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FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)

作者:天根
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幽鬼の支配者編
  EP.24 想い重ねて

 
前書き
注意! 原作コミックス最新巻、45巻のネタバレありです。
物語の根幹をなす程のものではありませんが、もう見た方や、ネタバレ上等! って方だけどうぞ。 

 
「全員伏せろぉおおおおっ!!」

 魔導集束砲・ジュピターの砲塔に魔力が集中し、目が眩むほどの膨大な魔力を球状に形を変えていく。臨界に達して発射直前のそれを前に、エルザは恐慌状態に陥っているギルドのメンバーに命令すると、危険を顧みずに走り出した。

 彼女一人の力で止められるかどうかは分からなかったが、止められなければギルドが、仲間が、街が消し飛ばされる。危険だろうがなんだろうが、何もしないまま指をくわえてそれを許す事は出来なかったのだ。

「やるぞ、エルザ」

 それはワタルも同じだった。

 オーク支部への殴り込みに参加しなかったのは自分の意志だったが、ギルドを、そして仲間を守るためなら躊躇いは無い。
 その想いで、この身を犠牲にしてでもジュピターからギルドを守ろうと、強い防御力を持つ“金剛の鎧”に換装したエルザの右隣に立つ。

「どうするつもりだ?」
「……ん」

 銀色に輝く鎧を纏ったエルザの問いに、ワタルは左手を差し出す。

「……正気か!? 成功どころか、試した事さえもいないんだぞ!?」
「大真面目だ。魔導集束砲に真っ向から対抗するなら、打つ手はこれくらいしかないだろ。それに……」

 驚愕の顔をするエルザに、ワタルは言葉を切って目を閉じる。
 すぐに開けた目には動揺は微塵もなく、彼は不敵に笑った。

「お前を信じてるしな」
「…………ああ、分かったよ。私もお前を信じるよ」

 真正面からのまっすぐな言葉に呆気にとられるエルザだったが、すぐに微笑み、籠手を外すとワタルの左手と指を絡ませた。

「よし……集中しろよ、エルザ!」
「誰に言ってる? お前こそ、しくじるなよ!」
「抜かせ!」

 ふてぶてしく笑いながらも、二人は互いの熱を確かめるように手を強く握りしめ、そのまま繋いだ手を水平に上げて魔力を集中させる。

  要塞すら一撃で消し飛ばす魔導集束砲にたった二人で立ち向かうなど、無茶としか言いようがない。
 だが、ギルドメンバーのそんな恐慌どころか、目前の脅威である発射直前の“ジュピター”すら、二人の耳と目には入っていなかった。

 互いの姿と魔力しか感じられない、波一つ立たない水面のように静かな世界。
 心や魂といったものが澄み渡り、浮き彫りになっていくような世界で、ワタルとエルザは少しの恐怖も感じてはいなかった。

「ワタル……」
「ああ。今なら、何だってできそうだ」

 目を閉じ、感じたのは千分の一秒の世界すらも支配できそうな全能感。
 隣に彼女が、彼が居てくれる……それなら不可能な事は無い。

 絶対の信頼が源となり温かい力が生まれる。
 二人は目を見開き……迷うことなくそれを解き放った。


「「“合体魔法(ユニゾンレイド)”!!」」


 全くの同時のタイミングでの魔力解放と共に、約10mの巨大な盾とそれを囲むような鎖が現れ、大気を揺るがす轟音と共に放たれたジュピターから放たれた魔力砲弾を防いだ。
 しかし、暴発寸前までチャージされた膨大な魔力の砲弾を完全に防ぐには至らず、次第に盾に罅を入れていく。
 防ぎきれないと諦めかける妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々だったが……彼らの目に信じがたい光景が映った。

 鎖に張られた膜から魔力が盾へ供給されていき、盾の罅が修復され、砲弾を押し返し始めたのだ。

「「はぁぁああああああああぁぁぁああっ!!」」

 そして、ワタルとエルザの気合と共に砲弾の魔力が完全に散ると同時に、巨大な盾と鎖も消失した。

「……“魂威”と“金剛”、名付けて“魂剛重防壁”、ってとこか……」
「なんでも、いいさ……ギルドを、守れたんだ。……無事か、ワタル?」
「誰に言ってるんだよ、エルザ。それにロマンってもんが分かってねーな。名付けは重要だぞ」
「はいはい」

 魔導集束砲を損害無しで乗り切った奇跡を前に、互いの無事を確かめて沸くギルドメンバーの歓声を背にしながら、二人は激しい魔力消費に荒い息を付いて軽口を叩き合う。

 爛々とした目で幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドを睨みつける二人に、愉快そうな称賛の声が掛けられた。

【“合体魔法(ユニゾンレイド)”とはね……いやはや、ジュピターを防ぐとは、驚きましたよ】

 拡声器を使ったジョゼの声には感心と称賛が込められていたが……同時に身体の芯から底冷えするような苛立ちも含まれていた。

【そして、ワタル・ヤツボシ……。一度ならず、二度までも私の邪魔をするとは……よっぽど死にたいと見えますね】
「二度どころか、三度でも四度でも……何度でも邪魔してやるよ! それに名指しとはな……俺にビビってんのかよ、ジョゼ?」

 不敵な笑みで、額の汗を拭いながらワタルは挑発したが、ジョゼは嘲笑う。

【フフフ……強がりはよしたまえ。確かに見事な“合体魔法(ユニゾンレイド)”でしたが……何度も発動できるものではあるまい。現に貴方も隣のエルザも、息が上がっているではありませんか。マカロフもいない貴方たちに勝ち目があるとでも? そこで、ですね……ルーシィ・ハートフィリアを渡せ。今すぐだ】

 突然、丁寧な口調から乱暴で粗雑な口調になったジョゼ。

 だが、苛立ちが頂点に達した聖十大魔道を前にしても、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は一歩も引かない。

「本性表したな、エセ紳士」
「ふざけんな!」
「ルーシィは仲間だ!」

 ワタルの悪態が切っ掛けとなり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士達が口々に、ルーシィは渡さないという意志を見せる。

「あたし……」
「仲間を売るくらいなら、死んだ方がマシだ!!」
「俺たちの答えは何があっても変わらねえ! お前らをぶっ潰してやる!!」

「「「「おおおおおおおおおおっ!!!」」」」

 このままではまたギルドの皆が、自分を守るために危険にさらされてしまう。
 そう思ったルーシィは苦しげに声を漏らすが……エルザ、そしてナツの啖呵に賛同して拳を振り上げて叫ぶ仲間たちに、両目から悲しみと嬉しさがないまぜになった涙が溢れ、嗚咽を漏らさないようにするので精一杯だった。
 口を覆う右手に刻まれている妖精の紋章で繋がっている仲間の、嵐の海の波のように荒くも、太陽の光のように温かい感情に涙を抑えられなかったのだ。

【ならば特大のジュピターを喰らわせてやる。再装填までの15分、せいぜい足掻くがいい!】
「また撃つか……クソ!」
「ギルドを、守らなくては……」

 ジョゼの無慈悲な返答に立ち上がろうとするワタルとエルザだったが、身体は意思に反してふらついてしまう。“合体魔法(ユニゾンレイド)”の大きな魔力消費が、彼らの自由を奪っていたのだ。

 だが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を襲ったのは、15分というタイムリミットだけではなかった。

【地獄を見ろ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)。貴様等に残された道は二つに一つ……“ジュピター”に吹き飛ばされるか、我が兵に嬲り殺しにされるかだ!!】

 ジョゼのさらなる怒りと共に、幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドから、ローブとマントを纏って剣を持った黒い影のような人型の物体が、砂糖に群がる蟻のように押し寄せてきたのだ。

 影の名は“幽兵(シェイド)”。
 ジョゼの魔法が生み出した幽鬼の兵士は、まるでゾンビのように恐怖も怒りも知らず、ただ創造主(ジョゼ)の命にのみ従い妖精の尻尾(フェアリーテイル)に迫る。

「クソ……!」
「ああは言ったが、“幽兵(シェイド)”とは……ジョゼめ、容赦ねえな……」

 ふらつきながらも再び立ち上がって戦おうとするワタルとエルザを止めたのはカナだった。

「ワタル、エルザ、アンタ達は休んでな。今度は私たちがギルドを守る!」
「ここは僕とカナで守りを固める! 後は“ジュピター”をどうするかだが……」

 ロキが続くが、問題は“幽兵(シェイド)”だけではない。15分というタイムリミットがあるものの、“ジュピター”は未だ健在なのだ。

「俺が行く。15分だろ……ぶっ壊してやる! ハッピー!」
「あいさー!」
「エルフマン、俺達も乗り込むぞ!」
「おう!」

 ナツが両の拳をぶつけながら名乗りを上げ、ハッピーの(エーラ)で“ジュピター”の砲身へ向かい、遅れてグレイとエルフマンも別ルートで幽鬼の支配者(ファントムロード)へ乗り込んでいく。

「俺も……」
「ワタルは休んでな! エルザもだ!」
「だが、そんな場合じゃ……」
「大将がそんなんじゃ、格好つかないだろ? ここぐらいは任せてくれ」

 ナツ達に加勢しようとしたワタルだったが、カナに止められる。
 エルザ共々抗議しようにも、ロキのウインク交じりの言葉と、他の者たちの『ギルドを守る』という断固たる決意に遮られ、黙ってしまう。
 彼らの顔は、“ジュピター”を向けられていた時のものとは比べ物にならないくらい強いものだったのだ。

 その変化の切っ掛けは、ワタルとエルザの“合体魔法(ユニゾンレイド)”。
 心の底から認め合い、信じ合う者たちにしか為し得ない超高難度魔法を、ぶっつけ本番で成功させた二人の姿は、“ジュピター”の脅威に怯えていた者たちにとっては希望の炎にも等しかったのだ。

「アンタ達の勇気に、今度は私たちが応える番だ! いくぞ、野郎ども!!」

 カナの戦闘開始の号令に気合の声を上げる魔導士達は、ジョゼの“幽兵(シェイド)”と真正面からぶつかり合う。
 そんな彼らの勢いに押される形で、ワタルとエルザは魔力がある程度回復するまでの間なら……と、渋々ながらに休息を認めてしまうのだった。




 防衛戦が始まると、ミラジェーンはルーシィをリーダスの“絵画魔法(ピクトマジック)”で創造した馬車で避難させた。
 その後で、彼女は多少強引にでもワタルとエルザを魔力回復のために休息させようと、“睡眠(スリープ)”をかける。むろん同意の上であり、戦争の空気では休めるものも休めないため、何もしないよりはましだという処置だったが。


 そして、ナツが“ジュピター”の砲身に乗り込んでから15分……再発射のタイムリミットが訪れるか訪れないかというギリギリのところで、砲身に充填していた魔力が暴発、ジュピターは内部から崩れ落ちた。もちろんナツの仕業だ。

 彼の成功に沸き、カナたちは勢いに乗って一気に“幽兵(シェイド)”を殲滅しようとしたのだが……幽鬼の支配者(ファントムロード)はそれを許さなかった。


 3対6本足の幽鬼の支配者(ファントムロード)があろうことか変形し、2本足の巨人になったのだ。


 想定外も想定外の事態に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士達の度肝を抜いたのだが、それだけで終わるはずも無く……巨大ロボット・魔導巨人ファントムMk2(マークツー)は、人間でいう手に当たる部分を虚空に何かを描き始めた。
 それは円と線と奇怪な文字を組み合わせたもの……つまり巨大な魔法陣。それも、余りの強力さから魔法評議院によって禁忌魔法に指定されている“煉獄砕破(アビスブレイク)”のものだった。

 ロボットであるファントムMk2(マークツー)が魔法を使える事も驚きだが、重要なのはそこではない。
 “煉獄砕破(アビスブレイク)”は人間の魔導士が使っても、力量しだいで辺り一帯を消滅させるという、甚大な被害を出す魔法なのだ。ファントムMk2(マークツー)の大きさでそれを使えばどうなるかなど、考えたくもない。
 因みに、ロキの推測ではカルディア大聖堂、つまりマグノリアの半分は余裕で灰燼に帰すとの事である。
 当然、妖精の尻尾(フェアリーテイル)はこれを阻止するべく行動を開始した。

「ミラ、あの魔法の発動リミットは?」
「魔方陣を描くスピードからして……10分、ってところかしら。なんとか動力源を壊せれば……」
「中の連中も同じこと考えてるだろうね」
「……連中? ナツだけじゃないの?」
「ああ。グレイとエルフマンだ」
「エルフマンが!?」

 彼が“ジュピター”を壊すためにハッピーと飛び立ったところまでしか見ていなかったミラジェーンは、カナから弟のエルフマンもグレイやナツと一緒に巨人に乗り込んでしまったと聞いて動揺してしまう。

 エルフマンは二年前の(リサーナ)の死に直接的に関わっている。それがトラウマとなって“全身接収(テイクオーバー)”を使えなくなってしまっているのだ。
 カナの話では、オーク支部への殴り込みでは役に立っていたとの事だが、幹部相手ではどうなるかなど、姉の自分には分かり切っていた。

 だから……戦えなくても自分にできる事をしようとした。

「目的は私でしょう!? 今すぐ攻撃をやめて!」

 敵の捕獲目標であるルーシィに変身して身を晒し、“煉獄砕破(アビスブレイク)”を止めようとしたのだが……

【消えろ、偽物】

 標的を前線に置いたままにしておくはずがない、と嘲笑うジョゼにあっさりと看破されてしまう。

 かつては“魔人”と呼ばれた自分が、大切な弟や仲間のために何一つできない。
 その事実にうちのめされ、彼女は無力に泣く事しかできなかった。
 そんな彼女に、幽鬼の支配者(ファントムロード)は、ジョゼはさらに追い打ちを掛ける。

【我々を欺こうとするとは気に食わない小娘だ】
「きゃっ!?」
「ミラ!?」

 ファントムMk2(マークツー)の指で俯いて動かない彼女の身体をつまみ上げたのだ。

【そのまま潰してしまえ】
「あ……ぐ……」

 ジョゼの命令で、ファントムMk2(マークツー)は万力のような力でミラジェーンの細い身体を締め上げ、彼女は苦悶の呻き声を上げる。

 その時だ。

「なんでそこに居るんだよ……姉ちゃん!!」

 焦燥が混じりの聞き慣れた声に、彼女は身体の自由が効かないなりになんとか首を回すと……崩れた壁から、追い詰められて這いつくばっている弟の姿を認める。

「(私、は……)」

 窮地に立たされる弟を助ける力は今の自分には無い。
 自分の無力を嘆くのは、いつ振りだろうか痛みと無力感の中で、彼女は思い出す。

 妹の死を。
 そして……妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったばかりのころ、暗い思考に落ちていくばかりだった自分を救ってくれた家族(きょうだい)と、ある男の子の事を。


    =  =  =


 6年前、X778年。
 とある村に住む13歳のミラジェーン・ストラウスは、少しばかり貧乏なだけでやんちゃな普通の子供だった。
 両親は早くに亡くなり、家族は弟と妹だけ……そんな自分たちを村人は優しく接してくれていた。
 その時が来るまでは……。

 ある日、村の様子がおかしい事に気付いた彼女はその原因、悪事をはたらいている悪魔が憑いてしまった教会に足を踏み入れてしまう。

 悪意があるだけで犬や猫とそう変わらない下級の悪魔を、彼女は見事討伐に成功した。
 いつも自分の悪戯を怒る大人たちだって、きっと褒めてくれるだろう……彼女はそう思っていたのだが……

「出て行け!」

 しかし、彼女の思惑とは外れ、そうはならなかった。
 退治した悪魔の一部を身に受けてしまったばかりに、優しかった村の人たちが掌を返したように、幼かった彼女に石を投げるたりと、迫害を加えていったのだ。

 悪魔憑き、悪魔に呪われた娘だ、と。

 やがて迫害の手は妹や弟にまで伸び、幼かった彼らは生まれ育った村を出ざるを得なかった。

 砂漠、荒野、洞窟に森林……人のいない場所を通る時は良かったが、町や村など、少しでも人通りのある所では大きめのローブをかぶり、異形と化した右腕を隠さなければならなかった。でなければ、また弟や妹が傷つく、と。
 当時の彼女には、その生活は強いストレスとなり、まるで坂を転がり落ちるボールのように、明るくて活発だった心はどんどん暗くなっていくばかりだった。


 妖精の尻尾(フェアリーテイル)を見つけたのはそんな時だ。

「それは呪いではない。接収(テイクオーバー)というれっきとした魔法じゃよ」

 悪魔の力を宿す魔法……そんなものを願った訳では無いし、欲しくも無かった。魔法とは、もっと明るくて、人を幸せにするもの……そうではなかったのか。こんな力があったから、故郷を追われる羽目になったんじゃないか。

 本当の事を教えてもらっても、彼女の沈んだ心が晴れる事は無かった。
 それどころか、自分と違って明るいギルドに溶け込んでいる弟と妹に比べれば、思考はますます深みにはまっていってしまう。


 自分は人間ではないのだ、と。


 人間でない自分が、弟や妹と同じ場所にいられる訳がない。
 暗雲が掛かった思考でそう考えた彼女は、ギルドに加入してから一ヶ月後に弟と妹を残して街を出ようとした。

 幸い、荒んだ心にも妖精の尻尾(フェアリーテイル)はいいギルドに映っていた。
 だから弟と妹……エルフマンとリサーナは上手くやれるだろう……そう思えば、離れ離れになる事に未練は無かった。

「おい……おいってば」

 どことなく物悲しくなるような斜陽の差しこむ夕暮れ時、黄昏のオレンジ色に染まったマグノリアを出ようとするミラジェーンの耳は、少年の声を捉える。
 誰かを呼ぶ声だが、碌に知り合いもいない自分にはきっと関係のない事だ。そう思い、無視していたのだが……

「おい……おい、お前だよ!」
「うわ!?」

 唐突に肩を掴まれ、彼女はびっくりして振り向く。
 そこに居たのは、同い年くらいと思われる黒髪の少年。何かと彼女に話し掛ける緋色の髪の少女と一緒にいる事が多い少年だ。そのどちらも、彼女は名前を覚えていなかったが。

「……何か用?」
「用? って……あーもう……お前、確かミラジェーンっていったか?」

 鬱屈そうに聞くミラジェーンに、苛立ちから呆れたような表情になったその少年は彼女の名前を確かめるように聞いた。

「私は……人間じゃないから」
「あぁ?」
「だから、名前なんてない」

 聞かれた事には答えた、もういいだろう。
 誰とも話す気にはならなかった彼女はそう言い、そのまま踵を返して街を出ようとしたのだが……

「……確かに重症だな、こりゃ…………はい、失礼」

 何事か言うと、その少年は素早く彼女の前に回ると……右腕をかき抱くようにしていた左腕を素早くどけて、身体を覆うローブをめくった。

 そこにあったのは節々に発疹を思わせる腫れのようなものができている黒い右手。
 左手は正常な人間なものである……左右非対称(アシンメトリー)である事を差し引いても、見る者に生理的嫌悪感を抱かせるのには十分な右手だった。

「な、なにを!?」
「……ふーん、なるほどね……」

 思案顔で頷く少年の手を振り払うと、彼女は少年を睨みつける。

 ずっと隠していた忌々しい悪魔の腕を見られた。きっとコイツも私を苛めるんだ。
 ならいっそ……黒く凶暴に染まる思考でそう考え、少年目掛けて右腕を振り下ろす。

「おっと……随分人間らしい反応じゃないか」

 村では手の早い事で有名だった彼女の攻撃を、少年は身体を捻るだけで軽く躱す。
 そして、『人間らしい』という言葉に、彼女は訝しげな顔になった。

「だってそうだろ? 秘密を見られて怒る。至って普通の人間の反応だ」
「私は……! 私は人間じゃ……!」

 せせら笑うような少年の言葉に彼女は心をざわつかせる。
 原因は明白、ならば排除するだけ……戦闘態勢になった彼女に、少年は笑い、軽い調子で挑発した。

「いいね、掛かって来いよ。こんなギルドだ、そっちのが手っ取り早い。その腕の悪魔の力……見せてみろよ!」
「黙れ!」

 悪魔、異形の右手。故郷を追い出された元凶の右手を、ボロボロの心が軋むのを無視して、目の前で嗤う気に入らない少年に叩きつけるように振り回す。
 爪にしても拳にしても、彼女は力の限りに、暴れるように振るったが……その全てを身軽に躱されてしまう。

「お、結構やるじゃないか」
「うるさ――うわっ!?」

 余裕の挑発。
 苛立ったミラジェーンは拳を大きく振りかぶって殴りかかるも、大ぶりの一撃を見切られて腕を掴まれ、彼女自身の力を利用されて投げ飛ばされてしまう。

「う、ぐ……」

 石床に叩きつけられて呻きながらも、起き上がろうとしているミラジェーンに、少年はふと声を掛ける。

「……接収(テイクオーバー)っていうのはな、敵を倒して屈服させた証みたいなものだ」
「な、何を……?」
「あー……そうだな……」

 這いつくばる彼女の目線に合わせるように、少年はしゃがみこんで……笑った。先ほどまでの癇に障るような嘲笑いではない、純粋な笑みを浮かべたのだ。

「……自分を誇っていいっていう、目に見える証さ」
「(誇り……? 誇りだと……?)」

 くすんだ灰色だったミラジェーンの心に、久しぶりに色が戻る。

 それは煮えたぎるマグマのような赤……すなわち怒りだ。

「……るな……」
「ん?」
「ふざけるな!!」
「うわっ!?」

 久しぶりに感情を表に出したミラジェーンは怒りのままに、少年に襲い掛かった。
 飛び退く少年に、追い打ちを掛ける。

「こんなもの、誰が好きで手に入れたりするもんか! こんなものがあったから、私は、私たちは……!!」
「……」
「なんで私たちがこんな目に合わなきゃいけない!? こんな、こんな望んでもいない力のせいで……!!」
「……チッ」

 溜まりに溜まった黒い感情が堰を切ったかのように流れだし、ミラジェーンは悲痛な叫び声とともに、先程よりも苛烈な攻撃で少年を襲う。
 激しい攻撃だったが、それは激情に身を任せたものゆえに読みやすく、少年はその悉くを身体と足捌きで躱していたのだが……沈みゆく太陽の光に反射してキラキラと光るものを見て舌打ちした。

「フッ!」
「な……!?」

 次の瞬間、伸ばされた異形の右手の鋭い爪に左肩を切り裂かれるのも構わず、少年は一息にミラジェーンの腕と身体の間……懐に入り込んだ。

 鮮血が舞う。

 自分の身を省みない彼の行動と、肉を抉る気味の悪い感触に彼女が思わず手を止めた直後、彼は流れる血も構わずに右手で彼女の右腕を掴んで封じた。

「ッ、放せ!」
「うっ、ぐ……自分は人間じゃないって、お前さっき言ったな……」

 我に返ったミラジェーンは当然暴れはじめる。
 自由な左手で顔を殴りつけられて呻きながらも、少年は焼けるような肩の痛みに耐えて話し掛けた。

「? ……あうっ!」

 彼の意図が分からずに再び手を止めた彼女は、次の瞬間、電撃のような炸裂音とともに、弾かれてしまう。
 衝撃でよろめき、尻餅をついて痛む右手を抑える彼女は目を開くと驚愕した。

 生理的嫌悪感を抱かせる右腕は、傷一つ無い人間のものだったからだ。

「なんで……?」

 まるで夢のような出来事に思考が追い付かず、彼女は呆然と見上げる。自分を見下ろす少年の顔は自らの血に濡れており、もとから険しい表情に拍車をかけていた。

「……俺の“魂威”で掻き消されるような、その程度の力で人間じゃないだと? 笑わせるな! お前なんか足元にも及ばないような人外の力を持っていようと、想像もできないような重いものを背負っていようと……人間らしく笑って生きてる奴は大勢いるんだ!」
「そんなの、私には関係ないだろう……」
「ああ、そうだな……じゃあ、ついでにもう一つ言ってやるよ」

 怒りを露わにする少年に、ミラジェーンは俯いてこぼす。
 言葉を切った彼は片膝をつくと、彼女と視線を合わせた。

「人間じゃないなら……なんで泣いてるんだ」
「え……あ」

 怒りから一転、悲しそうな少年の言葉に、ミラジェーンが自分の頬に手を当てると、そこには熱い液体……涙が流れていた。

「『私たち』って言ったな……どうしようもない理不尽に対して、自分以外の者のために涙を流せるのは、れっきとした人間の証だ。それに……」

 妖精の尻尾(ここ)はそんな奴の集まりだ。
 そう言った少年の笑顔に、ミラジェーンはついに涙を溢れさせてしまう。

「その力は大事な人を守れる力だ。そいつらと別れる事になっても、本当にいいのか?」

 少年の問いに、彼女は顔を両手で覆いながらも首を横に振る。

「そっか……だったら――」

 笑った少年は穏やかな表情になり、言葉を続けようとした……その時だった。

「姉ちゃんを……」
「ミラ姉を……」
「?」
「あ……」

 少年の背後から二つの影が現れた。聞き覚えのある声たちだったが、彼には誰かは思い出せない。
 彼に相対しているミラジェーンの視界には彼らの姿がばっちりと映っており、何をしようとしているのかも分かったため止めようとしたのだが……遅かった。

「「苛めるなぁあああっ!!」」

「いぎっ!? ―――――――――――!!」

 突然後ろから頭を、次に左肩を殴られた。

 頭はまだしも、負傷した左肩をさらに抉られた少年は、焼けた鉄棒をねじ込まれたような痛みに言葉にならない叫び声を上げて地面でもがく。
 乱入者二人はミラジェーンを庇うようにして、地面を這いつくばる少年を睨んでいる。

「エルフマン、リサーナ!?」

 涙が乾かないままに、ミラジェーンは急に現れて少年をど突いた二人の名を呼んだ。

 ある用事から姉を探していた二人だが、ギルドにも借家にも姿が見当たらず、街中を探して回っていた。
 そんな時に、蹲り、血が付いた手で顔を覆って泣く彼女と見下ろしている少年を見つけたのだ。
 最近元気のない姉を泣かせている……姉想いの彼らには、その元凶の少年に襲い掛かるには十分な理由だった。

 惜しむらくは、彼が背を向けていたために、彼がギルドの一員であると気付かなかった事か……。

「姉ちゃんは俺が守る!」
「ミラ姉、血が……って、エルフ兄ちゃん! この人、ギルドの……」
「あ、あれ……?」
「……二人とも、誤解だ。別に苛められてたわけじゃない。……実は――――」

「「ええーーーっ!?」」

 姉が弟と妹の誤解を解いている間、少年は肩を抑え、歯を食いしばって痛みに耐えていた。

「これじゃ、俺が悪者だな……ったく、エルザの奴め……」

 少女を泣かせた自分に、姉を助けに駆け付けた弟と妹。
 客観的に見れば、弟と妹が正義の味方で姉がヒロイン、自分が悪者といったところか……と、少年は溜息をつく。
 肩の痛みに涙を滲ませながら立ち上がり、彼らに背を向けた。

「あ……お、おい、お前、名前は?」
「……一応同じギルドなんだけど……ワタル・ヤツボシだ」

 ミラジェーンの言葉に疲れたように脱力して、左肩を抑えながら答えると、少年・ワタルは歩き出した。
 そんな彼を、弟たちの誤解を解き終えたミラジェーンは呼び止める。

「ちょっと待て!」
「……まだなんかあんの?」
「い、いや、その……あ、ありがとう」
「礼ならエルザに言ってくれ。アイツに相談されなきゃ、こんなことしねえよ。……さて、悪者は潔く退散するとしますか」

 生来の強気な気質からか、目を合わせずに小声で礼を言うミラジェーンに、ワタルはそう応えると、そのまま有無を言わせずにその場から立ち去る。

 加入から一ヶ月経ってもギルドに馴染めない者がいる。同年代の少女なのだが、何とかならないだろうか……。
 彼がミラジェーンを探していたのは、エルザにそう相談されたからであった。

「……ワタル、か……変な奴。……フフフ」
「姉ちゃん?」
「ミラ姉? どうしたの?」

 急に笑い出したミラジェーン。

 希望も何も見えない、明けない夜のように真っ暗な道を歩き続け、自分でも気付かないうちに奈落の底へと足を向けてしまいそうだった。
 そんな自分には、彼の行動と言葉が、まるで長い夜を終えて夜明けを告げる光明にも感じられたのだ。

 しばらく見ていない姉の笑顔に困惑したエルフマンとリサーナは尋ねたが、彼女はそれに応えず、今まで心が沈んでいた分を取り戻すかのように溌剌と笑いながら、自分を心配して来てくれた二人の頭を左手で、そしてワタルが魔法解除(ディスペル)した右手も使って撫でる。

「さあ、二人とも、明日は朝一で謝りに行くぞ」
「あー……うん、だよね……」
「怒ってないといいけどなぁ……」

 狼狽える妹と弟と共に、ミラジェーンは久しぶりに晴れやかな気分で帰路に着いたのだった。


    =  =  =


 忌み嫌っていた自分の力を、大事な人を守れる力だと言ってくれた人がいた。
 それは紛れも無く光になって、真っ暗だった自分の道を照らしてくれた。
 不幸を呼び込んだと、嫌っていた自分の力と向き合い、自信を持つことができたのだ。

 だが、自信と傲慢は紙一重。
 S級と呼ばれる他の魔導士とは一線を画す存在になった時……ミラジェーンは自分でも気づかないうちに奢りを抱いていた。自分は仲間を、家族を守れると歓喜し、それを疑わなかったのだ。

 そして……現在から2年前のX782年、彼女はS級クエストに補佐として連れて行った妹のリサーナを喪う事によって、その傲慢のツケを払わされることになってしまう。




「さて、今度こそ終わり(フィナーレ)にしてあげましょうか」

 かつては“魔人”と恐れられても、今はすっかり魔力が衰えてしまった姉の苦しむ姿、それに対して何もできない自分の無力……エレメント4の一人・大地のソルにとって、標的(エルフマン)のそんな絶望は極上のワインにも勝るほどに甘美な物であった。

 普段ならもっと味わってからとどめを刺すところだが、一度失敗した自分に再度の失敗は許されない。

 ジョゼの怒りに恐れを抱くソルはそう考えると、手を掲げ、鋭い石の杭を精製して切っ先をエルフマンの喉元に向けた。

 当のエルフマンは捕らわれの姉・ミラジェーンの姿しか見えていないようで、自分が命の危機にある事を気付かない。

 ただ、無力に泣く姉の安否を気遣うのみだ。

「なんで、また……姉ちゃんが泣いてんだ……!」

 自分の失敗でリサーナが死んだ。
 あんな思いはもうしたくない。姉の嘆きの涙は二度と見たくない。
 だから、姉を守れるくらいに強くなりたいと願ったのだ。

 なのに、今、姉は捕まって苦しみ、泣いている。

 その事実に激昂したエルフマンは、怒りのままに叫んだ。

「姉ちゃんを、放せぇえええええええええええっ!!」

 今再び……大切なものを守るために、力を願おう。

 姉ちゃんにとって、もう二度と見たくない姿だったとしても。
 理性を失い、暴れるだけの存在になり下がってしまったとしても。



 大切なものを守るため……“獣王”の力を再びこの身に。




「エ、ルフ、マン……」

 またあの時――リサーナの時みたいに、自分は失うのか……万力のような力で締め上げられて朦朧とした意識の中、弟の危機に何も出来ないと、ミラジェーンの心は絶望に沈んでいく。

 だが、妹の死を、亡骸すら見つけられなかった自分の無力を自覚した時、彼女の心に僅かな灯が生まれた。

「(このままでいいの? リサーナみたいに、エルフマンまでいなくなるのを……私は何もできずに見ている事しかできないの?)」

 誇っていい力だ。大事な誰かを守れる力だ。

「(そんな、そんなの……)いや……いやぁああああああああぁぁああっ!!」

 自分を救ってくれた男の子の言葉が脳裏をよぎり、ミラジェーンは絶叫した。
 ガラスのような音を立てて心に亀裂が入るのも構わず、強く願う。

 私の誇り――大事な者たちを、家族を守れるなら……この身と心がどうなっても構うものか。
 だから……

「あぁぁあああああああああああああああああああぁぁあああっ!!」

 傲慢だった頃の自分を。
 妹を亡くす前の自分を。



 大切なものを失わないため……“魔人”の力を再びこの手に。

 
 

 
後書き
うちのジョゼさんは金的喰らってないので、今のところは比較的冷静です。
つーか金的は駄目だよね……(汗 
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