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或る皇国将校の回想録

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第十話 苗川攻防戦 其の二

 
前書き
馬堂豊久 駒州公爵駒城家の重臣である馬堂家の嫡流で新城の旧友
     砲兵少佐であるが独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長として正式に野戦昇進する。

新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊次席指揮官。大尉へ野戦昇進する。
     側道方面の防衛隊を指揮する。
  
杉谷少尉 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部鋭兵小隊長。
     (鋭兵とは先込め式ではあるが施条銃を装備した精鋭隊の事である)

西田少尉 第一中隊長、新城の幼年学校時代の後輩

漆原少尉 予備隊長 生真面目な若手将校

米山中尉 輜重将校 本部兵站幕僚

猪口曹長 第二中隊最先任下士官 新城を幼年学校時代に鍛えたベテラン下士官

権藤軍曹 側道方面防衛隊の砲術指揮官

増谷曹長 側道方面防衛隊の導術指揮官

金森二等兵 側道方面防衛隊所属の少年導術兵



シュヴェーリン・ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール少将
東方辺境領鎮定軍先遣隊司令官 本来は鎮定軍主力の第21東方辺境領猟兵師団の師団長

アルター・ハンス中佐 先遣隊司令部 参謀長


ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナ
<帝国>東方辺境領姫にして東方辺境鎮定軍総司令官の陸軍元帥
26歳と年若い美姫であるが天狼会戦で大勝を得た。

アンドレイ・カミンスキィ 第三東方辺境胸甲騎兵聯隊の聯隊長である美男子の男爵大佐
             ユーリアの愛人にして練達の騎兵将校
ゴトフリート・ノルティング・フォン・バルクホルン
西方諸侯領騎士。騎兵将校に似合いのごつい外見の持ち主
精鋭部隊である第三東方辺境胸甲騎兵聯隊の中でも秀でた乗馬技術の持ち主。 

 
皇紀五百六十八年 二月二十一日 午前第五刻 
苗川渡河点防衛陣地 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久少佐

 ――詰まる所、順調と言って良い範囲内だ。
馬堂大隊長はそう判断していた。
〈帝国〉の先遣部隊は、つい先程まで夜間渡河を強行し、凍死寸前の猟兵達は剣牙虎に追い散らされる羽目になった。おそらく半数以上は溺死か心臓麻痺が死因となっただろう。
 ――ここで博打を、それも準備不足の博打を打ったと云うことはあちらの状況が想像以上に悪く、改善の見込みがないということだ。
 馬堂少佐は思索を続ける。
 ――此処で時間を浪費している分、機動力を持った部隊の価値は上がる、迂回に騎兵を使う可能性は如何程だろうか? 主力を攻撃したいのなら胸甲騎兵を消耗したくないだろう。
だから後方からの不意討ち挟撃等の手段で優位を得た戦況以外では出来るだけ投入したくない――筈だ。もしも胸甲騎兵第三聯隊様に聯隊総吶喊されたら――
背筋に冷たい汗が流れる。
 ――あの大軍には後先考えさせないと(・・・・・・・・・)あっさり踏み潰されてしまう。取り繕ってもこの大隊は800にも満たない敗残兵にすぎないのだ。過信した瞬間に首ごと食いちぎられるに違いない。
 事実、馬堂少佐の構想は徹底的に―それこそ一個小隊を捨て駒にしてでも行った焦土戦術、地の利を活かした築陣に後方の虚構の軍勢(本来の正当な評価)、これらを総動員して敵の弱体化を行っている。

「近衛に恩を売っていなければ危険でしたな」
 代価として補給の便宜に工兵中隊の助力まで貰えたのだ。夜間伏撃による壊滅後の事務を担ってきた米山中尉の感想はまさしく正鵠を射ている。
「まぁ俺もこれでも将家の人間だからな、このくらいは鼻が利かないとやってられないのさ」
豊久の軍歴に刻まれた人務部監察課首席監察官附き副官と防諜室附の二つが主に叩き込んだ能力であった。
 ――正直な所、内地に帰還出来たとして、ほぼ確実に厄介な政争に巻き込まれるだろう。大敗し、経済的にも追い詰められた守原、手柄を挙げた皇族、育預と譜代が尻拭いをした駒城家、そしてこの〈皇国〉を侵略する〈帝国〉、厄介事以外の何の臭いがするだろうか。
 ――栄達、か。
自分の苦笑するしかなかった。
 ――いやはや救い難いな。亡国の危機に出世の臭いを嗅ぎつけるか。
 省みると中々どうして自分も俗っぽいものだ、と嗤いながら笹嶋中佐の餞別(タバコ)を取り出し、火を着ける。
「まぁ全ては三日間凌いでからの話だな」



同日 午後第二刻 苗川上流 上苗橋跡
第3東方辺境領胸甲騎兵聯隊 聯隊本部


渡河点に到着した。
対岸を見ると簡素な馬防柵が橋のあった場所の周辺に張り巡らされている。

「あの馬防柵、見た目は貧相だが厄介だな。アレのせいで余計な時間を食う。」
 カミンスキィが唸ると首席参謀のプレハノフ中佐も首肯して云う。
「砲兵の随行を強要させ足を遅くさせる。
しかし、深く、流れの強いこの地点から砲を渡河させることは不可能ですな、良くもまぁ思いつくものです」

「まったくもって抜け目の無い事だ、小器用な蛮族と侮るのは危険だな。
――それでは砲兵であの柵を破壊するとしよう。」
軽砲といえども馬防柵はたちまち消し飛ばされた、勿論、同じ方法で激流を消し飛ばすわけにもいかない、激流に身を任せても心臓が静の状態になるだけである。
「この部隊で馬上水練の一番上手い者は?」
破砕された柵を尻目に首席参謀と相談する。

「ゴトフリート・ノルティング・フォン・バルクホルン大尉です」
「あぁあのごつい顔の男か。」
 カミンスキィの言葉を聞くと首席参謀は一瞬呆れた様な顔をして呼びに行った。
 確かに彼が言っては大半の人間がそうなってしまうであろう、彼自身もそれを武器にして生きてきた
父の死によって男爵家であったカミンスキィ家の没落後、母によって帝弟を相手に男娼まがいの行為をさせられていた事があり、更に現在は東方辺境領姫の愛人として軍人としての栄誉を勝ち取っている。
 尤も、彼自身はこのまま終わるつもりは無く全てを踏台にして更なる栄達を求めている。

「連隊長殿、フォン・バルクホルン参りました。」
 典雅な発音と古風な名前が旧時代の勇将の如き外見を中和し、ゴトフリート・ノルディング・フォン。バルクホルン大尉はまさしく理想の貴族将校としてカミンスキィの眼前に佇んでいる。
 「大尉、君に栄誉を与えたくてね、渡河の先駆けだ。
馬ならば渡る事が可能な筈だ、練達の騎士と名高き貴殿に任せよう。」
 申し分ない守旧の産まれの〈帝国〉騎士へと沸き起こる妬気を打ち消しながらカミンスキィは涼やかな微笑を貼り付け、命じる。
「了解しました大隊長殿、渡ります」
逡巡せずに鮮やかに答えた練達の〈帝国〉騎士は苦労しつつも急流を渡り、遂には砲撃で崩れた岸や柵を踏み越えた。
 ――成程、大した腕だ。
 カミンスキィは率直に評価し、人名簿に名を刻みつけると続いて馬を進めながら部下達を鼓舞するべく声を上げた。
「渡れぬわけではないな。諸君! 私に続きたまえ!」



「損害は?」
「溺死等で67名です」
 アルターの報告にカミンスキィは顔を強ばらせた。
「十分の一近くが逝ってしまったか……厄介な事だ。おまけに日が暮れたせいで濡れた服も乾かせずに凍傷になる。」
「今日は此処までが限界です、野営の準備の前に薪を――」
首席参謀が今後の行動の提案を行おうとすると、対岸に駆けつけた伝令が新たな状況の変化を告げた。
「伝令!シェヴェーリン閣下より伝令です!本隊より一個大隊一日分の糧秣を駄載させ向かわせます!
明日の朝まで此処でお待ちいただければ、合流させるとのことです」
 この糧秣は正面からの早期突破は不可能と判断したシュヴェーリンと参謀陣が捻出したものであった。無論、糧秣の枯渇によって士気崩壊すら現実味を帯びており、が反対意見も出たがシュヴェーリンはそれを押し切り、カミンスキィに全てを賭けたのであった。
「――感謝する。そう閣下に伝えていただこう!」
 この瞬間にカミンスキィは栄光を求める野心家の直観でこの戦の結末を自分が掌握していることを理解し――歓喜に身を震わせた。


二月二十二日 午前第七刻半 大隊本部
独立捜索剣虎兵第十一大隊 首席幕僚 新城直衛 

 上流の渡河点を日に数度、定期的に探索し、さらに剣虎兵を配置する事で奇襲を避ける体制は、導術兵への負担と引き換えに現在、多大な成果を上げていた。
「――輜重部隊が上流へ向かっている、か。
良くやってくれた金森二等兵、半日ほど休め。後で側道の防衛にあたってもらう、術力切れのないようによく休むように」
よろよろと導術兵用の天幕へと下がる金森をちらりと見るが、馬堂少佐はなにも言わずにすぐに首席幕僚へと視線戻す。
「今日中、遅くとも明日には迂回した騎兵と交戦しなければならない、か。
予備隊をお前さんに任せると言うことでいいかな?
鋭兵中隊と剣虎兵二個小隊に騎兵砲を四門回す、剣虎兵小隊の指揮は西田少尉と漆原少尉、こんな所かな――やはり、剣虎兵将校の不足が辛いな。ある程度単純な指示でないと兵が混乱する」
 唇を噛み締める旧友を
「はい、大隊長殿。そんな所でしょう。」
 それに頷いて大隊長は側道方面の指揮官として新城直衛大尉を任命した。
「新城大尉、そちらの指揮は君に一任する、
それと可能ならば士官を生け捕りにしてくれ」
 大隊長が平然とつけた注文を聞き、次席指揮官はうんざりとため息をついた。
「また無茶を。何故ですか?」
 ――完全に無力化されてでもいない限りは進んで俘虜をとるべきではない。
新城の経験上、匪賊討伐の際に俘虜を取ろうとして刺される事が多く、
「緊急時の手札になるからさ。
貴重な猫を投入するのだから馬を脅かすとかして、落馬した奴とかを見繕ってくれ。
何なら兵でも良い、取り敢えずそれっぽい、なまっ白い偉そうなのをふん縛って連れてきてくれ」
「まるで人攫いだ」
「――人攫いだよ。営利略取だ、いよいよもって匪賊仕事だがやってもらうぞ」
新城の視線を受け流して豊久は飄然とそう云った。
「防衛を最優先しますので確証はいたしかねます」
「あぁこちらの兵を殺してまでとは言わないさ。
だが同胞が居るだけでも幾らかはマシになるから可能な限り頼む、出来れば貴族の士官が望ましいが贅沢は言わない」

「望ましい事は得てして困難なものですよ」
 ――まったく、無茶ばかりを言ってくれる。
頬を攣らせながら新城が云う。
「知っているよ。出来れば、で良い。現状ならば撤退とて不可能じゃないからね。
あくまで保険だ――面倒は今更だろ、頼むよ」
凶相を歪める旧友の視線を跳ね返した馬堂少佐が命じると、新城は溜息をついた。
「了解です。大隊長殿」


午前十一刻 小苗陣地より後方十五里 北美名津浜
北領鎮台転進支援本部 司令 笹嶋定信


防寒着を着込み、雑魚寝をしている導術兵達から目を離し、転進支援本部司令である笹嶋は明日の行動の為に再び現状の再確認を行うべく書類に目を落とした。
最後に前日の独立捜索剣虎兵第十一大隊からの報告では遅滞戦闘は順調に続けられているらしい。それが今の所、笹嶋の知る唯一の良い知らせだ。

 ――導術兵は皆、疲労困憊で軍医の診断によると最低でも本日一杯は休ませないと死亡すら有り得るそうだ。
 ――龍士も翼竜ももう飛べない、一人は負傷すらしている。
 笹嶋の――転進支援本部の耳目は急速に衰えつつあった。
「司令!良い知らせです!」
浦辺大尉が駆け込んで来た。
「畝浜が手土産――30隻もの運荷艇を括り付けて到着しました!」

「ほう!それは、久々に良い知らせだ」
笹嶋も安堵の笑みを浮かべた。これで救命艇と合わせて転覆することのない船で一気に兵員を移送することができる。
「それと天象士からもこの天候回復も暫く続くと。
少なくとも二日間は荒れることはないと太鼓判を押しています!」

「それが本当ならば、明日の夕刻までには終わりそうだな。」
「はい。十分可能です。」
「導術兵が目を醒ませば――馬堂少佐達も生還出来るかもしれないな」

「それでも明日ですね。伝令も出す余裕は有りません。」
浦辺大尉が帳面に目を向けて言った。
――明日、か。それが致命的な遅れにならねば良いが。



「司令!海岸の残兵は2000名以下に減りました。」

「やはり明日の内に終わりそうだな。
残りが1000名以下になったら我々も撤収の準備をしろ。
あぁ、それと物資の破壊をしなければ、残った部隊の指揮官は?」
 浦辺大尉が書類を読み直す。もう一度読み直した。
「――近衛衆兵第五旅団・旅団長――実仁准将閣下です。」

「おいおい」
笹嶋は思わず失笑が漏れのを止めることができなかった。
 ――守原大将はどうやって生きていくつもりだろう?まごうことなき五将家の一員が皇族より先に逃げ出した公爵大将なんて笑い話にもならない。

「ならば畏れ多くも親王殿下に再び拝謁させて頂くとするか。」


二月二十二日午前第七刻 小苗陣地 後方半里 西方側道 防御陣地
独立捜索剣虎兵第十一大隊 側道方面防衛隊司令 新城直衛大尉

「ん?」
千早の訴える様な視線を受け、新城は緊張した声で命令を発した。
「増谷曹長!探ってくれ!」

「はっ!」
疲れきった導術分隊長が意識を集中し、数瞬を経て報告する。
「大尉殿 敵は前方十三里の位置で停止しています、数はおそらく五百程度、騎兵です」

――さてさて此方は300弱。向こうは600強か。常道通り砲で叩いて射撃で掃討、
その後に剣虎兵で攻撃、だな。これで犠牲は最小限で済む。
「よろしい標定射撃痕に接近し次第砲撃開始。」
恐怖に震える手を押さえ、自嘲の笑みを浮かべた。
――いやはや情けない。良くもまぁ未だに将校の演技を続けられている物だ。
「敵が補給を受けた様子はないのだね?」
「はっはい。昨日から交代で探索を行なっておりますが払暁に渡河した部隊以外が敵部隊と接触した様子はありません」
 ――つまりは後方からの補給は不十分か、輜重部隊は本隊から絞り出したなけなしの糧秣を運んでいたのか?その補給を受けてから仕掛ける気か。

「どちらにせよ騎兵一個大隊を賄うには不十分だな」
  ――駄載させないと渡河は出来ない、駄載させる分、馬の数も増える。護衛の分を考えれば尚更だ。大まかに考えて二個中隊弱いがやっとだろう。

 第十一大隊は半里前方に剣虎兵小隊と観測班を置いており、彼等も身を隠し情報を伝えてくれる。
連絡役の増谷曹長は消耗が激しく、休ませているが明日からまた働いてもらわなくてはならない。

「金森二等兵、後は増谷曹長から連絡が来るまで権藤軍曹の所で休んでいろ。
猪口曹長、運んでやれ。」

「はい、大尉殿。」
猪口が背負って運ぶ少年兵は新城の事を信じきった目で見ている。

 ――まだ子供だ。
じくり、と心情の中で何かが疼いた。
 ――今はまだ上手く事が運んでいる。生きて帰せるかもしれない、あの子供の様な兵を。

「・・・・・・」
 

 ――だが、正面陣地が突破されたら?
 ――僕がヘマをして敵に敗れたらどうなる?
手が震え、もはや形式主義的なその震えに自嘲の笑いがいつもの様に浮かぶ。
 新城はいつものごとく己の卑小な人格を確認し、戦場を構成する要素として設定した。


金森二等兵は遠目にその笑みを見て安堵した。
――あぁ少佐も大尉も僕達を使って皆を、仲間を守ってくれている。
――それならば、術力が擦り切れようと、導術兵の本望です。
――それで皆を救わせてくれるのなら。戦友を、内地の家族を守れるのなら。
――僕達は、僕は、それを、この部隊に居る事を、誇りに思います
 
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