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優しさをずっと

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第七章


第七章

「一体どうしたんだい?」
「いえ、何も」
「何もないです」
 しかし生徒達は先生の問いには答えなかった。
「それよりも先生」
「何かな」
「そろそろ時間ですよ」
 一人がタイミングよく話を逸らした。
「来ますよ、平生先生」
「そろそろ」
「そうだね。もう時間になったね」
 先生も生徒達も体育館の壁にある時計を見て話す。確かにもういい時間だった。約束の時間になると遂に。彼は来たのであった。
「来た・・・・・・」
「来ましたね」
「うん」
 生徒達も先生も体育館の入り口を見た。そこには剣道着をまるでヤクザ者の背広の様に着て防具を身に着けた太った男がいた。
「平生先生ですね」
「来ましたよ」
「じゃあ」
 面だけ着けていない先生には相手が実によく見えた。見れば相手も面を右の脇に抱え左手には竹刀を持っている。どうやら着替え室でもう着替えを済ませたらしい。
「頑張って下さい」
「絶対に」
「有り難う。ではね」
 先生は遂に身構えた。平生はゆっくりとやって来る。そして彼の前に来て。せせら笑う顔で言ってきたのであった。
「さて、覚悟はいいですな」
「覚悟ですか」
「逃げるんなら今のうちですよ」
 防具を床に投げ捨てて告げるのだ。
「痛い目に遭いたくなければね」
「僕は暴力には屈しない」
 しかし先生はその粗野な平生に対して毅然と言葉を返した。
「例え何があっても」
「へえ、じゃあやるんですね」
「やります」
 平生を正面から見据えての言葉であった。
「例え何があろうとも」
「じゃあやりますか」
 ここで平生はどかっと腰を下ろし頭に手拭を巻きはじめた。
「どっちが強いのかを確かめる為にね」
「強さをですか」
「所詮腕力なんだよ」
 教師の言葉とは到底思えないものだった。
「何もかも」
「・・・・・・・・・」
 先生は今度は何も答えはしなかった。静かに正座し手拭と面を頭に着けるだけだった。そうしてお互い立ち試合に入ろうとする。しかしその時だった。
「先生っ」
「僕達も」
「加勢します」
 何と生徒達が一斉に出て来たのである。碌に防具も着けていない子までいるというのに。彼等はそれぞれ竹刀を構えて先生の前や横に立った。そうして平生を向かい合うのであった。
「えっ、君達どうして」
「誰も誰かが加勢するななんて言っていませんよね」
「だからです」
「だからって。それでも」
「優しさですよね」
 生徒のうちの一人がここで言った。
「先生、優しさって言いましたよね」
「うっ、うん」
 先生は戸惑いながらも彼の言葉に頷く。
「言うけれど。確かに」
「だからですよ」
「僕もです」
「俺も」
「私も」
 男の子だけではない。女の子もいた。部員が皆で先生の前や横に立ち平生と向かい合っているのだ。まるで先生を護るようにして。
「優しさってあれですよね」
「あれとは?」
「親切にすることだけじゃないですよね」
「うん、それはね」
 生徒の一人の言葉に頷く先生だった。
「そうだよ。それだけじゃないよ」
「だからです」
「だから私達も」
「今こうして」
 先生と共に平生に向かうのだった。
「先生と一緒に行きます」
「いいですよね」
「君達・・・・・・」
「平生先生」
 生徒の代表が平生に対して言った。
「僕達は決めました」
「ああん!?」
 こんな時でも教師とは思えない粗野な品性を見せる平生であった。首を右に傾けて威嚇するようにして生徒に言葉を返してきた。
「何言ってるんだ、御前」
「僕達の顧問は阿倍先生です」
「馬鹿か御前」
「馬鹿でもいいです」
 少なくとも平生に言われてもどうということはないといったものになっていた。
「僕は。僕達は」
「それでもです」
「私達は平生先生と一緒には剣道をしません」
「何があっても」
「顧問は俺だぞ、馬鹿共が」
 生徒達の言葉をこう否定する平生だった。
 
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