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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百六十二話  呪縛からの解放

帝国暦 489年 7月 5日  オーディン 新無憂宮  アントン・フェルナー



「かなり手古摺ったと聞いておりますが」
ルーゲ伯爵の言葉にエーリッヒが頷いた。
「地球は本拠地ですから。……オーディンでの地球教団支部を強制捜査した時もかなり抵抗が有りましたが今回はそれ以上だったようです」
重苦しい空気が部屋に満ちた。

新無憂宮の南苑にある一室。前回使った時も薄暗い陰気な部屋だと思ったが今日はより陰鬱さが増している。政府のお偉方が使う部屋のようだが瘴気が漂っているようだ。その部屋にテーブルを挟んで四人の男が集まった。俺とアンスバッハ准将、俺の正面に司法尚書ルーゲ伯爵と宇宙艦隊司令長官エーリッヒ・ヴァレンシュタイン元帥……。

「相変わらず自殺行為のような気違いじみた抵抗をしたと聞いています」
「サイオキシン麻薬を使った洗脳ですか、厄介ですな」
ルーゲ伯爵の嘆息にエーリッヒが“ええ”と頷いた。
「当初装甲擲弾兵は接近戦を行ったのですが直ぐに距離を取っての戦いに切り替えました。催涙弾、閃光弾、長距離音響装置……。教団側にも防毒マスク、遮光マスクをしている信徒が居ましたので催涙弾、閃光弾の効果は限定的でしたが長距離音響装置はかなり有効だったようです」
ルーゲ伯爵が“ほう”と声を出した。

「ただあれはかなり電力を消費します。そのため長時間の使用が出来ません。何度もバッテリーを交換して充電しながら使用したとか。その辺りは改良しなければならないでしょう……。それに機材が大きく持ち運びが容易ではないという欠点も有ります」
エーリッヒがちょっと顔を顰めた。

「なるほど、効果は有るが運用には難点がある、そういう事ですな」
ルーゲ伯爵が頷いている。
「はい、改良の余地は有るでしょう。ワーレン提督がその点を戦闘詳報に記載しましたので改良する事になると思います」
軍務省経由で兵器開発部門、民間業者に対して改良しろと命令が出るのだろう。地球教対策だけじゃない、暴徒対策にも有効だ。

それにしてもこの二人、淡々としているよな。ちょっと見には冷淡というか無関心というか、仲が悪いんじゃないかと勘違いする奴も出かねないような雰囲気を醸し出している。
「地球教の総大主教ですが最後は自ら爆死したそうです」
「……これで終わりだと思いますかな? ヴァレンシュタイン元帥」
エーリッヒが首を横に振った。

「なかなか、……千年近い怨念です。そう簡単には終わらないでしょう」
「なるほど、となると問題は後継者ですな。一体誰が後を継ぐのか……」
「さて、誰が継ぐのかは分かりませんが何処に行くかは想像出来ます」
「フェザーン、ですな」
エーリッヒが頷いた。

「自由惑星同盟でも地球教は弾圧されています。逃げる場所はフェザーンしか有りません。それにフェザーンは元々地球が創りました。それなりに繋がりは有る筈です。なにかと便宜を図ってくれる人は居るでしょう」
「憲兵隊がフェザーンを担当しているそうですな。我々がお手伝い出来る事は有りませんかな」

「討伐軍が地球から様々な物を持ち帰ります。それを分析して頂きたいと思います」
「様々な物、と言うと?」
「書類、コンピューター機器、武器、捕虜等です。彼らが自爆したので破損したり地中に埋まった物も有ります」
「それはいささか厳しいですな」
表情は変わっていない。本当に厳しいと思っているのかな。俺は結構厳しいと思うんだが。

「確かに厳しいです。ですが考えてみれば我々は彼らの事を殆ど知りません。彼らの組織が何処まで広がっているか、それを支える財政基盤は何か……。何処まで出来るかは分かりませんが調べて欲しいのです」
「なるほど、本拠地を叩いた以上次はそちらというわけですな」
ルーゲ伯爵が頷いている。

「地球は資源が枯渇した星です。彼らが地球からの収益、殆どが観光、巡礼による収益でしょうがそれだけに頼っていたとは思えません。後は信者からの献金でしょうがそれももう見込めない。となると彼らは一体何処に活動資金を求めるのか……」
ルーゲ伯爵とエーリッヒが見詰め合った。

「興味が湧きますな」
ルーゲ伯爵の言葉にエーリッヒが苦笑を浮かべた。
「そうですね、興味が湧きます。一体何処に繋がっているのか……」
「とんでもないところに行きつきそうですな」
「ええ」
おいおい、二人とも笑い事じゃないだろう。

「分かりました、こちらで調べましょう」
ルーゲ伯爵が俺とアンスバッハ准将を見た。もちろん否やは無い。エーリッヒが“よろしくお願いします”と言った。
「他に何か有りますかな」
「いえ、こちらからは何も。そちらからは有りますか?」
「特には有りません」

二人が顔を見合わせた、そして頷く。“ではこれで”と言うとエーリッヒが席を立った。立って敬礼しようと思ったがエーリッヒが必要無いというように手で制止した。そしてそのまま部屋を出て行った。それを見届けてからルーゲ伯爵が口を開いた。相変わらず感情の読めない目をしている。

「聞いての通りだ。受け入れの準備をしてくれたまえ」
「はっ」
「それとフェザーンに人を入れたい」
「フェザーンに人を? 宜しいのですか?」
アンスバッハ准将が言外に反対を匂わせたがルーゲ伯爵は意に介さなかった。

「念のためだ。憲兵隊が人手不足になるという事も有るだろう」
「分かりました、どの程度送れば宜しいでしょう?」
俺が問い掛けるとルーゲ伯爵は“そうだな”と言って少し考える姿を見せた。
「五人単位で十組、送ってもらおうか」
五十人か、多いとは言えないが少ないとも言えない。
「それと女性だけの組を二つ用意する事。横の連絡を取らせない事に留意して貰いたい」

妙な事を言う。アンスバッハ准将を見たが准将も訝しげな表情をしている
「それは互いの存在を知らせるな、単独で行動していると思わせろという事でしょうか」
ルーゲ伯爵が微かに笑みを浮かべた。珍しい事だ。
「その通りだ、フェルナー課長補佐。フェザーンは敵地だからな、万一の場合の損害は出来るだけ小さくしたい」
アンスバッハ准将が“直ぐ用意します”と答えると伯爵は満足そうに頷いた。



帝国暦 489年 7月 5日  オーディン 新無憂宮  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



ルーゲ伯爵達と別れた後、国務尚書の執務室を訪ねた。幸いな事にリヒテンラーデ侯の他に人は居なかった。というより一息入れるために人払いをしていたらしい。悪い事をしたかと思ったが遠慮するなと言って歓迎してくれた。なんだか機嫌が良さそうだ。紅茶を用意してくれた。二人でソファーに座ってティータイムだ。

「何かあったかな」
「はい、お伺いしたい事が有りまして」
「ふむ、どうせまた厄介事じゃろう」
「まあ多少は」
口が悪いな、もっともリヒテンラーデ侯の表情は明るい。憎まれ口、そんなところかな。

「地球ですが如何なりましたか?」
「……如何とは?」
「あ、失礼しました。地球という惑星を如何するのかという意味です」
「なるほど、そちらか……」
リヒテンラーデ侯がウンウンというように頷いた。

「地球教団が壊滅した事で統治者が居なくなったわけですが」
「考えてなかったわ。そうじゃの……、放置は拙かろうな」
リヒテンラーデ侯が俺の顔を覗き込んだ。
「拙いでしょう、それをやって一度失敗しています。第二の地球教団が生まれかねませんし地球そのものを利用しようとする人間が出るかもしれません。何と言っても人類発祥の地です、毛並みは良い」
リヒテンラーデ侯が苦笑を浮かべている。

「となると帝国の直轄領というところか」
「そうなりますね」
リヒテンラーデ侯が顎に手を伸ばした。考えているポーズだな。
「どのくらい住んでいるのかの」
「一千万人程です」
「一千万! そんなにいるのか」
「はい」

老人が驚くのも無理は無い。ヴェスターラントだって二百万人だった。一千万は決して少ない数字じゃない。帝国の辺境惑星としては多い方だ。
「あそこはもう資源も枯渇して産業も存在しないと聞いているが……」
「九百年前の無差別攻撃で壊滅的打撃を被りました。それ以来大地が汚染されている状態が続いています。そのためだと思いますが住民達の平均寿命も短いようです」
「それでも一千万人が住んでいるか……、自業自得とはいえ酷いものじゃの」
リヒテンラーデ侯が溜息を吐いた。

自業自得か、……確かにそうだ。地球はそう言われても仕方のない事をした。
「その一千万人だが皆地球教徒かな」
「多分そうでしょう、地球に住んでいたのですから。もっとも地球教団の支配者のように狂信者かと言われれば疑問が有ります。まあ選民思想は有るでしょう」
「なるほど」
紅茶を一口飲んだ。うん、悪くない。老人も紅茶を顎の下に持っていった。飲むのかと思ったら香りを楽しんでいる。意外に粋だな。

「地球から引き離すか。そして地球は無人惑星にする。資源も産業も無いのじゃ、そんな惑星に一千万も人が住んでいるのが異常よ。廃棄はおかしな考えでは有るまい」
「……」
「人が住まねば問題も生じぬ。住民にとっても他の星へ移住の方が将来性は明るい。どうじゃな?」
まあね、確かにそうなんだ、廃棄はおかしな考えじゃない。そして地球から人を居なくすれば良い。俺も同じ事を一度は考えた。

「無人惑星に移住なら宜しいですが有人惑星となると間違いなく先住民が嫌がりますね、反対が酷いでしょう。彼らからみれば地球教徒なんてサイオキシン麻薬を使う狂信者、犯罪者です。間違いなく排斥運動が起きます、一つ間違うと殺し合いに発展するでしょう」

リヒテンラーデ侯が顔を顰めた。つまりこの老人もその可能性を認めたというわけだ。もっとも致命的な欠点というわけでもない、開発を放棄した無人惑星などいくらでも有る。そこに移住させれば良いだけだ。ただ一から始めるから金はかかるだろう。問題は他に有る。

「それに地球に住んでいる人間は移住そのものを嫌がるかもしれません」
「何故かな」
「先程も言いましたが狂信者ではなくても選民意識は有ると思います。地球から離れればそれを失う事になるのです。素直に受け入れる事が出来るかどうか……。特に年寄りはそれが強いと思います、それを支えに生きてきたのでしょうからね。こちらも暴動が起きかねません」
「厄介じゃな」

リヒテンラーデ侯が溜息を吐いた。気持ちは分かる、俺も溜息を吐きたい気分だ。地球に住む人間は皆がその境遇に不満を持っている。一旦暴動が起きれば一気に爆発するだろう、一千万人が暴動を起こす事になりかねない。それを鎮圧するのにどれだけの犠牲が生じるか、……悪夢だな。

「卿、何ぞ考えは無いか。何の考えも無しにここに来るとも思えんが」
狡い爺さんだな、そんな期待に満ちた目をするなんて。でもなあ、俺にもあんまり良い手は無いんだ。
「強制ではなく移住を希望する者を募っては如何でしょう。もちろん前提として地球教の棄教が有りますが」
「ふむ、強制ではなく希望者か……」
リヒテンラーデ侯が考え込みながら紅茶を飲んだ。

「移住する者は何らかの形で優遇しましょう、移住し易くするのです。例えばですが移住後或る一定期間における直接税の免除、それと移住にかかる費用の支弁、そんなところです。そうすれば年寄りはともかく若い人間の中には移住を望む者が出るかもしれません。先は長い、誰だとて未来に希望は持ちたいと思うものです」
リヒテンラーデ侯がジロリと俺を見た。
「なるほど、卿、怖い事を考えるの。一気に安楽死させるのではなく徐々に地球を老衰死させるか」
「……」

「数十年後には地球は年寄りだけの星になるやもしれぬ。まるで地球そのものじゃな」
老人が薄らと笑みを浮かべた。冷笑、蔑笑だろうか。
「死ぬとは限りますまい、生き延びる可能性も有ります。どちらを選ぶか、地球に住む人間に決めさせては如何かと提案しております」

詭弁だな、多分地球は衰弱死する事になる。何故ならリヒテンラーデ侯は地球を廃棄したいと考えているからだ。優遇策は思いきったものになるだろう。俺も地球の廃棄は正しいと思う。現状において地球という星は人類にとって御荷物でしかない。人類発祥の地、地球。それ自体が人類にとって負の遺産になっている。そして負の遺産がプラスに代わる可能性は無い。リヒテンラーデ侯も詭弁だと思ったのだろう、“ま、そういう事にしておくか”と言った。

話は終わった。移住する無人惑星はここで決める必要は無い。工部尚書シルヴァーベルヒに任せておけばいい事だ。彼が適当に選んでくれるだろう。俺はリヒテンラーデ侯とお茶を飲む。他愛ない話をしながら地球の事を考えた。何故地球は人類から見捨てられたのか……。

九百年前、地球は人類社会の盟主だった。だが良い盟主だったとは言えない。傲慢で他を搾取しそれを地球の当然の権利と主張するとんでもない盟主だった。権利の根拠は地球が人類発祥の星だったから、それだけだった。地球にはリーダーシップも崇高な理念も無かった。有ったのは意味の無い選民思想と傲慢と貪欲だけだ。

結局はそれが原因で没落した。それも完膚なきまでに叩き潰された。当時の人類、地球に住む人類を除いた大多数がそれを望んだのだ、それほどまでに嫌われた。リヒテンラーデ侯が自業自得と言った言葉がそれを表している。叩き潰した後も人類の地球への憎悪は消えなかった。地球没落後の人類が目指したものは脱地球的な宇宙秩序による銀河連邦の成立だ。徹底的な地球否定と言って良い。

そう考えれば銀河連邦が地球を無視したのも理解出来る。連邦にとって地球救済など最初から有り得ない選択肢だった。当然だが無視された地球は連邦を恨んだだろう、憎んだに違いない。何故そこまで地球を否定するのか、地球こそが人類発祥の地ではないかと。

無視される事ほど傷付く事は無い。自分の存在意義さえも見失いかねないのだ。地球以外の星ならそうなっていただろう。おそらくは無人惑星になっていたはずだ。だが地球には地球こそが人類発祥の地という精神的な支柱が有った。いや支柱ではないな、呪縛だ。地球に住む人間はそれにしがみついた。それが地球教団の成立に繋がった。一千万の人間が資源も産業も枯渇した地球に残ったのはその呪縛が有ったからだと思う。

だが銀河連邦政府にとって地球教団の成立は如何見えたか。地球は過去の栄光に縋りつこうとしている、何も反省していない、そう見えたのではないだろうか? 地球を見詰める連邦の目はより冷たさを増したに違いない。そして視線が冷たくなればなるほど地球は過去の栄光にしがみつき連邦を恨んだ……。悪循環だ。

悪循環は銀河連邦から銀河帝国に代わっても続いた。九百年に亘って続いたのだ。今更地球に温情など示しても何の意味も無い。汚染を除去して経済援助などしても無駄だ。地球の人類に対する敵意はそんな事で消えはしない。九百年に亘って続いた呪縛の恨みはそれほど軽くは無い。

マキャベリの政略論には次の二つの事を軽視してはならないと書いてある。一つ目は忍耐と寛容では人間の敵意は溶解するものではないという事。二つ目は報酬や援助を与えても、敵対関係を好転する事までは出来ないという事……。元の世界の事を考えてみればその通りだと納得出来る。日本がアメリカに完膚なきまでに敗れながら友好を結べたのはアメリカにソビエトというカードが有ったからだ。日本から見ればアメリカよりもソビエトに対して不信感、恐怖感が強かった。アメリカはそれを利用して日本と同盟を結んだ。そうでなければ日米の関係はもっと冷えた関係になったはずだ。

リヒテンラーデ侯が地球に対して温情では無く廃棄を考えたのは正しいと思う。残念だが帝国には地球に対して使えるカードは無い。そして地球教団が考えた事は地球の呪縛そのものだった。人類はもう地球の呪縛から解放されるべきだと俺は思う。人類を宇宙へ送り出すという役割を終えたのだから……。



 
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