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黒き刃は妖精と共に

作者:空月八代
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【プロローグ】 化猫の宿

 
前書き
涼しくなってきましたね。冬も近いということで、大きめのもこもこしたコートとか着てるウェンディちゃんを想像すると可愛くて悶えます。露出しているよりしっかり着込んでるほうが可愛いと思うのは僕だけでしょうか。ウェンディちゃんいつもスカートですけどたまには長袖長ズボンのスタイリッシュな格好とかしてほしいです。
では、第3話です。 

 
「本当に、ありがとうございます。ウォードックを撃退するだけでなく薬草までいただいてしまって……最近はめっきりとりにいくこともできなかったのでとても助かります」
「ああ、いえ。そっちは僕にではなく彼女たちにお礼を言ってください。薬草は僕が採取したものではなく彼女たちが採取したもので、彼女たちの好意によるものですから」

 云うと、横で青髪の少女がとんでもない、といわんばかりに首を横に振った。先の戦闘で補助をかけながら謝ったことといい、いいものを持っているのにいささか自主性にかけている少女だ。
 よほど困っていたのだろう、集落の住人たちは僕たちが見えなくなるまでいつまでも頭を下げていた。
 無言で、ウェンディ・マーベルと名乗った少女と並んで歩きながら今日起こったことを思い返してみた。
 ウォードックの撃退。旅をしながらの日雇い傭兵の身では久しくなかった骨のありそうな依頼に嬉々としてのぞんだのは今朝のことだ。たまたま行き付いた集落の人々に好意で食事と屋根つきの寝床を提供してもらったお礼として、自分が基本的何でもする傭兵崩れであると説明すると、是非にと依頼されたのだ。
 目的こそあっても行先は特にない僕の旅路、行く先々に何があるかなどしらべたことはない。
 ないが、一般的な知識程度は持ち合わせている。
 寒冷地域にのみ生息するはずのウォードッグ。それがこんなに暖かな地域で目撃され、被害が出ている。
 内容としてはいささか虚を付かれたものであったが幸い単独で討伐が可能な類のモンスターであったため、食事と寝床のお礼としては十分だと無償で引き受けたのだ。
 集団で狩をするモンスターであったことも幸いし、そこまで迷うこともなくウォードックを発見。あくまで依頼内容は殺害ではなく撃退であったため適当にあしらっていたのだが……。

「…………」

 残念そうな表情で僕の横を歩く少女。
 そう遠くない場所にあるケット・シェルターというギルドの一員だというこの子の元に逃げた一部のウォードックが襲い掛かっていたのだ。
 何とか幼い命が食いあらされるという最悪な結末は逃れたものの、少々怪我を負わせてしまった。
 まぁ、それは珍しいことではない。
 否、珍しいほうがいいのだが、あいにく一箇所に常駐している人間ではないので依頼を受けたころには誰かがすでに怪我を負っている、なんてことは日常なのだ。今回のようによほど辺鄙な場所に住んでいる人間からの依頼でもないかぎりその町に拠点を構えるギルドの人間が問題を起きる前に解決してしまうため、僕に来る依頼は大体起こってからのものであることが多い。
 彼女の場合は、依頼主と関係する人間ではないので少々特殊なケースだったが、それでも怪我の手当てをして送り届けておしまい、となるはずだった。
 しかし、彼女の発した意外な告白により、僕たちはただの他人、というのは難しい縁のもち主だった。
 滅竜魔導師。
 存在自体がファンタジーとされるドラゴンを倒すための魔法を持つ者。
 どうせ今後会うことはないだろうと、どうせ子供だからどうってことないだろうと、軽い気もちで見せた滅竜魔導師としての力。
 せいぜい、すごい魔法ですね、で終わるだろうと思っていたのだが彼女は予想の斜め上の行動……自分も滅竜魔導師だと名乗り、失われたはずの魔法、治癒魔法を俺に見せたのだ。
 ウォードックとの戦闘時にかけられた補助魔法。
 幼い少女が操るにしてはオーバースペックのそれを平然と扱う姿は彼女が只者でないことを予感させてくれたが、まさか僕の旅に終止符を打ちかねない重要な人物だとは思いもしなかった。
 自分だけだと思っていた滅竜魔導師。まさかこんな形で合間見えるとは、とあの場では嬉々として彼女に詰め寄ったのだが……。

「ねぇ、本当に何も知らないの?」
「残念ながら、ね。僕も探してる側の人間だったんだから」
「なによ、折角ウェンディの親が見つかるかもって思ったのに」

 集落から歩くこと十数分、ようやく沈黙を破ったシャルルはしかし、僕の言葉に残念そうに俯いてしまった。
 そう、彼女もまた、僕と同じく滅竜魔導師を探していたのだという。
 ウェンディちゃんの使う滅竜魔法は、天空魔法。【天竜グランディーネ】という天を司る竜に教えられたものだという。物心付いたころからの育ての親らしく、魔法のほかにも一般常識や教養などの人として生きていくために必要な知識のほとんどはその竜から教わったらしい。
 しかし、【天竜グランディーネ】はある日突然消えてしまったらしい。
 ケンカはしたことすらなく、遠出の際にはかならず一緒についていったのでそういった類のものではないとすぐにわかったという。結局グランディーネがその後ウェンディちゃんの前に姿を現すことはなく、いろいろあって今のギルドにやっかいになっているそうだ。
 時に。
 なぜ僕が、竜の消えた日や、彼女らがもたらす知識の内容に対し疑問系で語っているのかというと……。

「シャルル、そんな言い方はよくないよ。クライスさんは私よりずっと大変なおもいをしてたんだろうし」
「なに、僕は幸い戦う力もあったしね。一般知識も、ウェンディちゃんの話を聞いた限りしっかり教わった後だったらしいし」
「でも、記憶がないなんて……不安じゃなかったですか?」
「まぁ……ね」

 僕が探していたのは、僕に力と知識を与えてくれた竜の記憶だ。
 目的はあっても行き先のはっきりしないこの旅の始まりを、自分自身が知らないのだ。
 いつからこうして旅しているのか。どうしてこうして旅しているのか。本当の目的はなんだったのか。
 気づいたら旅をしていた、というのが記憶のはじまりだ。
 思い出せる限りで、最も古い記憶は七年前のもので。そのときあったのは、シュヴィ・クライスという名前と、ごく一般的な知識の数々、そして【刃を司る滅竜魔法】だった。
 刃竜。
 それが僕にさまざまなものを与えてくれた竜の二つ名。
 ただし、本当の名前は、わからない。
 その答えを持っているかもしれない同じ滅竜魔法の使い手に会い、そして相手も多少違うが似たような境遇にあった。険悪な雰囲気にはならずとも、命を助けた人間と助けられた人間として仲むつまじく話すには少々気分が落ちてしまい、居心地の悪い無言の空間が続いていた。
 結局、わかったのは僕たちに滅竜魔法を教えてくれた竜は消えてしまった、ということだけ。僕の記憶の始まりとグランディーネが消えた年月が同じ七年前と一致していることから、おおよそそんなところのはずだ。
 僕としては自分が滅竜魔導師である、という記憶を根本から疑わねばならなかった日々をすごしていただけに落胆してはいても得たものがなかったといえば嘘になるが、滅竜魔導師を自分の親の手がかりだと思っていたこの子には落胆が一番大きいだろう。

「自分が一人ぼっちだってわかったとき、悲しくなりませんでしたか? 私、ずっとグランディーネと一緒に生活してたからいきなりいなくなっちゃったときは一日中泣いてたんです。泣いていれば、きっとグランディーネが私の前に戻ってきてくれるって……」
「そっか、辛い思いをしてきたんだな……。僕の場合、自分の正体もこの力をくれた竜の名前もわからずだったし、そりゃあ最初は不安な気持ちにもなったし、泣きたくなる日もあったよ。でも、厳密にはわからないけど一人で生きていけるだけの年齢ではあったし、悲しんでいる時間は少なかったよ」
「そう、ですか。強いんですね、クライスさんって」
「その歳でそんな経験をしている君に言われてもね。ウェンディちゃんの方がよっぽど強いよ」

 そうでしょうか。
 そうつぶやくウェンディちゃんの顔は、まだ幼さを残す少女がするには少々達観したものだった。
 子供らしくほめられたら素直に喜ぶ、ということを忘れてしまったような顔だ。
 普段はどうなのかはわからないが、僕という同じ滅竜魔導師と会ったことで押さえ込んでいたグランディーネとの別れの悲しみがぶり返してしまったのならば、この出会いが決していいことばかりであったとはいえない。
 歩けるとはいえ怪我をしている身だ。一応ギルドまでの護衛はすると申し出ているが、僕の存在が彼女の辛い過去をフラッシュバックさせる原因となるのならば、非常に惜しいことだが、そうそうに立ち去ったほうがいいのかもしれない。

「そういえば、クライスさんの滅竜魔法ってどんな魔法なんですか? 私は、さっき見せた補助魔法と治癒魔法が主で、あとはその派生系のものが少しある程度なんですけど」

 なんて、僕の思考を知ってかしらずか少女は再び口を開いた。
 そこには先ほどの達観した表情はなく、純粋な興味を示す相応の表情をした少女がいた。
 目的の情報は得られなかったとはいえ同じ力を持つ人間同士であることに違いはない。自分と同じで、しかし異なった能力を、彼女は知りたいのだろう。
 よかった、しっかりと子供らしい一面もあるんだな。
 どうせここまで話したのだ、どうせなら思い切って今まで話したこともなかった自分の魔法を教えてやろう。

「うーん。僕の魔法はさっきも言ったように刃を司る魔法だ。でもそれだっけってわけじゃない。主だったものをあげるとすれば肉体強化が最たるものかな」
「あ、さっき見せてくれたやつですよね。刃物をぶつけても切れるどころか弾くなんてびっくりしました。そのせいで噛まれたときも怪我をしなかったんですよね」
「そ。ほかにも防弾や防爆、防毒防呪なんかの作用もある。といっても、絶対的な防御力を誇るのは対刃で他の防御はおまけみたいなもの。戦闘ギルドなんかのS級魔導師のつかう魔法なんかだと抜かれるかもしれない」

 試したことはないけれど、と一応注意しておく。

「随分自信があるのね?」

 話題がいい方向に切り替わったのを悟ったのか、これ見よがしにシャルルが会話に割り込んできた。

「そりゃあ食いつなぐために結構無茶な依頼を受けることもあったからなぁ。ワイバーン種となんかも戦ったことがあるし、一番危険な依頼だと闇ギルドの討伐作戦なんかにも参加したことがあるよ」
「や、闇ギルドの討伐!?」
「そんなに驚くなよ、なにも大御所の相手をしたわけではなし、討伐に参加した人数は三十人。S級魔導師もいたから僕がやったのは逃げ出そうとした雑魚数人とあっちのS級をたたき伏せたくらいだ」
「さらっとすごいことやってるじゃない」
「手負いの獅子は恐れるに足らず、っていうだろ」

 閑話休題。
 こんな子達に自慢話をしてどうする。
 語るような知り合いもいなかったから少々饒舌になってしまった。

「で、他の魔法だが……意外にレパートリーが少ないんだよね俺の滅竜魔法」
「そうなんですか?」
「うん。肉体強化のほかには、空中で踏ん張るための足場を作って空を走る魔法とか、これくらいかな」

 云って。
 やって。
 後悔した。
 一人と一匹から上がったのは、賞賛の言葉ではなく驚愕と恐怖からくる悲鳴だった。
 同類の存在に、僕自身もテンションがおかしくなっていたようだ。
 普通驚くだろう。
 なんの変哲も無く見える人間の腕からいきなり黒い刀が生えてくれば。

「ご、ごめん。驚いたか……?」
「あ、す、すいません! いきなりだったから、つい……」
「いやいや、普通の反応だから大丈夫」
「い、痛くないんですか? 血は、出てないみたいですけど」
「大丈夫」

 そういわれても、そうですかとはいえないのだろう。恐る恐るといった様子ではあるが、ウェンディちゃんは刀の根元、つまり刀が突き破っている手のひらを注視している。
 突き破る、と表現してはいるものの実際はきれいに皮膚が切れているので刀が手から生えているように見えるだろう。それでも見てあまり気持ちのいいものではないので、手のひらにテ-ピングをしているが。
 自分自身、初めて使ったときは見た目で痛くも無いのにイタイイタイと転げまわったものだ。

「僕は【身刀(みがたな)】って呼んでる。感覚的には腕の骨が一部変形して突き出してる感じかな、このまま握ったりしなくても何かを切ったりできるし」
「私の魔法と違って、自分の体そのものに直接竜の特徴が現れるんですね。グランディーネ、こんな魔法は教えてくれなかったなぁ……」
「僕も他人に譲渡できるような魔法は補助系の使えないよ。肉体強化は治癒力も強化してくれるけど、治癒魔法ほどすごくは無いし。竜といえど全知の存在ではないだろうし、一長一短って感じだろうね」
「そうですね。私、グランディーネしか竜のこと知りませんでしたけど、人みたいに竜にも得意な魔法や嫌いな魔法があるのかもしれません」

 納得してくれたようなので身刀を引き戻した。
 得意げに語ってはいるものの、僕自身滅竜魔法とは名の通り竜を滅する力をもつ強力な破壊魔法だと思っていただけに、ウェンディちゃんのような補助系の魔法に特化したドラゴンスレイヤーがいるとは思っていなかった。
 これもこれで、ひとつの発見といえるだろう。

「その剣も、クライスさんの魔法で作ったものなんですか? 珍しい形してますけど、すっごいきれいな剣ですよね」
「ありがと、でも残念ながらこれは僕の魔法じゃないよ。刀身は身刀を使ってるけど、この刀の特別な構造は有名な刀鍛冶の作品らしい。とある依頼を受けたときの報酬としてもらったものだよ」
「あ、だから刃の部分が黒かったんですね」

 それからしばらく、ウェンディちゃんはいろんな質問を僕にしてきた。
 依頼で行った珍しい町の話。
 戦ってきたモンスターの話。
 旅の途中で聞いたドラゴンスレイヤーの噂や伝説。
 合間合間に聞いた話では、彼女はギルドはギルド自体が集落となっているらしく、そこの生活で全てが完結しているのだという。
 食料などは自給自足、必要な物品を買うお金は集落に伝わる織物技術で編んだ服などが収入源であるらしい。
 今の生活にはとても満足していて、集落の仲間たちもみな優しい人ばかりだそうだが、少々外界とのつながりが浅く、閉鎖的なギルドであるためドラゴンスレイヤーやドラゴンの情報があまり入ってくることが無く、もどかしく感じることもあるのだとか。

「あ、すいません。なんか質問責めみたいになっちゃって」

 ウェンディちゃんがふと我に帰ったのは、十数分後のことだった。
 僕としては自分の旅の話を改めて誰かに語る、というのも新鮮でとくに苦は無かったのだが、生真面目で全てに対して遠慮気味なこの子にしてみれば失礼なことをしたように感じたのかもしれない。

「いいよ、僕も旅を改めて振り返ってるみたいで面白かったし」
「そうですか? そういってもらえるとうれしいです」

 そうだ、とウェンディちゃんが突然手をたたいた。

「クライスさん、よければギルドに寄っていきませんか? お茶か何かご馳走します。まだ、助けてもらったお礼ができてないですから」
「え? ……うーん、まぁ君に怪我させちゃったわけだしギルドのマスターに挨拶くらいしていこうと思ってたけど……。原因が僕にある以上、お礼なんて悪いよ」
「原因がクライスさんだなんて、そんなことないですよ。あんな危険なモンスターを何十匹も相手にして一気にやっつけちゃうなんて難しいでしょうし、助けてもらったことには変わりないですから」
「でもなぁ……」
「無駄よ。ウェンディは言い出したら聞かないんだから」
「そう? じゃあお言葉に甘えようかな、正直小腹がすいてたし」
「よかった。あ、見えてきましたよ」

 ずっと続くかと思われた森の道。
 ウェンディちゃんが指差した先には猫の頭を象ったような、特徴的な建物が見えた。


「あれが私のギルド、化猫の宿(ケットシェルター)です!」










 第一印象としてのギルド、化猫の宿(ケット・シェルター)はまさに集落といったものだった。
 アーチ状の門のような入り口をくぐってまず見えたのは、猫の頭のような特徴的な建物。あれが、通常のギルドでいう集会場のようなものなのだろう。聞いてみれば、やはりマスターはそこにいるらしい。
 だが、そのほかにはこれといってギルドに関するようなものはなく、古い様式の簡易住居や田畑が並んでいるのみだ。通路とそのほかの見分けも草木の有無のみで、舗装されたというよりは踏み固められたといったほうが正しいような気がする。
 あたりはもろに森と隣接しており、正直な感想としてはさきほどの集落のほうが大分ましな集落としての形をなしていたような気さえする。
 まぁ、それはこのギルド周辺に張られている強力な結界がなければ、だが。
 ウェンディちゃんはたいしたことは無いというような様子で話していたが、これはなかなかお目にかかれないレベルの結界魔法だ。それなりに大きなギルドの人間と共闘したり戦闘したりはあったが、防御魔法という一点に括るのであれば、僕の記憶の中では最強クラスに入るだろう。
 普段はモンスターが少ない森の中でここまで強力なものが必要なのかという疑問もあるが、先ほどのウェンディちゃんたちの様子を見るに外部情報があまり入ってこない場所なのだろう。備えあれば憂いなし、というやつか。

「あの、やっぱりうちのギルドって他のところと結構違うんですか?」

 少々きょろきょろしすぎたか、ウェンディちゃんが不安げに僕の顔を覗き込んでくる。
 わずかに視線を振れば、とがめるようなシャルルの視線も、僕の目を睨んでいる。この子の気弱さを踏まえれば過保護になる気持ちもわかるけれど、初対面に近い人間に敵対心むき出しというのはどうなのだろか。

「珍しいといえば、珍しいかな。普通、というか僕が見てきたギルドってものは一個の大きな集会所があってそこにいろんな人間が集まって依頼をこなすって形だったし、集落が丸ごとギルドって言うのは初めて見たよ」
「そうなんですか。他のギルドの話って、作った物を売りに行ったときとかに聞く噂話とか雑誌とかでしかしらないのでこれが普通なのかなーって」
「生産が主なギルドだっけ、それにしては外界との接点がそれだっけなの?」
「うーん……そう、ですね。ギルドって言っても本当に集落に近いので普段は依頼で近くの集落や村からのちょっとしたお願い事とか、私の治癒魔法で怪我を治してあげたりとかがあるくらいであんまり……。ほとんど自給自足なので、そこまでお金が必要ってわけでもないですから」
「そっか。ま、初めてみたとは言ったけど、なにも派手にモンスターを狩ったり金融取引するだけがギルドじゃない、知らないだけでわりとあるだろうね」

 ある、はずだ。
 ギルドといってもその業務内容は多岐に渡るため、本気で調べなければどんなものがあるかなどということはわからない。竜の噂以外基本世間話というものを気にしなかった僕ならなおさらわからない。

「あら、ウェンディ。お帰りなさい……、そちらの方は?」

 と、建物の中から若い女性が出てきて、僕の存在に気づいたせいか驚いたような様子で疑問を挨拶と同時にウェンディちゃんにへ投げかけた。
 二十代前半くらいだろうか、ウェンディちゃんが比較的普通な服装なのに対し、その女性は占い師のような、どこか民族衣装を連想させる独特な衣類をまとっているためわかり辛い(東方の品である和服をまとう僕が言えた筋合いではないが)。
 民族衣装、というものを踏まえて考えるとそういえばここは年季が入っているような印象も受ける。もしかしたらウェンディちゃんが来る結構前から細々とギルドとしての活動をしていたのかもしれない。

「あ、ぺテル。ただいま! この人はクライスさん、森でモンスターに襲われてたところを助けてくれたの。だからお礼にお茶とか――」
「モンスターに襲われた!?」

 大声が、ウェンディちゃんの説明をさえぎった。
 ちょっと驚いた、にしては少々声が大きく、ウェンディちゃんは肩を跳ねさせ硬直してしまった。
 が、ぺテルと呼ばれた女性はかまわず接近し肩をつかみ、揺らす。

「け、怪我とかしなかったの? シャルルも! もししてたら見せて頂戴、薬草の備蓄はあるから安心して。ああ、でもこの森はモンスターがいないはずなのにどうして……!」

 過保護なのは、どうやらシャルルだけではなかったらしい。
 取り乱したぺテルさんの声は相変わらず大きく、ウェンディちゃんが彼女をなだめている間にぞろぞろと人が集まってきた。

「どうした、ぺテル! なんの騒ぎだ?」
「ウェンディが襲われて怪我したらしいの!」
「ウェンディが!?」
「そんな、今日は近くに木の実取りに行くだけの簡単な依頼に行ったはずだろ!」
「襲われたって何に! モンスターはいないはずよ!」
「って、おい。この黒ずくめ誰だ!」
「まさかこいつが……!」
「ウェンディ、ぺテル、シャルル! 早くこっちに!」

 おっと、笠をかぶりなおしたのは失敗だったかな。全身を隠すようなこの格好は防寒やら防塵やらに役立ち、寝袋代わりにもなるのだが、確かに怪しい格好であることは自覚している。ウェンディちゃんとシャルルは連れて行かれ、人垣の中へ消えていってしまった。
 まずい、農業工具持ち出してきてる人がいる。
 鎌に高枝バサミ、トンカチに剪定バサミ、のこぎりに斧。なかなかバリエーション多彩だ。
 あと、やばいやばい。チェーンソーと鉈は本格的にやばいから待って。防刃性能最強だけど痛みが無いわけじゃないの。岩にたたきつけたように刃の部分が吹き飛んだりするかもしれないし危ないからしまおうよそれ。

「み、みんな落ち着いて! ちょっと怖い格好はしてるけどこの人は私を助けてくれた人だよ!」

 ギルドメンバーの方々が構えの姿勢から突撃の姿勢に変わろうとしていたギリギリで、人垣の中から救いの声が響いた。
 しかし、やはり怪しいのか。ナチュラルに言われたからちょっと傷ついた。
 人の隙間を縫って細い腕が突き出してきたかと思うと、そのままわずかな隙間を作ってなんとか、といった様子で若干髪の毛が荒れたウェンディちゃんが出てきた。シャルルは無理だったらしい。
 はぁはぁ、と一瞬にして大分疲れた様子のウェンディちゃんは、ぺしぺしと叩いて荒れた髪を直すと僕の目の前に立ちはだかり、ピシっと過保護の集団を指差した。

「ぺテルにも言ったけど、私が襲われたのはモンスターにだよ。ウォードックっていうモンスターがなぜかこの森にいついてて、この人はその撃退の任務にきた傭兵さん!」
「そ、そうなの……?」
「そうなの! だからみんなそんな危ないものしまって、失礼だよ!」

 よほどの信頼を寄せられているのだろうか、その一言でメンバーたちは物騒なものを下げた。

「すいませんクライスさん。みんないい人たちなんですけど、お客さんがあんまりこないところなので……」
「い、いや気にしなくていいよ。戦える人がいないって聞いてたからちょっとおどろいたけど」
「ご、ごめんなさい……」
「気にしなくていいってば」

 改めて見れば、人垣の中に子供の姿はない。
 ここにいる十数人がギルドの全員というわけではないだろうが、もしかしたらこの子はこのギルド最年少なのかもしれない。
 それほどまでに、ここの人間の過保護さは過剰だった。いいことだ。

「あの」
「はい?」

 振り向けば、先ほどぺテルと呼ばれていた占い師姿の女性が申し訳なさそうにこちらを伺っていた。

「申し訳ありませんでした。なにぶん客人が少ない場所なもので失礼なことを……」
「ああ、いえ。お気になさらず、怪しい格好をしていることは自覚していますから」
「そういっていただけると恐縮です。それで、失礼ですがここにはどういった理由で……」
「言ったでしょ、ぺテル。お礼がしたいから私が無理を言って来てもらったの」
「……そ、そうなの」

 再びウェンディちゃんによる指摘が入る。
 やはり外界との接点をあまり持たないだけあり、排他的な面のあるギルドなのだろうか。敵で無いと理解してはくれたようだが、かといってそこまで友好的な雰囲気は無い。
 もちろん僕の存在が嫌がられているような様子は無いのだが、なんと言うのだろうか……おっかなびっくりしたような様子だ。
 なにかやましいことをしているのか……と思わないでもないが、違法な薬品などの臭いは感じない。なにより、幼い少女一人のためにここまで必死になれる人がそんなことをしているはずが無い。

「わかったわ。でも、一応このギルドの人ではないし、マスターに一回会ってもらってからにしなきゃだめよ?」
「わかってる。心配しないで、いい人だから」

 その返事に、こんどこそ安心したらしいぺテルさんは先ほどより若干柔らかな表情で僕と視線を合わせた。

「ウェンディを助けていただいてありがとうございました。皆の代表として、私がお礼を言わせていただきます。小さなギルドですのでたいしたものはありませんが、歓迎します。ウェンディ、お茶の用意はしておくから」
「うん、ありがとうぺテル」

 一転、笑顔が多くなったギルドのメンバーたちに見送られ、僕たちはその場を後にした。








「マスター、ただいま戻りましたー」

 猫の頭を象った建物の入り口からしばらく歩くと、文字通り集会所といえるような広間の奥に座る老人の姿が見えた。どうやら彼がマスターらしく、ウェンディちゃんの声に、おお、と柔らかな笑顔を浮かべて反応を返していた。
 彼もまた、世間的に普通といえないような独特な衣装に身を包んでいて、もしこの老人を先に見たのならばここが一部族の集落だといわれても何の疑いも抱かなかっただろう。
 この集落周辺に張ってあった結界魔法の使い手らしいが、なるほど。腰は曲がり、目も半ば閉じてしまっているような小さな老人だが、なかなか強大な魔力の持ち主だ。さぞ昔は名のある魔導師だったのだろう。
 また、お前は誰だというやり取りがおきるかと思ったが、こちらに気づいたらしい老人が声をあげる前にウェンディちゃんとシャルルが説明をしていた。

「なぶら、わかった。おまえさん、シャルルとウェンディをモンスターから救ってくださったのじゃな?」
「え? ああ……まぁ、一応結果的にはそうですね。僕も食いつかれたところを彼女の魔法に救われましたし、一方的なわけではないですよ」
「なぶら謙遜することはない。この子達は戦う魔法をもたない、すでにぺテルがしてくれいているようだが、化猫の宿(ケット・シェルター)のマスターとして、このローバウルが改めて感謝しよう。ありがとう」

 そういって頭を下げたマスターローバウルの口からは、ばたばたと液体が――におい的に酒か何かだろうか――流れ落ちた。

「ちょ、マスター! いつもお酒はちゃんと全部飲んでから話なしなさいって言ってるでしょ!」
「んん、すまんなシャルル」
「あわわ……マスター、これ。ハンカチで口元拭くから口閉じて」
「すまんなウェンディ」

 前言撤回。大丈夫かこの爺さん。

「ウェンディちゃん、マスタローバウルは調子が悪いのか?」
「あ、心配しないでください。マスターいつもこうなので」

 それはそれで心配なのだけれど……。
 しばらくして、先ほどのメンバーのうち数人が運んできてくれたお茶とちょっとした菓子を前に、僕は改めてマスターローバウルの前に座っていた。
 ボケ始めているのかという疑いは会話をするうちに杞憂だとわかり、竜の存在についていろいろと情報交換を行ってはみたが、長い付きい日を生きているとはいえやはり多くは伝説や御伽噺だった。
 予想通り古くから存在する集落とのことだったので期待したが、文献などもウェンディちゃんの頼みですべて調べつくしてあるらしい。

「なるほど、自分の記憶を探して一人旅か……なぶら、苦労したことじゃろう」
「旅自体は大して辛くはなかったんです。苦労も、それほど。幸いその辺の魔導師には負けないくらいの力もありましたから。ただひとつ、どこにいってもドラゴンが架空の存在だって言われるのが不安でしたが……」
「うむ、己の唯一の記憶すら否定されてはな」
「そういった意味では、今日ウェンディちゃんと会えたのは僕にとって大きな進展でした。この記憶が僕の過去を知る道しるべとして間違っていなかったとわかったわけですからね。ガセネタがほとんどですけど、こうして本物にあえましたから。これからは気長に探していけそうですよ」

 ありがとう、呟けばウェンディちゃんはとんでもないとばかりに首を横に振った。
 しかし実際そうなのだ。
 唯一の記憶、それの確実性があやふやだった日々に終わりが来た。話しながら、今更ながらその事実が予想以上に僕にとって大きな進展だということが実感できた。
 少なくとも、あるかもわからないものを探す状態から確実にどこかにはあるものを探している状態に変わったわけだ。一番の気がかりが取り除かれたのだ、感謝するのはむしろ僕のほうかもしれない。

「…………」

 ふと会話がとまり、マスターローバウルが何かを考えるように目を閉じてしまった。

「マスター?」

 不安げな声をウェンディちゃんが上げるが、マスターローバウルは動かない。
 寝てるのか、と思い始めたころ。ゆっくりと開かれた瞳は、まっすぐに僕のほうを向いていた。

「クライス、お前さんは世界中を旅しているといったな」
「世界中とまでは行きませんけど……それなりにいろんな場所は行ってきたつもりですよ」
「……どこか一ヶ所にとどまる気はないのか?」
「質問の意図を汲みかねますが……。いままでならいいえ、でしたけど記憶が正しいものとわかった今、どこか大きな町の大規模ギルドに参加したりして集中して情報を集めるのもいいかなぁと」
「なぶら……ならば化猫の宿(ここ)はどうじゃ?」
「はい?」
「ま、マスター?」

 マスターローバウルの言葉が予想以上に奇天烈なものだったせいか、僕と同時にウェンディちゃんも疑問の声を上げた。シャルルも、控えていたメンバー数人も、何を言っているのかといった様子だ。
 ここ、とはもちろんこのギルドのことだろう。
 大きな町、大きなギルド。その二つには、悪いがかすってもいないこのケット・シェルター。
 酒をダバダバと戻した姿を見ていたのでまたちょっとした面白発言かとも思ったが、彼の目は真剣そのものだ。

「ウェンディはお前さんと同じ滅竜魔導師じゃ。そして、自分の育ての親である竜を探しておる。しかし、ワシらは戦う力も無く、ギルドの外へ行くことも少ない。噂を聞いても、ウェンディに付いていける者がいないのじゃ。一人で行かせるには危険な場所であることも多く、今までも何度か見てみぬふりをせざるを得ないこともあった」

 振り向けば、ウェンディちゃんは困ったような笑顔を僕に返してきた。
 事情を追求するつもりは無いが、やはりここのギルドの人々は外界との接点をあまり持ちたくないらしい。
 ウェンディちゃんもまだ一人で長旅させるには危険な年齢だ。そして、竜の情報というものは良くも悪くも注目されるため、悪用する輩も少なくない。もしここのギルドが外界との交流に積極的だったとしても、万が一の場合戦える魔法を持っていないというのはいささか危険だろう。
 だから、か。

「ウェンディちゃんが親探しをする協力者がほしかった、というわけですか?」
「……すまない。都合のいいことを言っていることは自覚しておる」

 たしかに、都合がいいかもしれない。
 通常、護衛の依頼をすればそれなりの金額が発生する。僕の場合一応良心的な値段を心がけてきたが、それでも繰り返せばそれなりの金額になる。内容が内容だけに、足元を見るようなギルドや傭兵も少なくない。
 織物や野菜の販売などをたまにしているという話だが、そんなちょっとしたものを売った金額では護衛を雇うのにかかる資金はそうそうたまらないだろう。
 が、ギルドメンバーになってしまえば話は別だ。
 身内ならば、依頼ではなく一緒に行こうというお願いですむのだ。もちろん身内中でも依頼といった形をとることもあるが、そこに莫大な金銭が発生することは無い。

「マスター……いきなりそんなこと言ったらクライスさんが困っちゃいますよ。クライスさんだって、私と同じで記憶を……自分の家族を探している途中なんですから」
「でもウェンディ、あなた自分で言ったけどあなた自身も探してるんでしょ? こいつ、結構強いみたいだしここに入ってくれればいままでいけなかったような危険な場所や思い切った遠出もできるかもしれないわよ?」
「シャルルまで……」

 言いながらも、彼女自身思うところはあるのか、声にはそこまで明確な否定は無い。
 それはそうだろう。できることなら僕のように世界を旅してでも自分の両親を探したいというのが彼女の本音のはずだ。
 そして何より、同じドラゴンスレイヤー、同じ経緯・経験をしている人間なら他の誰よりもこの御伽噺のような願いを聞いてやれるのだ。彼女の存在が僕の希望になったように、僕の存在もまた彼女の希望になりえるのかもしれない。
 ……よし。

「構いませんよ」
「え?」

 意外そうなウェンディちゃんを一瞥し、マスターローバウルへと僕は答える。

「ウェンディちゃんは僕に希望をくれました。その恩返しができるのなら、喜んで僕はここにいたいと思います。それに、ここのお茶、おいしいですしね」
「おお、ここにいてくれるか。ありがとう、ふがいないワシらの変わりに協力してやっておくれ」
「喜んで。こんな僕でよければ、よろしくお願いします、マスターローバウル……いえ、マスター」

 再び視線を向ければ、きょとんとした様子のウェンデちゃんの姿。
 見れば見るほど、幼く弱弱しい少女だ。
 果たして、僕は子のこの希望になってあげられるのだろうか。僕よりずっと幼い時に竜を、両親を失ってしまったこの少女の希望に。
 今はまだわからない。
 でも、どうせ目的がひとつしかなかった僕の旅。もうひとつくらい目標が増えたところで、どうってことはないさ。

「というわけで、今日から化猫の宿(ケット・シェルター)の一員になったシュヴィ・クライスだ。よろしく、ウェンディちゃん、シャルル」
「……本当に、いいんですか? ここ、そんな大きなギルドでも有名なギルドでもないんですよ?」
「もちろん。どうせ7年旅しても情報なんてほとんど集まらなかったんだ、たまには気分を変えて、やり方を変えてみても罰は当たらない」
「…………」
「ウェンディ、こいつはいいやつよ。きっと何かを見つけられる、そんな予感がするもの」
「シャルル……。うん」

 自信なさげだった瞳を改めて、少女は僕をまっすぐ見つめ、云った。

「クライスさん。ありがとうございます。そして、よろしくお願いします!」


◆◇◆◇◆


「いったいどうゆうつもいなんだよ、マスター」

 ウェンディが新たに仲間になった青年、シュヴィ・クライスにギルドを案内するといってシャルルと共に集会所を後にしてから数分後。ギルドメンバーのほとんどがそこに終結していた。
 みな、困惑したような瞳をローバウルへと向けている。

「確かになんの情報も得られなかった滅竜魔導師、そして竜の情報をあの男が持ってきてくれたのは助かった。すっげぇいいやつみたいだし、実力も相当だってことは俺でもわかった。でもよぉ……」
「そうですよ、マスター。彼は強い。でも、だからこそもし私たちの正体に感ずかれるようなことでもあれば……」
「ふむ……」

 質問には答えず、静かに酒をあおるローバウル。
 そのまま口から戻していたような老人の姿は、そこにはなかった。

「ワシらは、ここを離れることはできない。それは、ウェンディにとって辛いことじゃ。あの子はしっかり者じゃ、皆の前では見せぬが、夜は一人で泣いておるのだ」

 そんな痛々しい姿に見覚えがあるのだろう。メンバーたちは一様に気まずそうな表情を作る。

「ワシは、ワシらは……皆、あの子のことを大切にしているが、それだけではだめなのじゃ。あの子には、いつかワシらではない仲間が必要な時が来る。わしらには、償わねばならない罪がある」

 静かな瞳は、どこか遠い世界を眺め。
 それに、と。ローバウルは言う。

「ワシは、知っておるのだ。あの者が、いつかあの子を広い世界に導いてくれる。そんな人間であることを」

 
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