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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第1話 転生

 
前書き
当サイトには初めての投稿となりますので、ミスが見つかり次第順次改編更新すると思います。 

 
 はたから見ればほんの一瞬の事だったんだろう。

 スマートフォンに目を落とし、ブラウザホームの今日の運勢を確認して、ついでに銀河英雄伝説の二次創作小説の更新情報を探し、お目当ての作品が更新されてなかった故に軽く舌打ちしたのだが、その時背後からどう見ても眼が逝っちゃった男が大声を上げつつ涎を垂らして体当たりしてきたのだ。

 俺がホームの端に立って、次の電車を列の先頭で待っていたのも運命なのかもしれない。
 ぶつかってきた「狂気」としか書いてない男の顔と、軌道に落ちていく俺を呆然した表情で眺めているくたびれた中年の顔が、俺の見た最期の景色だった。なんでそこは黒髪ボブでストレートな眉目整った美少女ハーレムじゃねぇんだよと、どうでもいい事を考えつつ俺は軌道に落ちる衝撃に備え、体に力を込めた。

 そして次の瞬間、光に包まれた。
 何が起こったのか、俺にはさっぱりわからなかった。だがあまりの眩しさに瞼を閉じ、数秒置いてからゆっくりと片方ずつ瞼を開くと目の前に巨大な顔があった。
 俺は叫ばずにはいられなかった。だが声を上げようにも口からは「オギャー、オギャー」としか出てこない。一体どうなったんだ俺は? 言葉を忘れちまったのか? それとも例の壁の中に住む人類の生き残りの話の読みすぎで、空想と現実の区別がつかなくなってパニくっているのか? いやパニくっているのは間違いないんだが。

 そうこうしているうちに、俺の体はその巨人に持ち上げられた。しかも抱えるようにだ。少なくとも身長一七〇センチ体重七〇キロのごく標準的な三〇代日本人男性である俺を、だ。俺は暴れた。もうこれは間違いなく“喰われる”んじゃないか。巨人は女性っぽい。しかも優しそうな顔をしている。だけどアイツは確か楽しんで人を殺してたよな……そこまで考えて俺は必死に手足を動かして抵抗したが、その時になってようやく俺の体に何がおこっているのか理解できた。

 俺の手が、見るからに小さく……そう赤ん坊のように小さくなっていた事に。

 意識、というのは言語を解さなくても分かるものだが、やはり幼い頭脳では限界がある。三〇分でも意識を保とうと努力すると、体全体が疲労感に包まれる。そして強烈な空腹感も…… だが腹が減ったとは言えない。かろうじて聞き分けた言葉は英語に近いが、英語ではない。「あいむあんぐりー」と言ってみたが、怪訝な顔で首をかしげられるだけだ。結局は泣き叫んで食事を要求するしかない。食事と言っても、まぁ授乳なんだが。

 きっと輪廻転生する際には同じように前世の記憶を持っているに違いない。だが、この授乳という奴でその記憶というのは吹っ飛んでしまうのだろう。
まぁそれはともかく。俺は理想的な食っちゃ寝の生活を楽しんでいた。が、いつものようにこちらの世界の母親?に抱かれつつ女性の乳房の感触を楽しんでいた時、そのお楽しみの部屋に闖入者があった。

 こちらに産まれて以来であった事のない姿をした男だった。襟元にアイボリーのスカーフを押しこんだ暗緑色のジャンパー。スカーフと同じ色のスラックスに黒い短靴。そして濃い琥珀色の髪に載せられている白い五綾星を染め抜いた、やはり暗緑色のベレー帽。そう、それはいつも画面の向こうにあって、黒と銀のピチピチした悪趣味軍服とは対照的にシンプルで機能的な自由惑星同盟軍軍服を着た男だった。

 俺が銀河英雄伝説の世界に生まれ変わった事を確実に認識したのはそれから数年してようやく同盟公用語を何とか一人で読み書きできるようになってからだ。望外の出来事かもしれない。前の世界で中学生だった頃、図書館で何度も借りて読みなおしていたし、レンタルビデオ屋でほぼ毎週なけなしのお小遣いを使って借りて見ていた。アニメ版の台詞は大抵リフレイン出来る。勿論PCがそれなりの価格に落ち着いてきた頃にはゲームもやり尽くした。もはや銀河英雄伝説は俺の前世において人生に欠くことのできない書籍の一つだった。もちろんそのせいでいろいろ身を持ち崩して、三〇過ぎても結婚できずにいた事はまぁ、どうでもいい事だ。

 ただし望外の事態とはいえ、もしかしたら赤ん坊の時に見たあの父親は日常的にコスプレしている男かもしれないし、英語が母体となっている言語だとはわかっていたから恒星を二つ持つ星系と無敵の女性提督がいる世界かもしれない。とにかく母親が目を離している隙をみて、携帯型端末を弄りニュースや画像に手当たり次第アクセスして確証をもった。七三〇年マフィアの面々はアニメに出てきたような姿をしていたし、伝説的な英雄リン=パオ、ユースフ=トパロウルの写真も山ほど出てくる。そして母エレーナ=ボロディンが俺に最初に読み聞かせた話は「長征一万光年」であり、同盟軍士官である父アントン=ボロディンがくれたおもちゃは同盟軍戦艦を模したぬいぐるみだった。

 確証をもった後、俺はじっとしていられなかった。カレンダーを確認すれば宇宙暦七六七年。俺は現在三歳だから、三二年後には自由惑星同盟があのいけすかない金髪の孺子に崩壊させられることになる。そして自由惑星同盟は基本的に徴兵制を維持しており、俺は運がいいのか悪いのか再び男に産まれてしまった。しかもよりにもよって「ボロディン」という名前の軍人の家に。

 もちろん父親が軍人だからといって軍人を志す必要も義務もない。俺が徴兵年齢に達するのは一五年後。兵役は基本的に二年だからエル・ファシルの戦いが始まる七八八年よりも前に退役して社会復帰できるはずだ。兵役中に戦死さえしなければ。

 だが幸か不幸か第二の人生を銀河英雄伝説の、しかも建前であるにせよなんにせよ前世日本と同じ民主主義政体を持つ同盟側に産まれたのだ。心情的にも俺は同盟軍に入って手助けしてやりたい。決してイケメンチート軍団たる帝国軍の向う脛を蹴り飛ばしてやりたいってわけでは……多分にあるかもしれないが。

 とにかくただ漫然と軍に入って職業軍人をしているだけではあのイケメンチート軍団に勝てるわけがない。頭の中に残っている銀河英雄伝説のストーリーを活用する為にも、同盟軍内においてある程度の実力や権限を持っていなければ意味はない。せめて同盟と同盟軍に対する致命的な一撃となる帝国領侵攻を阻止するなり被害を軽減しなければ。逆算すれば二九年後。俺が三二歳の時だ。その時までに何とか将官位になっていれば……

「どうした、ヴィクトール?」
 机を挟んで反対側に座っていたこちらの世界の父が、俺の顔を怪訝な表情で見つめている。原作ではボロディン提督としか記載されていないからこの父が第一二艦隊司令官とは限らないのだが、今は二六歳の同盟軍少佐で第三艦隊に所属する小さな戦隊の参謀をしているらしい。順調に昇進している事は間違いないらしく、官舎近所に住む他の軍人家族からも期待の若手と言われている。もちろんあの微妙な口髭はまだなかった。

「お父さん。僕は軍人になる。艦隊司令官になって、お父さんと一緒に帝国軍と戦う」
「ほう、そいつは頼もしい」
 そう言うと父アントン=ボロディンは俺の小さな頭を机越しに大きな手で掻き毟った。前世とは全く異なる琥珀に近い俺のようやく伸び始めた髪がガシガシと音を立てる。
「だがな、艦隊司令官になるのは大変だぞ? しっかり勉強して、士官学校に入って、さらに優秀な成績をとらなきゃ艦隊どころか一隻の軍艦すら任せてもらえないかもしれない」
「なら頑張る」
「よく言った。それでこそこのアントン=ボロディンの息子だ」
 さらに強く俺の髪を掻き毟る。その父の手を俺の横に座る母がやんわりとほどくと、すこし影のある笑みを浮かべながら父に言った。
「あなた。決して無理をなさらないでください。前線に立って戦って武勲を立てるより、生きて帰って来てくれることの方が、この子にとっても幸せなのですから……」
「心配するな、エレーナ」
 そう答えると父は母に向けて俺も驚くほど鋭い眼差しで応えた。
「今の上司のシドニーは俺の同期だが、これまであいつと組んで負けた事がない。勇敢だが無謀な事は命じない良い指揮官だ。大丈夫、安心しろ」
「ですが……」
「俺が出征中に困った事があったら、弟に相談しろ。俺に似ず万事に慎重な奴だが、それだけに信頼に値する」
 父の言葉に母が唇を噛みしめるように頷く。原作通り父がボロディン提督であるなら、あと二九年は生きている。だがここで原作がそうだからと言って両親が安心したり喜んだりするはずがない。せめて今はこの二人の子供であるべきだ……
「大丈夫、お父さんは絶対艦隊司令官になるよ」
 俺は子供らしく無邪気な口調で言うと、父は怪訝な顔をすることなく笑顔で再び俺の頭を掻き毟るのだった。

 だが俺の無邪気な予言はあっさりと覆される。

 宇宙暦七七二年八月一四日。こちらの世界の母エレーナが交通事故死。
 原因は暴走した無人トラックとの衝突。体の太った交通警官が特に遺族でもないのに憤って説明してくれた。なんでも間違った情報を物資流通センターのオペレーターが入力したらしい。その為、無人タクシーとトラックのそれぞれが機能不全を起こしたらしく、たまたまボルシチ用の野菜を買いに出かけていた母がそれに巻き込まれてしまったというわけだ。

 前世は幸いなのか両親は俺が死ぬまでピンピンしていたから(つまりは前世両親に対して親不孝をしたわけだが)、親の葬儀に出るというのは凄く不思議な感覚を味わった。

 こちらの世界の父アントンは出征中で家を留守にしていたから、葬儀は叔父のグレゴリー=ボロディンが取り仕切ってくれた。子供の目から見ても勇猛果敢で剛毅な父と比べて、七歳年下のこの叔父は同じ同盟軍軍人でありながら貴族か学者を思わせるような落ち着いた容姿と性格をしている。軍服を纏っていても醸し出す雰囲気が“紳士”なのだ。ちなみに今二六歳で中佐と言うから父よりも出世が早い。

「ヴィクトール」
 聞くだけで人の心を落ち着かせる奥行きのあるアルトの声が、地中へと埋められる母の棺を眺める俺の背中からかけられる。
「アントン兄さんが出征中の間は、私の家に来てくれないかな」
「でも、家を守るのは母さんと僕の仕事です」
「勿論そうだ。だが八歳の子供が一日二日ならともかく、これからずっと一人で官舎に住むのは危険なことだ」
 そう言うとグレゴリー叔父はポンと俺の肩に手を置いた。それだけで安心を感じる。
「アントン兄さんが出征中の時だけでいい。私の家に泊まりなさい。私にとっても君は家族なんだから」

 三週間後、出征から帰ってきた父アントンとグレゴリー叔父との間で家族会議が開かれ、グレゴリー叔父の言うとおりになった。両親の祖父母はことごとく鬼籍に入っていたし、それ以外に選択肢がなかったのも確かだ。
「ヴィクトールがウチに来てくれるなんて!!」
 そういいながら子供の俺を抱き上げて頬ずりするのは、グレゴリー叔父の奥さんのレーナ=ビクティス=ボロディン。つまり俺の義理の叔母さん。元自由惑星同盟軍中尉で、あの真摯なグレゴリー叔父が土下座してまで口説いたというだけあってスタイル抜群の南方系美女。バリバリ北欧系で俺から見ても控えめだった母とは正反対に陽気で気さくで……
「アントン義兄さんにはずっと出征していてもらいたいわね」
「おい、レーナ」
 そして大変遠慮のない人だった。横で見ていたグレゴリー叔父がさすがに突っ込みを入れて、父に頭を下げている。父は苦笑せざるを得なかった。

 そして二年後。引っ越したり戻ったりの変則的な生活にも慣れ、レーナ叔母さんのお腹が大きくなってきた宇宙歴七七四年五月三〇日。

 父アントン=ボロディン准将 パランティア星域にて名誉の戦死。二階級特進で中将となる。



 
 

 
後書き
2014.09.21 話タイトル修正
2014.09.22 最終行修正 第一次パランティア星域会戦→パランティア星域
2014.09.23 46行目修正 宇宙標準語→同盟公用語
2014.09.27 タイトル半角修正 
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