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ロード・オブ・白御前

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ユグドラシル編
  第4話 CACE “Hexa Kureshima”



 呉島碧沙が自分の体の秘密を初めて知ったのは、中学に上がってすぐだった。

 その日は迎えの車が来ていなかった。スマートホンで電話して確かめると、道中事故があって渋滞に引っかかったとのことだった。
 ならば歩いて帰ろうと、初めての経験にうきうきしながら学校を出た。

 そして、出会ってしまったのだ。後にビートライダーズがインベスと呼ぶ怪物に。
 幸い、怪物には手の甲を切る程度のケガしか負わされなかった。

 碧沙はタクシーで呉島邸へ帰って、貴虎にそれらの出来事を打ち明けた。
 貴虎は碧沙の手の甲に出来た傷を見て、ひどく慄然としていた。

 後日。検査を受けるためだからと貴虎に手を引かれて。だが、行った先で待っていたのは、見慣れた医療機器の群れではなく、一人の白衣の男だった。

「私は戦極凌馬。ようこそ、呉島碧沙君。我々にとっての『特別』なお客様」

 くるん。白衣を翻し、凌馬は両手を挙げた。



 会議室らしき部屋に連れて行かれ、凌馬と差し向かいで座らされたのを覚えている。

「キミも薄々気づいているとは思うが、碧沙君、キミの体は普通ではない」

 前置きもなく「お前は普通じゃない」と言われて人が固まるように、碧沙も返す言葉を思いつかなかった。

「まずはこの映像を見てほしい」

 凌馬が何かのリモコンを出して操作した。会議室が暗くなり、スクリーンが天井から降りてきた。
 スクリーンに映し出されたのは、どこかの病院の映像だった。その映像を観て碧沙は思わず両手で口元を覆った。

 広い病室に収容された患者は誰もが悶え苦しんでいる。当然だ。彼らの体からは、毒々しい濃緑と赤紫の植物が生えていた。

 映像が終わり、会議室が再び明るくなった。

「これはキミを襲ったのと同じ怪物、我々はインベスと呼んでいるが、それに襲われた人々、特に裂傷を負わされた人間の記録だ。我々はこれをヘルヘイム感染と呼んでいる」

 その映像で分かった。ヘルヘイム感染者は傷口から謎の植物が発芽するのだ。
 碧沙はガーゼを貼られた手の甲を見下ろした。――では、それがない自分は?

「ま、そう畏まらないで。平たく言うとキミのそれはただの特異体質なんだから」
「体質、ですか」

 凌馬は楽しそうに、膝に肘を立てて身を乗り出した。

「そう。ヘルヘイムの因子を拒絶する体質。植物の苗床にはならないし、インベス化もしない。ラッキーなことなんだよ。そんな体質の持ち主なんてキミしか確認されてないんだから」
「拒絶――」

 そういえば、自分が体調を崩す時は、どこからともなく香りがしてはいなかったか。不快な、甘ったるい香り。あれもこの身のヘルヘイムへの拒絶反応だとしたら納得がいく。

「貴虎から話を聞いた時は本当に驚いたよ。残り香とはいえヘルヘイムの果実を『気持ち悪い』なんて表現する人間は今までいなかったからね。私でさえそもそもヘルヘイムに抗いうる人類がいるなんて発想はしてこなかった。ちょっと系列病院の診察記録を調べたら即ビンゴ! ってわけ。以降は定期的に検査記録を採らせてもらったよ」

 ここで「犯罪ですよ」と言い返すのも考えたが、彼相手にそれを言っても無駄そうなので、碧沙は黙ることを選択した。

「だがキミの特異な体質は我々にとって、いいや人類全体にとっての希望と言える。呉島碧沙君。キミの存在は、我々が諦めかけていた、全人類を救う道を拓くかもしれない」


 以来、凌馬が碧沙に対して行った「検証」は筆舌に尽くしがたい。

 まずは本当にヘルヘイム感染がないか確かめるために、碧沙は1週間に渡ってヘルヘイムの果実を食べさせられた。まずかった。泣いた。吐きもした。それでも完食するまで凌馬は笑顔で圧力をかけ続けた。

 続いては採血や粘膜の細胞の採取。血管はやがて針が通らないほど硬くなり、時には指の間や足からも採血された。粘膜の細胞も、口ではとても言えない部位から採取されたこともあった。

 CTで、MRIで、レントゲンで、時には肉眼で、肉体を余す所なく曝され、暴かれた。

 そんな日々を送っていながらも、呉島碧沙の心は壊れることはなかった。

 インベスは人間。“森”の調査にはインベス討伐が付きまとう。つまり、当時は唯一のアーマードライダーだった貴虎が、元はヒトであったものを殺さねばならなかった。

 碧沙は貴虎にインベスを殺す苦しみを負わせたくなかった。
 自分の体からインベスを人間に戻す何かが見つかるのであれば、兄の苦しみも終わらせられる。だから碧沙は痛くて辛い「検証」を正気で続けていられた。

 それでも心が弱った時は、巴がいてくれた。
 たまたま知り合った、けれど時を重ねて親友になった、大切な大切な巴が。




(だから許せなかった。戦極ドライバーを持つことはそのままモルモット扱いを意味するから。わたしがドライバーを巴に渡したのは、そんなことさせるためじゃない)

 碧沙は学生鞄の外側のポケットから、ユグドラシル・コーポレーションのロゴが入った薄いカードを取り出した。碧沙が訪れることを許された範囲でのゲートパスだ。
 碧沙はカードを握りしめ、巴たちがいるであろうフロアへ向かった。 
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