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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第12話 ささやかな家族の夜

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。

卒業式後の小話っぽい話をお送りします。

結構難産でした。キレが悪くてJr着任は次話に持ち越しです。 

 
 宇宙歴七八四年 八月 ハイネセン


 夢だと思った。というか思いたかった。

 あのくそ親父(=シトレ中将)が卒業式前日に答辞指名をするという奇襲に出た為、俺は慌てて端末を開いて、ウィッティと原稿を徹夜で作成した。ユニバース卒業式テンプレ集と過去の士官学校卒業式の動画を見比べて、適当に文面を繕ったようなものだが、とりあえず形になったのでよしとしたい。

 当日の式の流れは一卒業生として把握していたので、さほど問題ではなかった。だがまさか答辞を読むとは思っていなかったので、名前を呼ばれて起立して、演壇前まで歩いている時、顔の筋肉はほとんど硬直していた。後でレーナ叔母さんに映像を見せてもらったが、お世辞にも凛々しいという言葉は使えない。

 つっかえることなく答辞を読んでいる最中も、正面のクソ親父は士官学校の校長らしい厳めしい顔つきをしている癖に、俺を見るあの大きな目は俺の緊張している姿をあざ笑っているように見える。あの時ほどその黒い面にクリームケーキをお見舞いしてやりたいと思ったことはなかった。

 答辞を無事終え演壇から降りるときには、木製の階段を踏み外しそうになって、正面第一列に並んでいた同期卒業生からは失笑が漏れたし、校長に対する卒業生一斉敬礼の号令の声はひっくり返り、立ち上がって帽子を投げた時には緊張して帽子は手から離れずその反動で尻餅をつく有様……すっこけた俺をウィッティが起こしてくれたがそれこそ罠で、あっという間に俺は同期の連中に取り囲まれると短靴で次々と蹴りを入れられ、再び引き上げられたと思ったら胴上げ一〇回。そして俺は再び床に腰を打ち付ける羽目になった。俺は前世、プロ野球チームの優勝監督が歓喜の中で、どんな身体的苦痛を味わっていたのかをその身をもって感じた。

「卒業式で首席総代が胴上げされるなんて、おそらく士官学校開設してから初めての事なんじゃないか?」
 式典が終わり、ヤンやラップそれにワイドボーンといった顔見知りの下級生から次々と祝福という名の肉体的苦痛(膝カックンをしたワイドボーンはいつか絞める)を味わった後、ウィッティ(一四番/四五一一名中)と卒業証書を交換して会場で別れ、テルヌーゼン市内にある軍人系ホテルのレストランでようやく腰を落ちつけた俺に、グレゴリー叔父は肩を竦めて言った。

「あれを見れただけでも、テルヌーゼンまで来た価値はあったわね」
 ドレス姿で実年齢(機密事項)より遙かに若く見えるレーナ叔母さんがそれに続く。そういえばグレゴリー叔父も今日は軍服ではなく上品なスーツだった。一見しただけでは軍人にはとても見えない。列席した他の卒業生の家族達に配慮してのことだと思うが、そういう気遣いがさすがだと思ってしまう。
「え、あれって当たり前の事じゃないの?」
 成長期よろしくテーブル席の春巻きを口に入れたまま問いかけるにはアントニナ。その横で黙々と歳不相応な上品ぶりで箸を動かすイロナに、レーナ叔母さんの隣で悪戦苦闘しているラリサ。三姉妹それぞれが着飾って食事をする風景は新鮮だった。行儀の悪いアントニナにレーナ叔母さんからお叱りが入るのはいつもの通りなのだが。

「士官学校卒業後は、個人の功績と武勲次第で席次に関係なく出世することは出来る。だが士官学校首席卒業となれば、同じ功績を得たとしても同期の誰よりも上位に立つことができる。言うなれば同期全員がヴィクトールの下に立つことになるわけだ」
「ふ~ん?」
「……アントニナ、お前は学業も運動神経もいいが、成績発表で一番になったことはないだろう?」
 これは納得してないなと、俺とグレゴリー叔父は視線で話すと、グレゴリー叔父はかみ砕いてアントニナに説明する。そう、アントニナは自分が納得できない事があった場合、説明された理由を理解できないと、トコトン不機嫌になる若干悪い癖がある。
「そりゃあ、そうだよ……」
「仮に今後アントニナはその一番になった子と同じ成績を取れたとする。そんな場合でも一番になった子には絶対服従だ」
「え~、やだ~」
 両手に箸を握ってドンとテーブルを叩くアントニナの少し延びた金髪に、今度はレーナ叔母さんの平手が飛ぶ。
「う~」
「アントニナは絶対服従することになるその子の事を好きになれるかい?」
「……多分無理」
「だがヴィクトールは歓迎されたんだ。その絶対服従せざるを得ない相手から。凄い事だと思わないか?」
「ヴィク兄ちゃんが凄いことは前からわかってるもん」

 前世には存在すらなかった義妹の、心を蕩かさせるこの即答に、俺はこの世界に転生できたことを心底感謝した。神様がいるなら這い蹲って御礼申し上げたい。叔父の言うことも分かるし、俺は同期から寄せられた好意に少なからず感激していたが、義妹の真摯な信頼には勝てないのだ。
グレゴリー叔父はそんな俺とアントニナを見て小さく溜息をついている。レーナ叔母さんは苦笑している。イロナはシュウマイに取りかかるようだ。ラリサは首をかしげたままこちらを見ている。

「で、任地は決まったのかな?」
 話題の転換の必要性を感じたグレゴリー叔父は、小さく肩を落とした後、俺に言った。
「首席卒をいきなり最前線に持って行くことはないだろうが、遠い場所となるとな……」
「校長閣下からお聞きになっていないのですか?」
「教えてくれなかった。あの方はどうも“ボロディン家”をよく思っていらっしゃらないようだ」
 グレゴリー叔父の珍しく皮肉っぽい冗談に、俺は苦笑した。やはり少し酒が入っているようだ。おかしいな。ロシア系の叔父は、遺伝的にはウワバミだと思うのだが。

「統合作戦本部、査閲部統計処理課です」
 俺の言葉に、グレゴリー叔父の焦茶の瞳は酔いから冷め、急激に細くなった。
「誰の差し金だか非常に疑いたくなる赴任先だな。士官学校を卒業したばかりのヒヨッコ少尉に、百戦錬磨の部隊査閲をやらせようというのは……」

 そう。最初に赴任する任地が記入されている卒業証書を手にとった時、俺は自分の目を疑った。

 統合作戦本部下の査閲部といえば、国内において戦闘以外で軍を管理運用する部門だ。戦場で武勲を上げることはない。だが同盟国内宇宙航路で重大事故が発生した場合の救難や現場統制、防衛部から申請された補給艦隊を護衛する部隊の手配、そしてこれが査閲の本分であるが、国内全ての部隊に対する装備点検・訓練における全ての手配と指導および評価を行う部署だ。

 ぶっちゃけ部隊風紀・法務を担当するのが憲兵司令部で、それ以外の全てをチェックするのが査閲部になる。実戦部隊の棚や襖に指を這わせ、「おたくの部隊指導・訓練はまったくろくでもないですな」と言うのが仕事だ。はっきり言って嫌われ者である。戦いの場にも出ないクセに偉そうに実戦(笑)指導する恥知らずなどと陰口をたたかれる職域だ。

 だから査閲部に在籍している者の大半が実戦経験者で揃えられている。それも下士官・兵卒から苦労して這い上がった猛者士官ばかりだ。名を聞いただけで戦場を思い浮かべられる英雄的人物も多い。それくらいの者でないと、査閲を受けた側の不満が押さえきれない場合もあるのだ。

 そんな鬼ばかりで地獄同然の職場に、士官学校首席卒業(実戦経験なし)を放り込む。今の人事部長が誰だか知らないが、手配した人間ははっきり言ってバカなのか、それとも『誰かの強い推薦があったので』やむを得ず配置したのか。グレゴリー叔父の言うとおり、こんな初歩的な手配ミスを犯すほど人事部は劣化していないはずだから……
「士官学校校長室に白いペンキを詰めた家屋破壊弾を撃ち込んでやろうか……」
「グレゴリー、悪口は程々にしなさい。子供達にうつるから」
「だがな……」
「いいじゃないですか。ヴィクトールが統合作戦本部に勤めるんだから、オークリッジから通えるんですし」
 レーナ叔母さんは、結局オイスターソースを口の周りにベッタリつけたラリサの口を拭きながら応えた。
「ましてヴィクが戦場に出なくてすむのですから、シトレ中将には感謝しないと……」

 叔母さんの心からの言葉に、俺は悄然とせざるを得なかった。グレゴリー叔父も反論することなく唇を小さく噛み、目を閉じている。

 俺の実父アントンもグレゴリー叔父も、戦略研究科を優秀な成績で卒業し、戦場では武勲を、内勤では堅実に功績を上げて、かなり早く出世街道を進んできた。功績を挙げるということは、それなりの危険を伴うものだ。グレゴリー叔父はまだ三七歳なのに既に六〇近い戦地に赴いていたし、父アントンは戦場で露と消えた。

 直近の部下であった父の戦死に責任感を感じているシトレも、俺を実の息子のように育ててくれるグレゴリー叔父も、俺に戦場で安易に戦死して欲しくないという気持ちがあるのは間違いない。シトレは直接告げたし、グレゴリー叔父もレーナ叔母さんに反論しないところを見れば、そうなのだろう。そして両者とも、俺に対してそれとは全く逆の期待を抱いているのも確かだ。

 かくいう俺も目的があって出世することを望んでいる。だからといってこの場で「早く戦場に立って武勲を上げて恩返しがしたいです」と返事できるほど、俺は脳天気でも無神経でもない。
まるで進むべき一本道のゴールに向かって、心を斟酌されることなく急かされ続けるようなものだ。原作の知識がある事を煩わしいと、こういうときこそよく思う。

「職場でいじめられない程度に、職務に精錬するつもりです」
 俺はそう応えざるを得なかった。
「それに同室戦友のウィッティも近くの戦略部にいることですし。ご心配には及びません」
「あぁ、アル=アシェリク准将閣下のご子息だな。彼は気持ちのいい青年だ。閣下も後方勤務本部にお勤めだし、どちらかというと人をフォローするのに向いているから、安心だ」
「なにしろ私の高級副官ですからね」
「なるほど……彼はきっとそういう役職が向いていると思うよ」

 原作ではクブルスリー大将の高級副官で、食器による暗殺未遂事件を阻止できなかった。それから彼は原作に登場していない。少なくとも統合作戦本部長の高級副官を務められる人間だ。ビュコック元帥の幕僚になっていても可笑しくない。上司を傷つけられた事を、事前に阻止出来なかったことを、悔やんでも悔やみきれなかっただろう。友人としても、戦友としても頼りになる奴と、この世界に来て知っただけにあまりにも惜しい。

 グレゴリー叔父が第一二艦隊司令官に任命された時は、彼に副官になってもらおう。

 そう心のメモに記帳して、俺はようやくレーナ叔母さんに許された飲酒を楽しむことにした。

  
 

 
後書き
2014.10.04 更新
2014.10.05 補弼→任命 
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