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異伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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異聞 第四次ティアマト会戦(その4)


帝国暦 486年 9月13日   ティアマト星域  ブリュンヒルト  エルネスト・メックリンガー



ティアマト星域に帝国軍、反乱軍が集結している。双方とも横列陣を展開し三.五光秒ほどの距離をおいて睨みあっている。十二時四十分、総司令部の命令に従いミューゼル艦隊が動き出した。帝国軍左翼部隊は急速に前進していく。それに比べて中央部隊と右翼部隊はゆっくりと動いている。旗艦ブリュンヒルトの艦橋は静けさに満ちていた。微かな電子音、マシンの操作音だけが聞こえる。

五分ほどもしただろうか、オペレータが困惑した声を上げた。
「ビッテンフェルト艦隊が広域通信で通信を始めました」
「広域通信だと? 間違いは無いのか」
「はい、間違いありません」

広域通信? 何を考えているビッテンフェルト少将。直情的な男だが悪い人間ではなかった。むしろ裏表のない戦場の男という感じがした。若くして少将にまでなっているのだ、当然馬鹿では無い事も分かっている。そのビッテンフェルト少将が広域通信? 例の朝の挨拶を今またやっているのか?

「司令官閣下、如何しますか。通信を止める様に命じた方が良いかと思いますが……」
私の進言にミューゼル提督は少し考えるそぶりを見せた。
「……いや、その前にこちらでも見てみよう。正面のスクリーンに映してくれ」
「はっ」

艦橋に“おおっ”と声にならない歓声が上がった。スクリーンには今にもブラウスからはち切れそうなオッパイが映っている。胸では無い、これはオッパイだ! なんと見事な!
『こんにちは』
オッパイが挨拶をした! オッパイが喋った!

「こんにちは」
気が付けばオッパイに挨拶をしていた。慌てて周囲を見る、大丈夫だ、私だけじゃない、司令官閣下もキルヒアイス中佐もブラウヒッチ大尉も挨拶している。そうだ、挨拶は人間の基本だ、例え相手がオッパイだろうとおかしなことはしていない。

『そんなに胸ばかり映さないでください、恥ずかしいです』
オッパイが手で隠れた。するとオッパイが遠ざかりスクリーンには胸を手で押さえた若い女性の全身が映った。その途端また“おおっ”と声にならない歓声が上がる。私も唸った。

スクリーンの女性は少し小さめのブラウスとミニのスカートを穿いていた。大体膝上十五センチといったところか、なかなかスリリングな短さだ。だが問題はそこでは無い!

メガネ! ロリ! 巨乳! そしてネコ耳にツインテール、止めにミニスカを持ってきたか! ……やるな、ビッテンフェルト少将。男心のつぼを的確に突いてくるではないか!
『エーリカ・ヴァレンシュタインです。今日は美味しいアップルパイを皆さんと一緒に作りたいと思います』

ヴァレンシュタイン少佐か……。見事だ、ビッテンフェルト少将、少佐をここまで調教するとは……。卿は見かけによらず凄腕のようだ。一度コツを教えて貰わなければならん。
「誰か、この放送を録画してくれ」

「録画するのでありますか、ミューゼル提督」
「そうだ、後で姉上にお見せする。少佐のアップルパイは絶品だ。姉上も喜んでくれるだろう」
私の問いかけにミューゼル提督はあっさりと答えた。

大丈夫だろうか? グリューネワルト伯爵夫人はヴァレンシュタイン少佐を見てどう思うだろう。妙な勘違いをして次に提督に遭う時に伯爵夫人がメガネやネコ耳を付けたりしないだろうか? 髪形をツインテールにしたりしないだろうか? それはそれで有りかもしれないが、姉弟でやるのはどうだろう?

録画を指示すると提督が話しかけてきた。
「メックリンガー准将、ビッテンフェルト少将がこのタイミングで放送を行った事に意味が有ると思うか?」
意味か……。調教の成果を見せたい……、いや、そうではないな、自分の趣味を皆に広めたい、だろうか?

「味方の士気を上げようと言うのでしょうか?」
「なるほど、では敵に対しては?」
「……敵の意表を突く、という事でしょう」
「うむ、私もそう思う。やるな、ビッテンフェルト」

良かった、もう少しでお馬鹿な答えを返すところだった。どうやら私は間一髪危機を切り抜けたらしい。ミューゼル提督は嬉しそうにスクリーンを見ている。何が楽しいのだろう、少佐のアップルパイだろうか、それともビッテンフェルト少将の事か……。

あるいは提督もヴァレンシュタイン少佐に萌えているのだろうか……。そしてそれを演出したビッテンフェルト少将を面白がっている? 有り得ない事ではないだろう。我々は危険な状況に有る、にも拘らず提督の機嫌は非常に良いのだ。

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト少将か……。何度か彼の所でお茶を飲んだ事が有る。話をした限りでは外見通り陣頭の猛将のように思えた。しかし本当は細やかな思考をする男なのかもしれない。今見せている陣頭の猛将という姿は擬態ということも有り得るだろう。部下を統率し指揮するための擬態……。彼の本質は勇よりも知を好むのかもしれない。

先程のミュッケンベルガー元帥の心理を読んだのもヴァレンシュタイン少佐と言っていたが本当にそうだろうか? あるいは二人で読んだ、または彼一人で読んだ事を少佐の名前を使ったのではないだろうか……。知者が必ずしも好まれるわけではない、切れすぎる刃は周囲から恐れられる事が多々あるのだ。

むしろ戦場の勇者であると判断された方が侮られる事は有っても恐れられる事は無いだろう。単純な男だと判断された方が周囲からは警戒されずに済む。今も多くの士官がこの放送を楽しみながらビッテンフェルトは何を考えているのかと呆れているだろう。滑稽には思っても決して彼を警戒したりはしない……。

私の予想が当たっているのだとしたら恐ろしいほどに用心深い男だ。女性士官であるヴァレンシュタイン少佐を自分の配下に加えたのも自分の知を隠す為だろう……。滑稽な事をしていると周囲には思わせつつ、その裏で勝つために策を練る男……。

ヴァレンシュタイン少佐の声が聞こえる。
『リンゴは後々バターでいためますから少し酸味の強い物を選びましょう。出来る事なら多少果肉の硬い物をお薦めします』

ツインテールの少女がリンゴを手に取ると包丁をあてた。器用にくるくるとリンゴを回し始める。それにつれてリンゴの皮が剥かれていく、途切れることなく皮が剥かれリンゴが丸裸になった。鮮やかな手並みに皆が感嘆の声を上げる。彼女が二つ目のリンゴを手に取った。同じように途切れることなく皮が剥かれリンゴが丸裸になった。これで丸裸になったリンゴは二つ、渦巻き状に剥かれた皮も二つ。感嘆の声はさらに大きくなった……。



宇宙暦 795年 9月13日   ティアマト星域  アイアース  ドワイト・グリーンヒル



帝国軍の左翼部隊が急速に前進している。だが帝国軍の中央と右翼の前進速度はゆっくりとしたものだ。そのため左翼部隊は孤立しているのではないかと思えるほど我々に近づいている。一体帝国軍は何を考えているのか……。斜傾陣による時差攻撃、当初我々が考えたのはそれだった。しかしそれにしても左翼部隊の突出は度が過ぎている……。

罠、だろう。スクリーンに映る若い女性の姿を見ながら思った。帝国軍は左翼部隊の孤立を強調している。指揮官のあいだからは先制攻撃をするべきだという意見も有ったがロボス元帥は相手の行動意図を掴んでから攻撃すべきだと却下した。妥当な判断だろう。帝国軍は左翼部隊を囮として同盟軍を誘き寄せようとしているのだ。こちらが無秩序に攻撃するのを待っている。敵の誘いに乗るべきではない。

このおかしな放送も同盟軍の目を帝国軍左翼部隊に向けようとする作戦の一つだろう。戦闘中に美味しいアップルパイの作り方? おまけに衣装を見ればメガネ、巨乳、ロリ、ネコ耳、ツインテール、ミニスカ……。エーリカ・ヴァレンシュタインと言ったか、自分に注意を引きつけようと必死だ。帝国軍も詰まらん小細工を弄する事だ。

『はい、これでアップルパイの完成です。では試食をしてみましょう』
エーリカが出来上がったアップルパイを切り分けていく。包丁の入り具合から見ると確かに美味しそうだ。フレデリカはこんなパイを作れるだろうかとちょっと心配になった。

彼女が切り分けたアップルパイの一つ皿に載せた。パイの断面がアップで映される。蜂蜜色になったリンゴとサクサク感のあるパイ生地が実に美味しそうだ。コーヒーにはとても合うだろう。

『ビッテンフェルト提督、こちらへ』
エーリカが呼びかけた。少し間が有って一人の男性が困ったような表情で彼女に近づく。大柄、たくましい体格をしている。オレンジ色の髪の毛が印象的な士官だ。この男がビッテンフェルトと呼ばれた人物なのだろう。まだ若い、しかし提督と呼ばれたところを見るとかなり有能なはずだ。

エーリカが皿の上のパイをフォークで切り分けた。その一かけらをフォークに乗せる。
『はい、あーん』
ビッテンフェルト提督が困惑している。まさかここで“あーん”が出るとは思わなかったに違いない。パイを見てエーリカを見てそしてこちらを見た。多分カメラを見たのだろう。

『あーん』
フォークを持ってエーリカがビッテンフェルト提督に迫る。ニコニコして食べてもらえると確信しきった表情だ。どうする? 食べるのか? それとも拒むのか……。しかしあれを拒むのは難しいだろう。万一彼女に泣かれたらどうするのだ。

『あ、いや、待て』
『あーん』
『あ、その』
『あーん』
『……』

食べるのか? 食べるのか? 食べた! ついに食べた! 艦橋でどよめきが起きた。“食べたぞ!”、“食べた!”、“なんて奴だ! 許せん!”
『美味しいですか?』
『うむ、美味しい』

ビッテンフェルト提督は蕩けそうな顔をしている。その表情にまたどよめきが起こった。“美味しいだと、許せん!”、その時だった、オペレータが悲鳴のような声を上げた。

「て、帝国軍左翼部隊が進路方向を変えました!」
「なに!」
オペレータの報告に戦術シミュレーションのモニターを見た。確かに左翼部隊が方向を変えている。だが、これは……。

「方向を変えたのは何時だ!」
「そ、それが」
報告を上げたオペレータが俯く。彼だけではない、他のオペレータも私と視線を合わせようとはしない……。

「皆、あの放送に気を取られたという事か」
帝国軍左翼部隊は同盟軍右翼の正面に居るはずだった。だが彼らは右に回頭し既に同盟軍の左翼の前を走り抜けようとしている。回頭して中央部隊の前を通り過ぎるまで誰も気付かなかった……。

いや、前線では気付いた人間もいたのかもしれない、しかし総司令部は気付かなかった。当然ではあるが指示も出さなかった。敵の左翼は何事もなく通りすぎてゆく。このままでいけば同盟軍はあの部隊にこちらの左翼を側面から攻撃されることになるだろう。スクリーンではビッテンフェルト提督がアップルパイを食べている。いや食べさせてもらっている。

ロボス元帥はスクリーンを見ていた。
「総司令官閣下」
「何事だ、グリーンヒル参謀長」
「してやられました。帝国軍はこの放送を使って我々の注意を逸らしたのです。これは帝国軍のハニートラップです」
口中が苦い。これ程までに苦い報告をした記憶が私にはなかった。

ロボス元帥が私を見た。叱責を覚悟した。
「貴官は何を言っているのかね、エーリカちゃんがそんな事をするはずが無いだろう」
「……はあ? エーリカちゃん?」

我ながら間抜けな声を出していただろう。ロボス元帥がバツが悪そうに咳払いした。
「貴官は何を言っているのかね、ハニートラップなど有るわけがないだろう。我が軍がそんなくだらない小細工に引っかかるはずが無い」
「はあ」

今からでも敵の左翼部隊を攻撃するべきだと進言しようとした時だった。オペレータが震えるような声を上げた。
「敵軍、イエロー・ゾーンを突破しつつあります……」
何時の間に! 何時の間に敵はイエローゾーンを突破してきた! ロボス元帥が慌てて右手を上げた。

「敵、射程距離に入りました!」
「撃て!」
悲鳴のようなオペレータの声にロボス元帥の声が応え、勢い良く右手が振り下ろされた……。



帝国暦 486年 9月13日   ティアマト星域  シュワルツ・ティーゲル  フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト



事前に説明は受けていた。大体どうなるだろうと想定もした。しかし実際になってみるとやはり驚きが有る。ミューゼル艦隊は当初あった左翼の位置から遠く移動し今では右翼のさらに右、反乱軍の左翼の側面に展開している。そして帝国軍は中央、右翼の主力部隊とミューゼル艦隊によって反乱軍の中央、左翼を半包囲状態にあった。

『酷い混戦だな』
『全くだ。ミュッケンベルガー元帥も当てが外れて怒っているだろう。それとも泣いているかな』
ミッターマイヤーとロイエンタールの会話に同感だった。我々を犠牲にして反乱軍に勝つというミュッケンベルガー元帥の目論見は完全に崩壊した。

それだけではない、帝国軍は酷い混戦状態の中に有る。総司令官ミュッケンベルガー元帥は遠征軍を指揮統率出来ているとは言えない。皆目の前の敵の撃破に専念するのが精一杯の状態だ。ロイエンタールが言った“泣いている”と言うのは皮肉でも誇張でもないだろう。俺なら間違ってもその立場になりたいとは思わない。

この乱戦状態にあって唯一組織的な行動と秩序を保っているのはミューゼル艦隊だけだ。つまりこの艦隊の動きが会戦の勝敗を決める。そう、ミュッケンベルガー元帥は勝つためにはミューゼル艦隊の力を必要とする。元帥はミューゼル提督を押さえつけようとする目論見も失敗した……。

ミューゼル艦隊はまだ本格的な攻勢には出ていない。今動いても乱戦に巻き込まれるだけとミューゼル提督は判断している。反乱軍の攻勢が限界点に達するのを待ち、攻勢に出るつもりだ。

『それにしても“あーん”は無いだろう、“あーん”は』
皮肉に溢れた口調だな、ロイエンタール。随分嬉しそうじゃないか。
『羨ましい事だ。しかし皆の前であれは少し……』
ミッターマイヤーが笑うとロイエンタールも笑った。背中に視線を感じる。俺を後ろから睨んでいるのは誰だ?

「俺は卿と違って独身だ。誰に遠慮する必要もない、やましい事は何もないぞ」
いかん、ますます背中が痛い……。でもやましい事が何もないのは事実だ。それにメガネ、ロリ、巨乳、この三拍子そろった女に迫られて抵抗できる男がいるもんか。断じて俺は責められるような事はしていない。

『随分と美味そうに食べていたな。蕩けそうな顔をしていたが……』
美味かったのだ、俺にとっては至福の時間だった。もう一度間近で“あーん”をやって欲しい。出来ればメガネ、ロリ、巨乳でだ。

あの映像が閲覧可能になったらダウンロードしよう。そして一日一回は必ず見るのだ。見る度に幸せな気持ちになれるに違いない……。ロイエンタール、ミッターマイヤー、俺は卿らがどんなに俺をからっても少しも構わん。本当は卿らが俺を羨ましがっていると知っているからな!


 
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