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輪廻

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第一章


第一章

                    輪廻 
 二人はどうしても一緒にはなれなかった。それが運命であった。
 相模清十郎とおかよ。二人は互いの親に許されず仕方なく別れることになったのであった。
 だが二人は別れたくはなかった。そんな二人の選んだ道は一つであった。
 真夜中の崖の上に今二人はいた。そこでじっと見詰め合っている。
「おかよ」
 清十郎はじっとおかよの可愛い顔を見る。その女と見間違うばかりの顔に憂いが浮かんでいる。
「この世で一緒になれぬのなら」
「はい」
 おかよもそれに応える。
「せめて。あの世で」
「いや、違う」
 だが清十郎はその言葉には首を横に振った。
「それは違うぞ」
「ではどうなるのですか?私達は」
「生まれ変わるのだ」
 彼は言う。
「見なさい、私の手を」
 清十郎はそう言って自分の右手を見せる。その甲には三つ縦に並んだ黒子があった。
「この黒子、知っているな」
「ええ」
 おかよはその言葉に頷く。暗い中でもその黒子ははっきりと見えた。風が吹き荒ぶ中で清十郎の声が彼女にはしっかりと聞こえるのと同じであろうか。
「生まれ変わってこの黒子があるならばそれが私だ」
「それが清十郎様ですか。では」
 おかよも言った。その首筋を見せる。
「私はこれを」
 そこには小さな丸い痣があった。それを今清十郎に見せたのだ。
「これがあるのが私です。生まれ変わってこれがあるのが」
「御前なのだな」
「そうです。ですから」
「来世で。一緒になろう」
 清十郎はあらためて述べた。
「よいな。この世で一緒になれぬのなら」
「生まれ変わって」
 そう言い合って二人崖の上から飛び降りた。哀しい心中の話であった。

 大和隆一はその日ついていなかった。転ぶは人とぶつかって怒られるわ犬に吼えられるわ。とにかく碌なことがなかった。
「やれやれ、今日は何なんだよ」
 学校の帰り道でぼやくしかなかった。学校の制服のブレザーの下に白いセーターを着て赤いマフラーをしている。少し細長い顔で大人しい顔立ちをしている。髪は少し脱色して茶色がかっている。背はあまり高くはない。
「ついてないなあ。全く」
 そう言って溜息をつく。ぼやいて溜息をつきながら寒い道を一人歩いていた。その足でバイト先の喫茶店に向かっていたのである。
 程なくその喫茶店についた。店は駅前の商店街の中にあり白い壁とブラウンの木のコントラストが美しい店である。彼はその店にはじめてのバイトに来たのである。
 店に入ったのは二度目だ。一度目はバイトの面接だ。その時は如何にもといった感じの顔中鬚だらけのマスターが出て来た。マスターは彼がバイトをすることに快諾してくれてこうして店に入ることになったのだ。 
 店に入るとあのマスターがいると思っていた。だがそうではなかった。
「いらっしゃいませ」
 店には何と目も眩むような美人がいた。優しげな顔立ちで黒くて長い髪を後ろで束ねている。エプロンを着ているがその上からでもわかる程のプロポーションのよさだ。胸がかなり大きいのだ。背も高い。
「えっ」
 隆一はその美人を見て目を丸くさせた。何でこの人がこの店にいるのかわからなかった。
「あの、すいません」
「はい」
 美人は彼に顔を向けてにこりと微笑んできた。
「ここ、マノンですね」
「はい、そうですよ」
 その微笑のまま彼に応えてきた。
「喫茶店の」
「はい、喫茶店マノンです」
「ですよね。あれっ?」
「おう、来たか」
 ここで店の奥からあのマスターの声がしてきた。そして今隆一の前にやって来た。
「早いな、感心感心」
「あら、兄さん」
「えっ、兄さんって?」
 隆一は美人の今の言葉に目を丸くさせた。
「あの、今何て」
「ああ、言ってなかったか」
 マスターはその言葉を聞いてその大きな口を開けて笑った。それからまた隆一に述べる。
「こいつな、俺の妹なんだ」
「妹さん、ですか」
「ああ、名前は百合子。大学生でな、こうして店も手伝っているんだ」
「はあ、そうだったんですか」
 全然聞いていなかった。まさかこんなむさくるしいマスターにここまで綺麗な妹がいるとは思わなかった。隆一は顎が外れそうな程呆然としていた。
「何とまあ」
「そんなに驚いているのか?」
「いえ、それはその」
 正直驚いている。それは隠せない。
「同じ親父とお袋だぜ」
「そうなんですか」
「それでもまあ。こんなに可愛くなっちまってよ」
「そんな、兄さんたら」
 百合子は兄の言葉に苦笑いを浮かべていた。そしてまた言う。
「そんなこと言って」
「ははは、まあそれでな」
 彼はさらに言葉を続ける。隆一に対して述べる。
「今日からこいつと仲良くやってくれよ。いいな」
「わかりました」
 隆一はその言葉に頷く。こうして彼は百合子と一緒に店のアルバイトをすることになったのであった。
 アルバイト自体は楽しかった。マスターも百合子も優しく隆一を教えてくれた。隆一は店の雰囲気も気に入り楽しくアルバイトをしていた。その中でも百合子に目を奪われがちになっていっていた。そのことをマスターにもからかわれた。
「おい」
 彼はニヤリと笑って隆一に声をかける。丁度閉店時間で店の中には二人しかいない。百合子はゴミの片付けを後ろでしている。
「何ですか?」
「楽しくやってるようだな」
「ええ、まあ」
 それに応えて頷く。後片付けはてきぱきとやっている。椅子を上げて掃除をする。まだ入って間もないというのにかなり手馴れた動きを見せている。
「どうだ?百合子は」
「えっ、百合子さんですか?」
 マスターの言葉に顔を慌てて向ける。その狼狽が証拠となる。
「気になるだろ」
「いえ、それはまあ」
「隠してもわかるぜ」
 だがマスターはそんな彼に対して言う。
「気になってるんだろ」
「いえ、それは」
 何と言葉を返していいかわからない。顔も声も戸惑っているのが自分でもわかる。
「まあわかるさ」
 マスターはニヤリと笑ってみせてきた。
「俺が言うのも何だが百合子は凄い美人だからな。そうだろう?」
「ですね」
「ほら、言ったな」
 簡単に引っ掛かった。こうなってしまえば後はもうマスターのペースだ。隆一は実に簡単に彼の罠にかかってしまったのであった。

 
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