクを取って責任を負ってまで何かを得ようとはあまり考えたことはなかった」
 これが原因か、と俺はフィッシャー中佐の穏やかな笑顔を見て納得した。

 エドウィン=フィッシャーという艦隊戦闘において欠くべからざる才幹の持ち主が、初老になってようやく准将であったというのが疑問だったのだ。ヤンの右足と呼ばれた程の名人が、いくら戦闘指揮が『どうにか水準』とはいっても、もっと高い階級にいても良いはず。だが彼はその穏やかで真面目な性格が徒となったか、あるいは正直に臆病だったのか、不必要なリスクを負うことを躊躇していたのだろう。故に出世は遅く、ヤンという『有能な怠け者上司』に巡り会えたことでようやく大きく羽ばたいたのだ。

「査閲部にもそろそろ飽きてきたところだ。次の人事で私は何処に飛ばされるか分からないが……複数の艦艇を率いることになったら、貴官の『一点集中砲火』戦術を使わせてもらうよ。それで、相殺だ。いいね?」
「ですが……」
「貴官がこれから出世して、艦隊を率いてもらう時には幕僚の一人にしてもらえればもっと良いが……シトレ中将の言うとおり、貴官の性格ではなかなか出世できないかもしれないな」
 苦笑するフィッシャー中佐の顔を、俺はまともに見ることは出来なかった。

 俺はあまりにも恵まれている。父アントン、グレゴリー叔父、シトレのクソ親父にフィッシャー中佐。みな俺に対して愛情を持って接してくれる。それに応えるべき俺は迷惑をかけている。

 それが今の俺にはとても辛かった。


 
 

 
後書き
2014.10.11 更新 
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