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ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―

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#11『司祭達の日常』

 リビーラ・ロイ・セイにとって、《教会》が支配するランクS《箱船》、《王都》は、懐かしい故郷であると同時に、忌まわしい敵地である。リビーラはこの《箱舟》で生まれ、この《箱舟》で夢を手に入れ、そしてこの《箱舟》で最大の怨敵を得た。

 リビーラの家系は《ラグ・ナレク》以前から《教会》の重鎮を輩出してきた家柄で、リビーラの実の父親、ヴィヴァルディ・マク・セイは、現在キュレイ・マルークが座している、《七星司祭(ガァト)》第二席の保有者だった。恐らくその医療技術たるや、《ラグ・ナレク》後の時代中最高峰のもの、一部では《医神の再来(リ・アスクレピオーズ)》とまで呼ばれていたらしいが、その本来の称号(コード)は《死都王》。
 
 そして実の息子であるリビーラは、その実態を知っている。

 彼は、狂気の人体実験指導者だった。ヴィヴァルディは三人の妻との間に20人の子供がいたが、末子であるリビーラを除く全員は、彼の実験の犠牲となって死んだ。

 その実験とは、《不死の生命体を作ること》。ヴィヴァルディはアンデッドを人工的に作り出す実験をしていたのだ。

 それも、ただのアンデッドではない。アンデッドとは、あくまでも『生きている死人』。彼が作り出したかったのは、『死なない生き人』。

 さらに付け足すなら、先天的な異能にかかわるものではなく、後付けの何らかの方法――――たとええば薬物などで、不死能力を得るというモノだった。

 ヴィヴァルディとその協力者であった二人の《七星司祭》は、その実験をどうやらあと一歩のところまで完成させたらしい。デザインベビーに改造させられた人物がいたことをリビーラは知っている。

 たしか、大人しげな幼い少年だった。生きていれば今頃20歳に近づいているだろうが、恐らくは生きてはいないだろう。結局あの実験は失敗し、失敗作は《処分》の名目で殺されたのだから。

 そうやってリビーラの兄姉(きょうだい)たちは死んでいった。ちなみに何故リビーラが残されたのかと言うと、リビーラの番が回ってきた時点で、既にリビーラがかなりの高官になっていたこと、さすがにもう子作りができなくなったヴィヴァルディが、自分の後継者を一人は残していたかったことに起因するようだ。

 余談になるが、自分の子供から実験材料が出せなくなったヴィヴァルディは、そのことを見越して協力者が集めていた孤児に手を出し始めた。たしかデザインベビーの少年も、その中から選ばれていたはずだ。

 だが結局、そのデザインベビーが生きているにしろ死んだにしろ、もうあの実験は続かない。なぜならば、《七星司祭》元第二席、《死都王》ヴィヴァルディ・マク・セイも、協力者であった元第五席にして先代《狂科学者》、セルゲイ・ベルクティクスも、もうこの世にはいないからだ。

 この時代のリビーラの起源。最初にリビーラの毒刃に斃れたのは、あの二人だった。

 十二年前。リビーラは二人を毒殺した。善良な息子を
装って、その懐に、長い間熟成させた、即死の毒を仕込んで。

 何が起こったのか理解できない、といった表情で、あっさりと、あっけなく死んでいった父達の姿。魂が消え行く気配。それを自分が引き起こしたのだという感慨。

 その時に得た快楽が、渇望に、愉悦に飢えていたリビーラに、新たな希望をもたらした。

 ――――《七星司祭》全員を毒殺したなら、きっと楽しいに違いない。

 その時以来、リビーラは当時の地位を捨て、辺境に籠った。《七星司祭》の個々の能力は強大だ。ヴィヴァルディとセルゲイが死んだことで、彼らの緊張感はさらに高まった。正面からでは殺せない。それにずっと《王都》に留まっていたら、いつか行いがばれて処刑されてしまうかもしれない。それだけは避ける必要があった。

 そうしてたどり着いた辺境の地で、リビーラは過去の自分の記憶と、赤髪の少年王と出会った。当時今だ幼いままであった彼は、しかし高い理想を抱いていた。

 あれから十二年。少年王は立派に成長した。多少達観し過ぎている嫌いもあるが、あの金髪の王妃が良い方向へ持っていってくれるはずだ。

 もうすぐ、リビーラの夢も手が届く距離に近づいて来るだろう。そのとき、最高の気分で、消え行く命を感じるために――――

 今、リビーラは最悪の気分で故郷の地を踏んでいる。

 目の前には人工の空を貫かんとそびえる白亜の尖塔。所々に青や金の装飾が施された外観は、壮麗ながら神聖を感じさせる。

 《教会》の全支部を束ねる総本山にして、諸悪の根源。世界の中心たる此所こそが、《教会》本部である。

 かつてのリビーラはここで働いていた。辺境に行き、『《魔王(キング)》のレギオン』に参加するようになってからは、こうして《教会》高官の義務である定期出勤以外には来ていない。

「どうも、お疲れ様です」
「リビーラ様!お疲れ様です!」

 まだ若い門兵が、ガシャリと騎士装を鳴らして敬礼する。人当たりの良い笑顔を作ってそれに答えると、リビーラは何の問題もなく《教会》本部の門を潜った。

 全く、一切のボディチェックも無いのだからざるなものである。もっとも、簡単に暗殺されるような人間はこの場にはいないのだろうが。それを考えると、あの時ヴィヴァルディとセルゲイを殺せたのが本当に奇跡だったかのように思えてくる。当時、散々騒ぎになったのもうなずける話だ。

 
 本部の中は、基本はネオ・ゴシックの佇まいをしている。所々に機械文明の一部が見え隠れしていることを除けば、知識のない者見れば…もっとも、今の時代にそんな者は一人たりとして存在していないが…この建物の役割を、ただの大聖堂としか思わないだろう。

 もっとも、この場所は単なる大聖堂ではない。その役割をもっていることは確かだが、そもそも《教会》と言う組織自体が、別に文字通りの意味での《教会》ではないのだ。

 確かに、便宜的に《神》なる存在を信奉してはいる。だが、《教会》が崇拝することを求めるのは《教皇》であって、神ではない。そもそも《教会》という名前自体が、本来ならば《協会》という字を当てた方が正しいのだ。

 ネオゴシック調の通路を歩いて、目的の場所を目指す。廊下ですれ違うのはそこそこ高貴な身なりをした司祭たちだ。《教会》支部の長の役割を任された高位士官たち。司祭のトップたる《十五使徒(ファルクシモ)》の管轄内にある彼らだが、本当に善良な司祭の役割などこなせているのだろうか。

「(まぁ、私自身、エセ神父のようなものですがね)」

 毒を愛し、毒を友とする。毒殺は己の生きる意味。そんな壊れた存在が、公正な神父で会っていいわけがないと思う。そんな存在を野放しにしているのだから、《教会》という組織がいかに穴だらけなのかわかるというモノだ。

 なまじこの組織の実質的なトップが有能であることを知っているリビーラとしては、なぜこのようなことになっているのか、と思わなくもない。

 恐らく、それらは《魔王》が《教会》を倒していけば明らかになっていくだろう。そう言う意味でも、ワクワクする先行きではある。

 そう言えば司祭と言えば、《十五使徒》のうちの一人にたしかセルゲイの拾ってきた孤児がいたはずだ。何と言う名前だったか――――。

 そんなことを想いながら歩いているうちに、目的の場所が見えてくる。ここばかりは最新技術を惜しげもなくさらしたカウンターは、《教会》の高官が出勤の証明をするために訪れるところだ。

「リビーラ・ロイ・セイ、出勤しました」
「はい、ありがとうございます」

 カウンター席に座った若い女性司祭がぺこりと頭を下げる。この受付嬢のことはそこそこ知っている。こんなご時世で生真面目な人間だったはずだ。この人物なら、今日ここに来たもう一つの目的である人間がどこにいるのかも知っているかもしれない。

「すみません、《七星司祭(ガァト)》のミラフィ・ルースラビット様はどちらにいらっしゃいますでしょうか?」
「……申し訳ございません。本日ミラフィ様は、反乱軍鎮圧のために出かけておられます。《王都》にはいらっしゃいません」
「ふむ……そうですか」

 それは残念。リビーラは心の中で呟いた。

 ミラフィ・ルースラビットは、様々な意味で今後役に立つ可能性のある人物だった。リビーラは彼が来る前に《王都》を去ったので、彼との面識はほとんどない。そのため、今のうちに接触を図っておきたかったのだが……。

「それでは、同じく《七星司祭》のコーリング・ジェジル様、もしくは《十字騎士団(クロスラウンズ)》のチャイネイ・ズローイクワット様は?」
「あいつらは《知識(ノーレッジ)》だ。ここにはいない」

 続く質問を受付嬢にあてた時、後ろから聞き覚えのある声がした。露骨に顔をしかめながら振り返ると、そこに立っていたのはやはり予想通りの人物。

 炎のような色合いの赤毛。羽織っているコートは、この《教会》で最高位の司祭であることを示すデザイン。《教会》で二番目に高い地位をもつ存在である男―――――

「おや、これはこれは。スワイ閣下ではございませんか」
「相変わらずその演技めいた態度は変わらないんだな、リビーラ」

 《教皇補佐官》、クロウ・D・スワイである。

 そもそもこの男と、現在の《教皇》であるアドミナクド・セント・デウシバーリ・ミゼレ、そしてリビーラの三人は幼馴染である。まだ世の中のことなんて何も知らなかった幼いころは、三人で英雄ごっこなどをして遊んでいた覚えがある。とある事情でリビーラとスワイが仲違いして以来、その関係も終わりを告げたが。

 リビーラにとって彼は旧来の親友であると同時に、出会えば喧嘩を始めるほどの中の悪さを誇る宿敵でもある。ここ最近はなんとなくお互いに自制が可能になってきたが、五年ほど前までもっと険悪な中だった。

「それはこちらのセリフですよ、閣下。これは私の素です。口出しをするような立場にあるとは思えませんが。ああ、もしかして癖ですか?私たちの世話を焼いていたころからの。生憎、もう私はあなたにお世話をされる年ごろじゃありませんよ」
「言うじゃないか……悪いな。久しぶりに見たものだからつい口を出してしまった」
「お互い様です。私も熱くなってしまい申し訳ない」

 と言いつつも、スワイもリビーラも全く反省するそぶりを見せてはいない。

 旧来からの二人を知る者がここに居れば、また始まったよ、と受け流せるのかもしれないが、残念ながらここに居るのはただの無害な受付嬢だけである。
 
「あの、えっと」

 事態を収束させようとわたわたし始める哀れな受付嬢を無視して、スワイとリビーラは良いあいを始める。

「それより、《七星司祭》に何の用だ?お前の立場では即謁見とはいかないだろうに」
「いえ、少し用事があったものですからね。あえたら行幸、と思っていたんですよ。残念ながら無理そうですがね」
「ふん。わざわざ辺境でうろついているからタイミングを逃すんだ…………《王都》に戻ってきたらどうなんだ。まだお前の席は残っている」
「はいはいツンデレツンデレ。相変わらずの上から目線ご苦労様です。ああ、手のかかる上司をもっているとそんな偏屈な性格になってしまうのでしょうか。嫌ですねぇ。つくづくやめて正解だったと思いますよ」

 その時、スワイの動きがぴたりと止まった。数秒の後、彼は顔をしかめてリビーラに問いかけた。

「……貴様……本当にそう思っているのか?」
「ええ。辺境の生活もなかなか楽しいですよ。むしろ私の理想にぴったりです。本当によかった――――()()()()()()()、《()()()()()()()()()()()()()()
「……ふん。勝手に言っていろ。……それよりも、家の方には寄ったのか?」

 今度は、リビーラの動きが止まる番だった。リビーラの生家には、ここ数年ほとんど顔を出していない。行けば、古参の女中あたりは喜んでくれるかもしれないが――――

「寄ったわけがないでしょう、あんな家……気分が悪くなりました。帰ります」
 
 これ以上あの家のことを思い出したら、本気で気分が悪くなっていくかもしれない。

 リビーラが踵を返すと、最後の最後で優位に立てたことに調子に乗っているのか、スワイが新たな問いを投げかけてきた。

「ああ、そう言えばな、リビーラ。先日、お前が活動していたソーミティアのあたりで、殺傷事件があったんだそうだ」
「……へぇ。それは危ないですね。注意します」
「まぁまて。それでな。ウチの雑兵も何人かやられたんだが――――()()()()()()で焦げだらけにされた奴が複数と、()で綺麗に殺された奴が一人いたんだ……お前、何か知らないか?」

 それは――――暗に、その犯人がリビーラだ、と言及しているのではないか?事実、恐らくその事件は、リビーラがメイを助けるときに行った殺傷のことだろう。

 全力で動揺を多い隠し、リビーラは答えた。

「さぁ……知りませんね」
「……そうか。悪かったな。呼び止めて」
「いえ。……スワイ閣下も、足元を救われないようにお気を付けを」


 ***

 
 出勤届を出し、目的の人物がいないことも分かった今、ここにとどまっている理由は無い。さっさと帰って毒薬の調合にでも取り掛かろう――――そう思い立ったリビーラは、足早に《教会》本部内を歩く。

 門のあたりに出た時、周囲がにわかにざわめいているのに気が付いた。司祭たちの声と、敷地の外から聞こえる黄色い歓声だ。リビーラも昔はこういった事態に悩まされた覚えがある。何人か逆ストーカーがいた様な記憶もあった。

 だが、今聞こえるざわめきは、ただの畏怖と憧憬の歓声とは異なる気がした。幾筋か――――本当に幾筋かだけ、《恐怖》の声が混じっている気がする。

 そのざわめきの正体は、門を出た時にすぐに分かった。


 真っ白い青年がそこにいた。《七星司祭(ガァト)》の証である司祭帽とコートも、やはり白。見慣れない()()色の左目だけがやけに際立つ。

 顔立ちは若い、と言うより、下手をすれば幼い。女性めいた顔つきだ。長い、やはり純白の髪の毛を、肩のあたりで二つに分けて結んでいる。

 
 まさかここで、この男を目にするとは思わなかった。リビーラ・ロイ・セイの記憶が――――いや、『前回』の時代の《リビーラ》が、この男の存在を教える。

 《七星司祭(ガァト)》最後の一人、第七席。ありとあらゆる正確な情報が秘匿され、リビーラすらその存在について詳しくは知らない人物。

 《預言者(ヨシュア)》の称号(コード)をもった存在。その名を、コレイド・エンジェグヌと言った。 
 

 
後書き
 どーもこんにちわ。Askaです。

 今回はリビーラさん回でした。ついでに《七星司祭》の一人も登場です。リビーラさんとスワイの関係は、端的にいうなら「喧嘩するほど仲がいい」です。

 さて、ここまで何とか連続更新ができていましたが、次回はたぶん遅くなります。次は『セカンドリべリオン編』に入る予定です。

 感想・ご指摘等お待ちしています。 
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