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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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17話、丘陵の手前で(前編)

 臨時所長になって十四日目。

 研究所の屋外駐車場には迷彩シートに覆われた大量の車両が停車している。朝の散歩ついでに駐車場の視察に訪れた俺は、昨晩に到着したという戦車三輌を見つめた。

 自衛軍第二ゲートに止まっていた砲塔の扉を開けられない四号戦車はおなじみだろう。問題は残りの二輌。いずれも大日本共和国軍最新鋭戦車の十二式戦車だ。

 この付近で見かけたことはないが、世の中には俺達みたに戦車を持つ市民団体や武装強盗がいる……らしいし、戦車が多すぎて困ることはないだろう。

 早速俺はこの最新の戦車に、戦車兵アンドロイド二体とM27戦闘ロボット二体をそれぞれ送り込んだ。ついで五号戦車二輌も同じ乗員にする。

 S3戦闘アンドロイドとM-27戦闘ロボットが乗員の五号戦車二輌もあるので、あわせて六輌の戦車が稼働していることになる。加えて各種兵器と戦闘アンドロイドは八十体以上、戦闘ロボットも三百二十体以上。

 研究所で音の出まくる土木工事を始めても良い時期だろう。

 いや、その前にまずは研究所の各施設を、有り余る迷彩ネットで覆うようアンドロイド達に命じよう。北の山岳地帯の登山道から研究所は丸見えだし、武装強盗などの悪意ある連中だって空中偵察機材を手に入れる可能性もある。

 建物自体を塗装でカモフラージュすることも考慮したが、今はこれで良しとした。

 それから俺は研究所の敷地の境界にある壁について考え始めた。厚さは十センチ高さニメートルで上部にばらせんがある。

 ここは前面に堀を作り、内部に監視棟を作り、壁自体を補強しようと考えたが、結局資材不足と判断して後回し。

 次に正門側。道路沿いの森について考える。ゾンビ相手なら敷地周りの木を伐採して見晴らしをよくするだけで十分だし、畑を作るならその先に堀や柵を作れば良いだろう。

 空中偵察で発見されやすいデメリットはあるが、研究所の近くで食糧を作るメリットの敵ではない。

 本格的な作業をするならば柵の材料や堀を補強する資材が欲しいところだが、今はあるものを利用する暫定処置で済ますことになる。

 必要なものが全部揃うまで待っていたら、それこそ年が明けてしまう。せっかくF棟建設工事を請け負ったゼネコン、土建屋、自衛軍などの工事車両があるんだし、空堀や生木の柵くらい作らせよう。

 これも、そのうちそこらへんにあるフェンス、コンクリートブロックを借りてきて、補強するか考えよう。

 そこでまた面倒な問題を思い出す。

 柵で境界を作るなら、隣人がいるかどうか、居るなら軋轢を生まないか確認くらいするべきだろう。

 ……仕方ない。まずは別荘グループに挨拶しに行き、東側の境界を安定させるか……

「キャリー。別荘の知り合いに挨拶に行く」
「了解です。護衛はどう致しますか」

「軽装甲高機動車一台、社用ワンボックス、それに乗用車、宅配便の冷蔵車で行く」

 突撃銃でアンドロイド達が武装しているとはいえ、戦車と装甲兵員輸送車で乗り込むよりはかなり友好的だろう。ついでにお土産として弁当百二十食分と自衛軍基地で見つけた缶詰め千個と缶入り乾パン千個を用意させる。

 さて恒例の車列だ。

 一台目……軽装甲高機動車にマイルズ、S3三体。

 二台目……ワンボックスに俺、キャリー、レグロン、四等兵四号、S3ニ体、衛生兵一号(やっぱり狭い)

 三台目……宅配便の冷蔵車にS3二体。

 四台目……四等兵八号、S3ニ体、特殊工作兵グレーブス。

 他に装甲兵員輸送車二輌にM-27十ニ体とS3六体、スパルタ兵型のロムスを乗せて待機させる予定だ。

「ボス、出発準備が整いました」

 キャリーの報告に頷いた俺は、本館の前に止まるワンボックスに乗り込んだ。そこで防弾チョッキとヘルメットを着せられる。

 とはいえ俺だけ防御力を高めていたら変な誤解をされそうなので、一部のアンドロイドに防弾チョッキとヘルメットをつけさせた。


 林道には秋の気持ちの良い風が吹いている。ドライブするなら周りの景色を見れる昼間が良い。

 さて正門から県道までの間で東に向かう側道は三本しかない。このうちニ本が別荘に出るのだが、舗装してある道は一本。 車列は当然ながら舗装されているニ本目の側道に入った。道幅三メートルの林道だ。

 やがて南北にのびる丘陵が見えてきた。地図を見るとここから別荘地までの間、三つの丘が立ちふさがっている。

 装甲兵員輸送車を擁する後続部隊は最初の小高い丘の手前で一時待機させる。そこより前に出すと、丘の頂上から丸見えになる。

 だが、どういうわけかその丘にも次の丘にも高橋グループの監視がいなかった。特に第二の丘からは別荘地の一部を監視できるので、何かの罠を心配したくなる。

 俺はバックアップの装甲兵員輸送車は第一の丘の西斜面にまで進ませ、本隊を最後の丘に向かわせた。

「ボス、頂上に人がいます。別荘地に向かって旗を振っています」
「よし、丘の下で止まり、こちらも白旗を掲げよ。それで誰かがくるだろう」

 と思ったけど俺は一時間ほど放置された。まあ非武装でも警戒される状況で、研究所のアンドロイド達は車外で突撃銃を持って立っているのだ。武装強盗に思われても文句は言えない。

 さらに三十分ほど待たされ俺は、頂上に向けて一号車の人員を徒歩で送り込むか悩み始めた。

「ボス、周囲を二十人ほどの人間に囲まれています」

 車列の周囲には高さ八十センチほどの草が生い茂っている。そこなら二十人ぐらい余裕で隠せる。その正体は別荘組の連中の他考えられない。

 アンドロイド達があからさまに戦闘態勢を取り始めた。キャリーに確認すると、迫撃砲などを保有してない限りこちらの脅威にならないとのこと……

 というかキャリー達に自由反撃を許可したら虐殺になりそうだ。

「気づかない振りをしろ」

 俺は相手の出方を窺うと決めた。アンドロイド達には出来れば敵の被害も抑えるよう命じる。


 それから十分ほど待つと、ようやく三台の車が丘を下ってきた。 別荘組に話し合う気があることを知り、俺は正直安心した。

 接近してきた相手はワゴン一台、民間仕様の四輪駆動高機動車一台、乗用車一台。

 別荘組の車列は俺達から三十メートルの位置に一度止まった。道からはみ出るように二台の車を並ばせてトライアングルを作っている。

 少しばかり緊張するがこっちはまだ何も武器を構えていない。

 ヘルメットと防弾チョッキに迷彩服を着た、いかにも異国の軍人という風情のマイルズが、白旗を掲げながら特使としてゆっくりと向こうに歩いていく。

 直後、相手の乗用車とワゴンの全てのドアが同時に開き、そこから武器を持った人間が出てくる。

 その数八人。車から降りてきた人達はドアを盾に拳銃とショットガンの銃口をこちらに向けた。

 一方、こっちはまだ友好姿勢を維持して武器を向けていない。相当緊張する場面だ。

「止まれ。それ以上近づくな」

 マイルズは相手の指示に従って別荘組の車から十メートルの位置で止まった。すると、二台の車の後ろの高機動車のドアが開き、運転席と助手席に居た二人がライフルを持って車を降りた。

 前の車と同じようにドアを盾にする。そして最後に後部座席から降りた二人がこちらに歩いてきた。

「知った顔はいないようだな」
「はい」

 俺は誰かしら知った人間が来ると勝手に思っていた。そのため、さらに緊張する。

 戦闘態勢を取るように命じたくなるが、相手がこちらに近づいている以上、余計なことはしない。

 俺は深呼吸をしてからキャリーやレグロンを見る。特に警告を発していない。今のところは順調と信じよう。

「ご用件は?」

 別荘地の代表者は黒いスーツ姿で四十歳後半くらいの緊張しまくっている男と、GパンにTシャツ姿で二十歳前半位のショートカットの女性だ。

「研究所の斉藤が挨拶に来たと高橋さんに伝えてもらいたい」

 マイルズが用件を伝える。

「高橋さん? ひょっとして皆さんは高橋さんの知り合いですか」

 緊張しまくっていた男があからさまに安堵を示すと、その後ろで銃を構えている連中も、ホッとしたのか緊張が緩んだように見える。ただショートカットの女性は警戒心を解いていない。

「申し訳ありませんが、代表の高橋は外出中です。高橋本人の許可が出るまで、これ以上別荘に近づかせるわけにはいけません」

 ショートカットの女性が申し訳なさを全く感じない厳しい口調で告げた。

「高市さん、研究所の人達は以前食料を分けてくれて病人に薬をくれたんですよ」

 男が取りなそうとしているが、あの様子じゃ駄目だろう。

「磯部さん、高橋代表が決めたルールです。研究所の皆さん。申し訳ありませんが安全を確保するために高橋の帰りをここで待つか、後日、もう一度お越し下さい」

 高市とかいう女性は男の説得を一蹴して俺達に宣言した。

 まあ、高橋さんが不在だから仕方ない。ただ、既に無駄な時間を費やしていているので、手ぶらで帰るのも不満だ。俺は撃たれる危険性が低くなったと判断してワンボックスの外に出た。

「高橋さんのお帰りの予定は何時頃なのでしょうか?」
「二時間後の予定です」

 二時間も? しょうがない我慢するか。

「では、ここで待たせて貰います」
「わかりました」

 別荘の二人は自分達の車の側に戻った。すぐに運転手と助手席の二人だけが車に乗り込み、別荘地に向かって去る。

 一方こっちはやることがない。仕方ないから持ってきた弁当をワンボックスの中で一人で食べ始める。なんだか対面の連中の視線が厳しくなった。

 腹が減っているのか、アンドロイド達を放置して一人で食っているのが不快なのか、理由は不明だがかなりご不満なようだ。

 さらっと弁当を食い終えた俺は一個じゃ足りなくて二個目を食べ始める。

「コーヒーをどうぞ」
「ありがとうキャリー」

 キャリーがいれてくれたコーヒーを飲み、ようやく一息をつく。

 いや、なんか安心したら生理現象が起きてしまった。いきなり草村に向かったら潜んでいる奴に撃たれそうな気がするので、高市とかいう女性の許可を取るか。

「すみません」 
「なんでしょうか」

「草村へ芝刈りに行きたいのですが?」
「え? 後日では駄目でしょうか」

 近所でならお手洗いと通用するんだが……

「ついでにお花を摘んだりしたいと思いまして」

 何事にも動じないと思った高市さんの顔が若干赤くなり、分かりやすい磯部さんの顔がかなり遅れて真っ青になる。

「申し訳ありませんが、二名ほどつけて監視させていただきます。少々お待ち下さい」

 向こうから嫌そうな顔をしている男二人がやってきた。彼らが伏兵に問題ないとアピールしてくれるのだろう。リスクはあるがアンドロイド達を待機させて、誰にも見られない位置を入念に探して生理現象を済ませた。

 泡石鹸で手を洗った俺はアンドロイドが傾けたペットボトルから流れ出る水ですすぐ。そして、車に寄りかかって時間の過ぎるのを待った。


 ……そして、運悪く不在だった別荘グループのリーダーを待つと決めてから、早二時間半が過ぎた。

 その間、暇過ぎていつになく積極的になった俺は、コーヒーカップを差し出して別荘グループの高市さんに馴れ馴れしく話しかける。

「年は? キャリアウーマンだったの? 彼氏居る?」

 普段の大日本共和国ならセクハラと扱われる質問だが、リアル・ゾンビの世界では年=運動力や健康、OL=技能や知識、彼氏=守るべき存在が居るかを聞くことになり、たぶんセーフだ。

 実際、バリバリのキャリアウーマンである高市さんは大半の質問を気持ちよく答えてくれた。さり気なく別荘地の様子も聞いたがいずれもノーコメントのガードの固さは好感さえ持てる。

 情報を得るなら磯部とかいうおっさんの方だったと後悔したのも確かだが、まあ、どうせ暇つぶしだから良しとしよう。

「ボス。来ました」

 キャリーの報告を聞いて丘の上を見ると、三台の車がこちらに下ってきている。高市さん達は「失礼します」と言って自分達の車の方に戻った。

 さらにキャリーが森の中で何時間も頑張っていた人達の引き揚げも確認した。 
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