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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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14話、帰還

 臨時所長歴十一日目。夜遅く。

「お帰りなさい」

 自衛軍基地から二度目の帰還を果たした俺は、深夜にもかかわらず中嶋親子に出迎えられた。彼女たちに新しい住人を軽く紹介する。一通り挨拶を終えるのを見計らい、疲れきっている新しい住人達を仮眠室に案内した。

 仮眠室には念のため戦闘アンドロイドを警備兼案内役として配備して、食事などを取りたくなったらそのアンドロイドに言うように伝えた。

 かくいう俺も相当疲れていて欠伸が止まらない。だが寝る前にやるべきことはたくさんある。

 まずは、仮眠室を契約者に占拠されたので、自衛軍の基地から借りてきたベッドを所長室に運び込ませた。余計に眠くなった気がするが、まあ気のせいだろう。

 それからグスタフ少佐率いる輸送隊を送り出す準備に入った。グスタフ少佐率いる部隊は、自衛軍基地に四輪駆動の軽装甲車三台と兵員輸送車四輌、三トントラックニ台、三トンユニックニ台で戻る予定だ。

 研究所に運び込む車両は積み荷の入っている軍用車両、装甲車両、それに工事車両を優先させ、さらに自衛軍基地で護衛部隊の装備車両を強化するよう指示した。もちろん、研究所と自衛軍基地は暗い夜だけに出入りする制限を続ける。

「輸送隊は昼間、研究所か自衛軍基地で守られる。その間に、護衛部隊を率いて街灯を破壊しろ」
「了解です」

 俺は生きている街灯を自分達の行動範囲より広めに破壊させることにした。

「キャリー、M-25戦闘ロボットに武器を持てるだけ持たせろ」
「承知しました」

 これで重武装のM-25戦闘ロボットが新たに八十八体戦列に加わる。低身長のずんぐり型で低機動力ということで拠点防御中心に配備する予定だが、トラックの荷台に載せて機動力を確保することもできる。

 グスタフ少佐にM-25を自衛軍基地に二十体ほど運ぶように指示した。

 そこで一息入れ、俺は癒やされるためにケイラに会いに行き、コーヒーを一杯だけ飲んだ。

 そして、いつものアンドロイド達を連れて本館の外に出る。そこで五号戦車の一輌を配備する作業を見物した。

 戦車の定員を満たすにはM-27型三体とS3戦闘アンドロイド一体を必要だ。自衛軍基地と研究所にアンドロイドとロボットを分散させている状況では、四輌の定員を満たすのは負担が大きく感じる。

 まあ仕方ない。当座の対応ということで、二輌の五号戦車は正門から見えない位置に置き、M-27ニ体を中にいれておく。残り二輌には定員を乗せて本館前に並べた。

「ボス、自衛軍基地に向かう車列の準備が整いました」
「出発させろ。俺はもう寝る。後はキャリーに任せる」

「了解です。ボス」

 ある程度やるべきことをした俺は、所長室のベッドに倒れ込んで意識を失った。


 起きたら昼過ぎだった。とりあえず食堂で飯を食おうと思ったら人間だらけでちょっと驚いた。

「おはようございます」

 しかも、全員から一斉挨拶攻撃。なんだか苛めにあっている気分だ。 もちろん俺も挨拶をきちんと返す。

 だが俺の緊張感を感知したのか、護衛のアンドロイド達は、防御フォーメンションから『自然に』とか、『さり気なく』とか、『圧迫感を減らす』などの要素をあからさまに排除した。

 おかげで食堂に居る他の人々の表情からも強い緊張を見てとれる。まあ、命の値段が安くなった世界でお互いよく知らない相手と共同生活しようというのだ。多少緊張しているくらいの方がお互いの生存本能を高めるだろう。

 挨拶を済ませた俺はアンドロイド達を率いて食堂の一番端っこに陣取った。ケイラに冷やしタヌキ蕎麦を注文する。周囲から一挙手一投足を監視されているような視線を感じたが、なるべく気にしないようにした。

 そして問題は蕎麦を運ぶ人だ。ケイラやその付き人ではなく、土建屋で助けた中嶋さんが運んでくる。

「斉藤さんどうぞ」
「ありがとうございます。中嶋さん」

 未亡人となった中嶋さんはアンドロイドに申し出てお手伝いをしていたらしい。

 しかも、何故か。俺の対面する席に座った。

 俺は気にしない振りをして食事をドカ食いで済ませる。それからチラッとケイラを見てため息をついた。どうやら憩いの場だった食堂は過去のもののようだ。

 いずれ何か考えねばならないがまずは目の前の中嶋さんだ。

「何か?」

 食後のコーヒーを一口啜ってから、俺は仕方なく未亡人に尋ねた。

「少し個人的なお話があるのですが?」

「……わかりました。私はこれから所長室にいきますので、よろしければそちらで伺います。あっ、皆さんも何かあれば来て頂いて構いません」

「すみません。あの?」

 マイコーヒーカップ片手にさっそうと退去しようと思ったら、駐車場で助けた自営業夫婦の五十代の夫に呼び止められてしまった。

「なんでしょう?」

「私達はこれからどうなるのでしょうか?」

「それをこれから決めていくつもりです。おそらくニ、三日は仮眠室と食堂で生活して頂くかもしれません。何かやりたいことや意見のある方は一時間以内に所長室にいらっしゃって下さい」

 俺はそそくさと所長室に向かった。すぐには誰も来ないようなので仕事を始めてしまう。

「キャリー。グスタフ少佐は研究所に帰っているのか?」 
「いえ、グスタフ少佐は自衛軍基地から二度戻ってきて、夜明け前に三度目の遠征に向かい戻ってきておりません」

「自衛軍基地か。何か問題は?」
「最初に自衛軍基地に行く途上、県道と県道の十字路の東から来た乗用車につけられたので、追っ払ったとのことです」

「つけてきた乗用車は他に何か敵対的行動を取ったのか?」

 こういうご時世なので勝手につけてきているだけでも十分敵対的だと思ってしまうが、彼らの意図をもう詳しく少し知りたいところだ。まあ、自衛軍の装備を使っているからただの市民が様子を見にきた可能性もあるが……

「いえ、ただつけてきただけです。乗用車には四人の人間が乗っていたことがわかっていますが、グスタフ少佐がホームセンターの手前で待ち伏せをしている様子を見せつけたら、来た道を引き返していきました」

「分かった。次にグスタフが戻って来たら対策を練ろう」

 グスタフ少佐関連の問題を一通り済ませた頃、所長室のドアがノックされた。俺は所長の椅子に浅く座り、両手を机に置いてから「どうぞ」と答えた。

「失礼します」

「そちらに座って下さい」

 最初はやはり未亡人の中嶋さんだった。

「こちらの皆さんの生活はどうなるのでしょうか?」
「まだ、決めていません。この人数なら個室でプライバシーを確保できるようにできますが、人数の増えることを考えてあらかじめ最小限の割り当てにするかもしれません」

「そうでしょうね。私達だけ広い部屋を使わせていただくわけにもいきません。きちんと考えていただけるのでしょう?」 
「考慮させていただきます」

「よろしくお願いします」 

 その後は何故か誰もこなかった。ひょっとしたら第三兵舎の件で誤解されたのかもしれない。

 まあ良い。今はやるべきことをやるだけだ。まずはC棟をうろつき作業アンドロイド十体を稼働させた。

 それから俺は久しぶりに倉庫兼工場のD棟に向かい、夕方までに技術アンドロイドチーフB等が補修した戦闘ロボットM-27を二十体稼働させた。

 それからいよいよ手狭になってきた研究所の領域を外側に拡大することを視野に入れて、土木工事に使える各種作業ロボット百体の稼働を目指して倉庫をあさりまくる。

「ボス、グスタフ少佐が帰還しました。三号兵舎で救ったお客様を連れているそうです」
「グスタフ少佐をこちらに呼べ。お客様はしばらく車で待って貰え」

 四十体目を稼働させた時点でグスタフ少佐が戻ってきた。

 少佐は装甲兵員輸送車と物質満載の大型貨物輸を連れ帰ったとのことだ。

「ボス。三号兵舎で八名を救出。内五名は是非契約したいとのことで連れてまいりました」
「慶太がきちんと評価したのか」

「はい。問題ないとのことです」
「分かった。すぐに会う。それからそろそろ自衛軍の基地から借りてくる重火器の配分を増やして欲しい。荷台が空になった戦車運搬車を持っていき自走榴弾砲と扉の開かない四号戦車を運び込め」

「了解です。それとキャリー様に報告しましたが一度所属不明者に追跡されました」
「キャリーから詳細は聞いた。車列の防衛を強化する。M-27を八体とS3戦闘アンドロイド2体を追加する。彼らを向こうで機関銃や迫撃砲を搭載した装甲車に配備して護衛を強化しろ」

「了解です」

「そういえば。救出者八名でこちらに来たのは五名とはどういうことなんだ?」
「二名は家族が心配とのことでしたので、市街地に向かった島田一等兵とと同じ待遇を取りました。一名は避難所に家族が居たということで基地のご遺体を見分しています。何人か彼のために残りたいと申し出ましたが一度こちらに来てもらうことを優先しました」

「分かった。作業を続けてくれ」
「了解です。ボス」

 さて、面倒な仕事を片づけに行くか……


 第三兵舎から助け出した五人は全員制服を着ていた。三人は自衛軍。二人は警察の制服だ。

 若い女性警官以外は全員が男だ。彼らは装甲兵員輸送車に寄っかかったり、後部ハッチに寝そべったり、内部の座席に座ったりして虚空を見つめている。もっとも香田巡査部長と髪の短い女性警官だけは少し離れたところで何やら話をしていた。

「香田巡査部長。首尾はどうでしたか?」 
「斉藤さんのおかげで八人の命が救われました。皆を紹介させて下さい。まずは私の部下の巡査で大西君です」

 紅一点の女性警官が敬礼した。俺は片手をあげて応えた。

「同じく私の部下の山中君。自衛軍第四百八十一歩兵大隊の井出軍曹と二階一等兵。自衛軍経理の井上少尉です」

 俺は全員の挨拶と助けられた感謝を受けてからはっきりと告げた。

「香田巡査部長が私を説得しなければ、おそらく第三兵舎の制圧は明日の昼になっていたでしょう。彼に感謝すべきです」

 少し騒がしくなったが香田巡査部長がきちんと説明してすぐに落ち着いた。その上で各自と面接して契約するか聞くと、全員がサインした。

 香田巡査部長と井出軍曹、井上少尉を残して話を聞こうと思ったが、疲れていることを鑑み明日に先送りする。

 俺はキャリーの第ニアバターのレイアに彼らの面倒を任せ、再びD棟に赴き地味なロボット稼働作業を継続したのである。
 
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